act,7 手遅れ。
小さな町はにぎわいを見せていた。それは何か観光イベントがおこったり、祭りが始まったりするということではない。
キマリがぶっ倒れたり、泉原さんに唆されたりしているうちにすっかり忘れていたのだが、世間で言う報道というものは、その辺の高校生の持つ情報網よりも遙に優れていて、つまるところ、俺なんかの写真を待たずとも他にも不可解な光をおさめた写真や映像を持つ者は大勢いるわけで。
「……このままだと家に帰れそうにないね…」
病室で窓の外を眺めながらキマリが言った。
病院のまわりを囲むようにして多くの記者やら野次馬やらが蔓延っているので、病室のカーテンは閉められている。カーテンはうっすらと筋状に隙間を残すばかりで、キマリはその隙間から外を眺めてため息をついた。
そうだった。真夜中のことはともかく、昨日の夕方は通行人も多かった。車なんかは渋滞していたし、目撃者なんて大勢いるのだ。しかも土手なんて見晴らしのいい場所でキマリは光を放ったのだから、人相なんてわかりすぎるほどわかったはずだ。
「まじかよ……」
「なんで君が落ち込むのさ…」
「アイオくんは真夜中に謎の光を放つキマリくんを激写して有名になりたかったのよ」
キマリ以上に肩を落とした俺を見て、キマリは頬を膨らませた。次いで泉原さんの一言に今度は眉間に深く皺を寄せた。ジロリと目だけで俺を睨む。
言い訳はしないけど、あからさまに俺の思惑を暴露するなんて、泉原さんも人が悪い。
俺は俺で泉原さんを睨んだけど、彼女はまったくケロリとした顔で「キマリくんの顔が割れていないことが唯一の救いだったのにね」と言った。
「規約違反も甚だしいですね。一体どこまで話しちゃったんですか。ニールのおねーさん」
「あら、君だっていずれはアイオくんを巻き込むつもりだったんでしょう。手間が省けたんだから私に感謝して欲しいくらいだわ」
既に家に帰る準備を整えていたキマリは首元のネクタイに手をやって、まずい顔をした。
子供がいたずらをして、それがばれたみたいな、そんな顔だった。
「僕がアイオくんに目をつけていたのを知ってるってことは、あなたも随分前から僕に目をつけていたんですね」
「まぁね。顔も形もわからない人物を探すのは手間だったわ。まぁ、あなたの場合ここ最近何度も力を使ってくれたから、すぐに見つかったのだけど。それに、あなたの力って破壊的だから、目立つしね」
泉原さんがこれ見よがしにウインクした。
状況の読めない俺は、二人の顔を何度も見交わす。
それに気付いたキマリが「ああ、ごめん」と言って話し始めた。
「ハシラビトやキョクのことはこの人から聞いたんだよね」
「…一応」
この人と言って、キマリは泉原さんを指す。この二人は先ほどキマリが目覚めて、そのとき初めて会ったはずなのだが、まるで以前から知り合いだったかのような雰囲気だ。
「キョクの存在を感じられない人に、こういう話を信じてくれって言うのも難しいことだと思うけど、アイオくんならわかってくれるよね」
「………」
アイオくんなら、という根拠はよくわからないが、あのファンタジーな話は本当なんじゃないかと思ってきてはいた。それというのもキマリの力を目の当たりにして、泉原さんの力も見せてもらったからなのだろう。とても人間技とは思えない彼らの言う「力」をこの目で見てしまったのだ。彼らが言うのだから、多分、キョクとか戦争とかいうのも、本当の話なんじゃないかと思う。
「嘘じゃなさそうだとは思ってる」
「…ありがとう」
キマリはそう言ってニコリと微笑んだ。笑うとますます女のようだ、と思ったけど、それについては言及しないでおこう。
昨日の夜、小笠原が帰ったあと、俺と泉原さんは遅くまで話しこんだ。
俺は自分の理解力が低いとは思っていなかったのだが、あまりにファンタジーな話すぎて何度も繰り返し泉原さんに説明を求めた。
彼女の話を必死で整理した結果、差し当たって気をつけなければならないことは、キョクを使って悪さをしようと企てている人間が存在し、キマリを邪魔だと思っている、ということだった。
曰く、ハシラビト和合同盟はもともと人間世界にキョクを介入させないと誓い合った者たちが作ったらしい。具体的に言えば、手から光が放てるとか、キョクという巨人を操れるとか、そういうことを、何も知らない人間に話さないということであったり、光を放つのは昼間のうちだけで、光を放ったら目立ってしまうような夕方や夜には力を使わないとか、そういう常識的な規約を守ろうと誓った仲なのだそうだ。
だけど最近、そんな決まりを作ったはずの同盟幹部が怪しい動きを見せた。キョクを使って戦争をしようというのである。
キョクというものは力のない者にとっては存在しないに等しい存在だ。力を使えるものたちが「キョクは居る」と感じているだけで、わからない者には全く「わからない」。
だから、キョクの世界で戦争が起きていると言われても、空想か妄想の話にしか聞こえない。
だけれど実は、力のない人間にも力が使える可能性がある。力とは、泉原さんが言う「何か心的なショックを伴って起きるもの」であるからだ。誰しもがショックな出来事を体験すれば、キョクを扱えるハシラビトになれるのだ。
「ハシラビトというのは不思議なものでね、僕らは感じることで互いを知らずとも知れるんだ」
「つまり、私はキマリくんの顔を知らなかったけれど、キョクの世界で何度も彼に会っているから、人間世界でも会ったことがあるような気がするのよ」
「…もしかして、他のハシラビトとも、みんな、会わずして会ったことがあるってことですか」
「そうね。特にそのハシラビトが自分の間近で力を使ったりすればなおさら。ああ、この人はあのキョクの持ち主ねってわかってしまうわ」
まるでゲームの中の魔法の効果みたいだと思った。もしくは超能力か何かで、誰かの心が読めるとか、テレパシーが使えるとか、そんなような、非現実的なことのように思える。
だけれども、これも彼らがそう言うのだから本当のことなのだろう。俺には否定する理由もない。
「便利ですね、力って」
「便利だから、ちょっと困りものでもあるのよね…あいつらにキマリくんの居場所を知らせてしまうし」
キマリの力はハシラビトの中でもとにかく強くて、自分が所有するキョクでなくとも操ってしまえるくらい「破壊的に大きな力」を持つのだと言う。
ハシラビトは力の強さ、キョクの大きさで優劣が決まってくるらしい。それで言うとキマリはハシラビトの中で一番強いということになる。
一番力の強いキマリは幹部の考えに反対している。
幹部らはキョクを使って戦争をさせようと企てている。
キョクの世界は人間世界とは別ものだ。キョクの世界で戦争を起こしても人間に物理的被害は及ばないのだ。
そこに目を付けた幹部は、戦争をビジネスにしようと考えている、らしい。
誰しもがハシラビトになりえる。現在ハシラビトである者はそうでないものに何か心的なショックを与え、ハシラビトにする。そうすることでキョクは万人に共通のものとなって、物理的被害を伴わない戦争を行うことが出来る。
争いのない時代はない。今だってどこかの国では誰かが争っているし、誰かが被害を被っている。被害のない戦争ができるなら、これほどよいことはない、と言えなくもない。
けれどキマリはそれらの意見には反対で、幹部の企てを止めようとした。
この前の真夜中、キマリが光を放って、町が昼間のようになったとき、キマリは幹部と戦っていた。企てに勘付いたキマリは幹部のキョクを拘束しようとしたらしい。けれど穏便には行かなくて、キマリと幹部のキョクは争いの末消滅した。
幹部の企ては表向きは秘密裏だったらしいけれど、泉原さんが言うには「みんなにバレバレ」だったそうだ。キマリを筆頭に、幹部の企てを阻止しようと思うものは「キマリ擁護派」。逆に、幹部の意見に賛成の者は「非擁護派」だ。同盟は二つに割れて、現在は擁護派と非擁護派がキョクの世界で争いを続けている状態なのだそうだ。
幹部のキョクを消してしまったキマリは、幹部が新たにキョクを手にしないように牽制している。
それが昨日の夕方だ。最初の光は幹部の誰かがキョクを得ようと力を使ったのが原因だ。キマリはキョクを持たなかったけれど力のみで相手を牽制した。そしてぶっ倒れた。
「僕の居場所は僕が力を使うことによって、ある程度特定できる。けど、実際に間近で力を使わない限りヴェノバが僕であることはわからない…それでも隠し通せるとは思ってませんでしたよ、僕」
「アイオくんに目をつけてたのもそのためなんでしょ。人間世界であいつらから、身を守ってもらうため」
「お見通しですね、ニールには」
「でもそれなら、どうしてアイオくんなの?何だか彼って強そうには見えないし」
「アイオくんがいいんですよ」
キマリがじっと俺を見た。
「むしろアイオくんじゃないと、困ります」
泉原さんも俺を見た。二人の視線が痛い。
俺は意味がわからず、見つめられることから逃げたくて、その場から数歩後ずさった。
「なんで俺なんだ。俺はハシラビトとかキョクとか、そういうスピリチュアルな話からかけ離れたただの男子高校生だぞ…!?」
「ただの男子高校生がいいんだよ。小笠原先生の机に貼ってある君の写真を見たときから、僕、君じゃなきゃだめだと思ってた」
「…はぁ?」
全く道理に合わない話に、俺は首をかしげる。泉原さんもキマリの言うことがよくわからない様子で、不思議そうな顔をした。
本当に意味がわからない。いつの間にか俺はキマリを非擁護派から守る立場にさせられそうだし、それは俺でなければならないとキマリは言うし…。
非擁護派を牽制したキマリは、奴らから狙われている。
キョクや力での争いが敵わないとわかりきっているのだから、非擁護派は人間世界でキマリを消しにかかってくるはずだ。泉原さんは擁護派の一人で、いち早くキマリを見つけた。キマリにとっての仲間である。
他にも仲間は欲しいだろうけど、なんで俺なんだ…。
「僕らの話を理解できるだけの頭脳も持ってるし、体力ありそうだし、なによりかっこいいし…」
「………………おい、まさか」
「いやいや、そういう気はないんだけど、君を仲間にしなきゃって、そんな気がするんだ」
キマリは笑う。万が一にも下心なんてあったなら、俺は金輪際キマリには近付かないぞ。
「絵面的にありえなくないわよ」などと泉原さんは笑いながら言う。まてよ、冗談じゃないっつーの。
「僕らは何かを感じ取る力に優れているんだ。君がいいって僕の心が思うなら、それに従うしかないじゃない」
「そうよねぇ。キョクの存在も私達が感じているから存在していると言えるのだし、感じることは私達ハシラビトにとっての大きな判断基準よね」
頷きあうキマリと泉原さんを他所に、俺は茫然とする。
つまりは「なんとなく俺がいい」というだけのことじゃ……。
「…運が悪かったんだな、俺」
「嫌だなぁ。そんなに嫌わないでよ。君に僕らの仲間に入ってもらえないと困るんだ」
「…仲間って言っても、俺は何もできないぞ。力だってないし、キョクだって感じられない」
「力なんて必要ないよ。君は人間世界で僕の側に居てくれればそれでいいんだ」
「側に居るって言っても………」
そうだなぁとキマリが顎に手をあてて考えるような素振りをした。
「とりあえず、今の状態じゃきっと僕の家も同じように誰かが張り込んでいるだろうし、君の家に匿ってよ。君一人暮らしなんだよね?」
思いついたとばかりにキマリが顔を上げた。にっこりと微笑んで俺を見る。
「変装しないとろくに町もうろつけなさそうよねぇ…」
泉原さんもそんなことを言って俺見る。
こんな状態じゃ、俺は頷くしかないだろう……。
俺が撮った写真の行方は未だ知れないが、あの写真には、もう価値はない。
その上、それに気落ちする間も今の俺にはなかった。