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ロイヤルナニーは婚約お断り! ~ グレた王子たちを更生させるはずが、溺愛されて困っています~  作者: 小達出みかん


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ステイ、ですわっ!

 エヴァンは立ったまま、冷たいまなざしでイヴリンを見下ろしていた。


「お前、どうしてアストンに触れられた」


 まぁ、前置きなしで聞いてくるんですのね。イヴリンは微笑んだ。


「あら、アストン様からお聞きになりませんでしたか」


 するとエヴァンはぐっと詰まった様子だったが――その顔はすぐにせせら笑いに変わった。


「ずいぶんと強気だな? アストンとライアスに取り入ったからか?」


 イヴリンは軽く土を払って立ち上がった。フェルナンドはこの雰囲気を察し、イヴリンのそばでかるく唸った。


「なんだその鹿は」


 罪もないフェルナンドに、何らかの巻き添えを食わせるわけにはいけない。イヴリンがちらりと視線を送ると、フェルナンドは意図を察し、おずおずながらも王宮の森のほうへと歩いていった。


「いいえ。私、とくに取り入ったりはしていませんわ」


「ふん。嘘をつけ。お前の正体はわかっている。スパイめ。俺たちの行動をあの女に逐一報告して、廃嫡させるのが狙いだろう」


「違いますったら。あの女って誰ですの? カメリア様とはあったこともございませんわ」


 エヴァンは眉根を寄せた。


「しらじらしい。さっさとこの屋敷から出ていけ」


「あらまぁ、そんなの困ります。私失業してしまいますわ」


「知ったことか」


「でも本当に、私はアラステア様にやとわれてこちらにやって来たんですのよ。スパイなんかでは」


 はぁ。イヴリンはため息をつきたい気分だった。

 何を言っても、イヴリンをスパイと信じ込んでいるエヴァンに聞く気はないだろう。


「困りましたわねぇ……アラステア様と交わした契約書でもお見せしましょうか?」


「そんなもの、いくらでも捏造できる。それに――先生だって、信用できないからな」


 疑い深い目で、エヴァンはイヴリンを見ていた。

 彼もアストンと同じように『テイミング』できないかしら……?

 イヴリンは彼を注意深くじっとみた。すると、その体の隅々に、コントロールされた魔力が巡っている気配がした。


 なるほど、彼を『テイミング』するのは無理そうね。


 エヴァンの力は、すでに彼のコントロール下にあるからだった。そこにイヴリンが付け入る余地は、なさそうだ。

 それにしても、この年で、自身の魔術を手足のように使えるとは。


「エヴァン君は、魔術に優れているんですね」


 思わずつぶやいてしまったイヴリンに、エヴァンは吐き捨てた。


「……そんな世辞が効くとでも思うか」


「あら、嘘ではありませんのよ。ライアス様もですが、おふたりはその年齢にして、よく魔術を学んで、ご自身のものになさっていますね」


 エヴァンは何もいわず、ただイヴリンをにらんだ。


「偉そうに……お前に何がわかる」


 イヴリンは敵愾心に満ちたそのまなざしを受け流し、エヴァンを観察した。

 最初にあった時は、そのロイヤルな容姿と外面の良い笑顔に感嘆してしまったが――

 よく見れば、彼の頬はこけていて、目の下もちょっと暗い。成長期の青年にしては、痩せすぎているようにも感じる。


 いささか、病的な印象を受ける。

 こんな顔、他でも見たことがあるわ。イヴリンはそう気が付いた。

 何かに一心不乱になっていて、健康や娯楽がおろそかになっている者の顔だ。

 良くない傾向ですわね……。なんでもそうですが――根を詰めすぎると、体を壊してしまいますわ。

 さて、敵視されている私が、どうやって彼を説得いたしましょうか。


「うーん…エヴァン様、ちゃんと食事はとっていらっしゃいますか」


「なんだ、突然」


「エヴァン様のお好きな食べ物は? それに、何か好きなことや、ご趣味はありますか?」


「……なんでお前に、そんなことを言わないといけない」


 エヴァンは露骨に警戒する顔をした。


「別に私に言わなくともいいのです。何を食べるのが好きか、なにをしていれば楽しいのか――ご自身で知っていれば。どうです」


「……そんなこと、どうでもいいだろう。それより――」


「よくありませんわ」


 イヴリンはエヴァンをじっと見た。


「エヴァン様は、魔術の上達のために必死になっているのですね。寝るまも遊ぶまもおしんで、魔術を学んでらっしゃるのですね」


 するとエヴァンは図星だったのか、眉をしかめて一歩下がった。


「俺のことはどうでもいいだろう」 


 イヴリンは逆に、一歩、一歩と彼に近づいていった。


「魔術が好きなのですか? いいえ、きっと違いますよね」


「よ、寄るなっ……」


「魔術が本心から好きでやっている雰囲気ではありませんね――。初日、私に電撃を放ったように、あなたは他者を圧倒する『力』を求めてらっしゃる。それは……」


 アストンは言っていた。『エヴァンは悪いやつではない』と。

 エヴァンのすぐ前に立って、イヴリンは聞いた。


「――ご自身と兄弟の立場を、守るため?」


 するとエヴァンは、はっきりと虚を突かれた顔をして――イヴリンをにらみつけた。


「知ったふうに――大きなお世話だ!」


 ビリビリッ、と帯電するような気配に、イヴリンは一歩下がった。


「我がギフトの名のもとに出でよ、しもべ――!」


 エヴァンが手をかざし、地面に向かって雷が走った。

 その電撃は魔法陣を描き――その中から、雷を全身にまとった召喚獣が出現した。


「これは…!」


 イヴリンは下がった。


「はははどうだ、すごいだろう! 俺はお前なんかよりも優れているんだ!」


 自身の能力から作り出した、召喚獣。かなり高度な魔術のはずだ。イヴリンも目の前にするのは初めてだった。

 金色の毛並みの、エヴァンの能力そのもののような召喚獣が、イヴリンに向かって牙をむいた。


「……ッ!」


「怖いだろう! こいつに噛まれたら、お前にどんな力があろうと――感電死待ったなしだ!」


 エヴァンは手をあげて、召喚獣をイヴリンにけしかけようとした。


「出ていけ! こいつにかみつかれたくなければな!」


「え、エヴァン様、落ち着いて……! 危険ですわ!」


 イヴリンは止めようとするが、エヴァンの耳には入らない。 


「私はスパイなんかではありません……!」


「うるさい! そんな言葉、信じるわけがないだろう……ッ」


 エヴァンの声が揺れる。その瞬間、召喚獣が地面をけって、魔法陣から飛び出した。


「あっ……! ダメだ、出るな! 止まれ……ッ」


 エヴァンは手をかざし、電撃の魔術で召喚獣の動きを縛ろうとした。が――

 バリ、とその戒めを破って、召喚獣はイヴリンではなく、エヴァンへと牙をむいて、襲い掛かった。


「わあっ!」


 召喚獣が、エヴァンにとびかかって押し倒す。


「いけない!」 


 考える前に、イヴリンはその場から走り出していた。

 召喚獣は大きな力を持つが、作り出した人間の魔力と精神力に左右される存在だ。エヴァンがまだ未熟で不安定なせいで、召喚獣の制御がきかなくなり、暴走を始めたのだ。

 彼自身を――召喚獣から守る必要がある。イヴリンはエヴァンに襲い掛かった召喚獣の首根っこを、素手でつかんだ。


「くっ……!」


 ビリビリ、と掴んだ手に電流が走る。痛い。が。

 こんなの、蜂に刺されてアナフィラキシーショックを起こしたときに比べたら、どうってことありませんわ!!!!!

 イヴリンは根性で痛みを受け流し、召喚獣をエヴァンから引きはがした。

 グルルと唸る召喚獣を、イヴリンは気迫を込めて一喝した。


「ステイ!!!!!!」


 すると召喚獣の耳が後ろにぺったりと反れ、その身がきゅっとすくんだ。


「クゥン……」


 これでとりあえずよし。イヴリンはエヴァンの肩を掴んだ。


「エヴァン様! ご無事ですか……つっ!!」

 肩を掴んだ瞬間、残っていた電気がビリっとイヴリンの手にも伝わった。

 エヴァンは地面に横たわって、細く目を開けていた。召喚獣を阻もうとしたせいで、手のひらがイヴリンと同じようにやけどをしている。


「痛むところは? 意識はいかがですか……!」


 イヴリンはエヴァンを抱き起し、軽く頬を叩いた。


「平気、だ……少し……ビリっとした、だけだ……」


「大変です、やけどの手当てもなさらないと……!」


「騒ぐな……このぐらいの感電は……慣れて、いる……」


 そういいながらも、エヴァンはぐったりとして、いまにも意識を失いそうであった。


「それより、召喚獣…を……戻さない、と……!」


 その状態でなおも魔術を使おうと起き上がったので、イヴリンは全力で止めた。


「おやめください! 今は無理です!」


「何をのんきな……ッ、始末をつけないと……! 他の者に害が……!」


「平気ですから、ほら!」


 イヴリンは体を横にずらし、後ろでお行儀よく座っている召喚獣をさししめした。


「とりあえずおとなしくしてもらっております! 魔法陣の向こうにお戻りいただくのは、エヴァン様がお休みになって回復してからでも、よろしいでしょう?」


 イヴリンの言うことなど耳に入らなかったのか、エヴァンは召喚獣を見据えたままつぶやいた。


「な、なぜ……暴走、して……いない……?」


 その言葉を最後に、エヴァンはがくりと頭を垂れ――気を失った。


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