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ロイヤルナニーは婚約お断り! ~ グレた王子たちを更生させるはずが、溺愛されて困っています~  作者: 小達出みかん


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継母、襲来


「何ですって? あのバカ王子が、社交界に顔を出し始めたって?」


 昼下がりのうららかな午後、庭でサロンを開いていたカメリアは、小耳にはさんだその報告に顔をしかめた。

 カメリアの腹心の一人、おしゃべり好きで情報通のジェローム夫人が、ひそひそとその耳元でささやく。


「ええ。どうも先週、ロミエル公爵邸で開かれた、内輪むけの舞踏会に、アラステア様同伴で現れたらしいですわ」


「アラステアと? おかしいわね。彼らは仲たがいさせたはずよ」


 そう、カメリアにとって、アラステアは最初から強敵であった。出し抜くのに苦労したが、彼が、長続きする、戦後のごたごたで多忙であったのが幸いだった。

 彼らを敵対させるために、特別な事はする必要がなかった。王子たち二人を骨抜きにして、裏切ったあとに、この事態をアラステアは『静観』していた、と一言言っただけで、初めての裏切りと復讐に燃えているエヴァンには、アラステアを敵と認定させるには十分だった。


「それがどうも、今は交流が回復しているようです。アラステア様はエヴァン様を、あちらこちら夜会や仕事に連れ出しているようですよ」


「ふん……アラステアが出張ってきたのでは、面倒ね……」


 それにしても、どうして仲直りできたのか。カメリアは考えて、そしてすぐ可能性に思い当たった。


「あの家庭教師……彼女が来てから、なにか離宮の風向きがかわったようね」


 ライアスはメイドに当たらず良い子になりつつあるというし、アストンも連れだって外に出ているというし、エヴァンとは相変わらず没交渉らしいが、それにしたって、彼をアラステアが仲直りしたことを考えると。

 あの家庭教師を雇ったのはアラステア。メイドがそう言っていた。

 これらを線でつなぐと、エヴァンはもしかしたら、こちらを欺くために、家庭教師に反抗しているふりをしていることすら考えられる。


「これはいよいよ、つぶし時ね」


 あのメイドからの情報によれば、彼女はロシュフォール家の令嬢ではあるものの、あまり家では大事にされてきていなかったらしい。持ち物もみじめな有様で、仕事に精を出しているとか。

 ふふっ、とカメリアは意地悪に笑った。


 そうよね――大事にされている深窓の令嬢なら、外に働きに出るなんてことはしないで、いまごろ見合いでもしているはず。


「あら、いい事おもいついたわ」


 ロシュフォール家は大した家柄ではないが、たしかあそこは、夫妻そろって欲深な人物だったと記憶している。

 にこりと微笑んだカメリアに、ジェローム夫人は抜け目なく聞いた。


「何か、私にお手伝いできることはありますか?」


「ええ、ありますとも。ねぇ、サロンを開いて、そこにロシュフォール夫人を招待するのよ。それで……」


 カメリアの目配せで、聡い彼女はすべてを察してうなずいた。


「わかりましたわ。きっとご希望どおりに」


 カメリアはサロンの花のごとく、美しい笑みを浮かべた。


「期待していますわ」





 夏も近づいてきた、雲一つない、さわやかな午前中――


「ねぇ先生、今日は勉強のあと何して遊ぶ?」


「そうね、天気が良いですから、マフィンも一緒にボール遊びしましょうか」


「いいですね」


 ソファに座るアストンが微笑む。エヴァンは少し遠くで、こちらの会話を聞くだけは聞いていた。


「やったー! それじゃあ僕と、マフィンと先生、それにアストン兄さんは?」


「そうだね、行こうかな。ボールあそびはできないけど」


 くるっとライアスが振り向く。最近はアストンも、安全が確保できる空間なら、外へでて一緒に遊んでくれるようになってきたのだ。ライアスは嬉し気に拳をつきあげた。


「やったー! エヴァン兄さんもおいでよ」


「……俺はいい」


 彼はふんとそっぽを向いた。そばにメイドたちもいるからだ。


 ――かわいそうに。ごめんなさいね、でもこれも、カメリアの目を欺くためよ。


「さっ、食事のあとは手を洗って、そのあと勉強に入りましょう」


 イヴリンが笑顔でとりなした、その時だった。 バタンと玄関のドアが開く音がした。


「イヴリン! 久しぶりね!」


 えっ。この声は⁉


 幻聴かしら? と思ってイヴリンは振り向いた。が。


「お、お義母様……?」


 久方ぶりに見る――二度と会わないとは思ってはいなかったが、もう必要以上に会うこともないだろうと安心していた義母が――そこに立っていた。


「な、何の用事ですの? ここに?」


 もしかしたら、イヴリンが王宮内に職を得たことで、何か王室につなぎをつけてくれというような頼み事でもしにきたのかもしれない。

 イヴリンは警戒した。


「せっかくなのですけれど、私仕事中でして、お茶もお出しできませんのよ。御用でしたら王宮に直接お言いくださいまし――」


 しかし義母は、イヴリンの言葉をさえぎって言った。


「あらそんなんじゃないわよぉ。今日はね、いいお話をもってきたのよ!」


 不気味なほど機嫌がいい。そのニコニコ顔を見て、イヴリンは察した。

 あ、これ、絶対私にとって嫌な話ですわ。


「ほら、でもまぁ、立ち話もなんじゃない、案内して?」


 有無を言わさない勢いと、イヴリンの不穏な空気に、アストンとエヴァン、それにマフィンが立ち上がる。ライアスは不審者を見る目で義母を見ていた。


「先生、このひとだれ……?」


「失礼ですがマダム、どうやってここに?」


「まぁぁ、殿下さまがたですの? 初めまして、わたくし――このイヴリンの、母ですわ」


 その声に、アストンの笑顔がぴりっとひきつり、エヴァンはしかめつらになった。

 アストンは通せんぼするように間に入って、エヴァンも彼女の前までつかつかとやってきた。


「先生の母君が、なんの用事でしょうか?」


「連絡もなしに朝に押しかけるとは、さぞ大事な要件なんだろうな?」


 しかしそんな皮肉が義母に通用するはずもなく、彼女は得意げに言った。


「まぁまぁすみませんね。こんな娘のためにお騒がせしまして。この子は本当に愛想がない、グズの役立たずで、さぞ殿下がたにもご迷惑をおかけでしょう。ほんとに、こんな娘に王子様がたの家庭教師などつとまるはずがありませんわね、おほほ」


 エヴァンの顔がはっきり不快にゆがむ。アストンすら、顔から微笑が消えた。

 ――あら……エヴァン様はともかく、アストン君の真顔は、ちょっとコワいですわね。お顔立ちが綺麗な分、こう、迫力がありますわ。


 まぁ、朝っぱらから、知りたくもない他人の家庭事情で騒がせて、そりゃあ嫌ですわよね。


 彼らの不興を察し、イヴリンは前へ出た。


「お母さま、いいお話とは何ですの。こちらは私の職場でございますから、プライベートなことは外でお話願えませんか」


 そう言って玄関のドアを開けるが、なぜかアストン、エヴァンがそれを止めた。


「いいや、ここで話してもらおうか」


「ええ。僕たちも聞いていますので、ぜひどうぞ」


 ……あら、おふたりとも怖いお顔。ライアスまで、目を吊り上げて義母を見ている。

 できれば生徒たちに、家庭内のごたごたなどお見せしたくはないんですけれども……。


「あの、ですが、みな様のお邪魔になりますので」


 するとエヴァンがイラついたように言った。


「あのなぁ! ここで外で話される方がよほど困る! あんたは……!」


 アストンがとりなすように笑顔で言う。


「エヴァン、落ち着いて。先生、僕らのことは気にしないで大丈夫ですから」


 そして、氷のようなまなざしを義母に向けた。


「で、母君のご用件とはなんでしょう?」


 二人がイラついていることにも気が付かず、義母はまくしたてた。


「イヴリン、お前今すぐ、仕事を辞めて帰ってくるのよ。喜びなさい、お前の結婚が決まったわ!」


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