いきなり、舞踏会ですって?
アラステアが、アストン、エヴァンに目線を戻す。
「ロシュフォール嬢のおかげで、王子様方も私も、目的が一つの仲間に戻りました」
アストンが身を乗り出す。
「カメリアを追い出すのですか」
するとアラステアは、うなずいた。
「ええ。できれば。けれど、事はそう単純ではないかもしれません」
つまり? という顔をするエヴァン、アストン、イヴリンに、アラステアは説明した。
「彼女がどういう目的で陛下を落とし、王妃に収まっているのか――まずはそれを調べたいのです」
アストンが首をかしげた。
「目的って……それは、彼女のような欲深な女性が、王妃の座を欲しがるのはよくある事ではありませんか?」
エヴァンも同じように言う。
「富と権力が欲しいだけの女だろう、あいつは」
するとアラステアは真剣に言った。
「そうでしょうか? 本当に、それだけでしょうか。私は彼女が、富のみを求める単純な人間だとは思えないのです。それに、先ほどの報告でもありましたが、カメリアは外部の者とつながっています。用心深くて、なかなか私や外部の者にはしっぽを見せませんでしたが……」
アラステアの言葉に、イヴリンが答えた。
「彼女が誰かと手を組んで、もしくはバックアップしてもらって、陛下に取り入っている可能性はたしかにありますね。だとすれば――カメリア個人で動いているよりも、やっかいそうです」
「ええ、その通り。ですから私も、その相手の事を知りたい。あなたがたが調べ上げたクラブの件は、ここからは私の手で調べましょう」
その言葉に、3人はうなずいた。
「それなら、俺たちに引き続きできることはありますか」
アラステアはうなずいた。
「おおいにありますよ。というかあなたたちが、彼女を追い出す作戦の要です。次にこの宮廷――ひいては国を支えるのは、カメリアとその子供ではなく、正統な後継者たるあなたがたなのだと、広く知らしめねばなりません。お三方とも、国を支える人材足るよう、これまでどおりにご自分を鍛え、技を磨いていってください」
その言葉に、エヴァンの表情が引きしまる。ライアスは――相変わらず、お菓子に夢中であった。が、アストンはおずおずと聞いた。
「せ、先生……僕も、その頭数に入るの、ですか。僕は……」
イヴリンは耳をすませた。アストンはいったいどういう出自なのか。それはイヴリンも知りたいところであったが――今まで聞いてはいけない雰囲気で、知る機会がなかったのだ。
が、アラステアはアストンの言葉をさえぎって言った。
「もちろんです。あなたこそが、カメリアに対する最大の切り札でもあります――だから、ミス・ロシュフォールをあなたに引き合わせたのもあります」
えっ、どういうこと? イヴリンはさらに耳をすませた。
なぜアストンが、カメリアの切り札⁉ ああ、わからないことが多すぎるわ。
けれど、会話をさえぎることもできない。いいわ、あとで聞きましょう。
「俺の訓練のために?」
「ええ。引き続き、彼女のとの訓練には力を入れてください。そしてエヴァン様、ライアス様も――しかるべき時が来たら、私と一緒に社交界へと趣き、人脈を広げ味方を作っていきましょう。ですが、当面の間は――」
アラステアは、全員の顔を見渡した。
「例のメイドはこれからも泳がせて、こちらからカメリアの情報をもらうことにしましょう。アストン様は今後のためにも、ミス・ロシュフォールとの訓練をこなすこと。エヴァン様は今まで通り、彼女とは仲が悪いふりを。けど……もしかすると、カメリアが何等かの妨害をしてくる可能性があります。ですからこれから、行うべきことがあります。それは――」
エヴァン、アストン、イヴリンは身構えた。
「ミス・ロシュフォールを連れて、明日開催される舞踏会へと行かなければ」
……は?
予想外の答えに、3人は目を丸くした。
ようやくお菓子にあきたらしいライアスが、舞踏会という言葉を聞きつけてアラステアにねだった。
「えっ、舞踏会に行くの? 僕も行きたい!」
「ライアス様も、大きくなったらお連れしますよ」
「いや、なぜ先生なんだ」
「僕たちは? 同行してもいですか」
アストンとエヴァンが詰め寄った。が、一番わけがわからなかったのはイヴリンであった。
「ちょっと待ってください、先生。なぜいきなり私が舞踏会に? それに――私なんの準備もありませんわ!」
「それなら問題ないよ、ほら」
アラステアがドアを顎でしゃくる。するといつの間にか盗聴防止の魔術が切れたのか、メイドたちが荷物を続々と運び込んでいた。
「とりあえず、執事に一式用意させておいたから。臨時ボーナス、でいいかな?」
アラステアは立ち上がった。
「明日の六時に、馬車を迎えによこそう。君も年頃のお嬢さんだからね。ぜひとも紹介しておきたい人がいるんだ」
今度こそ、イヴリンの頭の中ははてなでいっぱいになった。
「ど、どういうことですの。私たしかに適齢期ですが、そんな心配はご無用ですわ――」
混乱するイヴリンたちに、アラステアはウインクしてささやいた。
「これも計画に必要なのさ。明日はミス・ロシュフォールを借りるからね」
そういって、彼はいつものように、風のごとく去ってしまった。
「ちょ、ちょっと待っ……」
もう、まだ聞きたい事があったのに!
◆
次の日は、日曜日だった。
今日は休日だから、王子たちの日課はお休みにし、代わりにライアス、マフィンと庭へとピクニックへと行ってきた。アストンは相変わらず、バルコニーからそれを眺めて、話をしながら――イヴリンたちは楽しい日曜日の昼下がりを過ごした。
とはいっても、アストンはなんだがずっと、イヴリンを見て奥歯にものが挟まったような顔をしていたが。
大丈夫かしら? 実は虫歯を隠しているとか? 心配だから後で聞いてみましょう。
そう思いつつも、イヴリンは自室に戻ってため息をついた。
「はぁ……どうしましょうか」
目の前には、昨晩アラステアがおいて言った大量の荷物が積んであった。帽子箱に、リボンのかかった巨大な箱に、靴箱まで――。
たしかにイヴリンは、舞踏会用の服なんてひとつたりとももっていないが。それにしたって。
「こんなにたくさんなんて、ちょっと悪いわね……」
特別手当をねだったのはイヴリン自身だが、ここまでくると「施し」だ。イヴリンは少し後ろめたさを感じた。
しかしあのアラステアのことだ。ただ舞踏会を楽しむなんてわけはなく、何か大事な目的があるんだろう。
なら、黙ってついていくまでだ。これも仕事。イヴリンはリボンをほどき、巨大な箱の中からドレスを取り出して、身に着けていった。
「おお……」
鏡の中の自分を見て、イヴリンは思わず感嘆の声を上げた。
「こんなお高いドレスを身に着けるのは、初めてだわ……」
アラステアが用意してくれたのは、ただいま流行中の、オフショルダーの豪奢な夜会服であった。鏡の前で、イヴリンはくるりと回ってみた。幾重にも重なったスカートと、肩元のレースがふわりと優雅に揺れる。
「すごいフリルだわ……なのに、なんだか……」
イヴリンは、剥きだしになっている自分の鎖骨に触れた。普段しっかり首元までおおわれたドレスばかり着ているので、なんだか慣れない。
「首元が心もとないわね……」
イヴリンはクローゼットから自前のショールを取り出した。しかし合わせてみると、毛織物の防寒用のショールは、きらきらしい夜会服にはまったく不釣り合いだった。
「……やめときましょう」
こんなコーディネートで行ったら、アラステアの顔に泥を塗りかねない。
そろそろ時間だ。イヴリンは最後のメイクチェックを行い、送られたかかとの高い靴を履いて、部屋を出た。
歩くたびに、絹のフリルがふわりふわりと足元でこすれる音がする。イヴリンはなんだか、不思議な心持ちになった。
この私が……『ロシュフォール家のいらない娘』が、こんなきれいな恰好をして、舞踏会に出る日が来るなんて。
舞踏会で、うっかり運命の相手と出会っちゃう――なんて、小説ではよく見るけど。現実では、そうそうないわよね。
ちらり、とイヴリンが廊下の窓ガラスを見ると、そこにはドレスアップした自分自身が映っていた。メイクのせいか、緊張のせいか――頬はうっすら上気している。
でも……もし、万が一、本当に素敵な人がいたらどうしよう。柄にもなく、そんな事を思ってしまう。
そう、たとえば年上の、包容力あふれるダンディな紳士様、とか……。
やぁね、私ったら、初めてこんなドレスを着て、浮かれてるのかしら? これから行くのはただの、お仕事なのに。
でも……小説みたいなラブロマンスも、想像するだけなら自由、ですわよね? イヴリンの口元から、笑みがこぼれる。
「んふふ」
「おい、何を笑ってるんだ」
「あら、」
突然背後から声をかけられて驚くも、イヴリンは平静を装って振り向いた。
レディたるもの、いつもおしとやかでなくてはね。
「別になにも、エヴァン様」
イヴリンはちょっと念を押すように彼を見た。
私たち、仲が悪い設定ですのよ? お忘れですか?
「何か大事なご用件でも?」




