どちらかといえば
「いいだろう? 俺ももう15……いや、もうすぐ16。貴族の令息なら、夜会に出たって何らおかしくない年齢だ」
「ですがエヴァン様まで……なぜ?」
再び、どこか楽し気にアラステアが聞く。
「そ、それは……あ、アストンの事が、兄弟として心配だからだっ」
またこのパターンか……イヴリンは頭が痛くなってきた。
「そうですか、なるほど、なるほど……魔力のことならば、私がいるから大丈夫、と申し上げておきましょう。ミス・ロシュフォールも一緒ですしね」
するとエヴァンは反論した。
「それは、そうかもしれないが……ッ! なんでアストンは良くて、俺はダメなんだ⁉」
アラステアは、エヴァンを覗き込んだ。
「ただの負けん気で申しているのならば、今日はついてくる必要はないと思ったからです。アストン様は、お世話になっているミス・ロシュフォールが心配で、変装してまで見守りたいという事ですから、その気持ちを汲んだまでです」
「ま、負けん気じゃない……!」
エヴァンは唇を噛んだ。
「カメリアに、こんな離宮に閉じ込められて……俺はただでさえ、貴族の子息として一歩遅れている……! できることならば、いますぐにも、社交に出て、人脈作りを行いたい。だから、アラステア先生について社交を学びたいと……その機会を失いたくないと、思って……!」
「なるほど。エヴァン様はエヴァン様で、そんなお気持ちがあったのですね。う~ん……」
アラステアは考えた。
「少し早い気もします、が……まぁ」
アラステアはエヴァンを頭のてっぺんからつま先まで、つらりと見た。
「魔力の制御、量ともに申し分なし、容姿もこれ以上ないほど麗しく……。たしかに、若き貴公子として、まさに顔を売り出し時……ではありますねぇ……」
「なら、何を迷うんだ?」
詰め寄るエヴァンに、アラステアはしぶしぶといったていで言った。
「カメリアですよ。現時点であなたが目立っては、彼女が警戒を強める――とは思いますが、まぁ幸い今日の夜会は、そんなに規模の大きなものではありませんし、こちらも手は打ってあります」
アラステアはちょっと苦笑してエヴァンを見た。
「エヴァン様の言う事も一理あります。普通の貴族の令息なら、もう社交界に顔を見せ、人脈作りを行うべき年齢ですね。ただ――」
アラステアはふいに真剣なまなざしになった。
「それならば、貴族としてのふるまいをしていただく必要があります。エヴァン様、例えば――あなたの悪い噂を信じている、好もしくない相手にも、感情を顔に出さずに、微笑んで対応することはできますか」
するとエヴァンは一瞬虚を突かれたような顔をしたが――すぐに、にこりと笑顔を浮かべた。
そう、イヴリンが最初会った日に見た、完璧なスマイルであった。
「もちろん。若輩者ではあるが、社交術は心得ているつもりだ。悪い噂など消し飛ばしてしまうくらいに頑張ってみせよう」
「おや……そういえばエヴァン様は、猫かぶりできるタイプでしたね」
「素の彼と比べますと、ずいぶん重たい猫ですわね」
イヴリンが思わずつぶやくと、とたんにエヴァンはむっとした顔に戻った。
「別にいいだろう! 普段の俺がこんなでも、表面的に付き合う者たちには関係ないのだから」
そこへアラステアの手が割って入る。
「ほらほら、もう、噛みつきませんよエヴァン様! 時間がありません。あなたもクローゼットの礼服を借りますよ」
ひゅん、と一瞬ののちに、エヴァンの髪はセットされ、白と金の礼服に包まれた麗しい若い王子がそこに立っていた。
「まぁ」
「おお、上出来です」
まるで自分の手柄のようにつぶやいて、アラステアは歩き出した。
「よし、では三人とも出発しましょう。ミス・ロシュフォール、この館に信頼できるメイドは?」
アラステアの意図を察したイヴリンは答えた。
「身元のたしかな洗濯メイドをひとり、今夜はライアス様のお守りを頼みました。そのほかにも、私の『お友達』が彼のそばで見守っております。何かあればすぐに、飛んで知らせてくれるでしょう」
「なるほど、素晴らしい。一応私も彼を防御する手は講じていますが――手厚くしておいて損はありませんからね。さて、馬車にはレディーファーストで」
「ありがとうございます、アラステア様」
淑やかにそう答えて、イヴリンは迎えの馬車に乗り込んだ。
◆
舞踏会の会場は、高位貴族である、ロミエル公爵の館であった。
アラステア、エヴァンの後ろから、イヴリンとアストンはホールへと入場した。
そのとたんに、エヴァンとアラステアは人々に囲まれた。
「まぁ、アラステア様! お久しぶりでございますわ」
「ご無沙汰しております、ロミエル公爵夫人」
「そちらの凛々しいお方は一体……?」
みなの注目が、エヴァンに集まっている。当たり前といえば当たり前だ。こんな目立つ貴公子など、なかなかいないだろう。
アラステアは堂々と宣言した。
「こちら、第ー王子のエヴァン様になります。今日は初めて、このような夜会へとお連れしたのですよ」
「ま、まぁ! エヴァン殿下が、うちのパーティに……⁉ こ、光栄ですわ」
皆の空気が、緊張を孕む。
第ー王子? それって、ドラ息子って噂の、あの……?
とみなが思っている気配がひしひしと感じられ、イヴリンはもちろん、一歩うしろに控えるアストンまでもが、心配に緊張した。
が――エヴァンはにっこりと、完璧な笑みを浮かべた。
まさに、ロイヤルなスマイル。
「お初にお目にかかります。エヴァン・アーサー・ゲオルグです。このような場は初めてで、至らぬ点もあるかと思いますが、みな様ぜひ、人生の先輩として、お相手してくださればうれしいです」
そしてみなに向かって、完璧なお辞儀をした。
「私にいろいろ、教えてくれないでしょうか」
おお……まぶしい、ですわ!
イヴリンは思わず目をつぶりたくなった。
本性を知っているイヴリンですら、そう思うのだ。初めて彼と会ったこの場の人々はさぞ……。
「ま、まぁ、そんな……!」
「わ、私たちこそ、殿下とお会いできて光栄ですわ……!」
イヴリンは苦笑した。ご婦人たちは老いも若きも目にハートマークが浮かんでいるし、男性陣ですら、エヴァンに対して親し気な笑顔を浮かべていた。
「心配、なかったですわね……」
隣のアストンにこそっとつぶやくと、アストンもほっとしたようにうなずいた。
「ええ、よかった……。彼はその気になれば、なんでもやってのけるタイプですから……」
となると、心配なのはアストンだ。これだけ人がエヴァンのまわりに押しかけているから、不特定多数と接触することになる。
イヴリンは招待客の対応をするアラステアに、こっそり後ろから告げた。
「アラステア様。私アストンといったんすみに下がりますわ。私が会うべきお相手というのは、どちらでしょう?」
「わかりました。その点は、私があとからアテンドいたしますから、待っていてください」
軽くうなずいて、イヴリンはアストンと大会場を離れ、バルコニーに出た。
「ふぅ……ここならそんなに、お客さんもいらっしゃいませんわね」
ちょうどワルツが流れ始めた。お話もそこそこに、お客さんたちが踊りだすのにちょうどいい時間なのだろう。
ちょっと息をつくイヴリンに、アストンは申し訳なげに言った。
「すみません。僕のために、気を使わせて」
「あら、いいんですのよ。ダンスにもごちそうにも、そう興味はありませんわ」
そう、そんなことより、アラステアの目的のほうが気になる。
わざわざイヴリンに会わせたい相手とは誰だろう。
真剣に考えるイヴリンの髪を、夜の風がふわりと揺らした。
「あ、先生、風が……」
自然に、アストンがかばうようにイヴリンの前に立った。
「あら、いいんですのに。そんな」
するとアストンは、イヴリンを見下ろした。
「だって先生の髪が――乱れてしまいますから」
「大丈夫ですのよ。しっかり固めておりますもの」
そう、見えづらくなるよう内側に入れ込んであるが、大量のヘアピンを仕込んでいる。
「それよりも、アストン様の髪の乱れの方が心配ですわ」
アラステアによって従者の恰好をさせられている彼は、今髪を後ろでひとつにくくっていた。その髪が、風にあおられて揺れている。
「え、ああ、平気です。僕の恰好なんて、どうなったって」
本当に頓着しない風に言う彼の目は、ただイヴリンに注がれていた。
「あら、そんなことおっしゃらないで」
イヴリンは彼を励ますように微笑んだ。
たしかに、エヴァンのように、周囲を圧倒するような、まばゆいばかりの容姿ではない。アストンはどちらかというと――日陰にひっそりと咲く儚い白百合のような、そんな雰囲気を持っている。
でも、うーん、もし会場の女性で人気投票を行ったら、どちらも良い勝負になるんではないかしら?
そしてイヴリン自身は、どちらかといえば――
「もったいないです。せっかく好もしい容姿をなさっているのに」
すると、アストンの目が点のようになった。
「え……いま、なんて」




