第1話
羽鳥由衣の夜は、ハイエンドPCの起動からはじまる。GPUはNVIDIAのRTX12000、メモリは256GB。冷却ファンがぶうんと回り出す。
3DフェイシャルベースのLoRAファイル「yuipin_v3.9.safetensors」を『Stable Diffusion』で読み込む。鏡より見慣れた『ゆいぴん』の顔が浮かび上がる。由衣の長所は残しつつ爆美女に磨き抜いたモデルだ。SNSの流行に合わせた髪型とメイクのパッチを重ね、生成用パイプラインを走らせる。目元のウェット感と前髪の跳ねが今回のポイントだ。
次にPhotoshopを起動。パスツールで眼と口元を選択し、色相と彩度を調整。
背景のデータは先日訪れた渋谷のアンティークなカフェだ。ひときわ映える構図を選ぶ。座る自分にマスクをかけて、『ゆいぴん』をはめ込む。顔の角度や奥行きはAIが補正するが、質感や光源が甘い。トーンカーブを調整し、レタッチを加える。修復ブラシとコピースタンプで指や髪の破綻した箇所も修正する。
テーブルの上のパンケーキが微妙に崩れていたので、『Midjourney』で理想のパンケーキを生成して合成する。
Instagram用の投稿画像を書き出す。プレビューを確認。Vネックワンピースからのぞく胸の谷間がちょっとだけ目立つよう微調整を加えた。
次は、YouTube用の動画だ。
昨日、自室で撮影したノーメイク・Tシャツの自分は、カフェでしゃべる演技をしている。照明もでたらめだ。
『Body Craft Pro』を立ち上げる。表情モーションと音声波形からフェイシャルトラッキングを生成し、先ほどの「先週のゆいぴん」モデルをオーバーレイする。LoRAは、少し前のバージョンから動画素材生成にも正式対応していた。笑う、瞬く、喋る。動きが滑らかにつながる。
リップシンクのズレなどの細かい違和感はフレーム単位で調整する。選択ツールで囲って、ペンタブでの修正とAIでの生成の共同作業を加えていく。壁紙はリアルタイムマスクで除去、背景を先ほどのカフェに変える。理想の生成パンケーキも合成する。
カットが仕上がっていくごとに『Adobe Premiere』上のタイムラインに並べて、心地いい流れに組み替えていく。
カラーコレクションは『DaVinci Resolve AI』。他のインフルエンサーのアカウントで学習させておいたスタイルシートを読み込ませて肌の色温度を上げる。
音声は『Adobe Audition Cloud』で加工。しゃがれた地声を、透明感ある『ゆいぴん』のボイスに変換する。
Premiereのプレビューの中で、由衣は『ゆいぴん』と目を合わせた。
うん、こんな感じか。
「ちょっと贅沢しちゃいました♡」
パンケーキをついばみながら、自分じゃない自分が上目遣いでつぶやく。
「#カフェ好きさんと繋がりたい #ちーむアンティーク #ご褒美時間 #カフェ巡り……」キャプションや概要文を書き入れ、順番にInstagramやYouTubeの投稿ボタンを押した。
インスタのホームを親指で何度も引っ張って、読み込みを繰り返す。最初の「いいね」は五秒、コメントは十五秒後。「早速行かれたんですね!」「かわゆい!」「笑顔癒されます」――コメントと数字が高揚感とともに押し寄せてくる。
由衣は、空のマグカップをくるくると回した。ジャージの裾がめくれて、足首が少し冷えている。
画面の中の『ゆいぴん』は、端正な顔で幸せそうに微笑んでいる。
由衣は、リアルタイムでカウントアップしていく数字を見ながら、背中にぞわりと快感を走らせた。
羽鳥由衣は、嘘つきインフルエンサーだった。
デザインとAI操作のスキルを使って、インスタやYouTube上で「別人のような自分」を捏造して投稿していた。爆美女・ゆいぴんとして。
彼女はそれを、ディープフェイクになぞらえて、『ライトフェイク』と自分のなかで呼んでいた。犯罪っぽい『ディープフェイク』とは違う、かわいい嘘。ドーパミンがあふれる脳内で、そんなふうに処理していた。
生成・合成・編集を高度に組み合わせて作られる画像と映像は、人物や世界観に一貫性があって不自然さがない。流行を反映させつつ、ときにエモく、ときにチルい。要は魅力的だった。
AIにプロンプトをぶちこんだ程度でクリエイター面している奴だとか、いまだ無料アプリでフィルター加工している素人だとかには真似できない――そんな自負を感じながら由衣は、『作品』の前で鼻を小さく鳴らした。