こんな家早く出ていってやりますわ
まばゆい朝日の差し込むテーブルに、イヴリンはしずしずとついた。
焼きたてのパンにエッグベネディクト、木苺のジャムに、温かい紅茶。美味しいブランチは大好きだ。しかしイヴリンがパンを手に取った途端、隣の席からフッと嘲笑うようなため息が漏れた。
「あらお姉さま、そのドレスの袖口、擦り切れていますわよ。かわいそーう。ねぇお母さま」
「仕方がないでしょう。この子ったら貧相で、何を着たって似合わないのだもの」
「やっぱりお姉さまはほら……ご出身がご出身だものね。素朴な装いが一番似合っておいでですわぁ」
…全く、食事くらい嫌味を言わずにできないものかしら。イヴリンはそう思いながら相変わらず静々とエッグベネディクトを口へと運んだ。
「聞こえませんの? ドレスだけでなくお耳も擦り切れてしまったのかしらぁ?」
イヴリンは静かにフォークを置いて、チラと隣の妹、カレンを見ていった。
「聞こえていましてよ。ただ、食事を口にしながらおしゃべりをするのは、不調法ですからね」
すると、パンを口に入れたままぺちゃくちゃ喋っていたカレンは、ハッとした後、ムッとした顔になった。
「ふ……ふん! 何よ、気取って偉そうに。雑魚ギフトの、役立たずのくせして…ッ」
するとその時、上座に座っていた父がはぁとため息をついた。
「やめないか、カレン。そんな役立たずに構うのは」
すると、苛立っていたカレンは途端にニンマリと笑顔になった。
「うふふ、そうですわね。ごめんなさぁい、お父様ぁ。お姉さまったら、汚い動物どもに好かれるしか能がないんだものね」
父の一喝により、義母とカレンは再び静かになった。当の父は、まるでいないものかのように、イヴリンを見ようともしない。
普通に考えて、冷酷な態度である。が、この程度で傷つくような段階は、イヴリンの中でとっくに終わっていた。
ーーイヴリンの実の母、フェリーチェは、零落した家の令嬢だった。父は自身の魔術の能力、『ギフト』をより一層強化して子供に継承するために、家は貧しいが役立つギフトを持っていた彼女を選んだ。
しかし生来体の弱かったフェリーチェは、イヴリンがまだ幼いころに亡くなった。父は、いつギフトが現れるかとイヴリンを養育していたが、イヴリンが成長し、強いギフトを持ち合わせていないとわかった途端、イヴリンを邪魔者扱いするようになった。
フェリーチェ亡き後、後妻に入った身分の高い継母と妹のカレンは、父にならって、イヴリンにたいする蔑みを隠しもしない。
イヴリンとカレンは、教育や着るもの、食べるものまで、大きく差をつけて育てられた。
長年のこの、家族を家族とも思わない扱いはつらかった。幼いころはどうして、と思い悩みもした、が――
正直、もう慣れたのよね! 悪口も皮肉も、言うだけならいくらでもどうぞ、って感じですわ……。
そんなイヴリンが、この朝食に顔を出している理由は一つ。父が手に持っている、新聞紙であった。朝食が終わり、皆が退出したあとに、イヴリンは父が置いていった新聞にそーっと手を伸ばす。
よし、これで新聞ゲットですわ――あら?
「新聞が読みたいのぉ?」
その時、イヴリンの手をカレンが掴んでいた。
「気の毒なお姉さま。魔術の才もなく、社交界にも出れず、この家から出るときなんてありませんものねぇ。それでせめて、外のことを知りたいのね」
イヴリンはじっと殊勝に唇をむすんだ。
言えない、この家と縁を切って出ていくために、毎朝求人広告をあさっている、などとは…。
だって、ちゃんと就職先が決まってから、華麗に縁切り宣言して出ていくつもりなんですから!
するとカレンは、何を勘違いしたのかペラペラとしゃべりはじめた。
「それなら私が教えてあげますわぁ。この間、お父様が開いてくださった私の誕生日パーティはそれはそれは盛大で――一瞬ですけれど、あの大天才の宮廷魔術師、戦争の英雄のアラステア様も顔を出してくださったんですのよ! 私の魔術をほめてくださいましたの」
カレンは鼻を膨らませながら、誇らしげに言った。彼女の自慢は長いーーが、特に害があるものでもないので、イヴリンは新聞をチェックしながら適当にあいずちを打った。
「さすがですのね~、しらなかったわ~、すご~い、センスありますのねぇ~ そうなんですの~」
カレンは新聞から目を離さないイヴリンを、上からみおろしてのたまった。
「ああ、かわいそうなお姉さま! こんな素晴らしいパーティなんて一生出ることはないし、誕生日会を開いてくれる人も現れないんですものねぇ」
カレンがそう言ったその時、ドアから見知らぬ人物が顔を出した。
「ロシュフォール家のご息女はこちらかな?」
濃紫のマントを纏った長身の、輝くような銀髪の男性が、メイドの案内でイヴリンの目の前にやってきた。
どなたか知らないけれど、カレンに用事かしら?
そう思い、新聞をちゃっかり持って下がろうとしたイヴリンだったが、その時驚いたカレンに押し除けられた。
「わっ」
「まぁ、またお目にかかれて嬉しいですわ、アラステア様!」
「おや あなたはたしか……?」
カレンの目は爛々と輝いていた。騒ぎを聞きつけたのか、義母も食堂へとやってきた。
「アラステア様、光栄ですわ。我が家になにか御用ですか?」
まるでネズミを前にした猫のごとく目をギラギラとさせる親子を前に、アラステアは丁重に申し出た。
「実は……私の仕事を手伝ってくれる、魔術の素養のある令嬢を探しておりまして」
「まぁ! うちの娘に⁉ なんて光栄なんでしょう いつから出仕すればよろしいでしょうか」
義母とカレンは飛び上がらんばかりの勢いで答えた。
はしゃぐ彼女らを尻目に、イヴリンはそーっと食堂を退出すべく、気配を消してドアへとしずしず向かっていった、その時。
「あの、イヴリン・ロシュフォール嬢は彼女ですか?」
名前を呼ばれた瞬間、触られてもいないのに、ぎゅうっと体も視線も、彼に引っ張られる心地がした。イヴリンは思わず目をみはった。
なんて力でしょう。名前を呼ばれただけで彼に意識がーーさすが、この国……ルミナシア国一番の魔術師ですわ……。
一体どんなギフトを持っているのか。イヴリンには想像すらできなかった。
「ええ そうですわ。失礼いたしました。姉は今すぐ下がらせますね」
「無作法で申し訳ありません」
口々に謝る母娘に、アラステアは言い放った。
「いいえ、私は彼女を雇いにきたのです。履歴書を受け取ったので――」
アラステアがペラリと懐から紙を出す。イヴリンは度肝を抜かれた。それはたしかに、イヴリンが先月新聞の求人を見て送った履歴書であった。
「え、ですが……なぜそれを、あなた様が……!?」
求人先に、アラステアの名前など一文字もなかった。イヴリンは目を白黒させたが、カレンたち親子はもっと戸惑っていた。
「え? な、なぜお姉さまを?」
「この子は大した能力もないし、なんの取り柄もありませんのよ」
「あたながたにはそう見える――かもしれませんね。でも、私は彼女の助けが必要なのです。 できることなら今すぐに!」
そういうと、アラステアは母娘には目もくれず、イヴリンに手を差し出した。
「さぁ、私と一緒にきてもらえますか、お嬢さん」