これから覇権を取ります。
アニメ業界用語に()で説明文を入れることに致しました。
日本では1年で多くのタイトルがアニメ化され放送している。
まだ味のするガムを捨てるが如く、どれだけ優れた作品もまた次なる作品に塗り替えられていくその様には盛者必衰を感じることが出来る。
そしてまた今日も新しいアニメーションはこの世に生まれようとしていた。
3月12日 17:12
吉祥寺某所のアニメスタジオ
「それでは『ツナグ・プリンセス』の最終回演出打ち(絵コンテをもとに監督から演出、その他主要部署のメンバーへ話数全体の内容や方向性、視聴者に伝えたいことを大まかに共有する。又、画面作りに必要な素材の確認をする打ち合わせ。)を始めたいと思います。」
制作デスクの溝ノ口さんの挨拶で幕を開けた今回の打ち合わせは、当スタジオで絶賛制作中の作品、『ツナグ・プリンセス』12話の絵コンテ(アニメの設計図。)が監督から上がったことで急遽組まれたものである。
「今回話数演出で入っていただく高床式さんです。」
「はじめまして高床式です。今回は銀崎監督の作品に参加できて嬉しく思います。私、監督の『あのしば』のファンなんですよ。」
高床式の挨拶に少し照れ臭そうに返すのは、この作品の監督である銀崎だった。
「絵コンテ遅くなってしまい申し訳ない。こちらこそあの高床式さんが演出されるとは思ってなかったので、 最近公開されてたPVすごく良くて溝ノ口君になんとか頼んでもらったのですが、快諾とのことでよかったですよ。」
一通りの挨拶を終えたタイミングで僕の順番がやってくる。
「12話制作進行(僕の役職、詳しくはアニメ制作進行○ろみちゃんをご参照ください。)の秋本です。また今回は撮監(撮影監督)とCG部も打ち合わせ同席になりますので監督よろしくお願いします。」
「はい、それではカット1の壊れた街並みを見下ろすところから・・・」
3月13日 0:26
「ここでメンバーみんなの笑顔で終わる。この顔はしっかり幸せな表情にしてください。」
「監督このシーンはもうringoさんに作画してもらうんで直接監督のチェックでいいですか?」
「あーそれならニュアンス完璧そう、助かるよ。」
最終回ということもあってか約7時間、417cut分の打ち合わせは終わる訳だが4月の春アニメ枠で始まる作品の最終回は7月中には放送される。4ヶ月の長く短いマラソンは始まった。
各々解散していく中、僕は高床式さんに声をかけた。
「演打ちお疲れさまでした。この後お時間良いでしょうか?実はカッティング(放送尺に収まるように絵コンテを元に1カットずつに必要なコマ数を調整するイベント。尚1秒は24コマ単位。CTと略される。)が来週にはあってですね・・・。」
とりあえず申し訳そうに切り出してみたがどうだろう。正直初めて仕事を一緒にする相手、アニメ業界には一癖も二癖もある人ばかりなのである。ましてやそれが今をトキメク注目のアニメーターともあればどんなタイプであっても驚かない。
「制作くんはこの最終回どうしたい?」
「僕は監督や高床式さんの思い描く映像を作る為に少しでも力になれたらと考えているだけですよ。」
想定外の質問だったが、正直に答えてみた。高床式さんは少し値踏みをするように目を瞑る。
「それじゃあ30点だなぁ。」
やはりアニメーター!!監督の前で猫を被っていたな!!!
「制作くん。君はこの話数の奴隷になってもらう。その代わりに私がこの作品に覇権を取らせてやる。」
不敵な笑みを浮かべているが何を言い出すんだ。だが僕もアニメ業界人そういうお約束は理解っているんだよ。
「分かりました。受けて立ちますよ。もとよりその覚悟がなきゃ制作進行なんて出来ないですからね。」
その返答に差し出される手。数拍おいて握ると満足そうに高床式さんは言った。
「良い覚悟だ。それじゃあここに契約を成立とする。とりあえずこんな時間だし家まで送ってもらおうかな。」
この時の僕はまだ知らなかった。まぁ知る由も無いので仕方がなかったのだが、彗星の如く現れた天才アニメーター高床式草子はどのようにしてその地位を獲得したのかを。
アニメ業界では何でも起きるし何でも起こせるんだよ。