act,9 第3次交戦。
キマリと同居を始めて一週間。
学校が終わるなり、俺は一人、写真屋へ向かっていた。「小笠原、女工作員説」を否定したくて、こっそりキマリを写メってみた。もちろん、写真屋の親父に見せるためである。あいつを信用していないわけじゃないけど、キマリにはどこか黒いオーラが感じられる。俺はハシラビトじゃないから、感じる力に絶対的な確信はない。それでもなんだか、キマリを手離しで信用することができない。
「こんちわ」
「あぁ、この間の!」
俺が写真屋の親父にあいさつすると、親父は俺の顔を覚えていたらしく「この間は悪かったねぇ」と言って、何度も頭を下げた。
「あれから、写真が返ってきたりとか、しません?」
「すまないねぇ、戻ってきてないんだよ」
親父は本当にすまなさそうに頭を下げた。写真が返っていたらいいなという淡い期待はあったけれど、そこまでの期待はしていなかったので、俺は早速写メを見せることにした。
「代理人って、コイツじゃないですよね…」
「…どれどれ」
親父は目が悪いのか、俺のケータイを近くに引き寄せたり、離したり、また、眼鏡をかけたりしてじっくりと見た。
「うーん、こんなに高貴な雰囲気じゃなかったかなぁ…どちらかというと庶民的な子だったような…」
あれから随分日にちも経ったし、親父の記憶もあまり当てにはならないだろう。
でもやはり、写真を持っていったのはキマリではなさそうだった。キマリは庶民的な雰囲気とはかけ離れているから。
俺はついでに小笠原の写メも親父に見せてみた。小笠原は女だけど、変装次第で人は変わるものだから、もしかしたらということもある。けれど親父の返答は曖昧で、雰囲気は近いがこれも違うと言った。俺は小笠原じゃなかったことに内心ホッとした。真犯人ははっきりはしないが、とりあえず小笠原が関係しているとも言い切れないのだから。
親父にはまた来るとだけ伝えて、俺は店を後にした。
もし、小笠原が幹部と関わりがあるなら、俺はどうするんだろう。
キョクを使った戦争ビジネスは、好ましいとは思わないし、キマリの考えには賛成だ。
でも、もし、小笠原が非擁護派なら……話は変わってくるかもしれない。
「…………」
小笠原が非擁護派だからそちらに乗り換える…なんて、それはないけれど、一概に「非擁護派は悪である」と言い切れない、と思う。
どちらにも言い分はあるはずで、できるならどちらも納得する解決法で、折をつけて欲しい。
「…結局俺は、小笠原もキマリも悪者にしたくない…んだろうな」
正直初めはどちらも俺の写真を奪った悪者だと思った。けど、やっぱ、それは違う。
あの妄想は、一番起きて欲しくない最悪のパターンだった。けどあれが、当時の俺にしては一番筋の通った話だった。
そうであって欲しくないけど、そうとしか考えられない、そういうこともある。
「面倒な話に巻き込まれたよなぁ………」
深いため息をつきながらブラブラとアパートへ向かって歩いた。
空を見上げて、雨が降りそうだと思った。アパートまでは大して距離がないので、降っても平気だろうけど。
「…藍生眞旺」
「…………え?」
不意に声をかけられた。フルネームで人を呼びつけるとは、一体誰だ。
俺は振り返って相手を見た。どこかで見た顔だった。けど、どこで見たのか思い出せない。
かなり身長の低い少年だ。キマリが中学生で通るなら、この少年は小学生で通りそうだった。けれど少年が着ているのは見慣れないけどブレザーの制服で、小学生にしては目つきが悪い。さらに悪く言うと廃れた感じだったから、たぶんそんなに幼くはないのだろう。
「お前、藍生眞旺だな?」
「…はぁ」
「ようこさんから話がいっているはずだ」
「…ようこさん………」
はて、なんだったか。
俺が考える素振りをすると、少年はイラついたように足を踏み鳴らした。
なんか、漫画のような少年だな…コイツ。
ようこさんが小笠原だと気付いて、ようやくコイツが誰なのかわかった。
「ああ、転校生の」
「吾妻 夏柘彦。お前を見物に来た」
随分と、ハキハキしたしゃべり方だと思った。しかも無表情さで笠馬と張り合えそうだった。
「今日来ることになってたっけ…?」
「ようこさんは、好きなときに来いと言っていた」
「………」
事前に連絡もなしとは、小笠原も随分俺に遠慮がない。
まぁ、真夜中でもいきなり小笠原の家を訪ねるような俺が言うのもなんだけど。
「部屋、見るんだっけ。同居人が居るかもしれないけど、それでもかまわないなら」
少年は無言で頷く。
無駄な言葉は発しないとでも言いたげだった。
そのまま俺は歩き出す。歩幅が違うので、俺は普通に歩いているのだが、吾妻少年は少し小走りだった。ちまちまと歩く様は、とても高二とは思えない…。
特に会話のないまま部屋に着いた。ノブを回すと、予想に反して鍵がかかっていた。どうやら珍しく、キマリはまだ帰っていないらしい。
「適当に見ていいよ。間取りは全部同じはずだし」
俺は鍵を開けると中へ入ってカバンを下した。吾妻少年は無言のまま玄関を上がる。適当に見ていいという俺の言葉に忠実で、一通り全てのドアを開け、時には窓の外を眺めたりして数分間動き回っていた。その間も全くの無言で、俺はどう接したらいいのかわからず、ちょこまか動く少年を茫然と見つめていた。
居間の床に座って少年を眺めていると、全て見終わったのか、小さい身体が俺の向かい側に座った。
「………質問とか、なんかあるか?」
俺は優しくしてやれと言う小笠原の言葉を思い返していた。
少年からは友好的な態度が何一つ見えやしないけれど、ここは俺が優しくしてやらないと、だよな…。
「…ようこさん、好きか?」
「…は?」
睨むような目つきで、少年はそう言った。俺はいきなりのことに返答に困った。
「ようこさんを好きかと聞いている」
「…嫌いじゃないけど」
「俺は好きだ」
「………」
いきなり何の告白だ……?
俺は目を丸くして少年の言葉を待った。少年の目からは何か熱いオーラのようなものを感じる。
「俺はようこさんを守りたい。彼女の意思は俺の意思だ。でもお前は嫌いだ、藍生眞旺」
「……えーと…」
「味方になれないなら、今後ようこさんに近付くことは許さない」
話が、読めない…。
「俺はしばらくようこさんの家に泊まる。俺達の邪魔をするなら何が起こっても知らない」
「……お前、小笠原の、何だ?」
「………絶対的味方」
「…味方って、何か…」
最近の出来事が思い返される。味方という単語は、まるで、
「何かと戦ってる、みたいだな」
俺の呟きには何の反応も示さず、吾妻少年は無言で玄関から出て行った。
一体、なんだ、あれ。
よくわからないけど、俺は少年に嫌われているらしい。その上なにやら、敵視されている気がする。
…ええと、俺と少年が小笠原を取り合ってることに、なってるのか……?
どうしてどいつもこいつも、妙な勘違いをしてくれるのだろう。
俺は小笠原に文句の一つも言ってやろうと思ってケータイを開いた。
履歴から番号を探して、コールする。二、三鳴ったところで、すぐに小笠原が出た。
「…俺」
『ああ、なんだ?あんま時間ないから手短にな』
小笠原は至って普通な様子で電話に出た。
「今さっき、転校生が訪ねてきたんだけど」
『ああ、今日だったのか…優しくしてやったか?』
「優しくして、部屋の中は全部見せた上、質問はないかって聞いてやった……ってそうじゃない。この際、事前連絡なしだったとか、そういうことは置いておく。でもあいつ、味方になれないならようこさんに近付くなとか、俺達の邪魔するなとか、妙なこと言ってたぞ。しかも無遠慮だし、愛想はないし、何か知らんが嫌われてるし。俺は嫌われるようなことした憶えはない」
『うーん、アイツな、ちょっと、過保護っていうか…。昔いろいろあって、私に対して過剰に守りたい気質を発揮するんだ』
「昔?」
「昔」という単語が気になったのでどういう関係か尋ねたら、
『従兄弟だよ。言ってなかったっけ』
「言ってねぇ」
『とにかく、アイツの中じゃ、私はか弱いお嬢さんなんだよ。アイツがヘンなこと言ったならごめん』
「か弱いお嬢さん…?」
『まぁ、あんま気にすんなって。仲良くしてやってくれ』
電話の向こうで「小笠原先生」と呼ぶ声がした。まだ学校だったのだろうか。
『じゃ、またな』
まだ聞きたいことや言いたいことはあった気がしたけど、とりあえず通話は切ることにした。
もしもあの転校生が俺と同じ市営住宅に入ったなら、毎朝顔をあわせるハメになるのだろうか。というか、小笠原に晩飯をタカリに行ったなら、あのちっこいのが帰れとかなんとかうるさそうだな…。
「…めんどい」
俺はまた大きくため息をついた。こんなときはストレス発散に、写真でも撮りに行こう。
俺は適当に着替えるとカメラを手に家を出た。行く当てはないけど、目的もなく目に付いたものを撮るほうが面白い。今まで知らなかった小さな路地とか、金網が破れた向こう側とか、子供が探検するみたいに町をうろつくと心が落ち着く。
そんな風に俺は、もともと現実主義で日常のちょっとしたことに幸せを求めるようなタイプなんだ。わけのわからない異世界の話は頭がこんがらがるし、愛とか恋とか、そういう話もよくわからない。
カメラを持って外へ繰り出したはいいけれど、すぐに雨が降ってきた。
時刻は夕方の五時頃で、天気のせいもあって、思ったよりも辺りは暗かった。商店街のアーケードへ非難して、閉まったシャッターに寄りかかりながら道行く通行人を眺める。傘をさす者、ブーツや長靴の者、小さい子供なんかは合羽を着ている者もいた。
俺はあまり、人間を撮らない。人間は眼差しとか想いとか、佇まいにこもって来る気がするから、ちょっと重い。そう思うから、恋愛とか、そういうものを息苦しく感じるのかもしれない。
村は好きだ。村人も好きだし、家族も好きだ。
でもこの町の人間は、あまり好きになれない……。
プルルル。
ケータイが鳴った。
今は誰とも話したくなかったが、かけてきた相手に罪はない。
画面を見るとキマリからだった。
『ごめんアイオくん。今どこ?』
「…商店街」
『悪いんだけど、迎えに来てくれないかな。駅まで』
「駅?」
珍しく出かけていると思えば、どこか遠出でもしたのだろうか。
『今さっき、戦ってきたんだけど、立てなくなっちゃって』
「……」
「戦ってきた」が、まるで「買い物行ってきた」くらい軽い気がする…。
キマリの中では戦うことも力を使うことも、日常になっているのだから仕方ないが。
『でも倒れなくなったし、コントロールがつかめてきたんだ』
少し嬉しそうなキマリの声。
俺の気分は最悪だったけど、その声になんだか気が抜けてきた。
「戦況は、どうだったんだ?」
『上々だよ。新しいキョクを手に入れてきたから』
「ふうん。今度は何て名前だ?」
『エリンツェ。ちょっと女性名みたいだよね』
「つうか、そもそもキョクに雌雄ってあんのか?」
雨が小降りになったのを確認して、俺は電話を片手に持ったまま、駅へ歩き出していた。