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5話

 治癒を終えた者達が、1人、また1人と待合スペースに戻ってくる。そこには、どこか茫然とした空気があった。

「……凄いな、あれが神子様の力か」

 誰かがポツリと呟いたのをきっかけに周囲がざわめき始める。

「本当に、一瞬で……」

「あんな温かい魔力、初めて感じた」

「ありがてぇ……神子様にもう一度お礼が言いたいなぁ」

 涙ぐむ者、何度も腕を動かして確かめる者、家族に報告しようと席を立つ者――それぞれがそれぞれのやり方で神子の力を受け止めていた。

 やがてその感動は、他の診療を待つ者達にも伝わって行く。

「神子様とは、もしやかのご高名(ごこうみょう)なお方の事にございますか? これまでお見かけする事がございませんでしたが……つい最近、遠方より――あるいは、神々の導きによって、この地にお越しくださったのでしょうか?」

「本当に神子様がいらっしゃるなら一目お会いしたいな!」

 会っていない人達も神子の事について噂をしている。

 ざわめきが広がる中、待合スペースの方にゆっくりと歩いてくる一団の姿があった。先頭には治療院の院長、その傍らには見慣れぬ青年――神子と、その護衛の姿もあった。その一団が足を止めると、ざわめきは徐々に静まり、人々の視線が自然と彼らに向けられていった。治療院の院長が一歩前に出て、穏やかな声で告げる。

「皆さん、お聞きください。先ほど皆様を癒やしたのは、神々に遣わされた"神子様"です。今ここに、我らがもとへと降臨なさいました」

 周囲がどよめく中、神子が一歩前に出て、口を開く。

「院長からご紹介あずかりました神子のトールだよ。創造神バネロッサデルフィ様からこの地へと召喚されたんだ。みんなの役にたつ様にこれから色々していこうと思ってるからよろしくね?」

 神子がそう言ってニコリと微笑むと、一瞬の静寂が訪れたすぐあと歓声が上がった。

「神子様万歳!」

「神子様ー! 来てくれてありがとうございますー!」

「怪我治してくれてありがとうございます!」

「神子様のおかげで病気治りましたー、ありがとうございまーす!」

 歓声はどんどん大きくなり、待合スペースはたちまち熱気に包まれた。

 手を振る者、感極まって涙ぐむ者、頭を深く下げる者――誰もが、目の前に立つ神子に感謝と敬意を示していた。

 そんな人々の姿を、神子は少し恥ずかしそうにしながらも、しっかりと受け止めつつ手を振ったりしていた。

 その様子をそばで見守る院長や護衛たちの表情にも、どこか安堵の色が滲んでいる。

 歓声はしばらく止むことなく続いた。やがて感動の渦は、治療院の外にまで波のように広がっていく。治療を終えた者たちは家族のもとへ戻り、口々に神子のことを語った。

「まるで光が流れ込んでくるようだった」

「一瞬で痛みが消えた」

「あれは本物の奇跡だ」

「神子様の御業(みわざ)は凄いわね」

「神子様のお姿拝見したいな」

 ――そんな言葉が、あっという間に町を駆け巡っていく。

 その噂は、程なくして王城にも届くこととなる。

 ――静まり返った執務室に、紙をめくる音だけが淡々と響いていた。だが、書類の内容はほとんど頭に入っていない。私は視線こそ机に落としていたが、意識はすでに別のところへと飛んでいた。

「……神子が、現れた、か」

 誰に聞かせるでもない独り言がポツリと漏れた。それでも、私の声にはわずかに緊張が滲んでいたと思う。

 神子――神より遣わされし、祝福の象徴。その存在を知らせる報せが神殿から届いたのは、ほんの数日前のことだった。

 初めは耳を疑った。神子が本当に現れるなど、伝承や絵画の中で語られるだけの遠い神話だと、どこかで思っていたのかもしれない。

 だが、続いて届けられた報告が現実味を帯びてくるにつれ、私の中にあった感覚も徐々に変化していった様に思う。

「……神子自ら治療院で民の傷を癒した、と?」

 思わず、手元の報告書に視線を戻す。

 そこには、傷を癒やされた者たちの証言や、治療に立ち会った院長の記録が並んでいた

 「魔力の温もりに包まれ、一瞬で痛みが消えた」

「目の前で、傷が塞がっていくのを見た」

「涙が出るほど、優しかった」

「奇跡をこの目で見た」

 言葉の端々に、ただの治癒を超えた"何か"を感じさせる熱があった。私は深く息を吐いた。

 その時、執務室の扉が控えめにノックされる。

「陛下、失礼いたします。ウィードでございます」

「入れ」

 宰相のウィードが入室すると、すぐに神子についての続報が告げられた。

「陛下に神子様のご報告を申し上げます」

 その言葉に王はペンを置き、背凭れに身を預ける。

「治療を受けた者たちの噂が瞬く間に広がり、王都中で神子様の話題が持ちきりです。商人や旅人を通じて、すでに周辺の街にも噂が届き始めています。そして神子は現在、王都神殿に滞在しております。日々の祈りや、神殿内での創造スキルの行使を行っており、神殿関係者の間でも“神々の寵愛を受けた御方”として受け入れられております。民衆は熱烈に歓迎しており、貴族の中にも支援の意を示す者が出始めました。一方で、一部の貴族からは"慎重に見極めるべきだ"との意見も……」

  宰相は淡々と語り始めた。神子が治療院で施した奇跡がどれほどの反響を呼んだか、王都全体が熱を帯びている事、そして神殿関係者の中でも神子を敬う声が強まっている事……。だが一方で、貴族層の中には懐疑の声もある事を報告してきた。

 私はそれを聞いて心の奥に微かなざわめきを覚えていた。

 神子――創造神様の導きによってこの地に現れたという存在。だが、私はまだ彼の姿を見ていない。ただ噂ばかりが先を行き、まるで神話の登場人物の様に語られている。

 神子が本当に"神々の寵愛を受けた者"であるならば、我が国にとってこの上ない幸運だ。だが、もし仮に――本当にもし仮にだ、民の信仰心を巧みに煽るだけの詐術であったとしたら?

 過去、神を騙る者が全て真実の使徒であったわけではない。だが今回ばかりは、あまりにも民の反応が早すぎる。

 ――否、早すぎるのではない。

 彼らはそれほどまでに「希望」を求めているのかもしれぬ。

 民の中で語られる神子は、優しく、温かく、誰にでも分け隔てなく手を差し伸べる存在だという。

 病に伏した子供に触れただけで熱が引き、戦傷を負った兵の脚を再び歩かせた――まるで絵空事のような奇跡。

 それでも、語る者たちの瞳は皆、真実を語っていると信じて疑わない。

 貴族たちの反応は分かれていた。

 彼を神子として受け入れ尊重する者。

 彼を新たな“象徴”として利用しようとする者。

 自身の影響力を脅かす存在として警戒する者。

 あるいは単純に「神子とは何か」を知らぬがゆえに距離を置く者。

 どれも理解はできる。神に連なる者は、常に力と崇敬の狭間で揺れるのだから。だが、王として私は思う。この国に生きる全ての民が、彼の奇跡によって救われるのならば――その存在を疑う必要など、どこにあると言うのだろうか。

 神子、トール。

 その者が本物であるかどうかは、もうじき分かる。私は、真にこの国を思う者として、彼を迎える準備を進めるべき時だと感じていた。

 なので宰相に会議を開くと告げ、いつも集まる者達を呼ぶ様にも告げた。

 数刻後、王城の会議室で大理石の円卓を囲むのは王国を支える数名の重鎮たち。宰相、大臣、騎士団長、そして名門貴族の代表者たち。

 私がゆっくりと席につき、重厚な扉が静かに閉じられると、皆を見渡し宰相が一歩前へ出て口を開く。

「急な会議にも関わらずお集まりいただき陛下に代わり感謝申し上げます。今回の議題といたしましては神子様についてでございます。神子様が降臨された国として、神子様と今後どう渡り歩くかを考えていただけたらと思います」

 宰相の話が終わると誰もが口を開かぬ中、私は一人一人の表情を見ていく。

 宰相は変わらぬ冷静な面持ち。だが、わずかに眉間に刻まれた皺は、慎重に先を読もうとする彼の苦慮を物語っていた。

 国を任される騎士団長は、腕を組んで考え込むように目を伏せていた。近年、国は平穏を保っている。周辺国とは同盟を結び、遠方での小競り合いも王都に届くほどではない。それでも彼の頭には、"もしもの時"の選択肢が浮かんでいるのだろう。神子という新たな存在が、守りの盾になるのか、それとも――と。

 内政を担う大臣はむしろ安堵の色を浮かべていた。民衆の支持を得る鍵と見ているのだろうか。

 一方、名門貴族の一人は顔には出さぬまでも、口元に浮かぶわずかな歪みが不快感を物語っていた。

 皆の反応を確かめた私は胸の内を整理するようにそっと息をついた。

 私は神子という存在をまだ知らぬ。だが、宰相や民から伝わる声には、確かに"人を救いたい"という意志が感じられる。神々に選ばれた者が、ただ高みから見下ろすのではなく、自ら手を伸ばして人を癒す……その姿勢は、王としてでなく、一人の人間としても好感を抱かずにはいられない。

 この国の未来を思うのならば、神子と敵対する道を選ぶなどあり得ない。むしろ、友誼を結び、支え合う道を探るべきだと私は思っている。

 神子はまだ若いと聞く。同じく若い我が第3王子と親しくなってくれれば、神子もこの国を"遠い神の地"ではなく、"共に歩む地"と感じてくれるかもしれない。……そんな淡い期待を抱いてしまうのは、王という立場を越えた、親としての我儘なのだろうか。

 私が色々と思考していると、続々と声があがってきた。

「民の支持は確かに大きな力になるが神子の真意が見えるまでは慎重に機会を伺ってからでも遅くないのでは?」

「神子が国を守る意志を持つなら我ら騎士団は支援を惜しみません」

 内務大臣は民の支持が見込めると思ってるが慎重に事を進めるのはどうかと言い。騎士団長は国の事を思い神子が守る意思を見せるなら手を差し伸べると言った。

「私が聞く限り神子様は、とても優しく分け隔てなく人々に接しているとか、私は神子様と友好的に接してもよいと愚行します」

 宗務大臣は神子と手を取り合う方がいいと言った。

 貴族達はと言うと。

「神子が本当に我々に友好的か分からぬのですよ? 心の中では違う事を思っているやもしれません」

「権威を揺るがす様な真似をされては困ります、こちらで制御出来るならするべきでは?」

「神々に寵愛されてる方を制御出来るとは思いませんバチが当たるかもしれませんよ」

「わたしは神子様と友好関係を作る努力をした方がいいと思います」

 と様々な意見が聞けたので話を聞いてもらう為に私は口を開く。

「皆の意見を聞いて私は神子とは友誼を結び支え合っていければと思う。神子を軽視するならば私だけでなく神をも敵に回したと受け取ろう」

 私の言葉を聞いた者達は好意的に受け入れる者、渋々受け入れる者、中立派になる者と別れながらも私の命を聞きそれを了承した。会議はつつがなく終わった。後は神子へ使者を送るのみとなった。

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