表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/91

26:vs.郷原

□公園の決着


「やぁ、吉野くん。なにしてるの?」

 軽く手を上げた背の高い男は、ニヤニヤしながらおれ達のほうへ近づいてきた。


 郷原!


 その隣には、おれを袋たたきにした郷原の取り巻きのひとり、川田だ。


 おれは反射的に立ち上がった。

 心優もダミアンを抱いたまま立ち上がって、不安そうに郷原を見ている。


 二人はおれ達の前まで来て立ち止まると、

「吉野、元気か?」

 川田がニヤつきながら話しかけてきた。


 おれの心臓は早鐘のように打ち始めた。

 嫌な汗が頬をつたう。


「川田くん。吉野くんが元気なわけないじゃないか。あれだけ蹴りまわされたんだからさ」

「そうだね。郷原くんが蹴り上げたとき、体が浮いたもんな」


 ……やめろ。


 おれは俯いた。


 二人は心優の目の前で、あのときのことを楽しげに話す。


 悔しさよりも、心優に知られたことがショックだ。

 心優はどんな気持ちで聞いているんだろう。


「あなた達だったの。たっくんに怪我させたの」


 その声は突然おれの隣から放たれた。

 心優……


「神木、いたのか? おれ達は吉野に用があるんだ。お前は家に帰って大好きな飯でも食ってろ」


「ひっ」


 川田が心優を鋭く睨みつけると、彼女は小さく悲鳴を上げた。


「川田くん、神木さんを怖がらせちゃだめだよ。吉野くんもそう思うだろ」


 郷原はニヤニヤしながら腰を曲げ、おれの顔を覗き込んできた。


 だめだ。

 郷原たちに袋たたきにされたときのこと思い出すと、体が震えて動けない。


「それにさ、ぼくは吉野くんより神木さんと話したいんだよ」


 そう言って、郷原は心優に向き直り、ゆっくりと心優に近づく。


√ 琢磨、顔を上げろ。


「ちょっと、手を離してよ!」

 心優が強く叫んだ。


 どうすればいい。

 助けなきゃ。でも体が……!


 周囲は静まり返っている。

 この公園の近くには家が無い。

 マンションも少し離れている。

 どれだけ叫んでも誰も気付かない。


「痛ってぇ!」


「きゃっ、ルナちゃん!」


 郷原の叫びとともに、おれの足元に黒い塊が転がってきた。

 ダミアンが郷原を引っ搔いたらしい。


√ 顔を上げろ、このヘタレ。


 おれは顔を上げて郷原を見た。


 郷原は手の甲を押さえながら、ダミアンを睨みつけ、もう一度心優の手を摑まえる。

 そして薄笑いを浮かべ、心優に問いかけた。


「お前の猫か?」


「そうよ、だからなに?」

 心優は鋭い目つきで郷原を睨みつける。


 いや、お前の猫じゃないだろう。


 郷原は「ふぅ~ん」と言って、川田に目をやる。


「ねぇ川田くん。ちょっと、その猫を捕まえてくれない?」

 郷原はニヤリと笑った。


「オーケー、郷原くん」


「ちょっと、ルナちゃんに何する気よ」


 心優は郷原の手を振りほどこうと、何度も腕を動かそうとしているが、力の差は歴然だ。


 ダミアンは尻尾を立てて、川田を威嚇するように「フーッ」と低く唸る。


 だが――

 早朝のやわらかな光が、公園全体を包み込んでいた。

 日光の下じゃ、魔力が使えない。

 今のダミアンは、ただの猫に等しい。


√ 大きく深呼吸しろ。

 おれは目を瞑り、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。


 川田が素早くダミアンに手を伸ばす。

 だが、ダミアンは一瞬早く跳び退いた。


「ちっ、すばしっこいな」


「川田くん、やめてよ!」


 心優の声が震えている。


√ 琢磨、貴様には吾輩がついている。怯えるな。


 その声が胸の奥に落ちていく。

 すると、不思議と“恐怖”が消えていた。


 代わりに、指先がじんと熱を帯びていく。


「川田くぅん、早くしてよ」


 郷原が急かすも、ダミアンは巧みに逃げ続け、川田は捕まえることが出来ない。


「くっそ、ちょろちょろしやがって」

 川田がダミアンを蹴飛ばそうとした時、ダミアンはすばやくおれの足元へと逃げ込んだ。


「おい吉野、邪魔だ、どけ」

 川田が顔をしかめながら、身をかがめて近づいてくる。


√ 顎にアッパー。


 ダミアンの声に体が反応する。

 おれは迷わず、川田の顎を目掛け、全身のバネを使って思いっきり拳を振り上げた。


「ガハッ!!」


 拳に衝撃が走ったと同時に、川田の体が仰け反り、そのまま後ろに倒れた。


 おれは息を詰めたまま、自分の拳を見つめる。

 皮が少しめくれて、赤く滲んでいく。


 足元では、川田が大の字になって意識を失っていた。


 ……やっちまった。


「ははっ、はははは……吉野くん、やるねぇ」

 その声に、おれは郷原へ向き直った。


「きゃっ」


 郷原は心優を突き放すと、不敵な笑みのままおれに詰め寄ってくる。


 ダミアンは、尻もちをついた心優の横に移動するとちょこんと座った。


 おれは拳を握り直し、ファイティングポーズをとる。


「へぇ…… ボクシング、いやキックボクシングかな? さっき蹴りの練習してたしね」

 くっそ、見られてたのか。


「じゃぁ、ぼくもキックボクシングで相手してあげるよ」

 郷原がファイティングポーズをとる。その構えにおれは息を呑んだ。


 やばい、おれなんかよりも余程さまになってる。


√ 左ガード。


 指示どおり、左脇を肘でガードする。

 すぐに強烈な衝撃がおれの左腕を襲った。

 体が右へふらつく。


 な、なんだ……?

 蹴られたのはわかったけど、腕に当たるまで全然見えなかったぞ。


「やるね、吉野くん。ぼくのキックをガードするなんて」

 余裕の笑みを浮かべる郷原。

 一方、おれの左腕は痺れを帯びている。


√ 右ガード、右脚ガード、左ガード


 次々とダミアンが指示を飛ばす。

 おれには郷原の攻撃はほとんど見えないが、その攻撃はダミアンの指示通りのところを襲ってきた。


 一方的に連続攻撃を放ったことで、郷原は一瞬バランスを崩した。


√ 顔に右ストレート。


 おれは渾身のストレートを郷原の顔面に叩き込んだ。


 決まった……

 はずだったが、郷原は少し後ろによろめいただけで倒れなかった。


「てっめぇ」


 やばい。

 さっきまで遊び半分だった目が、完全に獲物を狩る色に変わった。


 チラッと心優を見ると、呆然としている。

 ダミアンは……


 おいっ、キャットフード食ってる場合か!


 ダミアンはポリポリと音を立てながら、完全に観戦モードに入っていた。


 郷原が右手でおれの胸ぐらを掴む。

 強引に引き寄せられたかと思うと、その勢いのままおれの体は地面に投げつけられた。


「げはっ」


 背中に衝撃が走る。

 ついでに後頭部も打ったが、草が生えた土の上だったので、脳震盪は免れた。


「たっくん! 郷原くん、もうやめて!」

 呆然としていた心優が、おれのほうへ駆け寄ってくる。


「チッ」


「心優、来るな!」

 心優はおれの声に驚いて立ち止まった。


 おれはゆっくりと立ち上がって郷原を睨みつけ、再びファイティングポーズをとった。


「吉野くん。神木さんの前でカッコつけたいのはわかるけど」

 郷原は少し落ち着きを取り戻したのか、いつもの馴れ馴れしい言葉づかいに戻っていた。


「お前、二度と自分の足で立てねえくらい、ブチのめしてやるよ」

 違った。

 郷原は今まで見たことがないくらいお怒りだった。


√ 右顔面ガード。

 おれは素早く右顔面をガードした。

 郷原の重い拳がガードの上から叩きつけられ、右腕に鈍い衝撃が走る。


 ……腕が折れそうだ。


√ 左脇ガード。

 右腕を気にする間もなく、左脇腹をガードし郷原のパンチに備える。


 次の瞬間、おれの体は吹っ飛んだ。


「がはっ……!」

 おれは再び草の上に倒れ込む。


 パンチじゃなくキックだったのか。

 左腕に鋭い痛みが走り、骨が悲鳴を上げる。


「くっ……」


 郷原の足元を見る。

 靴先の形が少しおかしい。


 あれは作業現場で使われている、つま先に金属が入った靴じゃないか。


 なんて奴だ。

 あの靴でおれを蹴ったのか。

 今度こそ本当に折れたかもしれない。


 おれは痺れる右手を支えに、どうにか上体を起こそうとした――


√ 右脇腹ガード。


「ぐはっ!」


 ガードする間もなく、横たわったおれの右脇腹に、郷原の強烈な蹴り上げがはいった。

 一瞬、体が浮いたかと思うと、おれの体はゴロゴロと三回ほど転がった。


「きゃぁぁ!」

 心優の悲鳴が耳に刺さる。


 今のを見たら驚いて当然だよな。

 これで二回目だが、おれだって体が浮くほど蹴り上げられたことに驚愕している。


 つま先で蹴られてなかったのが唯一の救いだ。

 つま先だったら、内臓が破裂していたかもしれない。


√ 琢磨、奴から目を離すな!


 郷原は右腕で鼻血を拭いながら、ゆっくりと近づいてくる。


 さっきの顔面パンチで鼻の中を切ったのか。

 前回と違って、やられるにしても一矢報いたってところだな。


 静まり返った公園に、郷原の足音だけが響く……


 いや、もうひとつ、すすり泣く小さな声が聞こえる。

 心優だ。


 そうだ、今日はひとりじゃない。

 心優も一緒なんだ。

 このままだと心優を連れて行かれてしまう。


 郷原がもう一度おれを蹴り上げようと、右足を後ろに振り上げる。


√ 足を払え。


「うぉぉぉおっ!」

 おれは痛みを押し殺し、倒れたままの体勢から、郷原の軸足を思いっきり蹴り払った。


「うぁっ!」

 郷原が驚きの声を上げ、体勢を崩す。


「がっはっ!」

 続いて、息が詰まったような声が漏れた。


 郷原が倒れたすぐ横に、高さ20センチくらいの石が。

 郷原は痛みで身をよじっている。


 あれは痛そうだ。


 おれはゆっくりと立ち上がった。


 ぷらーんとぶら下がった左腕に違和感がある。

 本当に折れていた。


 心優は両手で顔を覆って泣いている。ダミアンは?


 まだ、キャットフードをポリポリ食べていた。

 飯を食いながら観戦とは余裕だな、おい。


 郷原は地面に倒れたまま、苦しそうに背中を押さえてうめいている。

 この様子だとすぐには起き上がれないだろう。


 勝ったとは言わないが――

 おれは立ち上がり、郷原は地面に転がっている。


 川田はさっき倒れた場所で座ったまま、おれと郷原を交互に見ていた。

 こんな結果になるとは思わなかったんだろう。


「心優、帰ろう」


 声をかけると、真っ赤に泣き腫らした目をおれに向け、心優は小さく頷く。

 おれが家のほうへ歩き出すと、心優はおれの隣まで駆け寄ってきた。


「折れてる……」


「そうか?」

 心優が青ざめた顔でおれの左腕を見つめる。


「そうかじゃないよ! 病院に行かないと。痛くないの?」

 痛いに決まってる。

 でもこの時間だと病院なんて開いていない。

 それに、ふたりともスマホを持ってきていないので、救急車を呼ぶこともできない。


「大丈夫、一度家まで帰ろう」


「でも、骨折してるんだから動いちゃだめだよ」


 確かにその通りだ。

 普通ならものすごい激痛で立ち上がることすら難しいはずなのに、おれは腕をぷらぷらさせながら歩いている。

 死ぬほど痛いけど……


 これは…… ダミアンとの血の契約の影響か?


「私に掴まって」

 心優がおれを支えようとするが、


「いや、いいよ」

 おれは首を振った。


 ちょっと恥ずかしいし。

 気がつけばダミアンがあくびをしながら、おれ達の前を歩いていた。


――――――

 家に着くなり、おれの腕を見た姉ちゃんが悲鳴を上げた。


 顔が真っ青だ。

 ほんと何回目だよ、この展開。


「ちょ、ちょっと待ってなさい!」

 そう言うが早いか、姉ちゃんは心優の家に駆け込んだ。


 数分後にはおじさんの車で市民病院へ直行することになった。


 診察室の簡易ベッドに寝かされて、しばらく待つ。


 レントゲンを撮って、結果待ち。

 隣では姉ちゃんとおじさんが心配そうにおれを見ている。


「失礼します」

 カーテンを開けて現れたのは、やや仏頂面の三十歳くらいの若い医師だ。

 疲れているのか、テンションが低い。


「お待たせしました。腕は痛みますか?」

 医師はおれの左腕にそっと触れる。


「病院に来たときよりは、だいぶん楽になりました」


 本当のところ、歩いて帰ってくるときは死ぬほど痛かったが、今はそれほどでもない。


「先生、琢磨の、弟の腕はもとに戻りますか!」

 姉ちゃんが身を乗り出して、医師に詰め寄る。

 医師は姉ちゃんをマジマジと見つめ、そして、ふっと柔らかい笑顔を浮かべた。


「お姉さんですか? 大丈夫ですよ。僕が必ず元通りに治してみせます。安心してください」

 その言葉を聞いて、姉ちゃんのこわばった表情がすっと和らぐ。


 若干、医師の声のトーンが優しいものに変わった。


「よろしくお願いします」

 おじさんが医師に頭を下げると、医師はおじさんを見てまた疲れた顔に戻り、


「はい、今から診察を始めますので、そちらの椅子におかけ下さい」

 医師はおじさんに椅子を勧めてから姉ちゃんをチラッと見て、おれの横に座った。


 そんなやり取りを見ていておれは思った。

 このお医者先生、姉ちゃんに惚れたな。まぁ、姉ちゃんは美人だから仕方ないけど。

 おれはそんな事を考えられるくらい余裕を取り戻していた。


「先生、レントゲン写真です」

 ピンクのナース服を着た若い看護師さんが入ってきて、写真を差し出す。


「ありがとう。それでは、レントゲン写真を確認しますので、少しお待ちを……」


 医師は写真を蛍光灯にかざして、数秒動きを止めた。

 やがて眉をひそめて小首をかしげる。


「……折れてませんね」

 無言の間が入る。

 

「えっ?」


 おじさんと姉ちゃん、そしておれのマヌケな声が重なった。

 

★やブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ