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act,10 想い、ひしめく。

 倒れはしなかったが、立てなくなったキマリを連れて、仕方なしにタクシーに乗ることにした。駅とアパートはそれほど遠くない。もう数分で着くだろう。


「どこまで行ってきたんだ」

「隣町まで。ニールのおねーさんが、この辺一帯の擁護派の皆を集めてくれて」


 キマリは傍からみるとすごく寒そうな格好をしていた。というか、まず、一見してキマリとはわからない格好だった。

 そう、キマリは律儀に、泉原さんが送ってくれた、あのヒラヒラした服の一つを着ていたのだ。

 手にしている小物まで服のテイストと同じで、ミニスカートとか、ピンクの帽子とか、さして気にした素振りもなく、自然に着こなしているから恐ろしい…。

 その上薄く色の入った眼鏡なんかをかけていたので、名乗られるまで本当に、誰なのかわからなかった。


「大した移動距離じゃないけど、この町で集まるよりはマシかなって」

「集まって、皆で仲良く力を使うってのか?」

「一斉にってわけじゃなかったけど…交代で応戦しながら作戦練ったりはしたよ。喫茶店で」

「…喫茶店?」

「戦う場所は特にこだわりないしね。お茶飲みながら交友を深めつつ」

「………そんなに軽くていいのか…?」

「一見して怪しげな力を使ってるってわかるより、自然な所作の中で使った方が一般人の目につかないでしょう」


 俺の中の力を使うイメージと言えば、キマリが土手で放ったような、辺りがものすごい量の光に包まれて、振動がおきたりするくらい激しい感じなのだが、あれはもしや例外なのだろうか。

 そんなようなことをキマリに言うと、


「あれは暴走してたんだ…普段は誰にも気付かれないように戦ってる。たまに授業中とか、そういうこともあるよ」


という答えがかえって来た。

 確かに、そうでなければとっくにニュースになったり、騒ぎになっているはずだ。

 しかし喫茶店でにこやかに話しながら、実は異世界で戦っているなんて、とても想像に難い。


「君の方は?小笠原先生に、何か変わりはなかった?」

「…別に。普通だったけど…」


 キマリは小笠原を警戒することに決めたようだった。

 俺の近くで幹部の気配がするということは、すでにキマリの周辺に幹部が潜んでいるということにもなる。この町に、事件の関係者が集結しつつあるのかもしれない。

だから、警戒心はあって越したことはないだろう。けどなんとなく、寂しいような悲しいような気分だ…。


「そういや、怪しげなチビに会った。小笠原の従兄弟で、今度ウチのクラスに入る転校生」

「…従兄弟?」

「俺はようこさんが好きだとか、味方になれないなら近付くなとか、邪魔するならどうなっても知らないとか、妙なこと言ってたな。俺は小笠原に頼まれて、そいつの相談役っつうか、そいつも親元離れて一人暮らし始めるらしいから、その辺の手助けになってやれって言われてて」


 またも難しい顔になったキマリは、穏やかじゃないことを言い出す。


「…その子、あやしいね。ハシラビトかもしれない」


 俺はキマリの言葉に目を見開いた。小笠原の周辺に、怪しい人物が現れたのだ。キマリがそう解釈するかもしれないと、予想はしていたけれど。

 そうこうする内にアパートへたどり着いた。俺はキマリを支えながら部屋まで歩く。


「何ですぐ、そういう方向に考えるんだよ」


 鍵を開けて玄関へ入る。真っ暗な部屋の入口に、キマリは座り込んだ。


「…アイオくんは……真相がどうあって欲しいの?」


 廊下の外灯で、キマリの顔がはっきり見える。

 なんだか、悲しそうな顔だと思った。それに怒っているようにも見える。


「どうって……」


 俺が答えられないでいると、キマリは俯いた。俯いたままポツリと呟く。


「巻き込んだのは僕やニールのおねーさんだから、やっぱりアイオくんはどこか僕らと一線をおいてるんだよね…」

「………」

「僕は我が身かわいさに戦ってるんじゃない。幹部と争いたいわけでもない。わざわざハシラビトになる人間を増やしたくないんだよ」

「…心的なショックで覚醒するからか」

「そうだよ。知らなくていい心の痛みをわざと知らせる必要はない。悲しくなくて生きられるなら、そっちの方が絶対いい」


 キマリは「幹部の思惑なんて、本当はどうでもいい」と言った。投げやりな言い方だった。


「キョクの世界で戦争したいならすればいいさ。どうせ僕らには何も被害はないんだから。ただし、今のところは、だけどね」


 俺はふと、画期的なことを思いついた。

 もしかしたら、戦争とか、そういう争いなしに、全てを丸くおさめられるんじゃないかと思えるような、そんな考えだった。


 キマリが本当にやりたいのは、戦わなくてもできることなんじゃないか?


「…………お前ももしかしたら現実主義、なのかもな」

「…え?」

「そもそも力なんてものに頼ってるからいけないんだ。俺達が生きてるのはキョクの世界じゃない」


 答えは簡単だ。


「幹部を探し出して、一発ぶん殴ってやれば、それでいいんじゃねーの。馬鹿なことは考えるな、悲しみを知ってるはずのお前らが、何で連鎖させる必要があるって。お前の力がハシラビトの中で一番なら、キョクそのものを放棄させて、それ以上何もできないようにお前が全部管理すればいい」

「管理……?」

「キョクをなくして、全員が人間世界だけで生きられるようにすればいいんだ」


 キマリは戸惑った様子だった。

 今まで、いかにして姿を隠して戦うかに気を配っていたのだから仕方のないことだろう。


「こっちから姿を見せて、殴りこみに行くの…?」


 俺は頷く。

 「そんなこと考えもしなかった」とキマリが言った。

 そして、俺を見上げながら、少しだけ笑う。


「…僕はキョクに救いを求めてた。母さんが帰ってこなくなって、誰でもいいから側にいて欲しいってずっと思ってた。皆もそうなのかもしれない…誰でもいいから、自分の味方になって欲しい、裏切られない愛が欲しいって」


 キマリがどうして覚醒したのか、俺は知らない。

 けれど恐らく、とても深い傷が残っているに違いなかった。


「間違っていたのかも…欲しいものは、ここで、人間世界で、探しに行けばよかったのにね」


 俺は一人、怖いものなど何もないような気分になっていた。

 キョクの世界であれこれ優劣があったって、実際に人間世界じゃ、一番強いはずのキマリは華奢だし体力ないし学生だし、幹部だって、ホントの姿はどんな奴らなのかわからない。幹部が人間世界でキマリを消そうと考えてるなら、俺達だって、同じことを考えてやればいい。隠れてこそこそ動くより、面と向かって立ち向かう方が、人間らしいとは思わないか。


「実はね、幹部の目星は付いてるんだ。この町の周辺に潜んでいて、会いに行こうと思えば一日で全員に会えてしまう」

「なんだそりゃ…」

「あっちは自分たちの手が汚れないように、どうやって僕に手を下すか考えてる最中、かな…」

「ならこっちは、さっさと会いに行って、一発ずつ殴ってくればそれでいいな」


 キマリは小さく笑った。笑ったけど、すぐにまずい顔をした。


「…アイオくん……君には黙ってたけど」


 キマリはバツが悪そうにそう言う。

 俺を見上げて、目線が合うと、ゆっくりとそらした。


「なんだよ…」

「…ハシラビトが、会わずして会えるって憶えてるよね」

「…それがどうした」


 ハシラビトはキョクの世界で何度も会っているため、人間世界では初対面でも、出会ったことがあるような気がするらしい。


「小笠原先生…彼女をあちらで感じたことがある」

「……………え?」


 何を言った…?


「彼女はハシラビトじゃないかな」

「…なんで、……どうして、黙ってた?」


 「それは」と言って、キマリが言いよどむ。

 今更、小笠原がハシラビトだと聞かされても、どうでもいいことだと思う一方で、ショックは否めない。


「彼女は、多分、気付いてない。自分がハシラビトだって」

「…気付いて、ない……?」


 どういう思いがキマリの中に渦巻いているのだろう。悲しそうでつらそうで、泣きそうな顔だった。それは隠し事への罪悪感というよりも、もっと大きな何かに対して申し訳ないとでも言いたげな顔だった。

 感情が抑えきれないのか、キマリの右手が震えるほど強く握られる。


「一番最初の被害者なんだ…………幹部の、計画の」

「計画って……」


 キマリが止めようとしたものは、既に動き出していた…?

 幹部は人工的に心的ショックを与え、ハシラビトをつくろうと企てた。それはビジネスにもなるし、人間の欲求も叶えることができるから。何も戦争にくくらない。キョクを使って、あちらの世界で、もう一人の自分を得れば、そいつは人間世界での不満や欲求を叶えることが出来る。キマリが言うように、裏切らない愛が、キョクにはあるのかもしれない。怪我や病気で本人が動けずとも、キョクを使えば自由に動くことが可能になる。誰彼かまわず傷付けたい、暴れたいという願いすら、キョクを介すれば叶ってしまう願いになる。

 でも、それには、悲しみや心の傷を知らなくてはならない。


「彼女は、幹部によって、覚醒させられた」

「…なんでそんなこと、お前にわかる…!?」

「幹部の目星はもうついてる。今日、擁護派の皆に会って結論が出たんだ。僕だって、過去三度、彼らと戦った。その時僕が、何も探らなかったはずないだろう」

「…戦いながら、幹部は誰か、探ってたのか」

「二度目の交戦で幹部の一人は僕らのすぐ側にいたってわかったよ。僕が彼らのキョクを破壊したことで、彼らの力も暴走してたしね。目に見るにも明らかだった」

「誰なんだよ、幹部って」


 俺は思わず屈んで、キマリの両肩を掴んでいた。

 キマリは俺を見ない。顔を背けて目を伏せる。


「…吾妻 冬柚一(アガツマフユカズ)。先生の叔父だ」

「吾妻…って」


 俺は昼間の出来事を思い返していた。


「あのチビの…」


 俺は振り返って、小笠原の部屋を見た。

 部屋は電気がついていて、グレーのカーテンが閉められている。吾妻少年と小笠原がいるはずだ。


「二度目の交戦で僕と戦ったのは吾妻氏だ。そこまでは結論付けた。僕が先生の存在をあちらで感じたのは随分前だよ。僕が覚醒して間もない頃…とにかく暴れるキョクがいて、それが先生だった」

「………」

「でもその一度だけなんだ。それから先生は、力を使っていないと思う」


 キマリが「アイオくん」と俺を呼んだ。俺は返事をしなかった。小笠原の部屋を見つめて、その向こうがどうなっているのか考える。吾妻少年は小笠原を守りたいと言っていた。だから多分、あいつを傷つけることはしないはずだ。

 でもキマリの話だと、吾妻少年は幹部の息子のはずで…。


「聞きに行くのはいけないことか?腹の内を読むのだって限界があるだろ。言葉で伝えてもらわなきゃわからないこともある」

「先生にとって、ハシラビトであると自覚することは心の傷を広げることになるのかもしれない」

「じゃあ、どうすればいい」


 俺はキマリを見た。キマリも俺の視線の先に気付いたのか、小笠原の部屋を見上げていたようだった。

 方法をキマリに求めてから気付く。俺はキマリに頼りきりだ。情けない。


「……力を…使ってみようか、コントロールなしの」


 「力に頼るのは間違ってたって、気付いたばかりだけど」と、キマリが付け加える。

 コントロールなしの力を使うと言うことは、また不可解な光を発するということだ。


「今ここで僕が力を使えば、きっと向こうも気付く。先生はまた不可解な光だと思うだけで勘付かれたりしない、と思う」

「でも、お前…逃げられないぞ」

「逃げる必要はないよ。僕らは直接幹部に会って、殴り合いのケンカをするんでしょう」


 キマリが笑う。


「ふざけてるならやめろ」

「ふざけてないよ。君が言ったんじゃないか。直接会って解決する方が、あちらで戦って決着をつけるよりいいって。それよりも君は、僕がまた倒れないように祈っててよ」

「キマリ…」


 そうだ、キマリはさっきまで戦ってたはずで、また力を使えば倒れる可能性もある。


「大丈夫、コントロールなしって言ったけど、ちょっとは加減するよ」


 言うなりキマリは立ち上がって廊下に出た。右腕を伸ばして、手のひらを天に向ける。


「僕がアイオくんを仲間にしたかったのは、なんとなくもあるけど、ちゃんとした理由もあったんだよ」

「………」


 キマリはふと、そんなことを言った。


「先生を助けられるのは、君だけじゃないかって。僕は彼女を助けられなかった。もっと早く動けてたなら、先生みたいな犠牲は出なかったんじゃないかな…」

「お前だけのせいじゃないだろ…」

「そうかな……」


 キマリがクスっと笑った。自嘲しているのか、気休めにしか過ぎない俺の言葉に呆れているのか、それとも、これから起きるできごとに、押しつぶされないためなのか。


「僕が倒れたら、ニールによろしく」

「できるなら、倒れるなよな…」


 辺りが光に包まれる。目を閉じても、眩しさは変わらない。

 吾妻少年がどう出て、それにキマリや俺はどう対処するんだろう。


 この光の先に、何が待っているんだろう。

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