草むしり中ですのよ?
アストンがバルコニーに出ると、エヴァンはちょうど斜め下の、彼の部屋のバルコニーにいた。
「どうしたのエヴァン、わざわざライアスに呼びにこさせて」
アストンを正面から見て、エヴァンがちょっと眉を上げた。
「髪……切ったんだな。お前の顔久々に見た」
「うん」
それから少しためらってから、エヴァンはおずおずと切り出した。
「嘘……ついて悪かった。けど……お前のため、で」
アストンが微笑むと、エヴァンはちょっとバツが悪そうに目をそらした。
わかりやすい。頼みづらい頼み事を命令する前の、エヴァンのくせだ。
だからアストンは、自分から切り出してあげることにした。
「ロシュフォール先生と、関わらないように、って言いに来た?」
するとエヴァンはぱっと目を見開いたあと、眉を寄せてうなずいた。
「そうだ。わかってるんだったら、そうしてくれ」
「あのさ……エヴァン」
アストンがもの言いたげに彼を見ると、エヴァンは声を張り上げた。
「だから、謝っただろう! 嘘をついたのは」
「それだけじゃなくて。君の嘘をすぐに信じ込んだ僕も悪いけど……間違ったら先生を殺してしまうところだったんだよ。エヴァン、この館から、殺人者を出すなんてごめんだろう」
「俺は殺せなんて言ってない! ただお前の規格外の力を見せて、あいつを脅して追い出してくれないか、って言っただけだ!」
「僕も力を使うつもりなんてなかったよ。けど先生は――」
しかし、アストンはそれ以上の説明はやめて、ため息をついた。
この件で、エヴァンだけを責めるのも違う。
「とにかく、僕もだけど、君も軽はずみな行動は慎まないと。でないとますますあの人の思う壺だよ」
エヴァンは悔し気にアストンを見上げた。
「だから言っている! その先生とやらから、距離を置けって……!」
エヴァンを説得するのは大変そうだが――アストンはおだやかに首をふった。
エヴァンの境遇も、警戒心を抱くに至った理由も、アストンはよく知っているからだ。
それにエヴァンはカッとなりやすい。淡々と説得した方が効果がある。
「先生は、あの人と違っていい人だよ。魔術の腕もたしかだし……」
しかし、その言葉が、エヴァンの地雷に触れてしまった。
「魔術の腕……だと? 俺があの程度の人間に、魔術を教わればいいと?」
アストンはしまった、と思ったが、少し理不尽だ、という思いもした。
「僕にとっては、だよ! そりゃ、上を目指してるエヴァンにとっては、力不足かもしれないけれど。でも、先生の力はすごいものだよ」
「……あの女、一体なんの能力をもってるんだ」
「自分で聞きに行ってごらんよ。先生はきっと、答えてくれると思うよ」
涼しい顔で提案するアストンを、エヴァンはにらみつけた。
「お前……俺を裏切るのか。それで、あの家庭教師につくって言うのか」
「裏切るとかじゃないよ。僕はただ……」
「俺はお前のために言ってるんだぞ。こ、今度はお前が騙されてるかもしれないじゃないか! あんな女、信じちゃダメだ! どんなあくどい事をするかわかったもんじゃない!」
必死のエヴァンの言葉に、嘘はない。彼は彼なりに、アストンを案じているのだ。
けれど、アストンもそういわれて黙ってはいられなかった。
「言ったよね。ロシュフォール先生は良い人だって。言いたくないけど、僕の人を見る目は、エヴァンよりたしかだよ。知ってるでしょう?」
その言葉に、エヴァンはドンッと石の欄干を拳でたたいた。
「っ……。もういい。お前には頼まない」
「そう……」
決裂。アストンは小さくため息をついて、部屋へと戻った。
◆
パシュッ、と電撃の走る音が庭に響く。
エヴァンは日課の魔術訓練を行っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
エヴァンは自らが操る電撃で、数メートル先の目標を切り裂こうとしている。が――
「くそっ、ぜんぜんだ……っ」
訓練用の砂袋は、距離を離すとまったく電撃が届かないし、その威力も少ない。
「もっと、できるようにならないといけないのに……」
こんなことしかできなくて、どうやってあの家庭教師を追い出せるんだ。
ああ、もっと力が欲しい。アラステア先生のような、一瞬で城を消し炭にできるような、圧倒的な力が。
力さえあれば、父だって、もう一度自分を認めてくれるかもしれない……。
「くそっ……ダメだ こんなんじゃ……父上に失望される……」
母と、自分たち兄弟を次第に顧みなくなった父。母の葬式でも、涙ひとつ流さなかった父。そして――自分たちを王宮から追い出して、この離宮へ追いやった父。
どうしてこんなことになってしまったのか。それはきっと……。
エヴァンはギリリ、と唇を噛んだ。
俺の……出来が悪いと、思われているからだ。後継を不安に思われているのだ。
だって父は、アラステアや新しい王妃のような、才能のある者が好きだから。
魔術の才能のある新しいお妃と、その息子を手に入れたから、みんなエヴァンもライアスもいらなくなったのだ。父も、先生も、忠臣たちも。
エヴァンに備わっているのは『電撃魔術』。電流由来の魔力を持ち、雷のように、自在に電流を操ることができる。この能力を、最初は父も喜び、このルミナシア国一番の魔術師、アラステアの指導のもと、エヴァンは着実にその力を伸ばしてきた。
自分は才能があるのだ。王子にふさわしい天才なのだ。幼いエヴァンはそう自負していたが――今は、そうではないと知っている。
自分より魔術に優れている者はいくらでもいる。まずアラステア先生、そして新しい王妃に、そして、アストンも。
エヴァンはアストンにめったに触れることができない。エヴァンの力では、アストンを完封できないからだ。圧倒的な力という点で言えば、アストンの方がエヴァンよりも優っている。
そしてあの家庭教師はいとも簡単にアストンに触れてしまった。そのことは、エヴァンのプライドをざっくりと傷つけた。
自分は、あんなぽっと出の家庭教師にすら、負けたのか……と。
「どうすれば……証明できる? 俺の力を……」
焦るエヴァンの頭のなかに、危険なひらめきが浮かんだ。
――今こそ、もっと大きな魔術を試してみるチャンスではないだろうか。
エヴァンは庭での訓練を取りやめ、図書館の奥まった書庫へ向かった。そこには、鍵のかかった棚に入れられている。禁書が納めてあった。
そこには、様々な高度な魔術のハウツーが乗っている。当然、まだエヴァンには早いといわれて禁止されているものばかりだ。
未成年には禁止されているが…あの方法なら きっとあの女にも勝てるんじゃないか⁉ そんな危険な誘惑がしだいに大きくなっていく。
そうだ、いずれは手に入れるものなのだ。なら、今だって良いじゃないか!
―――バシュッ。
電撃で鍵を壊して、本を手に取ってみる。ずっしりと持ち重りがした。その重みは、この中にある魔法が、エヴァンをしっかりと強くしてくれそうな説得力があった。エヴァンは自分を鼓舞した。
うろたえるな! きっと俺ならできる。やられる前に……やるんだ!
◆
ぶち、ぶち、と鹿が雑草を食む。その姿を見ながら、イヴリンも地道に雑草を取っていた。
「ふぅ~、ありがとうね、フェルナンド2世。雑草を食べてくれるのは助かりますわ。なにしろこんないっぱいあるんですから」
小鹿のころからの付き合いであるフェルナンド2世に声をかけながら、イヴリンは額の汗をぬぐった。
そう、仮にも王子たちが住む離宮だというのに――この館の周りの庭は、割と荒れていた。
離宮じたいも、敷地内の端で、陛下が住む王宮から離れている。
この待遇の悪さ、やっぱり、新しい王妃様と関係しているのかしら――いわゆる継子いじめ、ってやつ?
庭の手入れもしてくれないなんて。
しかしそれなら、自分でやるまで。彼らに不自由な思いをさせないように、イヴリンは空き時間に、鹿のフェルナンドと共にこうして草むしりにいそしむことにしたのであった。
「おお、いい子、いい子」
イヴリンが首の後ろをかいてやると、フェルナンドは嬉しそうに鼻を鳴らした。
その時、家の方から、さくさく草を踏む、荒々しい足音がした。
おや。イヴリンは振り向いた。
「ごきげんよう、エヴァン様。私に何か用ですか?」




