ばいちゃ!
「ですが、これからは正攻法ではない――いわばブラックな手も使っていくべきかと。たとえば、あのメイドはクビにしない方が良いですわ」
「なぜだ。そんなことをすれば、これからもカメリアに情報が流れ続けるぞ」
おやおや。さすが青いですわね。まぁ、15歳なら当然ですわね。
イヴリンは彼に悪知恵を授けることにした。
「エヴァン様。考えてみてもください。彼女をクビにすれば、カメリアはまた新しい人間を送り込むか、今いるスタッフを買収するかして、あらたにスパイを仕込んでくるはずです。そうなればまた一から探さないとけない」
「そ、それはそうだが……」
「どうせ、スパイをこの屋敷から完全に消すことは無理でしょう。カメリアが権力を握っている限り。ならば、騙されているふりをしてメイドを泳がせて、逆にこちらが利用するんですわ。おわかり?」
少し時間を与えると、エヴァンは真剣に考え始めた。
「……あのメイドがスパイだとわかっているなら……カメリアに知られたくない情報は、彼女に隠すように努めれば知られない……か。あとは、メイドをマークすれば、今日のようにカメリアの情報も得ることができる……?」
イヴリンはにっこり笑った。
「そう、正解ですわ。王妃を油断させることもできますし、やりようによっては、嘘の情報をカメリアに掴ませることもできるでしょう。ですから……」
イヴリンは少し考えて、提案した。
「これまで通り、私とエヴァン様は表向きは敵対しておりましょう。私を無能な家庭教師だと、カメリアに思い込ませるのです。カメリアが油断しているすきに、こちらが彼女の弱みを探っていきますわ」
「そんなの……どうやって?」
「あら、方法はいくらでもありますわ。今日わたしたちはヒントを得ましたもの」
「メアリと……トラッシュとかいう男の会話か」
「ですわ。あのトラッシュがメアリの情報を報告する相手は一体誰でしょうね? カメリアはどうやら宮廷の外に、手を組む相手がいるのかもしれません」
「なん、だと……」
事の重大さに、エヴァンが息を呑む。
「そこから探っていきましょう。本当なら、トラッシュをつけることができればベストでした。ですが……」
イヴリンは時計を見た。午前を回っている。
「今日はもう、休みましょう。私はこれからライアス様のお部屋に行きますから、エヴァン様は頃合いをみて、見つからないようお部屋にお戻りくださいませ」
「わかったが……こんな時間に、なぜライアスの部屋に?」
「仕事がおわったらそばに行くと、さきほどお約束したからですわ」
「だがもう眠っているだろう」
「でも万が一、起きてお待ちであれば、ライアス様を悲しませてしまいますから」
何でもないように言って、するりと部屋から出て行ったイヴリンを、エヴァンは何とも言えない顔で見送った。
今夜はいろいろありすぎて――頭がまだ、混乱している。
イヴリンと一緒に屋敷を抜け出して、スパイの真似事パイの真似事をしてカメリアの悪事を暴き。森でメイドの情事を目撃し、今まで知りえなかった重要な情報を掴んだ。
いや、一晩でいろいろ起こりすぎだろう!
エヴァンは頭をかかえた。
極めつけの出来事は、敵だと思っていたイヴリンが、どうも味方だったらしいことだった。
メアリの報告が思い出される。
『――善性が強い女で、おそらく、性格も肉体も強いと思われます』
『なかなかしぶとい女のようね。まぁアラステアの差し金なら、一筋縄ではいかなそうね』
あのカメリアをそう言わせるほどの人間が、味方となってくれたのか――?
そういえば、いったいどんな能力を持っていたのか、聞きそびれてしまった。アストンに作用するのなら、攻撃系の力ではなさそうだが……。
まぁいい。エヴァンはふうと息をついた。目がしぱしぱして、頭が重くなってきた。
いろいろあった。あったが――が、あの女の言う通り、もう休んだ方がよさそうだ。
――今夜はなんとなく、よく眠れそうな気がした。
◆
次の日、メイドのメアリはあいかわらずおどおどと業務を行っていた。
まぁ、大したものね。彼女のあのおどおどは、目立つまいとする一種の擬態なのかしら、それとも素なのかしら――。
そんなことを思いながら、庭の木の上で羽を休めている仲間を、イヴリンは確認した。
メアリがスパイと判明してから、イヴリンのお友達のカラス、ノワール君に、その監視を頼んでいた。彼らはとにかく、目が良くてスタミナがある。
ふふ、あら、目が合ったわ。本当に視線に敏感で、賢い子。あとでとっておきの干し肉をあげましょうね。
すると、机の前のライアスが声をあげた。
「先生、できたよー!」
「はい、では見せてください。あら、満点ですわ!」
「えらい?」
「ええ、素晴らしいですわ」
イヴリンがみっちり指導しているおかげで、ライアスの学力も上がってきた。そろそろもっと上級のマナーなども教えていいかもしれない。
子供を教えるのは、本当にやりがいのあるお仕事ですわね。
「じゃあ、じゃあ、お勉強終わりにして、遊ぼうよっ」
あらあら。でもまぁ、子供らしいからよしとしましょう。イヴリンがライアスとともに勉強部屋を出ようとした、その時。
コツコツ、とノワールが窓枠をくちばしで叩いていた。
「あら、ちょっと待ってくださいね」
「なになにー?」
窓を開けると、ノワール君はさっそく差し出したイヴリンの腕の上に足を止めた。
それを見て、ライアスがちょっと後ずさる。
「わっ、カラス⁉……怖くないの?」
「いいえ。カラスはとても賢いんですのよ。私の良いお友達ですわ」
隠し持っていた干し肉を与えていると、イヴリンは、ノワールの足に小さい何かが括り付けられていることに気が付いた。
ノワールが、ずいと片足を差し出す。
「あら。これを渡しに来たの? 何かしら……」
ごく柔らかい紐を解くと、はらりと紙切れが落ちた。そこにはびっしりと細かい字が書いていあった。
『やぁイヴリン! 家庭教師生活はどうだい? なかなかうまくやっていると風のうわさで聞いて、ほっとしているよ。やはり僕の人選に間違いはなかったようだね! そうそう、来週の今日そちらに行くから、王子たちにも伝えておいてネ。バイちゃ!』
バイちゃって……とイヴリンが思ったところで、小さな紙片はドロンと煙を立てて消えた。
「ねぇねぇなに今のっ、見せて見せて!」
ぴょんぴょん覗き込もうとするライアスに、イヴリンは両手を広げた。
「ごめんなさい、もう魔術で消えてしまいました」
「なんだったの~?」
イヴリンは飛び切りの笑顔で伝えた。
「アラステア先生の伝言ですわ。今度家に戻って来てくださるって!」
「えっ、本当⁉」
ライアスの顔が輝いた。
◆
「先生……今、どのくらいですか」
ぎゅっと手を握りながら、アストンは聞いた。
今彼は、自分の力を制御している練習の最中だった。
「半分……を下りましたわ。最初と比べると、私は50%の力しかつかっていません」
「く……そうですか」
苦し気に息を上げながら、アストンは神経を集中させている。
閉じた白い瞼の先で、睫毛が震えるほどに。
最近、イヴリンと一緒に過ごすことが増えたせいか、表情も明るい事が多い――が、そのたたずまいはやはり、どこか儚い印象があった。
「大丈夫ですわ。焦らずとも」
何度も繰り返した言葉を、イヴリンは今日も繰り返した。
アストンもエヴァンも、学ぶ事に関してはがむしゃらで、厳しい。
「は……やっと、50パーセントですか……」
ため息をもらして、その睫毛がふるりと揺れる。
だいぶ早い進歩だというのに、アストンは不満げだった。そんな彼を元気づけるために、イヴリンは言った。
「ずいぶんなスピードでしてよ。このままいけば、来年にはもう、普通の人と同じように外出し、他の人とも触れ合うことができますわ、きっと!」
するとアストンは、じっ、と紫の目でイヴリンを見上げた。
「ありがとうございます、先生。僕……あの……」




