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ロイヤルナニーは婚約お断り! ~ グレた王子たちを更生させるはずが、溺愛されて困っています~  作者: 小達出みかん


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素直ないい子は好きですわ

 バルコニーで髪を切ったあとは、イヴリンは、どんな家庭教師でも行う、お決まりの授業を行った。すなわち簡単な読み取りや計算などである。

 が――


「あら、アストン君、勉強の基礎はほぼ完ぺきにできておりますわ」


 ちょっと出した問題も、書き取りも、アストンは完璧にこなした。


「はい。ずっと一人で、することもなかったので……」


 ちょっとはにかみながらも、アストンは褒められて嬉しそうであった。


「えらいですわ。優秀ですわね!」


 しかしそういうと、アストンは苦笑してうつむいた。


「いえ……僕なんて。エヴァンやライアスに比べれば、落ちこぼれです」


「まぁ、ぜんっぜんそんなこと、ありませんことよ」


 そう。私にとっては、素直なあなたが一番の優等生ですわよ――というのを、ぐッとこらえる。


「そんな……いいんです。わかっています。僕はこの年になって、魔力のコントロールもろくにできない有様ですから」


 そういって手のひらを見つめるアストンに、イヴリンは考えた。

 アストンの力は、非常にエネルギーが高く、コントロールが難しいものだ。だが。


「ですが、コントロールがちっとも効かない、というわけではございませんわよね?」


「どうでしょう。他人に触れられても出してしまう時点で……コントロールは不可と言っていいと思います」


 悔し気に彼はつぶやいた。


「ずっと練習してきました。この力を封じ込めないか、って……でも、あまりに強くて、僕の練習だけでは」


「なるほど……実は私、昨晩から考えていたんですけれども」


 イヴリンは請け負った。


「そのお困りごと、私と一緒に訓練すれば、なんとかなるかもしれませんわ」


「え?」


「私はすでに、あなたの力を『手なずけて』います。つまり、私のみに対してはコントロールが効くのです。だから今の状況から、私の力を少しづつ抜いて行って、ご自身の力でコントロールできるように練習していくのです。いかがですか?」


「そ、そんな方法があるの……?」


「ええ。やってみないとわかりませんが、試してみる価値はありますわ」


 アストンの紫の目が、ぱっと輝いた。






 なんてことだ……アストンまで、手なずけられてしまうとは。

 エヴァンはギリギリと歯ぎしりをしたい気持ちであった。

 ――あの家庭教師に、この家が乗っ取られつつある。


「ねえ兄さん。もういい? 僕も行っていい……?」


「ダメだ。俺のそばを離れるな!」


「そんなぁ……」


 内心あの家庭教師と遊びたくて仕方ないライアスを、エヴァンのもとにとどめているのも、そろそろ限界がきそうだ。


 くそ。くそ。悪態ばかりが頭の中をこだまする。

 アラステア先生は、あんな女をよこして――それで終わりにするつもりか。

 それで自分は、新しく生まれたマシューに魔術の手ほどきでもする予定なのか。

 自分たちは、アラステアからも、父親からも忘れ去られて――。


 エヴァンは唇をぎゅっと噛んだ。

 恨むな。怒るな。期待をするから、失望するのだ。

 どんな大人も、自分たちのおかれた境遇をわかってはくれないし、当然助けもしてくれない。

 むしろ、自分たちの足元を掬ってくるような――敵だらけだ。

 だから、自分の身は自分で守らないといけないのだ。


「いいかライアス。あのイヴリンとかいう女は、最初はお前にいい顔をするかもしれない。けど……大人なんて誰も信用できない。きっと最後は手の平を返すんだ」


「そ、そんなの」


「いいや、疑ってかかったほうがいい。もしあの家庭教師があの女の差し金だったらどうするんだ。親切な顔をしてくる大人ほど、信用しないほうがいい。それはもう、俺たちはよくわかってることだろ」


 エヴァンの顔は、真剣だった。


「油断をさせて、あとから裏切って、俺たちの何もかもを奪おうって魂胆かもしれないぞ。だから、あの家庭教師とは関わるな。もう、アラステア先生だって、信用できないからな」


「で、でもアラステア先生は……僕たちのこと、一番に考えてくれるって」


 エヴァンの声が、低くなる。


「先生だって……あの女とお父様が結婚するのを、止めてくれなかったじゃないか」


 するとライアスも思い当たることがあり、唇を引き結んだ。

 そして、とうとううなずいた。


「……うん」


「よし、そうとわかったら俺と協力してあいつを追い出すんだ。アストンも、こっちに引き戻すように計画を立てるぞ」





「……いいんですか、先生。僕とこんなに……一緒にいてもらって」


 午後のお茶を共にしながら、アストンはおずおずと向かいに座るイヴリンを見上げた。

 ……こうして誰かと、それも女の人と長い時間共に過ごすなんて、アストンには初めての経験であった。


 緊張、する。

 ロシュフォール先生はまるで、絵画の中の貴婦人のように美しかったし――そばによるとなんだか良い匂いがするうえ、その自信あふれる柔らかな微笑みを向けられると、なんだかこう、無意識に、自分を預け、従いたくなってしまうような何かがあった。


 これが、『テイミング』能力の力、なのだろうか。それとも彼女の性格によるものなのだろうか……。

 考えあぐねたけど、わからない。アストンには、家族以外の対人経験が圧倒的に不足していた。


「いいんですわ。他のお二人は、まだ授業をお受けになるおつもりがないようですし……」


 ライアスは昨日は乗り気だった。今日は十中八九、エヴァンに止められでもしているのだろう。


「先ほども申しましたが、待ちますわ」


 その言葉に、アストンは少し言いづらそうに言った。


「エヴァンがあなたを避けるのは……たぶん、先生がそのものが嫌いなわけではなくって……」


 口ごもるアストンの続きを、イヴリンは察して言った。


「この家に踏み込んでくる『家庭教師』なら、誰でも敵認定、ということかしら?」


「はい、そ、その通りです」


「やはりですか……」


「で、でも、エヴァンもあれで、根っから悪い人ではないんです。僕より年下だけど、優秀だし、頼れるところもあるし……。もっと前は、ここまで尖ってはいなかったのですが……」


「そうなんですの? いつから、あんなにトゲトゲしいエヴァン様になってしまったのかしら?」


 アストンはちょっと真顔に戻って、切り出した。


「陛下が去年、再婚なさったのは、ご存じですね?」


 すると、イヴリンの顔が引き締まった。


「こんなことを……ぼ、僕の口から言うのは引けますが、その、再婚相手の方と、エヴァンたちはいろいろあって……」


「いろいろ?」


 イヴリンが聞き返したその時、扉の向こうから、大きな声がした。ライアスだ。


「アストン兄さん、エヴァン兄さんが呼んでるよーっ、外!」


 それだけ言って、彼は逃げるように走っていった。


「ちょっと、ライアス君、一緒にリンゴを取る予定は~?」


 イヴリンは立ち上がって叫んだが、すでに廊下の奥へライアスは消えていた。

 アストンはふうと息をついて立ち上がった。


「僕、バルコニーに出ますね。エヴァンと話をつけます。先生はお部屋に戻って、ゆっくりしていてください」


「あら、外にエヴァン様が?」


「外というか、彼の部屋のバルコニーです。僕たちはそうやって話す事が多くて。ライアスに呼びにこさせたのは、きっと先生が中にいて気まずかったからでしょう」


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