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23:一瞬の逃走

■尾行

 放課後、おれは学校の玄関脇で中原が出てくるのを待った。


 ダミアンとは、学校から少し離れた公園で落ち合うことにしてある。

 あいつが一緒にいたら、中原に尾行がバレるからな。


 校庭のほうから金属バットの甲高い音や、運動部の掛け声が聞こえてくる。

 そう言えば、心優もソフトボール部の練習だって言ってたっけ。


 しばらく待っていると、ようやく中原が姿を見せた。

 やつは校庭の横を通り、まっすぐ校門へ向かっていく。

 おれは慎重に距離をとりながら、出来るだけ怪しまれないように後をつけ始めた。


「たっく〜ん。なにこそこそしてるのぉ〜?」


 突然、遠くから聞こえた大きな声に、おれはギクッとした。

 声がしたほうを見ると、心優が外野でぶんぶん手を振っている。

 慌てて中原に視線を戻すと……


 シマッた!

 目が合った。


 いきなり尾行がバレた……


 中原の顔色がみるみる青ざめ、何も言わずに早足で歩き出す。

 当然、おれも後を追うが、中原は不自然なほどの早足だった。


 バス道を渡り、住宅街に入ると十字路を右に曲がる。

 おれは角まで走り、そっと覗き込んだ。


 だが……

 そこには、手押し車を押して歩くお婆さんがいるだけだった。


「……消えた?」


 小さな公園のベンチに座り、さっきの出来事をダミアンに説明する。


√ それで見失ったのか?


 隣で毛づくろいをしていたダミアンが、おれを見上げてきた。


「そうなんだ。ほんの数秒のうちに、あいつは消えたんだ」


 ダミアンはおれの膝に飛び乗り、あくびをしながら寝転がる。


√ おそらく瞬間移動のギフトだろう。

「瞬間移動?」


√ 一瞬のうちに十数メートル移動できる能力だ。おそらく角を曲がってすぐ、どこかに隠れたんだろうな。


 そんな能力もあるのか。下僕凄いな。


√ 理由はわからんが、中原の主人はかなりの量の魔力を中原に与えたようだ。


「どういうこと?」


√ 運もあるが下僕がギフトを手に入れるためには、それなりの魔力量が必要だ。ギフトを二つも持っている以上、かなりの量の魔力を与えたと考えたほうがいい。


 運?

 あぁそうか。下僕がギフトを手に入れるのって、ガチャみたいなものだっけ。

 ハズレもあるとか言ってたし。


「中原の主人は、なんでそんなに魔力を与えたんだ?」


√ そうだな。考えられる理由として、主人の魔力量に余裕があるので多めに与えた。どうしてもギフト持ちの下僕が欲しかった。あとは考えにくいが、中原の防御力を強化したかったとか。


「魔力量に余裕があるってのは、それだけ主人が強いってことか」


√ 心配するな。魔力量に余裕があるものは、吾輩、エヴァ、アドバンの三人くらいだ。まず、エヴァではない。そしてアドバンも違うだろう。


「どうして、アドバンって奴は違うんだ?」

 中原の後をつけていた、エヴァが違うってのはわかるけど。


√ やつは下僕など作らん。ひたすらヴァンパイアを量産するタイプだからな。ヴァンパイアを増やせば、その中から長生きする者が出るだろう――という考え方だ。ゲームの評価対象は一人。眷属が一人長生きすれば魔王様から褒美をもらえるのだ。


「それって言い切れるのか」


√ 言い切れるぞ。なぜなら、奴はその方法で大量の魔力を手に入れたのだ。あの単純バカが、そう簡単に成功体験を捨てるとは思えん。


「お前、そのアドバンと言うやつにえらく厳しいな」


√ 仲は良いのだぞ。同好の士だしな。それに……


 ダミアンが急に起き上がり、キョロキョロと周囲を見回す。


「どうした?」

 おれも慌てて辺りを見回したが、何も見つからない。


√ いつもと同じ視線を感じた。中原かもしれない。


「まじ?」


 おれは思わず立ち上がった。


「フギャッ!!」

 猫の悲鳴に驚いて足元を見ると、砂まみれになったダミアンが尻尾を逆立てておれを睨みつけていた。


√ わざとか? わざとなのか?


 おれは一歩後ずさった。


「ごっ、ごめん」



――――――


■サマエルとニーシャ《POV:サマエル》


 西港中央駅から続く坂道を上ると、明治時代に建てられた洋館が建ち並ぶエリアに出る。

 観光客で賑わうその坂道沿いに、一軒のカフェがあった。

 二階のベランダ席で、三十代の女と十代半ばの少年が向かい合い、それぞれの飲み物に口をつけている。


「ニーシャ、それ本当にダミアンですの?」

 女――サマエルは、カップを指先で傾けながら少年に問いかけた。


「サマエル、俺、信じないのか?」

 ニーシャと呼ばれた少年は、不満げにストローをくわえ、オレンジジュースを吸い上げる。

 その目には、はっきりとした不服の色が浮かんでいる。


「どうしてその猫がダミアンと分かるのかしら?」

 サマエルは淡々と重ねる。


(あのダミアンが猫に憑依しているなんて、にわかには信じ難いですわ。奴は機転が利いて小賢しいし、少なくとも、目の前のこの男よりは、ずっと頭が回りますわ)


「俺の下僕、俺達より遥かに、大きな魔力を持つ者、二人見つけた。ひとりは女子高生、もうひとりは猫」


(それにしても、この男の話し方はいつも片言ですわね。少年の記憶があるなら、もう少し自然に話せるはずですのに)


 言葉を切ったニーシャに、サマエルは顎を少し動かして先を促した。


「俺達よりも大きな魔力を持つ者、エヴァ、アドバン、そしてダミアン」

「あなたの下僕は、魔力の大きさまで分かるのかしら?」


「大きさ、分からない。分かるのは距離」

「距離?」


「俺の下僕、俺達の魔力を感知する。距離、だいたい50から70メートル。さっき話した二人、100メートル」


「つまり、遠くから魔力を感知できたから、私達より大きな魔力を持っているということですの?」

 ニーシャが頷く。


 サマエルは真剣な表情を崩さず、軽く息を吐いた。


「俺の下僕の話だと、その猫、下僕を連れていた。だから、下僕作らないアドバンは除外。エヴァは猫に憑依しない、間抜けではない。だから除外」


「ということは」


「ダミアン、小賢しいが、とんま」


「分かりましたわ。確かにその猫は、ダミアンの可能性が高いようですね。女子高生のほうはエヴァとアドバンのどちらですの?」


「おそらくエヴァ。理由は、俺の下僕、生きている。俺の下僕、女子高生に見つかった。尾行されたが逃げた」


(確かに下僕が監視していることがアドバンに知られれば、問答無用で襲い掛かってくるでしょうね。思考より反射が先に来るタイプですもの。でもエヴァなら…… 自分の正体が誰にバレたか、冷静に探ろうとするはずですわ)


「どうする?」


「そうですわね。この際ですからダミアンだけではなく、目障りなババアも葬って差し上げましょう」


「ダミアンはともかく、エヴァ、手強い」


「確かにG-eye(ゴールデン・アイ)は手強いですわ。ですが、こちらは奴らが誰に憑依しているかを把握しておりますのよ。ババアは女子高生、ダミアンは猫… ふふ、これだけでも私達が有利ですわ。G-eyeを二人も葬る好機ではなくて?」


「俺は、ダミアンだけで、いい」


「そうですの? エヴァは早めに潰しておいたほうがよろしいと思うのですけれど」


「エヴァは、お前が、殺ればいい。俺、ダミアンを殺る」

 サマエルは軽くため息をついた。


「そう言えばもうひとり仲間を見つけたと仰いませんでした?」


「いま、調べている。おそらく、ダルク。あいつも、ダミアン、嫌い。俺達の仲間」


「そうですね。もしダルクなら今回も仲間にして差し上げましょう」


(ダルク…… きっと奴もニーシャと同じでダミアンを狙うでしょうね。前回の恨みばかりに気を取られて、エヴァという本当の脅威を見逃そうとするなんて、まったく愚かですこと)


「わかった。次の満月、過ぎれば、正体確認する」


「ダルクでなくても、正体が分かれば連絡してくださる?」


 サマエルはバッグからペンを取り出し、テーブルに備え付けられている紙ナプキンに自分の携帯番号を書いて、ニーシャへ中指で弾いた。

 テーブルの上を滑った紙ナプキンは、オレンジジュースのグラスから落ちた水滴に止められる。


「会計は私が済ませておきますわ。少年に払わせるわけにはいきませんものね」

 サマエルは伝票を持って立ち上がった。


「済まない」


 階段に向かうサマエルが振り向くと、紙ナプキンをポケットに入れたニーシャが突然気を失ったように椅子の背もたれに倒れ込むのが見えた。


「…… あれ? ここどこ?」


 目を覚まし、背もたれから起き上がった少年は、自分がどこにいるのか分からずその場でオロオロするばかりだった。


 サマエルは冷ややかにそれを一瞥し、何事もなかったかのように階下のレジへと向かった。


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