週明けはやることが多くて。3
16日 16:00
僕はスタジオの前に降ろされて、そのまま走り出した車を見送った。よくよく考えると社用車の予約時間は元々長めに取られていた。
果たして関くんは何時頃に帰ってくるつもりなんだろうか。心配になった僕は、念の為に僕は玉柏さんへ電話をした。
「もしもし秋本ですけど。」
「あっお疲れ様です!どうされましたかぁ?」
うん、やっぱり普通に電話対応してくれるんだけどな・・・。
「一昨日に相談してもらった件で、関くんに少し注意してみたら聞き分けてもらえなくて玉柏さんの家に向かってしまいました。申し訳ないです。」
「多分今日以外にも何回か来ていると思います。居留守使ってますけど・・・。」
おいおい関くんそれはもうストーカーってやつに片足突っ込んでしまっているぞ。
「さすがに僕が聞いてても怖いんで関くんが戻ってきたら問い詰めようと思います。とりあえず今日も居留守しておいてもらえますか?」
「あの、そこまで事を荒立てないでもらえますか?一応仕事はきちんと進めているんで・・・。」
「荒立てた方が良いところまで来てしまっている気がしますが・・・。」
玉柏さんの元気がどんどん無くなっていく。
「私は半拘束もらってますけど、上がりを出せないと切られちゃいますし。正直私の仕事のペースで拘束をもらえるのすごく助かってるんですよぉ・・・。」
確かに厄介事が起こった際、その辺がどう転ぶのかは僕でもわからない。
玉柏さんはフリーランスだし、関くんはスタジオの社員だ。玉柏さんとしても突然収入が大幅に減る可能性を考慮するなら現状で我慢する方がまだマシなのかもしれない。
「そういうことなら分かりました。何か起こる前にきちんと相談してくださいね。」
「ありがとうございますぅ。」
16日 17:00
細々とした雑務をこなしていたらもうこんな時間になっている。
しれっと関くんも帰ってきたし、また時間を置いて話をしてみようと一旦区切りをつける。
デスクの上に絵コンテと割り振り表など営業に必要なものを並べてみた。
アニメ業界の営業は早い時間でも、遅い時間でも良くないという風潮がある。
基本的に全員忙しいのがこの業界であり、少しの暇ができたならゆっくりしたいのが人間だから、知らない奴から掛かってきた営業の電話なんて相手にされないのが普通なのだ。
そんな中夕方の時間帯は、流石に活動している人の方が多いのでその隙を狙って連絡をするのだ。
意を決して会社の据え置き電話で僕は営業を始めた。
16日 18:25
がしかし高床式さんから渡されたリストの相手には誰も電話に出てもらえず、元々営業をかけていた人たちへ絵コンテを送る手配をするだけでとなった。また忘れていたが、加藤さんからコンテ撮の上がりをもらっていたので、今日中に編集さんへと送らないといけない。
定時まで残り30分ほどなので、明日やらないといけないことをA4のコピー用紙の裏紙にまとめ始める。
木曜日のCTが終わると12話も本格的に動き出さないといけない。作打ち(アニメーターとの打ち合わせ、演出から作品についての内容や担当シーンで視聴者に伝えたいこと、また意図など擦り合わせをする打ち合わせ。)を組まねばならない。
社内や拘束で手が空いている人から優先的に進めても、全部の打ち合わせを終えるのには1週間ほど必要になる。
その上難しいシーンや、高床式さんのリストの相手などはいつ埋まるか分からないのでさらに作業inが遅れてしまう・・・。
今考えても仕方がないことの方が多いので今日くらいは定時に帰ってもバチは当たらないだろう。
16日 19:00
本日これにて定時退社。
颯爽とスタジオを去る僕を小堺くんが呼び止めた。
「秋本さん今日はもう帰るんですよね?夜ご飯付き合ってくれませんか?」
まっすぐ家に帰ろうかと思っていたのだが、夜ご飯くらいなら付き合っても問題のない時間だ。
「それなら駅前のつけ麺屋に久しぶりに行きたいな。」
吉祥寺の駅周辺は美味しいラーメン屋が多い。そしてアニメ業界人は大体ラーメンが好きなのだ。
16日 19:30
店の前に着くと、少しばかりの列が出来ている。そのまま最後尾に加わる。
「小堺くんはこの後スタジオ戻るの?」
「いや今日はこのまま帰りますよ。」
「そうか、それだと今日はなんで夜ご飯に誘ってくれたのかな?相談事なら居酒屋に移動してもいいけど。」
週末にこういう誘いがあるのは分かるが、まだ今日は月曜日なので少し勘ぐってしまう。
「そんなに大したことでもないんで・・・。食べながらでもいいですか?」
「つけ麺食べながら相談ってあんまりないと思うけど。」
その後15分ほど他愛もない話で時間を潰していると店内に案内された。
16日 19:45
相変わらずここのつけ麺は美味いな。全粒粉の麺と野菜ベースのつけ汁が仕事終わりの身体に染みるなぁ。
隣を見ると小堺くんは浮かない顔をしていた。
「それで話っていうのはなんでしょうか?」
「えっとそれが本当に大した話じゃないんですけど・・・。最近どこからか無言電話が掛かってくるんです。」
ずばずばと麺を啜りながら、小堺くんからのセリフと合わせて咀嚼した。
「無言電話ねぇ。それって頻度はどれくらいで?」
「2週間くらい前からで深夜に3回〜10回程度です。電話は非通知で3日に一回くらいの割合で来ます。まぁ僕も男なんでそこまで怖いとかではないんですけど、電話が鳴ると反射で取ってしまうので回避が出来ないんですよ。」
「多分7話で名刺を渡しまくった時に面倒くさい奴の手に渡ったとかじゃないかな。2週間前だと7話の納品が終わった時くらいでしょ?」
思い当たる節など特にはないのだが、可能性としたらこれくらいだろうか。
「そういうものなんでしょうか・・・。」
ぼちぼちと食べ終わり僕達は店を出て駅へと向かう。
「何にせよ、もう少し情報がないと対処も何もできないけど、また何かあったら教えてよ。」
「ありがとうございます。それと今日はご馳走様でした。」
僕達は駅のホームで別れたが、この頃僕の周りでは仕事とは関係のないトラブルが流行っているんだろうか。
いろんなことが起こる