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第2話

 羽鳥由衣の朝は、きっちり定時からはじまる。

 オフィスのドアが開くと、窓近くの自分の席に向かう。服装は地味。グレーのカーディガンに白いシャツブラウス、ベージュのロングスカート。同僚に小さい声であいさつをしていく。先日チームで仕上げたサイネージ動画が、壁際のモニターで繰り返し再生されていた。

 席に着くと、彼女は『Adobe Creative Cloud』のアイコンをクリックする。自動で『Photoshop』と『Firefly』が立ち上がる。画像編集と生成AIのソフトウェアだ。会社では法とか倫理とかデータ窃取の面でやばそうなものは使わない。

 昨夜、得意先から来ていたフィードバックの対応を開始する。Fireflyで笑顔の家族写真を生成しベストなものを選んで、Photoshopでレタッチを加えていく。コピーの文言をFireflyのフィルターに投げる。タイポグラフィの輪郭をぐねぐねといじる。みるみるうちに「きょう新しい家族になったにゃん ネコロイド®️」というコピーがぴったりの広告バナーが完成した。


 後ろの席に座る担当営業の高田に声をかける。厚い胸板に精悍な醤油顔。由衣とは同期入社で気心が知れた関係だった。バナー画像が映るMacBook Pro Zのディスプレイを彼に向ける。

 「羽鳥、早いね! いいじゃん、こういうのでいいんだよこういうので!」

 褒めてるつもりだが微妙に失礼だった。だが高田は基本的には素直でいいやつなので、得意先には好かれていた。

「……クライアントに送るのはやっといて」

 由衣は短く言って、別の作業をはじめた。

 

 彼女は、本業として広告制作会社で『AIデザイナー』の仕事をしていた。

AIを操作して動画や静止画を作成し、デザインの技術を組み合わせて仕上げる近年生まれた職業。

 生成AIの黎明期は、「ボタンを押すだけで理想の動画や画像が出てくる! そのまま広告だとか表紙だとかに使える!」と興奮する人たちが一時的に増えた。

 だがやがて、生成物にアートディレクションが施されなければ、ブランド価値を維持したり感情を動かしたりできないことがわかってきた。格のある企業の仕事ならなおさらだった。

 そこで需要が高まったのが、高度なデザインスキルとAIのオペレーションスキルを併せ持ち、アートディレクションのセンスでそれらを統合する職業だ。由衣の職業、AIデザイナーである。

 撮影やキャスティングといったコストや時間がかかる既存のタスクを圧縮できるのも魅力だったが、大事なのはAIのパーツを市場価値のある作品に仕上げる力だった。結局のところ、意図のないアウトプットのガチャを素人が回してこねくり回すより、プロの手を介することの方がクオリティも生産性も高かった。美大でもAIに関する授業が一般化した今、AIデザイナーという職は需要も成り手も増えている。


 由衣に好都合だったのは、これがフェイクのインフルエンサーになるために最適なスキルだったということだ。

 最初は、ちょっとした衝動からだった。ある日インスタで、友人の友人のモデルがちやほやされる投稿を目にし、由衣は羨ましさとむかつきに襲われた。情動のままに自分を露出度高めの美女に置き換えて、新しいインスタアカウントに投稿すると、即座に反応が殺到。見たことのない数の「いいね」がついた。

 その日から、由衣の脳汁が止まる夜はない。

 いまや由衣はファッション・インフルエンサー「ゆいぴん」として30万超のフォロワーに囲まれながら、企業の案件もこなしている。案件とは、新作の服だとかアクセサリーだとかを身につけて画像や動画をアップして報酬を受け取るものだ。由衣は、こうして承認欲求と金銭欲を同時に満たしていたのだった。

 「本当の自分」と「フェイクの自分」のあいだにある矛盾は、再生数やいいね数と比例して放出されるドーパミンに押し流され、意識に上らなくなっていた。

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