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第11話

 高田家のインターホンを鳴らす。

 ちょっと待ったあと、高田がドアを開けてくれた。後ろに見える車椅子の凛は重苦しい表情で、微妙にそっぽを向いている。高田は「ま、入れよ」と言った。

 気まずい空気。いままでの由衣だったらあたふたしてただろう。

 が、今日の由衣は空気なんて読まない。よくもわるくも、興奮したときに放出される脳内ホルモンが多めなのだ。

 リビングへ通されると、迷わず彼女はMacを立ち上げた。凛は口を固く結んだままだ。

「凛ちゃん。これ見て」

 凛は困惑して、由衣を見上げた。高田の顔と交互に視線を行き来させる。

「凛、大丈夫。見てみてほしい」

 兄の言葉に小さく首をかしげたあと、凛は再生ボタンをクリックした。


100座目! 乗鞍岳


 画面の中で、登山道の入り口に『RIN』が立つ。いままでの動画と同じ流れだ。

 今日登る山の紹介をする、バストカットの『RIN』。次のカットは、山道へと踏み出す彼女の足元のヨリ。凛は眉根を寄せ画面を戸惑いながら見ている。

 そしてカメラが持ち上がり、広い画角でヒキの画を捉える。


 ――はるか長く、ゆるやかに山頂へ続く細い山道が映し出される。

 その道に沿って、半透明の色彩が空中に連なっていた。


「……え?」

 凛は、画面に目を凝らした。

 それは、バーチャルな広告の連なりだった。色とりどりのポスターが、山道と並行して合成されている。

 凛の知っている登山関連の企業がいくつもある。アパレルの企業も目立つ。

 麓からポスターは繰り返し配置され、頂上まで小さくなりながら連なっていた。鮮やかな色彩の広告写真やイラストが、青空に翻る。

 凛は、まるで運動会の万国旗を引き伸ばしたみたいだと思った。

 画面のなかの『RIN』は、色彩の列の前をずんずんと進んでいく。でこぼこした土と石の道を力強く踏み締めて。

「なんで? 広告? なんなのこれ?」

 映像を観ながら、凛はつぶやく。二人の顔を見やる。由衣も高田も頬を緩めている。いつの間にか椅子を動かして、それぞれ凛の左右に座っていた。

「あっ」

 凛がフラワーマーケットの広告を見つめている。そこには、かつて凛が登山動画で紹介したヤマユリのカットが使われていた。白い花弁が胸を張るようにに開いている。ベランダや庭でも育てやすいと凛が教えてくれた花だった。

 鋭角になっていく斜面を『RIN』の足が踏みしめる。半透明のポスターの向こうにロイヤルブルーの池が通り過ぎていく。


『RIN』が空を仰いだ。視界が開け、北アルプスの峰々が遠くまで見えた。

 頂上だ。

 そこには、白い山小屋が建っていた。『NEXT BODY ROBOTICS』という看板が掲げられている。

「この企業って、たしか」

 凛が言い終わる前に、『RIN』がその店に入る。Apple Storeと整形外科の中間みたいな内装に、ベージュのマネキンがずらりと並んでいた。マネキンの脚部には、白くて細い網で編まれた装置が装着されている。

 由衣が凛に話しかける。

「AIパワードスーツって知ってるよね」

 凛は、この身体になってから高田と一緒に調べたことを思い出した。神経の信号とリンクし、繊細に強固に歩行を補助してくれるデバイスだ。

「はい、けど、それって」

 超高額で、インフルエンサーをやっている自分でもとても手が出る商品では――。

 はっとして、凛は由衣の顔を見つめた。由衣は大人びた表情で頷こうとしたが、ドヤ顔になってしまった。

 動画の中の『RIN』は、ナイロンパンツの上から網状のスーツを身に付けていく。脚部を包み込むと、そこから連なる細い線を後頭部へとつなげた。『RIN』が屈伸すると、白い網は関節の動きに合わせて絹布のようにしなやかに追従した。

 装着を終えた『RIN』は大股で小屋の外に出た。ごつごつした岩を飛び越えるように歩き出す。絶景を背景に、北アルプスで連なる隣の山へ向かって。

 凛は、『RIN』の後ろ姿を見ている。


 高田が、由衣と静かにうなずき合ってから話し出した。

「『NEXT BODY ROBOTICS』の最新型は、神経信号を読み取って、カーボンナノチューブ繊維が筋肉の代わりを果たす。

 動画みたいに自然に歩けるかはリハビリ努力次第だが――。

 この企業の方々がスポンサーになってくれるそうだ。……うん。確かにすげえ高額だけど口数を集めた。凛への提供は、身に着けて登山動画を続けるのとスポンサーロゴを出すのが条件だ。もちろんお前がよければだけどな」

「……!」凛の目が大きく開かれる。

「あ、待て。礼ならまず由衣に言えよ。その前にちゃんと謝れ」

「由衣さん」

 凛の目の端で、液体がぷるぷるとしていた。

「本当にごめんなさい。わたし、とても失礼だった。それから、ありがとうございます」

「こっちこそ、ごめんね……」

 凛が、車椅子の上で腕を広げた。由衣は身を寄せて、凛の背中に手を回した。

「ううん。由衣さん、大変だったでしょ?」

「うん、そりゃあもう。わたしのフォロワー数もスポンサーを説得するための材料に入れてるからね」

 あれ、こんなこと言うはずじゃなかったのに。気持ちとまるで違う言葉が口をついて出ている。

「分かってるよ、本当にありがとう、うれしい」

 もっとかっこいいこと言いたかったんだけどなあ。でも、これ言えればいいっか。

「また高尾山からはじめない? 三人で」

 凛は、笑ってアップロードボタンを押した。

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