コマ扱い上等ですわ
「エヴァン様、ライアス様、それに、アストン様も部屋から出て……⁉」
するとアストンがはにかむように微笑んだ。
「はい。ロシュフォール先生のおかげで、こうして必要な時だけは……部屋から出れるくらいにはなりました」
アラステア驚いたあと、満面の笑みをうかべた
「いやはや、何とも嬉しい……! アストン様だけでなく、皆さん変わりましたね。お久しぶりです」
嬉し気なアラステアに、イヴリンはまず確認した。
「先生、今日はお時間は? また無理やりに引き継ぎもなく連行……何てことはありませんわね?」
するとアラステアは頭をかいた。
「いやあ、ごめん、ごめん。今日は大丈夫さ。見ておくれよ、出張先から帰ってきたばかりの、わずかな自由時間というわけさ」
彼はたしかに、旅装をしていた。イヴリンはアラステアと王子たちを客間に通し、ソファを勧めた。
「立ち話もなんですから、どうぞおくつろぎになってくださいまし。今お茶をもってまいりますわ」
イヴリンがお茶とどっさりのお菓子をもって戻ると、王子たちがそれぞれ、自らの報告を行っていた。
「先生! 見て! 僕ね、イヴリン先生と練習して、こんなのできるようになったんだよ~
!」
「おお、それはすごい。上達なさいましたね、ライアス様。アストン君も、訓練の成果を見せていただけますか」
「はい」
アストンの差し出した手を、アラステアが握る。
「おや……! かなり状態が安定しましたね。私が触れても問題ない。素晴らしい……」
「はい。ロシュフォール先生のおかげです」
もともとアラステアに対して親密だったアストンとライアスは、あれこれうれし気に報告していた。そこに、エヴァンがおずおずと割って入った。
「あの、先生。俺は……」
アラステアはエヴァンを一目みただけで、言いたいことがわかったのかうなずいた。
「よかったです、エヴァン様。もう私をお疑いになってはおられないのですね」
「……!」
さすが、先生はエヴァンの内心も、猫をかぶっていたことも、お見通しだったというわけね。イヴリンはそう思いながら茶器たちをテーブルに並べていった。
「皆様どうぞ、お召し上がりください」
「わぁっ、お菓子だぁ!」
ライアスが目を輝かせた。彼がお菓子に夢中になったすきに、アラステアはすっと手を宙で振った。
「さて、エヴァン様。私が何をしたかおわかりですか?」
エヴァンは戸口を振り向いた。
「扉に……なにか魔術を?」
「ええそうです。決して外から盗み聞かれないよう少し細工をさせてもらいました。さぁ」
アラステアはエヴァン、アストン、イヴリンを順番に見た。
「何か私に報告・相談したいことが……あるのではないですか?」
「なるほど……メイドのスパイに、王妃がつながる謎の男、クラブ、『マドンナヘヴン』ですか……」
「ええ。『椿』はおそらく、カメリアの事ですね。あと『銀色』は、銀髪のアラステア先生の事」
一緒に尾行したエヴァンが、そのあとを続けた。
「でも、やつらが言っていた『紋章』『入れ墨』が何を指すのか……俺たちにはわからなかった」
するとアストンは、遠慮がちにアラステアを見た。
「先生、これは……」
報告を聞いたアラステアは、ぱちぱちを手をたたいた。
「素晴らしい。お二人とも、魔術・精神面でも成長した上に、王妃の情報収集まで……よくぞ短期間で、ここまで、ここまで……ッ」
そのあとよよ、と芝居がかったしぐさで目元を抑える。
あらちょっと本気なの? それとも冗談? いまいち掴まえ所のない男である。が、すぐに真剣な顔に戻って言った。
「紋章は、あなたがたが知らないのも無理はありません。というか、子どもがそんなことを知ることがないように、私たち大人の魔術師は尽力してきたのですよ」
するとエヴァンはピンときた顔をした。
「……戦、オルギアスの黒魔術関係か」
「ええ、そうです。入れ墨に、紋章――これらはおそらく、同じ黒魔術を指しています。他人を強制的に従わせる事のできる、非人道的な『黒縄』と呼ばれるものです。入れ墨のように手に黒縄の魔術紋を焼きつける事によって、魔力を持つものなら誰でも使えることができる、オルギアスではポピュラーなものです」
イヴリンは疑問に思った。
「ですが、先の戦で勝利した結果、オルギアスからの黒魔術は、ルミナシアには一切輸出禁止となったのですよね?」
するとエヴァンは顔をしかめた。
「取り決めはそうだ。だが、完全にオルギアスの魔術を消すのは難しい」
「もともと魔術を発明したのは、オルギアスですからね。ルミナシアの魔術も、もともとはオルギアスの黒魔術からの派生です。それに、黒魔術が強大な力を持つのは事実です。倫理や人道を無視し、強さを、力を求めることが目的の魔術ですから。我がルミナシアでも、いまだにその風潮が根付いてしまっている部分もあります」
「まぁ、そうなんですの? 私たちは、魔術は良きことのみに使うよう、言われてきていますが……」
エヴァンもその言葉にうなずく。
するとアストレアは思慮深く言った。
「生まれてくる子供のギフトをよりよくするために配偶者を選び、そのギフト能力を至上とする貴族の価値観は――まさにオルギアスの黒魔術由来のものですよ、イヴリン」
イヴリンははっとした。
なるほど、父は能力で母を選んだと言っていた。まさに自分も、オルギアスの黒魔術と無関係ではなかったのだ。
「そうなんですわね……。たしかに、オルギアスの、魔術至上の価値観じみておりますわね」
アストレアはうなずいた。
「ええ。魔術の祖である以上、その価値観を我が国から払拭するには、時間がかかることでしょう。貴族の中には、黒魔術賛成派で、私を疎ましく思っている者もいる。そしてカメリアは、おそらくその勢力とつながっている」
話が核心に触れた。
が、エヴァンがアストレアをじっと見つめて聞いた。
「先生は……俺たちの味方、でいいんですよね。ならばなぜ、カメリアが食い込んでくるのを……止めなかったのですか」
するとアラステアは、申し訳ない顔になった。
「ああ、それに関しては私の不手際です……。でも、ああ、あなたがたとこんな王宮内政治の話をできるときが、来るとはね」
アラステアがエヴァンとアストンを見る目は、慈愛に満ちていた。
そうか――先生はずっと、小さいころからこの王子たちを見て、愛情を注いできたのね。イヴリンはほほえましく思いながら話の続きを待った。
「私が、オルギアスを相手にした戦後処理にかかりきりになっていたことはご存じですね。様々な取り決めや、いまだに流通するそれらをつぶす事に時間を費やしている間に、カメリアは陛下へ食い込みました。そして私が帰って来るころには、すっかり王宮内に君臨していました。すばらしい掌握力です」
アラステアはふっとため息をついた。
「彼女は実に優秀だった。陛下を落とすだけではなく、サーシャ様はもちろん、私と王子様方までたやすく分断してみせた。エヴァン様はずっと――ふがいない私をお疑いになって、なかなかそのお気持ちは元には戻らなかった」
そこでアラステアは、イヴリンを見た。
「そこで、現状を変えたくて、ロシュフォール嬢という人材を投入しました。結果的に、それは大正解でしたね。ミス・ロシュフォール、あなたには、事情を説明せず、申し訳ないことをしましたが――我々についてなんの前情報も指示もされていない、まっすぐな人間を彼らのそばに置くことが必要だったのです」
そういわれて、イヴリンは改めて、彼が詳細を話さなかった理由が理解できた気がした。
――私に、頑なになってしまった王子たちの、突破口になってほしかったのね。
そして、王子の懐に入るためには、それを知っていてはいけなかった。つまり――
「まぁ、王子様でなくとも、最初から懐柔しようという大人は、目的を見抜かれてもっと警戒されますものね……」
わかりましたけれど、少々骨が折れましたわ。特別手当が欲しいものです……。とイヴリンが心の中でつぶやいていると、アラステアはちょっとうかがうようにイヴリンを見た。
「おや、案外穏やかなのですね。もっと怒るかと思っていました」
「あら、どうしてですの」
「見ようによっては……私はあなたを、使い捨てのコマのような扱いをしたとも取れますよ?」
それを受けて、イヴリンはにっこり勇ましく笑んだ。
「あら、私、社会人一年目ですもの。まだ海のものとも山のものともわかりません私を、雇ってくださってむしろ感謝ですわ」
「おや」
「私コネも、特別な力もありませんもの。コマ扱い上等ですわ。その上で、使い捨てるかどうかは、私の仕事ぶりから判断していただければ、うれしいですわ」
そう言って優雅に一礼すると、アラステアは面白そうに言った。
「なるほど――当然、あなたはもう、私にとってはなくてはならない人材ですよ」
「光栄ですわ。それならちょっと、お手当なんてつけてくださると、うれしいんですけれども」
ちゃっかりボーナスを要求するイヴリンに、アラステアはわかっています、というようにうなずいた。
「ああ、ちょうどよかった。それならあとで説明しましょう。で、本題に入りますが――」




