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第6話

 斜面が角度を増していく。由衣はもはや気力だけで足を前に動かしていた。ぜえぜえ息を吐きながら、うつむいて足元を見つめながら歩く。

 不意に地面が平たくなった。顔を上げると、広々した空間が広がっていた。

 まぎれもない頂上だった。

 峰々が雲をまといながら青空へ溶け合っている。360度、はるか先まで見渡せた。

「すご……」

「やべえだろ」

 カメラを持ちながらぐるぐると大きな身体を回す高田が、得意そうに言う。

 吹き抜ける風が、火照った身体に心地よい。澄み切った空気を思い切り吸い込む。シャワーを浴びたあとみたいに、ハットの中が髪が汗でぐっしょりしていた。タオルでわしゃわしゃと拭く。

 由衣はスマホを取り出した。自分のSNS投稿にも使えるかも、と思いながらパノラマモードにしてずいーっと腕を水平に滑らせる。横長の画面のなかで、色々な種類の緑色が連なる。

「映える」と思ったけど、なんとなくその言葉を呑み込んだ。

 高田は凛にテレビ電話をつないだ。登山中から撮影データの一部はクラウドへあげ、彼女が遠隔でチェックできるようにしていた。

 「よかった、大丈夫だな……ん、ああ、いつもの2倍かかったけどな」

 こちらをちらちら見ながらにやける高田に、由衣は睨み返した。

 高田が水筒で由衣の肩を叩く。「電話、代わって」

 渡されたスマホから、凛の芯のある声が聞こえてきた。

「ありがとうございます……頂上、綺麗ですか」

 一瞬、何と言っていいか分からなくなった由衣は、

「うん、頂上、綺麗」

 と、マルコフ連鎖の旧式チャットAIみたいに言葉を繰り返した。

 凛は、スマホの向こうでふわっとした笑顔を浮かべた。あっちにも風が吹いたみたいだ、と由衣は思う。

 スマホを高田に返し、彼と並んで平たい岩の上に腰を下ろす。由衣は、隣の高田にぽつりと言った。

「羊羹」

「え?」

「さっきの羊羹、もうちょっと無いの?」


 完成したばかりの動画をMacBookで観た由衣は、ぱちぱちと拍手をした。

 そこには、あの登山道をいつもよりゆったりと歩き、頂上で深呼吸している『RIN』がいた。架空の存在のはずの『RIN』が感じる風の心地良さまでもが伝わって来るようだった。

 由衣はスキルを駆使して彼女を山に合成し、違和感ない登山動画を仕上げたのだった。

「お前すげえな。ここまで出来ると思わなかった」

 テーブルを挟んで動画を見守っていた高田が、素直に感嘆の声をあげる。

「まあね」

「普段の仕事、広告バナーじゃもったいないな、もっと難しい仕事持ってくるわ」

「いらんわ」

 凛は、二人のやりとりを見てくすくすと笑った。高田は満足そうにシュガーたっぷりのコーヒーをごくごく飲む。

 じっと画面を見つめ続けていた凛が声をあげた。「あっ」

 由衣はタイムラインのバーを止めた。そのカットに映っていたのは、紫色のとても小さな花だった。

「カッコソウだ」

 凛の声が高くなる。

 花を映したカットを入れてほしい。それが凛の撮影にあたってのリクエストだった。確認すると、確かに過去の凛の動画には、花のヨリカットがいつも入っていた。

 その花は、凛によれば、世界で唯一その山で咲く花で絶滅危惧種なのだと言う。

 やばい、踏んでなかったかな、と由衣は焦った。

 花を見つめる凛の瞳は、Macの輝度強めのディスプレイを反射して、きらきらしている。

 動画のチェックが終わると、概要欄に凛の手で「更新が滞っていたのは学業が忙しかったからです」という説明が入力された。


96座目! 鳴神山


 『RIN』のチャンネルに動画をアップすると、途端にコメントが殺到した。

「ひさびさのアップ!」「安心した」「どうしてたの?」「RINちゃんおかえり」「編集の人代わった?」

 三人は顔を寄せ合うように画面をのぞきこむ。由衣は凛の横顔を盗み見た。その顔は嬉しそうというより、どこか安心しているように見えた。

 一桁カウントアップした再生数に合わせて、高田が、ばん!と由衣の背中を叩いた。由衣は、それセクハラ、と言って笑った。

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