未成年飲酒ですわ
「アストンのやつ、だいぶ怒っていたな……」
全速力で走りながら、エヴァンがぼやいた。
「あんなにあいつが怒ったのを見るの……ひさしぶりだ」
じっ、とエヴァンからの視線を感じ、おなじくかなりの速度で走っていたイヴリンはしぶしぶ答えた。
「仕方ありませんわ、運ですもの。というか本当なら私一人で行きますものを、二人とも無茶をおっしゃって……」
「何かあったらどうするつもりなんだ。怖くないのか」
「ええ、ありませんとも。私がどうこうなるよりも、未成年であるあなたがたが危険にさらされる方が怖いですわ! 守備をしながらの戦いは難易度が上がりますのよ⁉」
「……俺はそんなに頼りないか」
「だって15歳でしょう! 子供ですわ」
「……あんたとそう変わらないだろう、イヴリン先生」
あら、初めて名前を呼ばれましたわ。でも、そんなことより。
「レディに年を聞くのはご法度でしてよ、初歩のマナーですから覚えてらして」
ぴしゃりというと、エヴァンはぼそっと言った。
「ふん……アストンには言ったくせに」
「なんですの?」
「別に。なんでもない。それより、例のポイントにもうつくぞ」
「ですわね」
イヴリンとエヴァンは足音を潜めて森の中を進んだ。幸い、前回と同じ場所で、メアリとトラッシュはまだ絡まっていた。
ずっとちちくり……いえ、語らっていらっしゃったのね。あまり見たいものではありませんが、今日ばかりは長々とした恋人たちの逢瀬に感謝ですわ。
ずいぶん長い口づけを交わしたあと――トラッシュは前回同様柵を超えて、王宮の敷地を抜けて、城下町へと入った。
イヴリンとアストンは、注意深く彼をつけた。
「……エヴァン様、目立たないように下を向いて」
一応平民に近い服装をさせているが、それでもいかにもロイヤルなエヴァンの容貌は目立つ。エヴァンはハンチング帽を目深にかぶった。
「わかった」
「一応、夫婦のふりをしましょう。ここからは様づけも先生もなしです。ねぇ、あなた」
イヴリンが見上げると、彼はちょっとうろたえた風だったが、すぐにうなずいた。
「わかった……イ、イヴ」
みうしなわないように、しかし近づきすぎないように、ほどほどの距離を保って歩いていく。すると、彼はふと周りを見渡したあと、裏路地の、ガラの悪い旅籠へと入っていった。
『夜の錨停』と書いてある看板を見上げて、エヴァンはイヴリンを見た。
「どうする? 1階は酒場になっているようだが」
「ここは入りましょう。もしかしたら、だれか重要人物に会っているのかもしれませんし」
少し気後れしているエヴァンを従えて、イヴリンは酒場の扉を開けた。むっと酒の匂いと、たばこの煙が胸をつく。
イヴリンはさっと店内に視線を走らせ、トラッシュの座った場所を確認し、彼の死角となるが、話は聞こえる距離の席を選んで座った。
「……あいつ、一人だな」
「待ち合わせかもしれませんわ。単に一人飲みの可能性もありますけれど」
「いらっしゃい」
ぬっと愛想の悪いウエイターが現れたので、イヴリンは手慣れた様子で注文した。
「エールを二つ」
ぬるいジョッキが出てきて、エヴァンは困ったように顔をしかめた。
「アルコールじゃないか」
「飲まなくてもかまいませんわ。便宜的に注文しただけです」
が、さすがに二人とも飲んでいないと怪しまれる。イヴリンはジョッキに口をつけた。それを見て、エヴァンもしぶしぶといったていでジョッキを持ち上げた。
「……う……これが酒か」
「あら、飲んだことありませんの?」
「ない」
顔をしかめて言う彼に、イヴリンはちょっと笑ってしまった。
「味見程度になさい。本当は飲んではいけないのですから」
「っ……バカにして。これぐらい、なんともないっ」
エヴァンはそう言って、一気にジョッキを傾けた。
あらあらあら……初めてのお酒で無理なんていけませんわ。
でも……そう、エヴァン君は意地っ張りですものねぇ。
ちょっとほほえましく思いながら、イヴリンがチェイサーをもらおうをしたその時。
酒場のドアが開いて、何やら派手な格好をした女性たちが、どっと入店してきた。
「こんばんわぁ、センセイ」
「旦那様あ、遊んでいかない? 安くするわよ」
それぞれテーブルを回って、男性に声をかけている。カウンターの奥の店主は、知らんぷりだ。
――なるほど、夜のお姉さんたちの営業活動を、黙認しているお店ですのね。
イヴリンはさっとトラッシュを確認した。すると、女の子たちの一番後ろからついてきていた黒服の男が、彼の隣にすっと座った。
イヴリンはエヴァンにめくばせし、そちらに耳を澄ませた。
「こんばんわ。お久しぶりですね」
黒服の男の声かけに、トラッシュはうなずいた。
「ああ。お前の店、だいぶ顔ぶれも変わったな。若いのだらけで、行ってみたいもんだ」
「御冗談を。あなたに来られたら、店の女の子たちが商売になりませんよ」
「ハハハ。違いないな。刺されるかもしれねぇ」
その声は野卑で、擦れていて――先ほどメアリと愛を語らっていた男とは、まるで別人のようだった。
なるほど。女をモノとしか思っていない、冷酷な男――。おそらくこちらが、このトラッシュの本当の顔なんですわね。
イヴリンはそう見抜いて、あのメアリに同情した。
かわいそうに。きっとメアリは、この男に騙されて、利用されているに過ぎないのだ。
スパイ活動は褒められた事ではありませんけれど。
「それより、報告だ。ツバキの方は順調だが、相変わらず銀色が邪魔をしてくるらしい。ただ、万事問題ないそうだ」
ツバキに、銀色。何かがひっかかる。イヴリンはとりあえず彼らの会話を頭に刻んだ。
「承知しました。確実にお伝えを。それと――例のものの受け渡しですが」
「ああ、頼むよ。俺の仕事に必要だ。だがさすがにここじゃまずい」
「ではいつもの場所に、いつもの時間だ」
「助かる。あっちのブツは、よく効くからな。入れ墨式なのもありがたい」
「ええ、その通りです」
黒服の男は立ち上がり、店をうろついている女の子の一人に声をかけ、トラッシュの隣に座らせた。
「こちらの旦那様をおもてなししてさしあげろ」
すると女の子は、にっこりと笑ってトラッシュにしなを作った。
「あら、はじめまして、ワルそうな旦那様――」
トラッシュは、女の子が何か言う前に、噛みつくように唇を奪って――そのまま宿屋の二階に消えた。
エヴァンは呆然としてイヴリンを見た。どうする? といった目だ。
イヴリンは一瞬考えたが、首を振った。
二階に二人を追っていく必要はない。あの冷酷そうなトラッシュが、遊び相手の女にうかつに機密を漏らすとは考えにくいからだ。それより。
「……あの黒服の方が気になりますわね。一体トラッシュと、何の取引をしているのか」
イヴリンがさっと戸口に目を走らせる。ちょうど男が店内を見まわしており、イヴリンは慌てて目をそらした。
そのすきに、男は音もたてず店から出て行った。
かなり、身辺に気を使っているようですわね――。
ひょっとしたら、イヴリンとエヴァンのような者を警戒しているのだろうか。
カンづかれた、かもしれない。
いけない。こちらは王子様と一緒なのだ。
イヴリンはエヴァンに言った。
「出ましょう。そろそろ危険です」
「だ、だが」
「いいえ、これを呑んだら行きましょう」
これ以上は良くない。イヴリンの中の本能が、警鐘を鳴らしていた。
もう少し踏み込んだ情報が欲しかったけれど――仕方ありませんわね。
怪しまれないために、イヴリンは自分のジョッキを飲み干し、エヴァンのものにも手を伸ばした。
未成年、ですからね。
「大丈夫か、そんなに飲んで」
「ええ。どうということは。残っていたら怪しまれますもの」
「なら俺も飲む」
「あっ」
止める間もなく、エヴァンがジョッキを干した。
「初めてなのに一気なんて……」
「うるさいぞ」
ドン、とエヴァンがジョッキを置く。
大丈夫だろうか……。
「さて、行きますわよ。少し離れていきましょう」
エヴァンを先に行かせ、女の子で込み合う店内を縫うようにして、イヴリンは出口へ向かった。
そうだ……いいこと思いついたわ。




