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22:話せない真実

◇十二日目【6月21日(金)】

■脅迫は囁きで

 早朝、おれは山麓公園で黙々とパンチとキックを繰り返していた。


「すごいね。昨日よりも動きが良くなってるよ」


 心優が感心したように言う。

 おれはチラッと彼女を見て、黙ってトレーニングを続けた。

 本当は少し休みたいんだけど、心優の膝の上であくびをしているダミアンが許してくれない。


「シュッ!」


 回し蹴りを繰り出すと、「うわぁ」と心優が驚きながら立ち上がり、パチパチと拍手をしてくれた。

 当然、心優の膝の上でくつろいでいたダミアンは転がり落ちる。


√ ∃‡†∈≡


 ふん、ざまーみろ。


 心優が慌ててダミアンを拾い上げるのを横目に、おれは黙々と訓練を続けた。


 訓練を終えた後、港が見渡せるベンチに座り、おにぎり片手に帰宅前の休憩をとる。

 隣では心優が目を細めて、自分の家の屋根を探していた。


「ここからじゃ、私達の家って見えないね」

 心優が少し残念そうに言う。


「あのマンションが邪魔だな」


 心優は膝の上のダミアンを撫でながら、

「たっくんがこんなに動けるなんて知らなかったよ。正直、一週間も続くなんて思ってなかった」

 と、失礼なことを言ってきた。まあ、あながち間違いではない。

 血の契約がなければ、きっと途中でリタイアしていただろうし。


 その代わりと言ってはなんだが、ルナの体力しか持ち合わせていないダミアンは、毎朝山麓公園までの坂道でへばってしまい、心優が抱えて運んでいるのが現状だ。


 今もルナに意識を切り替えているのか、心優の膝の上で気持ち良さそうに眠っている。


「はい、どうぞ」

 心優がウエストバッグから、大きなおにぎりを取り出す。


「あのこれ、三個目なんだけど」


「いっぱい動いたんだから、エネルギー補給しないと」

 心優は三個目を口に頬張る。


「いや、もういいよ」

 と断ったが、ポンと手の上に置かれてしまった。

 味付けしていない、米の塊を大量に食べるのは結構つらい。


 このウエストバッグ、こんな大きなおにぎりが六つも入るのか?

 意外と容量でかいんだな。


 そんなことを考えながら心優のウエストバッグをジロジロ見ていたら、「足りなかったら言ってね」なんて言ってくる。

 まだ入ってたんだ。

 六個で終わりだと思ってたのに、こんな大きなおにぎり、何個持ってきたんだよ。


「もう無理、そんなに食べられない」

「たっくん、男の子なのに少食だね」

 いや、お前が食い過ぎなんだよ。


「今から走って帰るのに、お腹痛くならないのか?」

「あはは、おにぎり四つくらいじゃ痛くならないよ」

 そうか? おれ、もう腹パンパンなんだけど。


 心優が食べ終わるのを待ちながら、ふと視線を空に向けた。


 青空の下、西都市のビル群が遠くに霞んでいる。

 いつもと変わらない、穏やかな朝。


「あのさ、たっくん」

 心優が真剣な顔でおれを見る。


「どうして急にキックボクシングの練習なんて始めたの?」

 やっぱり、訊いてきたか。


 そりゃ、今まで運動なんてしなかったおれが、急にキックボクシングなんて始めたら不思議に思うわな。

 でも、「悪魔に狙われているから、体力つけてる」なんて言えない。


「最近、太ってきたからさ、ダイエッ――」

「うそ」


「えっ?」


 心優がおれの目を、下から覗き込んでくる。


「うそ言ってるでしょ、目を見ればわかるよ」

 そんなのわかるものなのか?

 まぁ、同じようなこと、姉ちゃんにも言われるけど。


「たっくん、誰かとトラブってるでしょ。例えば…… 郷原くんとか」

 確かにそれもあるが、本当の相手は、そんな生易しいもんじゃない。

 おれの命を狙ってくる化け物だ。


「……」

 おれは、言葉を失ったまま、静かに視線をそらした。


「ななちゃんも心配してたよ。たっくん、何も話してくれないって」


 だろうな。

 二度もボロボロになって帰ってきたかと思えば、家の中にニンニクをぶら下げて大騒ぎしたんだ。

 心配しないわけがない。


「あっ、あのさ……」

 心優が少し言いづらそうに、おれをうかがう。


「前にも言ったけど、私でよかったら、何でも相談乗るからさ。その…… 悩みごとがあったら、話して?」

 その申し出は正直、嬉しい。


 だけどダメだ。

 心優を巻き込むわけにはいかない。

 おれの周りにいるだけで、心優もすでに危うい立場にいるんだから。


「ありがとう。でも相談するようなことは無いんだ」


「そっ、そっか。なにも…… ないんだ」

 うつむいた心優の表情は見えない。

 だけど、その声にはどこか寂しげだ。


 相談できるのなら、本当はそうしたい。

 おれ達のすぐそばまで、危険が迫っていることを伝えたい。

 そうだ、伝えないといけないんだ。


「心優、実は……」

 おれは…… 何を言おうとしてる?


「どうしたの? たっくん」

 心優が俯いたまま、斜め上目遣いでおれの目をじっと覗き込んできた。


 おれは心優の目を見つめ、口を開こうとしたが、


√ こいつを殺すぞ。


 ――ゾクリ。


 背筋が凍りついた。


 心優の膝で眠っていたはずのダミアンが、射抜くような視線をおれに向けていた。


「ひっ」

 思わず後ずさって、ベンチからころげ落ちる。

 それを見て、心優が慌てて立ち上がった。


「ギャッ!」

 ルナの短い叫び。と同時に。


√ ∈∃‡†≡


「だっ、大丈夫!?」

 ダミアンも心優の膝の上から転がり落ちたみたいだ。


「きゃっ、ごめんルナちゃん! たっくん、大丈夫!?」

 心優はおれとダミアンを交互に見て、わたわたと慌てていた。


――――――――

 結局この日は、大きなトラブルもなく家に帰った。


 途中、心優が「お腹痛い」とか言い出したり、ダミアンが心優に抱かれるのを嫌がったりして、結局おれが抱えて帰ったりしたのだけど。

 それは些細なことだ。


 シャッターを下ろした自室に戻ると、ダミアンがいつものように話しかけてきた。


 だけど、さっきのことを思い出すと、おれの喉は自然と強ばった。


 ダミアンは「心優を殺す」と言った。


 おれが心優に相談しようとしたことを、ダミアンは自分の安全を脅かす行動だと判断したんだろう。


 やっぱりこいつは、血の契約のせいでしかたなくおれと一緒にいるだけの悪魔なんだ。

 おれの味方ってわけじゃない。


√ 琢磨、吾輩を警戒しているのか?

 ダミアンの問いかけに、おれは無言で頷いた。


 すると、ダミアンはゆっくりと二本足で立ち上がり、後ろ手を組んで、落ち着いた足取りで歩き始める。


√ 以前にも言ったが、吾輩は「自然死」を望んでいる。その障害になるものは、何があっても排除する。吾輩の存在を天敵である人間に知られることは、吾輩が生き延びる上で大きな障害になるのだ。分かるか?


 ダミアンが手を後ろで組んで、右に左に歩くのを見ながら、おれはもう一度頷いた。


√ 逆に言えば、障害にならなければ何もしない。むしろ、できる範囲でだが心優のことは守ってやる。吾輩は貴様の健康に悪影響が出ることは、極力避けたいのだ。


「おれが黙っていれば、心優や姉ちゃんの安全を保障してくれるんだな」


√ できる範囲でだ。優先するのは、まず吾輩と貴様の命だ。理解したか?


「わかった」


 つまりダミアンの存在を誰にも知らせなければ、心優と姉ちゃんには手を出さない……

 そういうことだ。


√ 吾輩も不本意ではあるが、貴様とは共存せざるを得ない。ならば、上手くやっていこうではないか。


 おれも不本意だけど、こいつには何度も助けられた。

 それに、エヴァにおれの存在を知られた以上、こいつと一緒にいなければいつ襲われるかわかったもんじゃない。


「おれもお前の存在を隠すことに協力してやる。だから、お前もさっきの約束は絶対に守れよ」


√ まかせろ。


 ダミアンは腕を組み、おおげさに頷いてみせた。

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