「わからせ」て差し上げますわ
次の日の朝。イヴリンはさっそく、彼らの部屋へと出向いていた。
朝を制すものは1日を制す! まずは王子たちに朝の挨拶といきましょう!
ここで負けてはいられない。なぜならイヴリンには生活がかかっているのだ。
あのクソガ…わがままなお坊ちゃんがたを、立派な優等生に叩きなおして差し上げませんとね!
まずはライアスの部屋へ向かったイヴリンだったが、ちょうど扉の前で朝食の盆をかかえた若いメイドとかちあった。
同僚とは仲良くするに越したことはない。イヴリンは感じよくにっこりとほほ笑んだ。
「おはようございます。昨日から家庭教師としてお勤めしております、イヴリン・ロシュフォールですわ」
「お……はようございます。私はメイドのメアリ……です」
しかしメアリはイヴリンを見ようともせず、わずかに手を震わせていた。イヴリンは思わず彼女の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫ですか? 具合が悪いんですの?」
「いえ、その……い、いつも朝食をもっていくと、王子さまたちはご機嫌が悪いので…」
震えるメイドはおどおどとうつむきながら足をもじもじさせていて、いかにも『いじめられっ子』という風情だった。
イヴリンはピンときた。
あの兄弟ときたら、一応貴族であるイヴリンにすら、あのように盛大に見下してくるのだ。ビクついている目の前のメイドなど、さぞわがままを言い散らかして虐めているに違いない。
イヴリンはひょいと彼女の持っていたお盆を持ち上げた。
「それなら、私が持っていくのを代わってあげますわ」
「い、いいんですか!」
「もともと部屋に入るつもりでしたから。ついでですわよ」
「あ、ありがとうございます…!」
ほっとしたのか駆け足で戻っていくメアリを尻目に、イヴリンはライアスのドアを気合を入れてノックした。
「ライアス様、入りますよ。 入りますからね!」
返事がなかったから、そのままドアを押して入ったその瞬間ーーひゅんっと何かが飛んで来て、イヴリンは食事のトレイを持ったまま本能的に体をのけぞらせてよけた。
一体、何ですの!?
何が飛んできたのか確認しようと振り向くとーー床の上に、小石ほどの大きさの、キラキラとした何かが落ちていた。
宝石かしら? それにしても、物騒な――!
「なっ……あいつ、僕のパチンコを避けた!? トレーも落とさずに……!?」
悔しがるライアスの声を聴いて、イヴリンは得心した。
なるほど、それであのメイドは、震えていたわけね……。
イヴリンの顔から、一切の笑みが消えた。
言葉の暴力はまだ許す余地もありますが――これは、言語道断ですわ。
イヴリンは真顔で立ち上がり、ずんずんとライアスの部屋へと帰っていった。
「な、なんだよ! く、くるな! 僕の部屋だぞ!」
ライアスは焦ったのか、手に持った木製のパチンコで、次々とイヴリンに向かってつぶてを打った。彼の魔力がこもっているのか、石はイヴリンを追いかけるように飛んでくる。
けど残念、私にその手は効かなくてよーー!
イヴリンは持ち前の動体視力と反射神経で、飛んでくる石を次々とよけた。
この程度のことは、イヴリンにとってはなんでもなかった。実家で受けていた仕打ちにくらべれば、かわいいものだ。
なにしろカレンときたら、気に入らなければ椅子でもポットでも裁縫道具でも、なんでもギフトを使って投げつけてきたのだから。
おかげで飛び散る熱湯やガラス片、マチ針まで完璧に避けるすべを会得しちゃったのは、不幸中の幸いであった。
「く、くぅう……な、なんでぜんぶ避けるんだぁ!」
ライアスが叫び、イヴリンはふふんと笑いながら、また飛んできた石をよけた。
妹の癇癪で鍛えた私の反射神経、舐めてもらっては困りますわ!
「く、くそっ……! もう石が、ない……ッ」
ライアスはあわててポケットやベッドの上を探し回っていたが、さすがにもう玉切れのようだった。
イヴリンは真顔のまま、ライアスに迫った。
「ライアス様、お話がございま――」
やぶれかぶれとなったのか、イライアスは後ろに手をひっこめたのち、思い切って両手を突きだした。
「く、くそ、これらなどうだ!!!」
イヴリンの目と鼻の先に、とぼけた顔をしたオオガエルが突き出されていた。首にはカエール2世と書いたリボンがまいてあった。
驚いたイヴリンを見て、ライアスがほくそ笑む。
「どうだっ、カエルだぞ! 怖いだろう!!」
あら、テカテカして健康そう。
イヴリンはにっこり笑ってカエルを覗き込んだ。
「ま、可愛いですね。ライアス君のペットですか」
「!? 怖く…ないのか?」
イヴリンはその声を無視して話しかけた。
「ずいぶん大きいんですのね。カエール2世は。年は3歳くらい?」
「…3歳半。アラステア先生がくれた、特別な魔術カエルなんだ」
「あら、頑張って育てたんですねぇ」
「そっ、そうだぞ! 子ガエルの時から僕が一生懸命世話をして、ここまで立派になったんだ!」
誇らしげにそういうライアスの手から、イヴリンはさりげなくカエルを抜き取り、両手で包んだ。
「お、おい、お前ごときがカエールに……ッ」
ライアスの言葉を無視し、イヴリンはカエール2世が良く見えるようにぷらんと持ち上げて、にっこりと黒いほほえみを浮かべた。
「ライアス様」
――ちょうどいいわ、カエール。この子の教育に協力してちょうだい。
イヴリンの気持ちが伝わったのか、いいよぉ、とでも言うように、カエールはげこ、と鳴いた。
ちょっと怖い事を言うけれど、嘘ですからね。安心してちょうだいカエール。
心の中でそう断って、イヴリンはライアスを見下ろした。
「今私が、このカエルをぎゅってつぶしたらどうします? ライアス様」
「えっ……」
「カエールを痛い目にあわせてあげましょうか。今まであなたが、メイドたちにやったように」
イヴリンは優しく、カエールの首元に指を巻きつけた。撫でられていると思っているのか、カエールは心地よさげに目を閉じた。
『本気』を演出するため、イヴリンはぐっとその指に力を込め――
「絞めますわよ」
「や、やめっ……やめて! カエールを離して!」
カエールを見たライアスは、必死の声を出した。
「カエールをつぶさないで……!」
先ほどの余裕も小ばかにした態度も消え失せたライアスを見て、イヴリンは静かに彼の隣に腰掛け、カエルを膝の上に乗せた。彼はイヴリンの膝の上におとなしく収まった。
「もちろん。私はカエルをつぶしたりなんかしません」
「え……じゃ、じゃあ、なんで! 今っ…!」
食ってかかってきたライアスに、イヴリンは厳しい声で言った。
「無抵抗の弱い者を傷つけることが、どれだけ卑怯で恥知らずなことかわかりましたか」