うぶなこと
あらまぁ……。こんな夜中に、外で、ずいぶんと情熱的ですこと……
「あん……わ、私も……ッ」
「いいかい? メアリ……」
いやだ、こんなところで何をおっぱじめるつもりかしら!? たしかにめったに人は通りませんけれども、私たちがいるんですのよ⁉
イヴリンはばっと振り向いて、エヴァンに指示した。
未成年の王子様に、こんなものをお見せするわけにはいきませんわ。
「エヴァン様、目に毒です。御覧になってはいけませんわ。目を閉じて、耳をふさいでくださいまし」
「ば、バカにするなっ、平気だ、別にっ」
といいつつ、頬が赤い。
「はぁ……ダメよ、トラッシュ。報告があるのよ……」
イヴリンははっとして聞き耳を立てた。
カメリアへの報告の時と違って、この二人は密着してささやいているので、会話が聞き取りづらい。
「……王妃様…ないと………ご主人に……」
「……こちらは……ステア……魔術を……紋章が……」
んもう、とぎれとぎれにしか聞こえませんわ。もどかしい!
「俺は戻るよ。君も気を付けて」
「ええ、トラッシュ……またね」
じつに数分間ささやきあったあと、トラッシュなる男はやっとメアリから離れて、もときた柵を乗り越えていった。
メアリはすぐに踵をかえし、森を抜けていく。
気が付かれないようにしばらくたったあと――エヴァンとイヴリンは立ち上がって、もとの部屋へと戻った。
アラステアに、紋章――少ないけれど聞き取れたワードを、イヴリンは脳内に刻み込んだ。
◆
「さて……と。これで私が怪しくないと、信じていただけました?」
部屋に戻って。イヴリンはそれみたことか、と言わんばかりに腰に手を当てた。イヴリンの周りでは、マフィンがおかえりなさい、とパタパタとうれし気に走り回っていた。
「……………わかった」
たっぷりとした沈黙のあと、悔し気にエヴァンは言った。
「なら、おっしゃることがありますわね? 人として」
別に流してもいいが、イヴリンはあえて、真面目に言った。
だって、ここで謝ることもできないようでは、この先苦労いたしますわよ。
エヴァンはイヴリンの視線を受けて――悔しそうな顔を引き込めて、頭を下げた。
「疑って――またレディに対して数々の無礼な行為、発言をしたことを、お詫びします」
完璧な角度のお辞儀と、すらすらと出てきた言葉に、イヴリンは驚いた。
あら――やればできるじゃないの。
ただの短気な男の子、でもないのね。
エヴァンをちょっと見直したイヴリンは、快く許すことにした。
「このことは水に流すとしましょう。エヴァン様のお立場もわかりますし」
そして、気を取り直して、エヴァンに椅子をすすめる。
「とりあえず、今日得た情報をいったん整理し、今後の計画を立てましょう。お座りになって」
エヴァンは座ったが、眉間にしわを寄せて言い放った。
「計画もなにも、あのメイドは明日になったら即刻首を切る。もう二度と、俺たちの情報をあの女には渡さない……」
そして、疲れたようにこめかみを指で押さえた。
「俺も誰がスパイかは探していたが……今日まで情報が流れてしまっていたとは。アストンやライアスの事まで……」
怒りがふつふつとわき返してきたのか、彼の唇がゆがむ。
「カメリアめ……『醜い野心』だと……! どの口が!」
たしかに、どの口案件ではある。イヴリンもうなずいた。
「本当に。鏡でご自身の姿を見せて差し上げたいですわね」
しかし得てして、そういった人間は自分の悪行を認めないものだ。
いいえ、悪行とすら思っていない場合もありますわね。カメリアからしたら、これは自分の愛する息子を王位につけるための『聖戦』なのでしょうから。
「くそっ……バカにしやがって……! あの女の思い通りにさせるものか……!」
そして、悔し気に爪を噛んだ。
「させるものか……」
そしてふと、我に返ったのか、エヴァンはイヴリンを見上げた。
「お前――いや、その、ロシュフォール嬢は、アラステア先生からどういう指示を受けて、ここに来たんだ? カメリアの事も聞かされて……?」
イヴリンでいいですわよ、と前置きして、簡単に説明する。
「いいえ、この前ご説明したとおり、指図はごく単純に、ナニーと家庭教師でしたのよ。ただ……おそらくアラステア様は、まずは私の力が、アストン様に使えると踏んで、私を抜擢したという気がしますわね。あとはまぁ……不良王子たちを更生せよ、という指示を、私は言外に受け取りましたわ」
「不良王子とはなんだ」
「だってそうでしょう。そりゃあ、騙されてひどい目にあったエヴァン様が回りを警戒するお気持ちはわかりますが、アラステア先生のような、助けようとする大人まで警戒をしては、もう手の施しようがないではありませんか。このままいけばもう、不良化まっしぐらですわ……」
するとエヴァンは椅子にもたれて腕を組んだ。
あらあら、ご機嫌ななめね。腹は立つけど、図星で言い返せない、というところかしら。
唇を引き結んでしまったエヴァンに、イヴリンはフォローを入れた。
「エヴァン様を否定しているのではありませんのよ。むしろ状況的には良いですわ。今夜の一件で、エヴァン様と私の間にあった疑いは消えました。これで、事は前向きに進むというものです」
「前向きにって……逆にお前の目的は何なんだ。なぜ、カメリアを探っている?」
もっともな疑問ではあるが、イヴリンはニコッと笑ってまぜっかえした。
「面白そうだと思った……から?」
「ふざけないで、正直に答えてくれ」
「ふふふ、ごめんなさい。エヴァン様にこんなことを言うのは、少し気後れしますが……アストン様からお話を聞いたから、ですわ」
「アストンが全部しゃべったのか? お前に? だとしてもどうして。一介の家庭教師が、雇い主に頼まれていないのに宮廷スパイの真似事なんて」
「それは、教え子たちを、助けなければと思ったからですわ」
疑い深い目が、イヴリンを試すように見た。
「見返りもなしに、か」
「世の中、見返りなしに人が動く事もありますのよ。そうですね、でも今回私が動く気になったのは、アストン様のお人柄もありますわ」
「アストンが……お前に頼んだのか?」
「いいえ。彼はただ、『何もできない自分が悔しい』とおっしゃっていたのです。アストン様のような方にそうおっしゃられると……助けたくなるのが人というものですわ」
まだ納得できない、という顔をしているエヴァンに、イヴリンはより直接的に言った。
「こんな良い方が、不当に苦しめられるのは間違っている。アストン様には、人にそう思わせるお力があります」
サーシャが彼を気にかけていたというのも、わかる気がする。なんだか放っておけない、助けなければと思わせる雰囲気が、彼にはあるのだ。
「アストン様の人徳のたまもの、ですわね」
するとようやくエヴァンも少しは納得がいったように、うなずいた。
「……アストンは確かに、良い奴だからな」
「ええ。彼のためにも、悪を滅しなくてはと思った次第でございます」
「滅するって……」
「一番良いのは、陛下御自身がカメリアの本性に気が付いてくれる事なのですけれど、無理そうかしら?」
するとエヴァンは唇を噛んだ。
「ダメだ。父上はもう、あの女と……新しい息子に夢中で、俺たちは眼中にない」
「カメリアの言うことを信じて、すっかり上二人はドラ息子だと思い込んでいらっしゃるのですね」
「……そうだ。実際カメリアのもとで、俺たちはめちゃくちゃやった。だからその印象を払拭したくて、俺は」
「……魔術や勉強に励んでいらっしゃったのですね。実に正攻法な努力で、ご立派ですわ」
するとエヴァンは言葉に詰まって下を向いた。
褒められることに慣れていらっしゃらないのね。うぶなこと。




