act,5 新しい仲間。
キマリがぶっ倒れた。
あのあと光が止んだ途端、キマリは「ごめん」と一言呟いて意識を手離した。
俺が戸惑っていると、通行人が集まってきて、光のことで何やかんや言っている人もいれば、倒れたキマリを心配して、救急車の手配をしてくれる人もいた。
俺はというと、倒れたキマリを抱えながら茫然としていた。
何が起きたのか、理解できない。
不可解な光の原因はキマリで、写真を奪ったのはキマリかもしれないけど違うかもしれなくて、夕方の光の原因はキマリじゃなくて、でもキマリも光を出すことができて、そんで、何かと戦っていて………。
頭の中でぐるぐるとそんなことを考えていると、一人の女性に声をかけられた。
「君、この子のお友達?」
「……はぁ」
友達というかお知り合い程度の仲だ。その上なんとなく、光の原因だったキマリとお友達だなんて、面と向かって言える度胸が俺にはなかったので曖昧な返事を返した。
すると女性は肩から提げた薄い黄緑色のカバンから名刺を取り出した。
「私、こういう者だけど」
「……脳科学者…?」
俺は名刺を受け取ると、そこに書いてあった肩書きを読み上げた。
「泉原 八緒音よ。私、この子の症状に心当たりがあるの。救急車が来たら私も同行させてくれないかしら」
ほどなくして救急車が来て、当たり前のように俺も乗り込むハメになって、泉原さんも当然のように乗り込んできた。
救急車なんて非日常的な乗り物には乗りなれなくて、俺が軽く挙動不審になっていると、落ち着きなさいと泉原さんに注意された。
この人は俺とは逆に冷静すぎる。初対面なのに、キマリの保護者かなにかのように振舞っていた。
医者の見立ては過労ではないか、ということだった。「こんなに若いうちから過労なんてねぇ」と医者はのんびり言っていた。
今日のところは一晩入院して、明日、目が覚め次第家に帰ってよいという。
とりあえずキマリが倒れたことに関しては、ひと段落したので、俺も家に帰ろうかと思ったのだが、
「ねぇ君」
と、泉原さんに声をかけられた。
「…なんでしょう」
俺は肩越しに振り返りながら泉原さんを見た。キマリの病室の前、廊下の真ん中で俺と泉原さんは目線を合わせた。
「あの光の謎を知りたくはない?」
泉原さんは薄く微笑んで言った。
肩につくかつかないかくらいの茶色の髪。ベージュのスーツに、薄黄緑のカバン。身長は俺の肩より少し上くらいで、どちらかといえば身長の高い方だろう。小笠原はあまり化粧をしないけど、この人は逆で、明らかに化粧をした顔だった。けど、それがとても似合っていた。
「あなたは何か知っているんですか」
泉原さんは笑っていたけれど、その笑顔の裏に何か黒いものが見える気がする。
そういえば、キマリが笑ったときも、同じような黒いものの気配がした。
俺は警戒しながらそういった。
「威嚇しないでよ。さっきも言ったけれど、あの子の症状には覚えがあるの」
「症状?」
俺は顔をしかめて胡散臭そうに泉原さんを見つめた。
すると泉原さんは「いいわ」と言って肩から提げたカバンを無造作に廊下の隅へ置いた。
「本当は昼間のうちしか使っちゃいけない決まりなんだけど、君は本物を見ないと信用してくれそうにないから」
「何を……」
泉原さんが右腕を身体の前に突き出した。手のひらを天に向けて、じっと手の上を見つめる。
「ナリは小さいけど、これもあの子が放ったものと同じなのよ」
しばらくの沈黙のあと、手のひらの上がぼんやりと光った。光は柱のようになって天井まで伸びている。
キマリが放ったものと同じ光……。
「ね、私のこと、胡散臭いおねーさんとも思えなくなってきたでしょ?」
俺は警戒したけれど、好奇心には勝てなかったようで、「行きましょう」と泉原さんが言うままに、病院の目の前の喫茶店に向かっていた。
「君の名前は?」
「………藍生ですけど」
泉原さんはコーヒーを一口飲んだ。
「アイオくん、あの子の、キマリくんのこと、どれくらい知ってる?」
カップから目線を上げ、泉原さんは俺を見た。射抜くような瞳だ。
「…名前は随分前から知ってますけど、一対一で話したのはさっきが初めてです」
「…そう。あまり親しくはないのね。それじゃあ私の言葉は理解しがたいかもしれない」
言葉を切った泉原さんは、俺をしばらく見つめていたけど、そのうち不意に目線をそらした。
「私は長年人間の脳について研究してきた。人間の脳はまだ秘めた力を持っていると確信していたから」
泉原さんは目線をそらしたり合わせたりを繰り返す。
俺は彼女を見つめたまま眉間に皺を寄せた。
なんだか、話がますますファンタジーになっている気がする。
「潜在能力、とでも言えばいいのかしら。人間の秘めた力は私たちの想像の範疇を超えている。まるで物語のような話でも、現実に起こりえる。キマリくんや私が光を放てることもその一例にすぎない。と、私は考えるわ」
真面目な顔で泉原さんの話を聞いていると、クスっと笑われた。
小馬鹿にされたような気がして、俺は彼女から顔をそむけた。
「俺は光の謎が知りたい。でなきゃ、このモヤモヤが消えないんです」
「モヤモヤ?」
俺は多分、誰かに聞いてもらいたかったのだろう。この短期間に起きた不可解な出来事を始めから泉原さんに語っていた。それも俺の妄想した悪の組織やらなにやら、ファンタジーなことまで包み隠さず吐露した。
「…おもしろいこと考えるのね。それも半分は間違っていないわよ」
泉原さんは、まるで全ての真相を知っているかのような口ぶりだ。
「あなたは何を知っているんですか」
「…そうね」
やっと真相がわかると思った。緊張に唾を飲み込む。
「私は当事者と言っても過言ではない。決して力は強くないけれど、同盟には加入しているし、彼の噂も聞いたことがある。あんなに子供だとは思わなかったけれど」
「…どういうことですか」
泉原さんのはぐらかすような言い方に、俺はイラついた。
早く真相が知りたい。一体何が起きているのか。
「力とはなんですか」
「…端的に言えば、あの光そのもの」
「あの光……」
端的過ぎてわからない。
俺が首をかしげると、
「あの光が何なのかは私も知らない。けれどあの光は脳の潜在能力の一つで、ある心的なショック状態によって引き起こされるもの。と、私は考えるの」
俺は自然と頭を抱えた。
理解しがたいとは聞かされたものの、とことんファンタジーめいた話に思考能力が鈍る。
「…同盟って?」
「……そこが問題なのだけれど」
すると泉原さんは口元に手をあてて内緒話をするみたいに声を潜めた。
俺も自然と頭を屈めて泉原さんに近付く。彼女は香水でもつけているのだろうか、甘いような香りが漂った。
「実は一般の人に彼らや同盟の話はしてはいけない決まりになっているの。同盟に加入してしまったから」
「……」
同盟とやらの話をしてはいけないという同盟に加入している、らしい。
それでは全く、何も話せないではないか。
「でもアイオくんの理解力を見込んで話そうと思うの」
「……いいんですか」
「…あら、やめてもいいならやめるわよ。規約違反のペナルティは私、怖いもの」
ならばどうして謎を知りたいか、などと俺に言ってきたのだろう。
もしや、この人は秘密を人に話さずには居られない性質なのではないだろうか……。
俺が顔をしかめると、泉原さんは子供のようにニヤリと笑った。
俺達がこそこそと話している様は、それは不自然だろう。
怪しんだ喫茶店の店員がこれ見よがしにお冷のおかわりに回ってきた。
ハッとして、俺と泉原さんは姿勢を正した。
「ここでは何だから、どこか内緒話が出来るところへいきましょうか」
と言って、泉原さんが俺を見た。
行く当てを俺に求めている、らしい。
行く当てなど一つしかなかったので、気は進まないが俺は泉原さんを連れて席を立った。