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act,2 一悶着、あり。

 キーンコーンカーンコーン。


 朝飯を口に突っ込みながら予鈴を聞いた。ああ、もうそんな時間か、と思った。


 昨日のうちに用意を済ませておいたカバンは、引っつかんで出ればそれでよかったし、母親に似たらしい髪質は都合の良いことに寝癖がつきにくかったので、適当に手櫛を通せばそれでよかった。高二にもなれば髭の手入れに頭を悩ませても不思議ではないのだろうけど、こちらは父親の体質に似たのか、申し訳程度にしか生えてこないので手間もあまりかからない。が、ありがたいかな、身長は平均以下の父でも母でもなく長身の祖父に似たらしく、クラスの中でもでかい部類に入る。運動部に所属しているわけではないが、暇があればカメラ片手に辺りを歩き回っているので無駄な肉も付かず、かと言ってひ弱ともいえない体だ。お蔭で予鈴を聞いてから家を出ても小笠原が教室に来る前に席につくことができる。


 今日も駆け込んで教室に入ったが、まだ小笠原は来ていなかった。セーフだ。


「いつもギリだね、カメラ小僧」


 席に付いて、一息ついた俺にそう言ったのは、隣の席の加藤礼奈(カトウ レナ)だ。俺とは一年の頃から同じクラスで、男女関係なく気さくに話しかけるやつなので、友達や知り合いが非常に多い女だった。女子の中ではリーダーにあたるのだろう。いつも人の輪の中心に居るイメージだ。


「計算済みのギリなんだよ」

「ほーお。まさかそんなところでも、その出来のいいオツムを使っていたとは」

「えらいだろ」

「姑息ないい訳だねぇ」


 加藤は頭の後ろで結んだ長い髪を揺らしながら、うんうんと頷いている。

 コイツもまた、可愛くない女だ。


 加藤にはもっと何か言ってやろうと思っていたのに、口を開きかけたタイミングで、丁度小笠原が教室へ入ってきた。

 起立をしながら顔だけで加藤に抗議していると、小笠原に見咎められて、朝から仲がいいとかなんとか言われてしまった。


 仲がいいというかむしろ逆な気がするのだが、クラスの皆は痴話喧嘩だとかなんだとか囃し立てていた。

 俺はおもしろくなかったので、午前のうちは加藤に話しかけられても無視してやった。


 ちなみに朝っぱら一時限目の数学の小テストは、予想通りの公式を使う問題が出たので、そこそこの点が取れたと思う。

 俺の前の席の花崎(ハナサキ)少年が苦い顔をして、後ろの席からまわってきたテストの束を受け取っていたので、きっと花崎少年の出来は揮わなかったのだろう。


 午前のうちはそれなりの集中力で授業に臨めたのだが、午後になったら途端に背中がそわそわしだした。夜中現像に出した写真のことが気になるのだ。


 休み時間はどこのクラスでも昨日の謎の光の話題で持ちきりだった。

 田舎町に属するこの町が全国ニュースのトップの話題に上がったのはそれは珍しいことで、しかも内容が非常に謎めいていて、まるでゲームか何か、不思議な物語が始まったような気がするのか、年頃の少年少女にとってそれは気になる話のようだった。


 かく言う俺も例には漏れず、ミーハーに、話の顛末が気になっている。


 光の中心には絶対、人が居たはずだ。

 もし俺の撮った写真で、何か解明できるとすれば、これは藍生家始まって以来の一大事である。


 離れて暮らす故郷の父母、祖父母、飼い犬のマチ、総人口が四十人居るか居ないかの村の住人達、皆総出で宴会の騒ぎだ。

 交通手段が断たれたために一人暮らしで高校へ通うハメになったけれど、俺はあの小さな村が好きだ。道を歩けば大根や菜っ葉をくれる近所のジーサン、バーサンも幼い頃は何だか怖いというか申し訳ない気持ちで嫌っていたが、今思えばすんごく親切だと思う。未だ屋号で呼び合っていて、それはまぁ、本名がどこも藍生という名前ばかりで区別が付かないから、なのかもしれないが、たまの帰省の折にじーちゃんに頼まれて回覧板を届けたとき、「ドンシタのセガレか、でかくなったな」とか言って十七の俺に飴玉くれるような、そういう村が好きだ。真冬は雪おろしが大変で、時には地面から屋根に直に上がれるくらいだけど、村の若者の中じゃ、俺が七人目に若いけど、そういう村が好きだ。


 だからもし、俺が有名にでもなれば、一大事だ。両親は狂喜乱舞、ばーちゃんなんて倒れるかもしれない。

 これは俺だけでなく、村の命運もかかってる。俺が有名になったら、あの村にも再び路線バスが復活するかもしれない。ケータイが圏外なんて、理不尽なことにならないかもしれない。コンビニなんて贅沢は言わない、自販機の一つくらい作ってくれと、切に願って眠れぬ夜を過ごすこともなくなるかもしれない。

 いっそ、これを期に俺の写真が認められて、ジャーナリストなり、写真家なりの目に留まってくれたら尚いいのだが。


 と、ここまで妄想したところで、俺は授業中だったことを思い出した。


 慌てて黒板を見ると、ノートに取らなかった板書が消えていく。

 が、ラッキーなことに今は小笠原の授業なので、晩飯の時に教えてもらえばそれでいいと思った。


 晩飯といえば、今日のメニューはなんだろうかとぼんやり考えた。

 小笠原は言動や振る舞いはガサツだが、料理は上手い。作っているところを後ろから眺めていたことも何度かあるが、気持ちいいくらいに手際がよかった。まな板の上でネギを刻んでいるとレンジが鳴って、鍋の湯が沸く。せわしないと俺がぼんやり思っているとネギがあっという間に具材の一部となって、いつの間に出てきたのか餃子の皮に包まれ、さっきまでお湯でしかなかった鍋の中身が鶏がらスープになり、少し目を離してテレビを眺めている間に水餃子になって、俺の前のテーブルに並ぶのである。

 俺がやったら倍は時間がかかる上、味の保障ができない。こういう姿を見ると、少しだけ女らしい気がする。…と言うと、差別に当たるのかもしれないが。


 集中力のまるで出なかった授業はあっという間に終わった。

次の時間の体育はバスケの試合に夢中になっていたらすぐに終わり、その次の家庭科は眠気に打ち勝ちながら赤ん坊の人形を腕に抱いているうちに終わった。


眞旺(マオ)は赤ん坊抱くのが様になってるよな」

「……はぁ?」


 授業終わりに隣の席の江藤笠馬(エトウ カサマ)がそんなことを言った。


「すぐにでもパパになれそう」

「真面目な顔してキモいこと言うなよ」


 笠馬はしょうゆ顔で常に無表情だ。本人は笑ったり困ったりしているらしいのだが、感情が全く顔に出ない。しかもしゃべり方がボソボソしているので、意外な発言をされると背筋がビクっとなる。

そういうやつがパパとか言うと意外すぎる。しかも抱き姿が様になっているとは、俺は思ってもみなかった。


「似合う似合わないじゃなくて、もっと中身が重要だろ、父親ってのは」

「でも、眞旺は子煩悩そう」

「そうか?まぁ、何にせよ相手がいないと始まらないけどな」


 俺は適当に笑い飛ばして話を終わらせようとしたけれど、笠馬はさらに意外な発言を続けた。


「あれ、ようこちゃんと付き合ってるんじゃないの?」


 あまりに途方もない発言だった。少なくとも俺はそう思った。ゆえに、しばらくの間、笠馬が何を言い出したのか理解できなかった。


 ……。

 「ようこちゃん」というのは担任、小笠原の意である。


「…………………なにそれ?」

「有名じゃん。当事者のくせに自覚ナシ?」


 ち よ つ と ま て。


「……いつからそんな、途方もない噂が」

「いつからって、一年の頃から懐いてたじゃない。眞旺がようこちゃんに」

「……いや、ないない」


 俺は大きく頭を横に振る。俺達の話を耳をダンボにして聞いていたらしい数人が集まってくる。


「ないってことはないでしょ。あんなにベタベタしてたのに」

「そうそう。藍生くんを好きだった子たち、あからさまに耀子ちゃんとベタベタなの見て諦めてったよね」

「てゆかようこちゃんは眞旺を意識してるだろ。あんなに机に、眞旺が撮った写真貼ってるのに」

「え、なんか担任カワイソー。鈍すぎるよ藍生」


 彼らの話を要約すると、つまりは俺が、一年の頃から傍目にもわかるほど小笠原に懐き、小笠原もおそらく俺を好いており、果ては俺の子煩悩なパパ姿まで想像できるほどお似合いな、今をときめく熱いカップルということか。


「ますます、無い!!断固ありえない」


 俺は声高に、野次馬達に宣言する。

 しかし、非道な笠馬が追い討ちをかけるように言った。


「でも家には通い合ってるんでしょ」


 いや、確かに、互いに家を行き来はしているが、なんというか、俺的には近所に住む親戚的なイメージであって、そんなつもりは……。


 一年次から今までのことを思い返す。そういう風に考えると、小笠原の言動やらしぐさが別のモノに見えてくる。可愛くないと思っていたが、もしやあれは照れ隠し的な何かだったのか…?

途端にサーっと俺は青ざめた。


「…うそをつけ。俺はそういう仲だとは一ミリも思わなかった………」

「「「うっわー、まじサイテー」」」


 鈍い、鈍いと言いながら、野次馬が散っていく。

 笠馬は最後に、


「まぁ、意を決して、俺達付き合ってんのって聞いてみれば」


と、俺の肩を叩いて掃除場所に向かって行った。


 そんな一騒ぎがあったものだから、俺は晩飯を食う約束をしていた小笠原が来るまで、その話で頭が一杯になり、すっかり、あの写真のことを忘れていた。


 村の命運がかかっているとまで考えていたのに、その時の俺は小笠原の気持ちを知りたいような知りたくないような、妙な状態に陥っていて、小笠原の、帰宅したから部屋に来いというメールがいつ来るかと思って、ケータイを開閉することで手が一杯だった。


 俺がドキマギしているその間に、何だか規模のデカイ話に関わりを持つことになっていたなんて思いもしなかった。

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