30:応援要請は赤鬼のごとく
◇十六日目【満月】 【6月25日(火)】
■応援に来い、たっくん!
ついに来た!――今晩は満月だ。
今朝、ダミアンとエヴァ襲撃について話したが、その反応はのんびりしたものだった。
√ 今晩はババアも手が離せん。家がばれたわけでもないし、そんなにすぐ襲撃など来るものか。
と、軽く流された。
この件については、ダミアンに頼るしかない。
不安に思いつつ、おれは学校に向かった。
□
昼休み、おれは学食で天かすうどんを食べたあと、自分の席で昼寝を決め込んでいた。
昨日のことがあって、朝のトレーニングはしばらく休むことになった。
だから今朝はゆっくりと眠ったんだが、体は疲れているらしく今はとにかく眠い。
「…… くん」
放課後は中原の後をつけるつもりだ。
今日こそ、奴が何ものなのかを突き止めたい。
だから今は少しでも体を休めておきたいのだが……
「…… くん!」
ったく、誰だよ。
放課後のために体力を温存しようとしてるのに。
おれの体がゆさゆさと揺さぶられる。
「たっくん、起きて!」
顔を上げると、満面の笑みを浮かべた心優がいた。
「あっ、起きた。♡」
……なんだ、心優か。
「おやすみ」
再び机に突っ伏す。
また隣のクラスからわざわざ遊びに来たらしい。
「ちょっと、たっくん!」
さっきよりも強烈に揺さぶられた。
「聞いてよ!」
「なんだよ……」
しぶしぶ顔を上げると、今度は一変、鬼の形相だった。
おれは一瞬で目が覚め、背筋をピンと伸ばして座り直した。
なんかめっちゃ怖い。
「ごめん、なにか用事? 」
「だから、今日の放課後の練習試合のことなんだけど!」
あぁ…… そういえばそんな話してたな。
練習試合というのは、ソフトボール部の練習試合のことだ。
六月に三年生が引退し、新生ソフトボール部の初の練習試合だとか。
ちなみに心優は中学からずっと同じ、一番、センターだ。
「応援しに来てくれるんでしょ?」
放課後は中原の後をつけ………
ぎょっ、なんかすごい目で睨まれてる。
「いっ、行きます!」
ダミアンに今日の調査は無理だって伝えておかないと。
「やったぁ!」
心優は嬉しそうに両手を上げて喜んだ。
子供か!
窓の外の木の枝を見ると、ダミアンが大きなあくびをしていた。
心優はおれのノートに、今日の練習試合のスケジュールを書き込んでいく。
こいつ、おれのノートをメモ用紙か落書き帳くらいにしか思ってなさそうだ。
「相変わらず、ラブラブだな~」
おいおい、冗談でもやめてくれ。
変な誤解を招くから。
おれは周囲に目を走らせる。
よかった、幸田は席を外しているみたいだ。
軽いノリで茶化してきたのは、ショートカットの女子。
心優の友達でソフトボール部のキャプテン、大久保美奈代。
良く焼けた小麦色の肌。
身長はおれより少し低く、170センチ弱くらい。
細身で運動が出来る、健康的なイメージの女の子だ。
性格は…… 深い付き合いではないのでよく知らない。
「ちっ、違うよミナちゃん! 私たちは幼馴染なだけだよ。家が向かいだし」
手に持った鉛筆を置き、心優は顔を真っ赤にして全力で否定する。
おれも否定しとかないと。
「そっ、そうだよ! おれ達は本当に、真剣に、マジで、家が向かいのただの幼馴染だから! なっ、心優?」
……ん?
なんか空気がピリピリする。
赤鬼? いや閻魔の形相で心優が睨んでる。
「心優、旦那が怯えてんぞ」
美奈代がちょっと引いてる。
余計なこと言った感がすごく表情に出てるな。
本当に、余計なこと言うのやめてくれ。
「そこまで否定しなくってもいいでしょっ!」
どうやらおれが、ラブラブというのを否定しすぎたので怒っているらしい。
「あっ、でも」
お前も否定したじゃないか、と言おうとしたが、
「そんなふうに否定されたら、私だって傷つくんだからね!」
ぷくっと頬を膨らませて唇を尖らせるなんて、器用なことをしてプンプンしている。
その姿を見て、両方の頬を同時に押さえたい衝動に駆られたが、止めることにした。
唾が飛んできそうだしな。
美奈代が心優の背後に回り、にやりと笑う。
何する気だ? と思ったら、心優の両頬を、容赦なくむにぃっと押した。
ぷぷぷぅ――
うわ、唾がいっぱいとんできたじゃないか。
「ちょっと、ミナちゃん、何するのよ!」
「いや~、悪い悪い。膨らんでるものは押したくなる衝動に駆られるんだよなぁ」
美奈代は悪びれる様子もなく笑っている。
「ごめん、たっくん。ちょっと待ってね」
心優はポケットをゴソゴソしてハンカチを取り出し、おれの顔に飛び散った唾をゴシゴシ拭いた。
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