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act,3 目線は交錯す。

 始まりは、受け取りに行くはずだった写真をその日のうちに取りに行き損ねたことだった。


 そういえば小笠原と晩飯を一緒に食うのは、例の写真を見せるという目的もあったのに、俺は勿論、小笠原も写真のことは頭に無かったらしく、単に口数の少ないまま晩飯を共にして別れた。

 付き合ってるかどうかなんて聞けやしなかった。もし頷かれたら申し訳なさ過ぎるから。


 ため息をつきながら明日の授業の準備をしていると、時刻は夜の十一時を回っていた。


 もう十一時、と思って、そこでやっと写真の存在を思い出した。写真屋は現像受付こそ二十四時間やっているが、受け取りは営業時間内でなければいけない。夜十一時なんて遅い時間に、田舎の写真屋が開いているはずもなかった。


「やっべ」


 とひとりごちてはみたものの、写真に興奮する気力はもう残っていなかった。

 どんな写真が出来上がったのか、気にはなったが、今日はもう寝ようと思った。早く寝て、小笠原との噂は聞かなかったことにしてしまえと思った。

 きっと、明日になったら、今までどおりに小笠原と接することができる気がする…。


 そのまま眠りにはついたのだが、妙な夢を見てしまった。

 小笠原と俺のまだ見ぬ子供を、俺があやしているのである。


「―――――――――!!」


 笠馬の妄想と同じじゃないかと思って飛び起きた。

 時刻は朝の六時だった。いつもより二時間も早起きだ。

 写真屋の営業時間はたしか朝の八時から夕方の六時だ。どうせ早く起きたのだから、学校へ行く前に受け取ってこようと思った。


 朝飯もそこそこにぶらぶらと写真屋へ向かうと、俺と同じ制服を着た小柄な少年がこちらに歩いてきた。

 あまりに小さいので一年坊かと思ったが、そうではなかった。

 というのも、顔に見覚えは無かったのだが、すれ違い様にタイミングよく少年が落としたバスの定期を俺が拾って、ふと、そこに書いてある名前を見たからだ。


 「キマリ ショウノスケ」


 カタカナだったのでその時はふうんと思っただけだったが、ありがとうと少年が礼を言って去ったあと、「極 庄之助」と漢字変換にピンと来て、俺は慌てて相手を振り返った。


 その名前はいつも俺の前にあった。どんなに頑張っても、そのポジションにはいつもあいつが居座っている。

 廊下に貼り出される中間や期末の順位表。学年順位がいつも二番手な俺に対して、「極 庄之助」は常にトップを走り続けているのだ。


「あいつが…」


 名前はよく見かけるのに、顔は知らなかった。

 制服を着ていなければ女でも通じそうな顔で、色の白い肌とお似合いの茶色の髪、そしてそれは微妙にウェーブがかっている。どこぞの金持ち御曹司のような雰囲気で、ブレザーの制服が決まって見えた。パッと見大人しそうで無口なイメージだ。いや、無駄口は叩かなさそうという意味であって、決して話下手な感じではない。敬語とかバッチリできそうだった。

 いかにも優等生然としている。そりゃ、トップになるだろうと、思うくらいに。


 しかし、麗しいというかこれは……愛らしい、という形容の方が似合っている。それこそ小動物のような、側に置いて愛でていたい部類の愛らしさだ。


 足は写真屋に向かっていたが、脳内では小笠原のことに加えてライバルの意外な容姿にびっくりして、殊更俺はぼんやり歩いていた。

 写真屋に着いて、ぼんやりしたまま控えに貰った伝票の写しを渡すと、


「あれ、この写真、昨日受け取りが済んでますよ」


と、写真屋の親父に言われた。


「……そうっすか…」


と、そのまま踵を返しそうになって、俺は一度、「え?」と聞き返した。


「代理の方が受け取って行ったじゃないですか。ほら、小柄で綺麗な」

「…そんなはず…」


 代理人など頼んだ憶えはない。

 まして、小柄で綺麗な知り合いなど、俺にはいない。


「………」


 一瞬遅れて、小柄で綺麗というキーワードに脳内が弾き出す。

 それは今さっきすれ違った、あの「極 庄之助」だった。


 まさかあいつが…。


 いや、まて、そんな。

 俺の名前は目にしていたとしても、話したことなどさっきまで無かった。


 というか、俺が写真を現像に出したことは小笠原くらいしか知らない。俺が昨日の夜、高架橋の上の光源を撮ったことも、小笠原にしか話していない。


 なにしろ伝票の控えは俺が持っていたのに、別の誰かが写真を受け取れるなんてことはありえないはず。


 とりあえず、写真のデータが入ったカードごと代理人が受け取ったというので、写真屋に取り合っても、全く何も意味がないのだ。

 小柄で綺麗以外に何か代理人の特徴はないかと尋ねると、受け取った少年が写真をその場で確認して、しばらくの間、笑い声を上げていたと親父が言った。何がおもしろいのかと親父が尋ねると、あまりに間抜けだからと答えたらしい。

 少年だということは、「小笠原が代理人だ説」は消えたが、それではキマリはどうやって、写真のことを知ったというのか。


 俺の持っていた伝票の控えを親父が受け取り、盗難だったら教えてくれと青い顔をして言った。

 もしや、間違って別の誰かに俺の写真を渡したのではないかと、心配し始めているようだ。


「や、訴えたりはしないんで、安心してください」


 うろたえる親父にそう言って、俺は店を出た。


 不可解な光を捉えたはずの写真が、不可解に消えてしまった。

 昨日からショックな出来事が多すぎる。俺は学校への道すがら、頭を抱えていた。


 その日の放課後、速やかに帰宅した俺は、真新しい一冊のノートを開いて、シャーペンを握った。


 疑問その一、例の写真の受け取り代理人は「極 庄之助」か。それとも別人物か。

 疑問その二、キマリが代理人であるならば、どうして写真を欲しがるのか。

 疑問その三、そもそも写真のことはどうして知ったのか。


 いや、違う。


 疑問を整理しようと思ってノートに書き出してみたはいいけれど、実際のところ、俺の中ではすでに一つのシナリオが組みあがっている。


 もしも、全てが俺の想像するシナリオどおりならば、筋書きはこうだ。


 昨日の真夜中、俺は不可解な光の発生源を写真におさめた。その写真は何か重大な秘密のようなものを捉えていた。写真の話を何気なく話した相手である俺の担任教師の小笠原 耀子は、その重大な秘密に関わりのある人物だった。俺から話を聞いた小笠原は、これまた秘密に関わりのある、うちの高校の学年トップの極 庄之助にその話をする。俺が緊急ニュースに気を取られているうちに、速やかに写真屋の伝票を掠め取っていた小笠原は、同時にキマリに伝票を渡した。小笠原に渡された伝票を持って写真屋へ行ったキマリは、代理人だとかなんとか言って写真とカードを受け取って、重要な秘密が写っている俺の写真を手に入れる…。


 そこでの疑問点その一、小笠原はなぜキマリに伝票を渡すのか。

 その二、どうして掠め取られたはずの伝票が、俺の手元にあったのか。

 その三、写真に写っていたのは、一体なんだったのか。


 疑問その一はすぐに答えがわかった。小笠原は昨日の夕方五時から会議があって、自分では写真屋へ行けなかったのだ。

 事実、昨日の晩飯を食べ始めたのは夜の九時を過ぎていて、会議が終わって真っ直ぐ帰って来たらしい小笠原は「遅くなってごめん、会議が長引いた」と言っていた。会議が終わった時刻は俺の知るところではないが、俺は自宅の窓際でケータイを開閉させながら、ずっと学校の電気が消えるのを待っていたので、小笠原が嘘をついているという線は薄い。電気が消えたのは夜の九時少し前で、小笠原からメールが来たのもそれから五分と経たないうちだったから。


 疑問その二は単純だ。伝票なんて、俺は詳しく見やしないから、すりかえられていても気付かない。以前、伝票をひらつかせながら「現像代も馬鹿にならない」と、小笠原の前でぼやいたことがあるし、あいつは俺がいつも行く写真屋の伝票も見たこともあるはずだった。


 でも、この場合はすりかえるための伝票を作る下準備が必要なはずで、ということは俺がこの日、月の写真を撮りに行ったことは必然、不可解な光が放たれたのも必然であり、すべて誰かに仕組まれていた、ということになる。

 俺が月の写真を撮りに行ったのは、実は気まぐれではない。あの日は満月で、満月だから撮りに行ったのだし、さらに言えば毎月、満月の日は真夜中に写真を撮りに行っているのだ。

 俺の習慣など、二年も隣同士の建物に住むうちに把握しきっているだろう小笠原には筒抜けのはずだ。だから、仕組むことも簡単だ。


 そう考えると、あの夜のために俺は、小笠原とカップルに見間違われるくらい親密な仲になった、というか、そうさせられていたような気がしてきてしまう。


 親戚のねーさん的な存在だと思っていたのに、途端に全てがしらけて見える。

 俺は気付いていなかったので意味は無かったのかも知れないが、友人達の言う「小笠原は俺が好き」というのも、もしかしたら何かの計画上そう勘違いさせた方がことがスムーズに運ぶから、思わせぶりな態度をとったのかもしれない。


「…ゲームか漫画じゃ、あるまいし」


 ノートに適当にシナリオをメモりながら俺は呟いた。


 計画とか、重大な秘密とか、そういうのって、現実離れしてると思う。


 しかし実際に不可解な光は、その姿を世間に晒している。あれは現実だ。

 写真が無くなったのも現実だ。


 計画とやらが現実だとすれば、彼らの目的は、あの不可解な光の中心にあった何かを写真におさめ、おさめた写真を手に入れることであり、その計画のメンバーには担任の小笠原と、学年トップのキマリが関わっていて、計画が実行に移されるまでに長くて二年の準備期間があったことになる。


 写真を撮るのは俺でなくてはならなかったのだろうか。俺は単に偶然、計画に巻き込まれただけなのだろうか。


 いけない、話が吹っ飛んでる。妄想癖も大概にしろ、俺。

 悪の組織の一員が、秘密の計画を練っていたなんて、ファンタジーにも程がある。


 俺は頭を振った。

 学校が終わって、速やかに帰宅して、既に二時間が経過している。俺が二時間の間に書き上げたシナリオは、筋が通っているような、妄想の産物でしかないような。


「わかんねー………」


 だからといって真相を小笠原に尋ねることも、キマリの教室を訪ねることも俺はしなかった。

 てゆーか、出来なかった。真相が俺の妄想どおりだったら、しばらく立ち直れないだろうから。


 つい昨日まで、小笠原なんて、親戚のねーさんのように慕っていたというのに、今は悪の組織の女工作員に見えて仕方ない。だとしたら教師も仮の姿なのか。


 いかん、ますます話が吹っ飛んでる。女工作員なんてテレビの見すぎだっての。


 キマリはというと、可愛い顔して俺の写真をさらりと奪っていくあたり、肝が据わってると思う。テストの順位が上か下かでライバル視していた自分がなんか恥ずかしい。小さいぞ、俺、とか思う。


「………」


 いや、きっと、こんな途方もない話は、俺の妄想の産物であるに違いない。


 実際は写真屋の親父が間違って誰かに写真を渡してしまっただけで、そのうちひょっこり写真が出てくるかもしれない。

 小笠原だって、本当に面倒見のいいやつだったってだけで、腹黒い思惑なんて抱えていないに違いない。

 キマリは多分、見た目が強烈だったから、俺の妄想の中の役者に抜擢されたに過ぎなくて、実際のところ無関係だろう。


 そっちのが現実的だ。


 そう思ったら途端に全てが馬鹿らしくなり、こんなことに二時間も頭を悩ませたのかと思うと笑えてきてならない。


 さて、一息ついたから散歩にでも出かけようか。今日は天気がいいし、ブラブラ歩いてるうちに何かおもしろいものが撮れるかもしれない。


 俺は愛用のカメラを手に取って、部屋から飛び出した。

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