29:実験動物はお断り
■押し入れの悪魔と不死身の疑惑
家に帰って自室のドアを開けると、暗闇の中でパソコンの画面だけがぼんやり光っていた。
押し入れの中。
シャッターを閉め切ったその狭い空間で、ダミアンが何かを真剣に見つめている。
部屋の照明をつけると、ダミアンが顔を上げ、おれを見た。
√ 琢磨、どうして1、2、3、4、5、6、7、8、9、10は、前から数えるのと後ろから数えるので、数字の読み方が変わるのだ?
……いきなり何の話だよ。
こいつの勉強熱心さには感心するが、相変わらず方向性が謎すぎる。
どうやらダミアンが気になっているのは、「数字を数えるとき、昇順と降順で4、7、9の発音が違うのはなぜか」ということだ。
「そんなのおれにわかるわけ無いだろ。そういうものだと思って、丸暗記しとけよ」
√ なんという謎言語だ。いろいろと理解しがたい。
ダミアンは押し入れから出てきて、机の上で腕組みをし、あぐらをかいた。
おれも椅子に座る。
……こいつの体の構造はどうなってんだ。猫にあぐらなんて無理だろ。
ルナの体が大丈夫か気になる。
複雑骨折してないよな?
ダミアンはおれのノートと鉛筆を取り出して、サラサラと器用に何かを書き始めた。
覗き込むと、「壱、弐、参、肆、伍、陸、漆、捌、玖、拾」。
よくこんな難しい漢字、スラスラと書けるもんだ。
√ 一から十までの漢字がもう一種類あるのだが、これは——
「それも丸暗記な」
√ わかった。
やけにあっさり引き下がったな。
√ 貴様のようなバカに訊いた吾輩もバカだった。
……ムカッ!
それなら説明してやる!
と思ったが、大事なことを訊かないといけなかったのを思い出した。
説明する前にネットで調べないといけないしな。
√ ところで腕は大丈夫か?
おれが訊こうと思ってたことを、ダミアンのほうから尋ねられた。
「折れていたと思うんだけど治ってる。というか、傷ひとつ無いんだけど」
√ だろうな。おそらく、首を切り落とすか、心臓を破壊でもせんかぎり、貴様の体は回復するだろう。そうそう、脳を損傷してもダメだ。
……なんだって?
それってまさか。
おれは恐る恐るダミアンに尋ねる。
「つまり、おれはもう人間じゃないってことか?」
√ そんなに動揺しなくても貴様は人間のままだ。わかりやすくラノベ風に言うと、貴様には自動的にヒール(回復魔法)がかかるように、吾輩の加護が与えられているということだ。感謝しろ。
加護というか……
エヴァが言っていた血の契約の驚異的な自然治癒のことだな、きっと。
よかった。
それなら確かに人間のままだな。
たぶん…… だけど。
「それって、ほぼ不死身ってことか?」
√ 回復すると言っても、部位欠損は無理だ。あと、歳はとるし、病気になれば死ぬこともある。あまり過信はするなよ。
……いや、普通にヤバくないか?
ケガがすぐに治るのは嬉しいが、そんなことが世間にバレたら、確実に実験動物待った無しだ。
√ しかし、これだけ近づいても貴様からは魔力を全く感じられん。
ダミアンがじろっとおれを見上げる。
√ ヒールがかかっているからには魔力を持っているはずなのだが…… 前にも言ったが貴様は索敵スキルにも引っ掛からないだろう。下僕でも僅かだが魔力を感じるのに不思議なことだ。
つまりはよくわからないんだな。
√ そんなことよりも琢磨、ちょっとこれを見てくれないか。
ダミアンはぴょんぴょんと跳んで押入れに入ると、ノートパソコンをいじりだした。
どうやらこの化け猫にとって、おれの体の変化は大した問題ではないらしい。
√ これだこれ。
ダミアンはマウスを器用に操作し、ひとつの動画を再生する。
画面から流れるのは割れんばかりの歓声。
軽快な音楽。
ステージではキラキラの衣装をまとった女の子たちが歌い踊っている。
アイドルのライブ動画だ。
√ 琢磨、これは何をしているのだ?
ダミアンがじっと見つめるのは、アイドルではなく、赤や青のペンライトを振り回す熱狂的な大勢のファンだった。
「アイドルの応援だよ」
√ アイドルとはなんだ?
「歌ったり、演技をしたりする若い芸能人のことだな。この子たちは人気があるから、大きな会場でライブしたり、映画やドラマにも出られるんだ」
√ 琢磨、すごいな。まるで大きなミサのようだな。
この悪魔、ドームで黒ミサでも開きたいのか?
なんかこのアイドルを羨望の眼差しで見つめてるんだけど。
「お前、化け猫のくせにアイドルになりたいのか?」
√ 化け猫ちゃうわ、ボケ。
ぺちっ
今日もこのくそ猫に、肉球ビンタをくらわされた。
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