act,6 VS。
「ふうん、一人にしては綺麗にしてるじゃないの」
泉原さんは玄関から上がるなり、部屋の中を眺めまわしてそう言った。
「寝るくらいにしか使わないんで」
内緒話が出来るところといって、俺が思いついたのは自宅だった。
特に深い意味も考えずに、誰も来ない場所と思って思い浮かべたのだが、
「で、おねーさんを部屋に上げて何しようっての、青少年」
「…そういうつもりは微塵もありませんから」
からかうように泉原さんは言った。
俺はしまったと思いながら、お茶の準備にしばらく使っていないコンロの火を入れた。
とかく、その手の話題に俺は疎い。小笠原との噂だって、周りにとってはおもしろい話でネタになるのかも知れないが、俺にとっては、変に意識してしまって困るだけだ。
愛とか恋とか、正直わからない。
側に居て心地いいとか、気兼ねなく話せるとか、そういうことならよくあるのだが、ドキドキするとかときめくとか、そういう感覚は感じたことがない。ゆえに、肉体的にどうこうなろうなんて、思ったこともない。興味がないわけでは決してないのだが、したいと思う相手が居ない。
「君、見かけによらず疎そうだものね。黙ってたら女の子寄って来るでしょ?」
「来ませんよ」
コーヒーなんてしばらく飲んでないから、どこにやっただろうと戸棚を片っ端から開けていると、泉原さんはまだ座りもせずに恋愛トークを続けた。もうその話題はやめてくれと思わないでもない…。
「あれ、じゃあもう誰かいるんだ」
「……俺の話はどうでもいいでしょう。同盟とか光の謎を教えてくれるんじゃなかったんですか」
「真面目ねぇ。どうしてそんなに知りたいの?」
謎を知りたくはないかと聞いてきたのは泉原さんの方なのだが、それはひとまず置いておいて、改めてなぜそんなに知りたいのか考えると、やはり写真の行方が気になっているからだろうか。
あの写真に写っていたのは、恐らくキマリなのだろう。キマリだとわかっているとしても、キマリが光を放っている瞬間がおさめられているはずだ。光の発生源が世間的には謎となっている今、あの写真を出版社にでも持ち込めば、俺の写真は世の中に出ていくことになる。俺の写真が有名になれば、俺の人生は転機を迎えるかもしれない。キマリには悪いけど。
「写真がどこへ行ったのか知る手掛かりになるんじゃないかって」
「……写真ねぇ」
泉原さんの呟きに、写真を馬鹿にするような意味が込められている気がした。
コーヒーカップを手にして俺は部屋の中へ入った。テーブルへ乱暴にカップを置くと、泉原さんが「怒った?」と上目遣いに俺を見上げた。
「話してくれる気がないんならさっさと飲んで帰ってください。俺だって暇じゃないんですから」
「そんなに怒らないでよ。君の言う悪の組織とか、その辺もちょっとは当たってるのよ。写真を手に入れたのも、本当にあいつらなのかもしれないし。だってキマリくんの顔はあいつらに割れていないんですもの」
「…だからその、あいつらとか、何なんですか」
これ以上ペナルティが怖いとかなんとか言うようなら、追い返してしまおうと思った。
けれど泉原さんは俺を怒らせて焦りを感じたのか、テーブルの一角に座ると真面目な顔をして話し始めた。
「私達はハシラビトと呼ばれるわ。というのは同盟会合で幹部の偉い人たちがそう呼んでいたから、それに倣っているにすぎないのだけど」
「ハシラビト…?」
そのファンタジーめいた単語も、このごろの不可解な出来事の連続のせいで、不思議と違和感無く受け入れられた。
「ハシラビトとは、私やキマリくんのように光を発することが出来る者のことを言うの。ハシラビトの誕生は、私が推測するに、何か心的なショックを伴って、突発的に力を覚醒することで生まれる。そう、誰だってハシラビトになりえるのよ」
ただ一つ、と泉原さんが付け加える。
「力の程度は人によってさまざま。私なんかはごく小さな力しか持たないけれど、キマリくんは特別ね。彼の力はキョクを操るどころか、他のキョクを懐柔したり、破壊することさえできる」
「……キョク?」
泉原さんはハッとして口元に手をやった。どうやら話してはいけないものの正体が〝キョク〟らしい。
「ここまで来たからには後戻りできないわ。君も当事者の一人になってしまうけれど、覚悟はいいわね」
「………」
泉原さんに巻き込まされた気もするけれど、あの夜俺が不可解な光を撮った時点で、巻き込まれる運命になっていたのかもしれない。
俺は静かに頷くと、泉原さんの言葉を待った。
「ハシラビトは互いに存在を確認していないの。私達が出会うのは専らキョクの世界で、キョクを介してコミュニケートしているから」
「キョクって、何者なんですか」
「…わからない」
「わからない?」
わからないと言われてしまうと、こちらは想像のしようがない。
そもそもハシラビトというものが何なのかわからないし、同盟というものもぼんやりしていてなんのことなのかわからない。
わからないことづくしで、俺は大人しく泉原さんの言葉を待つしかなかった。
「ハシラビトもキョクを目にしたことはないの。だけど、彼らがとてつもなく大きな存在で、人間なんて米粒にも満たないということは感じられる。彼らは単独行動で、他のキョク同士で会話することも無ければ仲間や同族という意識すらない。全くの個として成り立っている不思議な存在よ」
「ハシラビトとキョクの関係は…?」
「彼はあちらでの私だと思っているわ。私は力を使うことで彼とコンタクトを取る。私達はそれぞれ所有するキョクと、力で、つまりはあの光で、彼らと通信して、彼らとコミュニケートしているの。それを共鳴と呼ぶこともあるわ」
頭の中で必死に事柄を整理する。
あの不可解な光は、ハシラビトと呼ばれる人間が発する事が出来るもの。ハシラビトはその光でキョクと呼ばれる存在とコミュニケートする。ハシラビトの力は人それぞれで、キマリのように破壊的な力を持つ者も居れば、泉原さんのように少しの力しか持たない人も居る。ハシラビトはキョクの世界でしか互いにコミュニケーションを取らず、現実世界では基本的に顔も知らない。
あいつら、とはなんだろう。今までの話で泉原さんの言うあいつらは出てきていないと思う。
俺の写真を欲しがるような連中で、その目的はキマリの顔を知ることにある、あいつらの存在。
「…あいつらって何ですか。察するにあなたやキマリとは敵対する何かのように思えますけど」
「察しがいいわね。その通りよ。あいつらは私達の敵、あなたの言う悪の組織、かもしれないわね」
「…それで言うと、悪の組織の一員はキマリじゃなくて、キマリはむしろ、正義の味方ってことですか」
「その通りよ」
正義の味方にしては、何か腹黒いものが見え隠れする気がするのだが。
まともに触れ合って間もないから、そう断定も出来ないが、キマリは何か、まっとうないい人ではない気がする。それは俺が勝手に感じているだけで、根拠はまるでないのだけれど。
「キマリくん擁護派と非擁護派に別れたことで、ハシラビト和合同盟は崩壊寸前なの」
「……ハシラビト和合同盟……」
「私達は人間世界にキョクを介入させないって誓ったの。彼らの存在は未知で、人間と関わりを持たせたらきっと何か、まずいことになるんじゃないかって」
「ちょっと、待ってください…」
話がファンタジー過ぎる。脳内を整理しようと思って、言葉を遮ったのに、泉原さんは尚も続けた。
「同盟会合と呼ばれる会合は、ハシラビト同士が人間世界でコミュニケートする場なの。参加は任意で、参加者だけで幹部会を作ったり、役職を儲けたりはしているけれど、ほとんど権力なんて持たない。私達の地位はキョクの力の強さに比例する。キョクが弱ければ幹部でも意味なんてない。でもね、塵も積もれば山となるの。幹部が数十人束になって争えば、キョクの世界は戦地と化す」
「……戦争って言っても、キョクの世界の話でしょう。人間に被害はないはずじゃ…」
「そこなのよ」
俺は自然と前のめりになって泉原さんの話を聞いていた。
すっかり冷めたコーヒーは、全く手をつけていない。
泉原さんの顔が間近に迫っていると意識したとたん、俺はなんとなく気まずくなって適当にケータイに手を伸ばしたりした。
泉原さんは俺のことなど気にした素振りもなく、真面目な顔をして話を続けた。
「争ってもキョクにしか被害はないし、壊れるのはキョクの世界だけ。ハシラビトは誰でもなりえるってさっき言ったわよね。今後キョクを万人に共通の存在に出来る可能性は十分あるわ。そこに目をつけたあいつらは、キョクを介して戦争することを世の中に提案するつもりなの」
「キョクを介して、戦争……」
泉原さんは小さく頷いた。
「キマリくんは戦争をいち早く止めようと動いたの。彼は本当に特別な存在で、私が確認した中でも一番大きなキョクを所有していた。でもあの夜、彼は自分のキョクを破壊した」
「……破壊…?」
戦争を食い止めようとしたキマリが、破壊した。
それは矛盾しているのではないだろうか。破壊という言葉にはネガティブな意味合いが込められているはずで、正義の味方に使われるような単語ではないはずだ。
「破壊せざるを得なかったのでしょうけど。いち早く動いた彼は、幹部らのキョクと自分のキョクを戦わせることになったの。結果として、どちらも相打ちになって、消滅するしかなかった。真夜中だった町が昼間のようになったのは、彼らの力があのとき、一斉に放たれたからなのよ。同盟会合では幹部らの動きが不穏だって囁かれていたから、キマリくんもどこかからそんな噂を耳にしたのかもしれない。彼はあちらで、随分前から幹部らのキョクに警戒していたようだし…」
ピンポーン。
俺と泉原さんはハッとして玄関へ目を向けた。
どうやら誰か来客のようだ。
「……すいません。話の腰を折って」
「まったくね。これでセールスだったら私が怒鳴ってあげるから」
泉原さんは鼻息を荒くする。折角話が佳境に入ってきたというのに、全く何者が訪ねてきたのだろう。
辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
キマリが倒れたのは夕方だったし、それから長い間、俺と泉原さんは話しこんでいた。来客にしては非常識な時間とも言える。
俺は不機嫌に扉を開けた。
「…よぉ」
扉を開けると鍋を抱えた小笠原が立っていた。少し緊張した面持ちでぶっきら棒にあいさつした。
「………なんだよ」
そんな小笠原の見慣れた姿に、俺は何の遠慮もなく不機嫌なまま返事を返した。こんな時間に一体何の用だと、あからさまな態度をとる。
「ごめん。メールしたんだけど返事こないし、でも部屋の電気はついてたし、帰ってるんだと思ったから、冷めないうちに持ってきて…みたんだけど」
俺の不機嫌を感じ取ったのか、小笠原は俯き加減でそう言った。抱えている鍋は晩飯なのだろう。冷めないうちにということは、何か温かい料理らしい。
頼まれもしないのに晩飯を持ってくることは、今まで何度かあった。
俺はいつもありがたく受け取るのだが、今は飯どころではない。世界規模の話に巻き込まれかかっているのだ。
小笠原には何の罪もないが、今はその晩飯が邪魔でしかなかった。
「返事がないってのが返事じゃねーのかよ。折角だけど、今俺、飯どころじゃねぇの」
「……………そう、か」
明らかに気落ちした様子の小笠原に、一瞬しまったと思ったけれど、普段から気兼ねなく好き勝手に振舞っていることもあり、小笠原ならなんでも受け流してくれるだろうと思った。
「ちょっとアイオくん、セールスなら追い返しちゃいなよ」
俺の背後で泉原さんが部屋の引き戸を開けた音がした。小笠原がその声に顔を上げて、部屋の中をチラと見た。
「…そうか、来客中だったんだな。邪魔してごめん」
泉原さんに気がついた小笠原は、そう言うと鍋を抱えたまま背を向けて歩き出した。自分のアパートへ帰るのだろう。
「……」
俺は無言で扉を閉めた。
「あれ、セールスじゃなかった?あの子鍋持ってたよね?」
「いいんです。話の続きに戻りましょう」
「ホント?彼女じゃないの?」
「学校の、担任なんで。それだけです」
泉原さんはまだ腑に落ちない顔をしていたけれど、深く詮索するのはやめたのか、ふうんとだけ言った。