週明けはやることが多くて。2
16日 12:00
「もしもし高床式ですけど。」
「お疲れ様です。秋本です。CT素材って何カット分くらい出来てます?デジタルで作業するってことでしたけど・・・。」
電話の向こうで少し機嫌が悪くなる気配を感じる。
「君さぁ、電話してきて早々に仕事の話とかつまんないヤローだね。小粋で軽快な蜂のように刺す会話の導入はないのかね。」
「高床式さんとは先週が初めましてのはずだったんですけど、加速度的に馴れ馴れしくないですか?気のせいですか?」
こうなってくると調子が狂うとかのレベルではなく、思っていることがそのまま出てしまった。
「そういう言い方をされるとあれだね。仕事のやる気がなくなってしまう気がするんだけども。」
「気配の気配とか意味わからないこと言わないでください。」
「そのまぁまぁなツッコミに免じて今日の分の上りを送ってやろう。」
またも唐突にメールが送られてくる。添付ファイルを解凍するとcut1からcut140までのフォルダが入っていた。
「確認しました。ありがとうございますなんですけど何で出し惜しむんですかね。」
「あまり人と話す機会がないからだね。気が向いたときにはこうやって時間稼ぎをするとちょっと楽しいだろ。」
「それなら席用意されているんでスタジオに入ればいいじゃないですか。」
基本的に作品にメインで参加する人には、スタジオ内に作業机が割り当てられている。またそれに様々な私物や改造を施し自分の城にするのが一般的だ。もちろん在宅で仕事をしてスタジオに来ない人も大勢いる。
「インドアだから無理やで」
テキトーな関西弁で電話を切られた。
そんなことを言うなら、もう少し会話のキャッチボールをして欲しいところだが、お願いしている仕事をきちんとしてもらっている為無理に会話をすることもない。そもそも現状話題はもらったリストに関してくらいだが、それは進捗してから報告の方が良いだろう。
演出と制作進行は話数の全体を通して連絡を取る場面が多いので、できる限り良好な関係で仕事を進めたいのだが、こういうのって時間が解決してくれるのだろうか・・・。
16日 12:20
高床式さんから送られてきたコンテ撮用の素材が思いの外すんなりともらえた為、別の階にある社内撮影部へと伝票を用意し向かう。
「昼休み前の時間にすみません。12話のコンテ撮素材入れです。」
「あぁはいはい。」
差し出した伝票を受けとった撮影監督の加藤さんはいつも通り飄々としていた。
「デジタルで来たんでタイムシートは追っかけになっちゃうんですけど、何時頃から作業入りますか?」
「8話の対応で他の子は午後から出勤だから14時頃かな。」
リテイク対応中の8話の作業が深夜まで入ることを見越して、出勤する時間を調整している部署もある。
「それにしても週明けの昼に予定通りコンテ撮入るとは思ってなかったなぁ。今回の演出さんは手が早いね。」
「うちの完拘(完全拘束の略。フリーランスの人は基本的に自由に仕事を取っているので、作品に集中してもらう為に額面と期間を決めて専念してもらうこと。)じゃないんで、多分他社の仕事もしてるんだと思うんですけどね。」
「さっき確認したけどタイムシートの指示とか丁寧だったけどね。」
「それならよかったのですが・・・。とりあえず一旦戻ってタイムシートの用意してまた来ます。14時には合わせるのでよろしくお願いします。」
16日 12:45
昼休みの時間は13時から1時間なのだがタイムシートを用意しないといけないのでそれが終わってから何か食べよう。
16日 14:20
予定の時間までにタイムシートを書き写して加藤さんへ渡した後、遅れてコンビニでテキトーなパンを買って食べた。
昼休みの時間は終了してしまったので、午後からやろうと思っていたことに早速とりかからねばならない。
ウチのスタジオでは、社用車が一台しかないため外回りなどで使用する場合は基本的に予約制となっている。午前中に関くんが午後一から作画さんの元へ行くために予約を入れていたので、相乗りして12話の絵コンテを渡しに行こうと考えていたのだ。
なので先ほど昼休みから帰ってきた関くんに僕は声をかけた。
「関くんこの後大橋さんのところに行くんだよね?12話の絵コンテ渡したいから一緒に乗って行ってもいいかな?」
「もしあれだったら俺が持って行きますけど。」
ぶっきらぼうに感じるが、彼は元々が愛想がいいタイプではない。
「いや、それはありがたいんだけど時間があるうちに直接話したい事もあるからさ。頼むよ。」
若干嫌な顔をされた気もするが、別に仲良しでもない先輩にこんな事急に言われたらそうなるのも仕方がないかもしれない。
16日 15:15
無事大橋さんへ絵コンテを渡して帰り道。青梅街道は少し混んでいて会社に戻るには40分ほど掛かりそうだなと思った僕は口を開いた。
「ところで関くん、制作会議で出てた玉柏さんの件だけど・・・。」
「それだったらこの後、秋本さんをスタジオに送ったら玉柏さんの家に行ってみようと思ってます。」
恐ろしい方向性に行動力がある。関くんの顔を伺うが、運転に集中しているようだった。
「スタジオ入ってないって言ってたけど連絡は取れてるんだ?」
流石にアポなしで女性の家に行くとかはないよね?という意味の確認だったのだが、
「いや連絡も取れてないです。だから心配じゃないですか?」
それが普通じゃないですかみたいに言ってくる。もしかしたら玉柏さんからの話はかなりオブラートに包まっていたのかもしれない。
途中の脱線で心が不在になってしまっていたのだが、もう少ししっかり内容を聞いておくんだったな・・・。
「あくまで仕事での付き合いなんだから適切な距離が必要だと僕は思うんだけど、関くんは距離感が近い時があるんじゃないかな。この仕事は様々な人と関わるんだから、適切な距離もそれぞれだと思わない?」
信号機が赤になり車は速度を緩めるかと思いきや、想定よりも進み停止線ギリギリで急停止した。運転席からは明らかに不機嫌な気配を感じる。
「それは秋本さんの仕事の仕方であって俺には関係ないですよね?別に俺だって真面目に仕事をしてますよ・・・。」
信号が変わり車が動きだす。しかし僕は重い沈黙に効く言葉が思いつかなかったのでカーラジオで残りの時間をごまかした。
会社に戻るまでが外回り