褒められるのは悪い気はしませんわ
あら、まぁ。私の行動が、どうしてわかったのかしら。……こっそり出ていきたかったけれど、仕方ないわね。
こうなったら素直に言うしかない。
「メイドの子のあとをつけるんですわ」
「どうして」
「アストン様から聞いていません?」
「何を?」
やれやれ。もう。時間がないっていうのに!
「手短に説明しますわ。私、この屋敷にカメリア王妃の息がかかった使用人がいると睨んでおりますの。
で、今日あのメイドが何者かに呼び出されている証拠をつかんだのですわ」
イヴリンはメモを見せながら、フードを頭にかぶった。
「あのメイドの密会相手が王妃なのか――今からこの目で確かめに行くことろですの」
早口の説明に、エヴァンは目を白黒させていた。
「ま、まて、なんでお前がわざわざ、そんなことを……」
「それは長くなるので割愛しますわ。今からアストン様のところにでも行ってお聞きくださいまし。では、失礼いたしますわ」
「ま、待て!」
窓枠に足をかけたイヴリンの肩を、エヴァンがつかんだ。
「なんですの、まだ何か?」
「あ……怪しい! そういってお前が王妃と密会するつもりじゃないのか?」
「は……? 違いますわよ。さぁ手をお離しください。ぐずぐずしてたら、せっかく掴んだ証拠がパァになってしまいますわ」
するとエヴァンは、突然イヴリンの横に並んだ。
「それなら俺も同行する」
「えっ」
「行って、お前が嘘をついていないか確かめる。いいだろう?」
ここで反論したら、後ろめたいことがあるから隠すんだろう――と責められるに違いない。
はぁ。仕方ないわ。お荷物が増えるけれど、一緒にご案内してあげるしかなさそうね。
「わかりました。ただし、楽しい道行ではありませんことよ。バレたら事ですから、今回だけは私の指示に従っていただきますわ。できます?」
「……お前が嘘をついて王妃側に行かなければな」
「ええ。それはもちろん。では行きますわよ、エヴァン様。私についていらして」
イヴリンは窓枠に足をかけ、彫刻の施された庇を伝って、音もなく地上まで下りた。
見上げると、エヴァンも慣れない動きながら、まぁまぁの速度でイヴリンについて降りてきた。
ふうん、けっこう運動能力はあるのね。これなら、大丈夫そうだわ。
イヴリンは隣に降り立った小声で彼に耳打ちした。
「今からメイド宿舎の裏側で待機して、例のメイドが抜け出すのを張り込みますわ。できるだけ音を立てないように動きますわよ」
「ああ」
二人が荒れた生垣の影に身を潜めて数刻。エヴァンがぶつくさ言った。
「誰も出てこないぞ。お前の自作自演じゃないのか」
「おかしいですわね……」
たしかにもう、十時を過ぎたはず。イヴリンが注意してあたりを見回したその時、イヴリンの鳥たちがばさっと王宮の方向へと飛び立った。彼らは何かをイヴリンに伝えるようにちら、と振り向いた
「あら……⁉」
イヴリンはその方向に目をこらした。よく見ないとわからないが――頭巾をかぶった小さな人影が、小走りで王宮の方向へと走り出していた。
「いましたわ、追いましょう」
「なに、どこだ!? いつ離宮を出たんだ」
「そういうギフトなのか、魔術アイテムを使っているのかわかりませんが――見つかりづらいように対策を施しているようですね」
でも残念。私の鳥たちは目がいいのよ。
「――間違いありませんわ、行きましょう」
一定の距離をたもって、しかし見失わないように彼女を追跡していると――メイドは王たちが住んでいる王宮の、立派な庭へとするりと入っていった。
「に、庭に入ったぞ、城の……ッ」
エヴァンの声が上ずる。
「しっ。お静かに。ですが……これはもう確定ですわね」
イヴリンはいったん足を止めた。
もし王妃がこの先にいるとしたら、エヴァン様のこの状況は、ちょっと危険じゃないかしら。
イヴリンはとりあえずエヴァンに声をかけた。
「エヴァン様、あなたがこれ以上一緒に来るのは、少々リスキーではございませんか。仮にも王子様が、こんな時間にこんなコソ泥のようなことしているとバレたら、評判に傷がついてしまいますわ」
カメリアに、またいいように醜聞として使われてしまうかもしれない。それを危惧するイヴリンであったが、エヴァンはむっとした顔をした。
「俺にここで引き返せというのか。断る。俺はそもそも、お前を見張るために来ているんだ」
「……さようでございますか」
ならご自由に。イヴリンは生垣の隙間から、そっと庭へと侵入した。
エヴァンたちが押し込められている離宮とは違い、王宮の庭はきちんと手入れが行き届いており、庭木は青々と美しい形に剪定され、噴水の流れる優雅な音がした。
そんな庭をメイドは小走りで走り抜け、白い屋根のあずまやの裏手に座り込んで、何を思ったか花ばさみを取り出して、生垣の花を切り始めた。
「い、いったい何を始めたんだ?」
イヴリンは小声で彼をたしなめた。
「しっ、こちらに身を潜めましょう」
イヴリンとエヴァンの二人は、あずまや近くの植木の影にそっと身をかくした。
パチン、パチンーー控えめな、花切りハサミの音が響く。それが何かの符牒だったのか、――あずまやの中から声が聞こえてきた。
「良い夜ね。新しいニュースはあるかしら」
穏やかだが、支配的な声だった。メアリの小さな声が聞こえてくる。
「は、はい。アラステア先生が、新しい家庭教師を連れてきました。名前はイヴリン・ロシュフォール」
「あらそう。もしかして、桃色の髪の若い娘かしら」
「はい、その通りです」
まずい――こちらを知られている。イヴリンは唇を噛んだ。
「やっぱりね。それでどう? 王子たちは」
「エヴァン様は、いつも通り反抗しています。ライアス様も反抗していましたが、今はもうなついているようんです」
「まぁ、まだ子供だものね。弟の方は、てなづけるのは簡単だわ。あの不気味な養い子は?」
不気味な養い子――アストンのことか。ちらりと後ろを見ると、エヴァンは拳を握っていた。
「それが……イヴリン・ロシュフォールはアストン様に触れられます。何やら二人で、毎日魔術の訓練をしているようで」
「なんですって? 私や……アラステアでさえめったに触れられなかったあの子に? いったいどんな能力を持っているのかしら」
「そ、それが……まだわからなくて……」
「愚図ね。次までにどうにかなさい」
冷たくカメリアが言った。
「で、その家庭教師はどんな女? 引き込む余地はありそう?」
「それが……あまり隙がありません。善性が強い女で、おそらく、性格も肉体も強いと思われます」
あら、ライアスのいじめから助けてあげたからかしら? あれは自分の利害のためだったのだけど――褒められるのは悪い気がしないわね?
「ふうん? なぜ」
「ぶつかったときに、びくともしませんでした。それに、王子様がたにケガを負わされても、動じておりませんでした」
まぁ……慣れておりますからね、ケガや恫喝には……。
「なるほど……なかなかしぶとい女のようね。まぁアラステアの差し金なら、一筋縄ではいかなそうね」
……そんなに怖い女じゃないと思うんですけれど。イヴリンはいちいち心の中で突っ込んだ。
そしてしばしの沈黙のあと、カメリアは指示を出した。
「マシューのためにも、早めに手を打っておきたいわ。あの王子たちがまともになって、醜い野心でも持たれては、ね。不安はつぶしておかないと。お前、その女の個人的なことをできる限り聞き出しなさい。そうね、困っていることや借金なんかがあったら特に知りたいわね」
「承知しました、カメリア様」
「もういいわ、後も詰まっているし行きなさい――身隠しの頭巾をちゃんとかぶるのよ」
「はい」
なるほど、王妃様から賜ったアイテムだったわけね。
さっと東屋から、メイドのメアリが走り出した。まるでリスのようなすばやい身のこなしと、身隠しの頭巾で、ほとんど視界に残らない。
こうして隠密活動していたわけね。でも、ハウオリたちの目はごまかせませんわよ。
イヴリンは小声でささやいた。
「どうもあのメイド、別の予定もあるようです。追いましょう」
「あ、ああ」
メアリは再び、離宮のそばの森へと戻った。あまり手が入っていない場所で、うっそうと木々が生い茂っている。その森を抜けると、王宮と外の敷地を隔てる柵が見えてくる。
なるほど――外部の者と密会するには、うってつけの場所ね。森が目隠しになるもの。
イヴリンはそう思いながら、荒れ果てた木の根元にエヴァンとともに身を潜めた。
「メアリ……メアリ? そこにいる?」
「ええ、ここよ」
メアリがさっと頭巾を取る。
一人の男が、ひらりと柵を乗り越えてメアリの前に立った。
「トラッシュ、見張りは大丈夫?」
若い男だった。身なりは貴族のお屋敷の――下男といったところかしら。あら、なんだか二人の距離が近いですわね。
「ああ。メアリ、会いたかった」
二人は抱き合って、キスをし始めた。




