act,4 キマリ。
夕方、俺が野良猫の尻を追っかけて土手まで来ると、土手の真ん中に座り込んでいる少年に出会った。
少年は俺の中では旬な人物「極 庄之助」だった。
やっべ、と思って猫を追いかけることは諦め、来た道を引き返そうとしたら、
「あれ君、朝の…定期拾ってくれた人だよね」
と話しかけられた。
ヤバイ、逃げたい。
先ほどまでの吹っ飛んだ妄想では、悪の組織の一員として名を連ねていたキマリだ。奴は俺の写真を奪った主犯だったのだ。
そんな途方もない妄想をしていた俺をキマリは知るはずもないのだが、未だ妄想を完全否定できていないから、出来ればキマリとはあまりお近づきになりたくはないし、そうでなくとも今までテストの順位に関してライバル視し続けていたのだ、そんなことがバレれば子供っぽいとかちっさいとか言われそうな気もして、どちらにせよ、面と向かってお話なんてしたくはないのだ。
キマリはゆっくりと立ち上がって砂埃を払った。にこやかに笑みを浮かべ「写真撮るの好きなの?」と尋ねてくる。
貴様、何を白々しい、と思わなくもない。写真を奪ったらしい、小柄で綺麗な少年はコイツしか思い当たらないからだ。
一方で、申し訳なさのようなものも感じていた。妄想の中とは言え、悪の組織の一員に仕立て上げてしまったのだ。彼が一連のことに関して全くの無関係であったなら、俺は彼の顔をしばらくまともに見れそうも無い。恥ずかしすぎる、痛いぞ俺。
「まぁ、たまに撮るくらいだけど…」
「そのカメラ、随分古そうだけど?」
痛いことを聞くやつだ。
「謙遜してるのかな。実際は結構長いんでしょ。写真撮りはじめて」
にこやかに笑うキマリの笑顔の下に、何か黒いものが見え隠れする、ような気がする。
俺は苦笑いしながら言った。
「このカメラ、小四の頃サンタに頼んでもらったんだ。本当は小三のクリスマスにカメラが欲しいって頼んだんだけど、一年我慢して、来年まで待ってくれって手紙が来た」
「…サンタって、サンタクロース…?」
「そう。一年待つから絶対カメラくれって返事を書いたら、次の年に約束どおりコイツが来たんだ」
「…へぇ。やっぱり随分長いこと写真撮ってるんだね」
「まぁ、自己流だけどな」
相変わらず綺麗に笑うキマリの顔が、一瞬、寂しそうに見えた。
過去、クリスマスに嫌な思い出でもあったのだろうか。
「ああ、そういえば、君の名前、聞いてなかったよね」
「俺?藍生だ。藍生眞旺」
「え、君がアイオくん?」
と、キマリは目を丸くした。どうやらコイツも俺の名前は知っていても、顔は知らなかったらしい。
「へぇ………」
今度は感心した様子で、俺の姿を上から下まで眺め回す。面と向かって話すのは俺もこれが初めてで、初めてまともにコイツの姿を見たけど、キマリの姿形は俺とは全くかけ離れている。同じ年齢というのも、証明書なしには信じてもらえない可能性もある。如何せんキマリが小柄だから。
「ちょっと意外だなあ…まさか君みたいな人が…」
キマリはそこで言葉を濁したが、おそらくは「学年二位なんて」と続くはずだったのだろう。
…というのはもしや、俺が馬鹿そうな見た目という事か………?
確かにガリベンをひた走るような見た目ではない。適度に若者らしくもあるはず。
でも、見た目の話をするならキマリの方こそ意外すぎる見た目だと俺は思うのだが。
ちょっと馬鹿にされたような気がしてムッとした。
だけどキマリは意に介した様子はまるでなく、俺の検分をやめることはなかった。
「君、体力ある?」
「まぁ、一般並には」
それを聞いてどうしようと言うのか。意図がわからないままに俺は答えた。
「この辺に住んでるんだっけ。昨日、真夜中に土手にいたよね」
あまりにも普通に言うので、俺は真面目に答えそうになった。けれど質問を反芻して、
「………え?」
と、キマリを見つめ返した。
今、何を言ったのだ、コイツは。
昨日、真夜中と言えばあの不可解な光が放たれたときしかない。
けれどもあの場所には俺以外の人影なんてなかった。
コイツは一体、どこから俺の姿を見ていたのだろう。
「あ、ごめん。言いたくなければ答えてくれなくていいんだ。ちょっと気になっただけだから」
「いや、そうじゃなくて」
住所なんて個人情報だから、聞いてはまずかったのではないかとキマリは思ったようだった。
でも俺が反応したのは、そうではなく、
「昨日って、あの空が真昼みたいになった時だろ。お前も土手にいたのか?」
「僕…?僕は………」
妄想が真実なのか。
そんな気がしたのだが、キマリがはっきりと答える前にまた空が明るくなった。今は夕方だ。じきに日も沈みそうな時刻で、辺りはオレンジの淡い光に包まれていたはずなのに。
「……まただ…!」
俺は辺りを見回して光源を探した。以前と同じ高架橋にも目をやるが、そこは車が列を作って並んでいるだけで、光が輝いてはいなかった。
「一体なんなんだ、これ!」
俺はわめきながら光源を探し続けた。ふと見たキマリの顔は歪められていて、先ほどまでのにこやかさはどこへ行ったのか、怒っている様にすら見えた。
「あいつら、まだ戦う気なのか…」
キマリが呟く。
俺の存在は忘れているのか。全くの独り言のようだった。
俺はキマリの言葉が気になって、キマリの顔ばかり見つめ続けた。
道端に居たらしい通行人がさっきまでの俺と同じように、わあわあと叫んでいる。
「……ねぇアイオくん。ちょっと僕の身体を押さえててくれるかな」
「え?」
「僕一人だと吹っ飛んじゃうんだ。昨日の暴走以来、コントロールが上手くいかなくて」
「は?一体、何の話だ」
キマリは空を見つめながら言う。でも今の、俺に話してたんだよな?
再び不可解な光が町を覆ったことで俺は気が動転しているのか、戦うとかコントロールとか、キマリの言う単語がファンタジーめいて聞こえる。
それは俺が妄想していた事態を遙に凌ぐくらいの、ほんとに、ゲームか何かの話のように聞こえた。
キマリが、言う。
「君も見てただろ…高架橋の上で、僕が倒れるのを」
パチリと、パズルのピースが合ったような感覚がした。
つまり、昨日、キマリは、
「あの光の原因って…お前………?」
高架橋のド真ん中、光源の中心で土手に立つ俺を見たのだ。
「詳しいことは後にしよう。『共鳴』する。押さえて」
「え?」
共鳴って何だ、と思ったら、キマリが右腕を空に向かって突き上げた。左手は右腕を支えるようにそえられている。
押さえてというキマリの指示の元、俺はキマリの体を抱き竦めるようにして地面に固定した。
キマリを見上げると同時に、何の前触れもなく、大量の光が辺りを包み込んだ。俺はすぐに目を開けていられなくなった。
「!?」
音も風もいつもと同じだが、光だけは異様だった。目を瞑っているのに眩しいなんて、そんな感覚は始めてだった。
押さえろという意図がわかったのは、目を瞑ってすぐだった。キマリの体だけ、何か大きな圧力に押さえつけられたみたいにビリビリとぶれたのだ。圧力は俺まで崩れ落ちそうになるくらいに強かった。華奢で小柄なキマリでは、圧力に負けてすぐ体勢を崩してしまうのだろう。昨日の夜もそうだったに違いない。
不可解な光の真相は、目下俺の最大のライバルにして、悪の組織の一員…、かもしれない、小柄で綺麗な少年が放ったものだった。
これが現実だってのは信じがたいけれど、この光も、体に伝わる圧力も、夢や幻でないことははっきりしていた。