7話
王との対談を終え、俺はみんなの為に何が出来るかを考え続けていた。
でも今は神訴の時間なのでそちらに集中する。
「親に暴言を吐いてしまいました。ひどく後悔しています。でも、あの時は本当に我慢ができなくて……。私は罰を受けるべきでしょうか?」
男性は涙ながらにそう話てくれた。
「あなたの胸にある後悔こそが、すでに償いの始まりだよ。怒りを抱くことも、感情を抑えられなかったことも、人として当然の弱さで、神はそれを否定しない。だけど、その後に『申し訳なかった』と感じられるあなたの心を、神はきっと見守っているよ。今からでも、素直な言葉で心の内を伝えることができれば、きっと関係は癒えていくよ。その一歩を踏み出す勇気を、神と私があなたに授けるよ」
俺はそう言うと男性の両手を掬い取って俺の額に当てた。この行動にあまり意味はないけど、何もしないで聞いて答えてそれでお終いじゃ味気ないと思って、そうする様になったらデル様が気まぐれにほんの少しの幸運を授ける事があるんだ。だから俺はそうする事にしてるんだ。ほら、今も男性に少しの幸運が訪れる様に授けてくれたよ。
「神子様、ありがとうございます。頑張って一歩踏みだして話してみようと思います」
男性は少し元気になったのか笑顔になって部屋を出ていった。
次の人は腰が少し曲がったお婆さんだった、俺は慌てて立ってお婆さんを支えて椅子に導いた。ここにはいつもいる3人はいないからね。
「ありがとうございます、神子様」
「どういたしまして。今日はどうしたの?」
「今日は神子様にご相談があってですね」
「どんな相談かな? 聞かせてくれる?」
俺がそう言うとお婆さんはゆっくり口を開いた。
「神子様はもう色々考えて、私達の為にしてくれたのは分かっているのですが、もっと手軽に怪我や病気が、少しでもよくなる様なポーションみたいなのが、出来ないものでしょうか」
「なるほど、俺も考えてはいたんだけどポーションって事は飲み物って事だよね? んー、俺の魔法は効くけど俺がいなくなったらそこから前みたいになっちゃうものね……。ポーションみたいなのかぁ……あ! 思いついたから出来たら周知してもらうから少し待っててもらっていい?」
「勿論でございます。神子様、ありがとうございます」
お婆さんはお礼を言って帰っていった。
俺が思いついたのを試す為今日は神訴を止める為に扉の前にいるデービットに今日は終わりにしてもらおうと声をかけた。
「デービット、今日はもうお終いにしていいかな?」
「何かありましたか?」
「思いついた事を試したいから今日はお終いにしたいんだ」
「分かりました、今は新しい人はいないのでお戻りになられても問題ないかと思います」
「そう? じゃあ今日はもうお終いね」
俺はそう言って扉を閉めて廊下を歩き、俺の部屋へと戻る。
「トール様、お帰りなさいませ。少し早いですがお昼になさいますか?」
「うん、ちょっと早いけど食べる。食べたあとにちょっとやりたい事があるから、集めてきて欲しいものがあるんだ」
集めてきて欲しいものをデーンに頼み、俺が昼食を取ってる間に持ってきてもらう事にした。
昼食前のお祈りをして、食べ始めるとデーンは頭を下げてから部屋を出ていった。俺はゆっくりとご飯を食べる。今日は白身魚のソテーに野菜のポタージュ、焼きたてで小さめの丸パンが2、3個、果物の盛り合わせ、ハーブティーだった。この世界に来た時は料理が不味いのではと思ってたけど、そんな事なかったな……パンも黒パンや硬かったりしてないし、食文化は日本よりはちょっと下くらいかなぁ? でも美味しいのは変わりない。
食べ終わる頃にデーンが戻ってきた。その手には何も持ってないけど、腰のとこにあるウエストポーチに空間魔法がかかってるって言ってた、異世界ファンタジーあるあるだよね。デーンはお皿とかが片付いてるテーブルの上に持ってきたものを広げた。といっても魔石だけだけど。ただし量は多い、チェリーブロッサム王国内の地方神殿や小神殿に配る為でもあるからね。
「トール様、これで具体的に何をするのですか?」
「この魔石を使って、俺の聖魔法で満たして空気中の魔力を転換すれば、いつまでも使い続ける事が可能じゃないかって思って実験してみようかなって」
「そうでございましたか、では何かお困りの事がありましたらお声がけください」
そう言ってデーンは後ろに控えた。
さて、試しに魔石を一つ取り両手で握り怪我や病気、毒が治る様に思った。だけど思いの力はそんなに使ってない。ちょっと怪我や病気がよくなる程度だ。よし、出来たかやってみよう。
「デービット、ナイフある?」
「ナイフでございますか? 何に使うのですか?」
「指先ちょっと刺すくらいだよ」
「いけません! 御身を傷つけては神々に怒られてしまいます」
俺がデービットにナイフを出す様に言ったら、どうして必要か言われたから正直に話したらデーンに怒られてしまった。そんな事ないと思うけど、デル様のあの俺に向けてた目を思うと本当にしそうだから、デービットの手をちょっと刺す程度にしてもらった。
デーンには新しいコップに水を用意してもらった。俺はそこに聖魔法を込めた魔石をコップの中に沈める。
「じゃあ、デービットこの水を魔石を残して飲んでみて?」
「飲むだけでいいんですか?」
デービットのその言葉に俺は頷いて返した。そしたらデービットは一口ゴクリと飲んだ。傷をつけた場所を見ると綺麗に塞がっていた。
「トール様に治してもらうよりは治りが薄いと言いますか……」
「まあ、治る効果を弱めたからね」
「なぜ弱めるのですか?」
「治療院がいらなくなっちゃうでしょ? 聖魔法の衰退とかになっちゃうだろうしそれじゃダメだから」
「成る程、未来の事を思っての事なのですね」
デーンの言葉にそうだと頷いて返した。それからは俺は黙々と魔石に聖魔法を付与していく。一つ、また一つ。力の込め具合を間違えない様に、気を張りつつ丁寧に。
その集中を少し破る様に、隣から控えめな声がかかった。
「トール様、一旦休憩にいたしましょう。温かい紅茶をお入れしました」
デーンの声だ。
「ありがとう。丁度手を止めようかと思ってたとこだよ」
そう言って、少し腰を伸ばしながら手元の魔石を脇に寄せる。デーンが紅茶の入ったカップと干した果物が乗ってる小皿をそっとテーブルに置いた。
「無限に魔力があるからといって疲れない訳ではないですから休憩してください」
「そうだね。気をつけなくちゃ」
そう言って椅子にもたれると、デーンも小さく笑った。
紅茶を数口飲んで、干した果物を2、3粒食べてちょっと休憩してた頃、今度は控えめなノックの音が響いた。
「失礼いたします、神子様。ただいまよろしいでしょうか」
扉の奥からそう声がしたので、デービットを見たら頷いたから俺は招き入れる事にした。
「どうぞ入って」
扉をそっと開けて入ってきたのは、見習い神官の青年3人だった。まだあどけなさの残る顔立ちに、少し緊張した表情が浮かんでいる。
「何か用かな?」
俺は椅子に座ったまま尋ねると、見習い神官は一礼して、少しぎこちなく口を開く。
「はい。本日は、神子様のご活躍を見学し学ぶ様に、高位神官様より申しつかって参りました」
「ああ、そういう事。じゃあ、無理しない範囲で見ていっていいよ。退屈かもしれないけど」
そう言うと、見習い神官達はほっとした様に頷いて、控えめな動作で部屋の隅に立った。
「ありがとうございます。お手を煩わせる様な事はいたしませんので、どうかお気になさらず」
真面目な口調に、デーンがくすっと笑った。
「見習いとはいえ、優秀な子達です。緊張している様ですが、どうか温かく見守ってくださいませ」
そう言われて、俺も笑って頷いた。休憩はこれくらいにして、魔石に聖魔法を込める作業を再開しながら、ちらりと視線を感じる。どうやら本当にしっかり見ている様だ。
それから20分程経った頃、俺は退屈になるかと思って声をかける事にした。
「見てるだけって退屈じゃない?」
俺がそう問いかけると、見習い神官達は首を横に振る。
「……いえ。とても勉強になります」
「そっか。じゃあ、せっかくだし。何か困ってる事とか、悩んでる事とかない?」
「えっ……」
少し驚いた様子の見習い神官達。でもそのうちの1人が、少し俯いて口を開く。
「実は、祈っても何も感じられなくて……自分には、神官の素質がないんじゃないかって思ってて……」
俺はすぐには答えず、紅茶を一口飲んでから微笑む。
「それ、俺も最初はそうだったよ」
「え……?」
「すぐに答えが返ってくる人ばかりじゃないよ、神様だって多分忙しいんじゃないかな? でも、それでも祈り続ける気持ちは、神様達にちゃんと伝わってると思うんだ」
俺は手を止めてたのを再開してそう口にする。この言葉が届いてくれると信じてチラリとその見習い神官に目を向ける。
「私の祈りは神様に届いているのですね……。神子様、私の悩みを聞いてくださりありがとうございます」
「どういたしまして」
それから暫くすると、見習い神官の1人が恐る恐る声をかけてきた。
「あの、神子様……それは、噴水に入れる魔石なのですよね?」
「うん。設置して、空気中の魔力で稼働する仕組みだよ」
「凄く便利ですね……。あの、もしよろしければですが、こんなのもどうでしょうか」
「うん?」
「こう、身につけられる御守りの様な物にして、魔石に同じ様な力を込めるとか……。傷や病気を軽くしてくれるものがあれば冒険者や旅人、子ども達も助かるんじゃないかと思って……」
その言葉に俺は少し驚いて、それから笑った。
「それ、いいかもね。よし、試してみようか! 神殿で働く人達も作れる様にしたら収入にもなるし」
見習い神官達は顔を見合わせ、パッと表情を明るくした。
俺はそれからどういう御守りがいいかとかを、見習い神官達、デーン達とで意見を交換しあった。それから1時間以上してから魔石に聖魔法を込めるのが終わった。デーンに神殿がある所に噴水があるならそこに設置してもらいない場合は噴水も作ってもらってそこに設置してもらう様に手配を頼んだ。勿論お布施をもらう様にも指示。それから見習い神官達は俺の作業を見た後、お礼を口にして帰っていった。