【蛇足】ジョアン、野良猫に戻る
後日談
心配性のジェロームが俺の為に作って呉れていた30本入りの煙草の入ったアルミ缶が36缶と詰め損ねた煙草が8本仕上がったのをオリーが俺に渡して呉れた。
1缶に30本て多過ぎだよ、ジェローム。
微かなするカカオの薫りが消えても俺は吸うけどね、折角ジェロームが作って呉れたんだから。
ジェロームとの約束通りにデルラの領地に或る墓にセインの棺と並べて寝かせてあげた。
ジェロームが死んでしまったら、俺は悲しくで寝込んでしまうと思って居たけど、ジェロームからの置手紙で、そんな気分も消え失せた。
「昔貴族の人妻とヤっちゃって子供が居るんだけど困ってたら、ジョアンが助けて遣って。でも、この事は秘密な。」
なのである。
1888年生まれのユージン・ラットン伯爵がジェロームの息子で、その妻オリビア・ラットン伯爵夫人。
て言うか、オリビアってセイン氏のお嬢さんじゃないか。
そしてエイム公爵の妻シルビア夫人1891年生まれって。
ジェロームは全く何を考えているんだか。
オリビア伯爵夫人は3人のお子さんが居て、ジェロームの兄だったエイム公爵との間にシルビア夫人は5人もいらっしゃる。
まあ小エイム公爵の所は困ることは有り得ないし、ラットン伯爵家は不動産を貸し出して遣って行けているみたいだった。
でもって、ナディア州で遊んだ女性から、「ジョアンの子よって連れて来られたりして。」ってジェロームが書いてあったから、俺は慌ててルーサーに調べて貰ったよ。
一応はそんな事を言っている女性は居ないと報告を受けて俺は安堵した。
ルーサーが冷たい目をして俺を見るけど、独身の大学時代だし、それだってジェロームに連れて行かれたのだからな。
ミッシェルと知り合って、そう言う場所には行ってませんよ。
ルーサーも俺に就いて居るのだから知ってるだろ?
アレコレ細々と小さいけれど、面倒な頼み事を遺書として残して居て本業を熟して、ソッチも遣っていると気付いたら1955年に成って居たりする。
郊外には似たようなデザインの家が立ち並ぶ新興住宅地が出来ていて、少し気落ち悪い。
済みません、購入して住んでいる方々。
恐らく市内に職場が或るのだろうけど、結構遠いと思う。
ミッシェルに訊いてみると、比較的手に入り易い金額で、市内に住むよりは広くて庭も或る物件なので、新婚家庭には良いそうだ。
年頃も近い人が多くて近隣とのコミュニケーションも取り易く評判も良いらしい。
「きっと流行ると思うわ。」
そう言うモノか、とミッシェルの言葉に俺は頷いて、白熱電球の製造工場を販売する契約書にサインをした。
ルイスがグレタリアンのプリッツ大学で物理学の女史と同じチームで研究する為に引っ越して、全く手出しする暇が無くなったと言うので、トーマに頼んで話を勧めて貰った。
俺も殆どトーマ達に任せっぱなしで会議にも顔を出せてないしね。
愛着はあるので会社のロゴが入った電気店で飾るスタンド・オブジェを貰う事にした。
ルイスは世界的に権威の或る化学賞を受賞するし、北カメリアでの化学賞も4度受賞したし、天才だ天才だと思って居たらマジでそうだった。
頭が良いのに生真面目に研究はするし、教えは請うし、こういうことが出来るのが天才と言うモノなのかも知れないな。
未だに「あの時ジョアンが投資してくれたから。」ってルイスは言うけど、俺が投資しなかったら他がしてくれたと思うよ。
今はそれぞれの受賞金額が莫大なので費用に困ることがない、って言うか国や企業が投資してくれるので、遣りたい研究に没頭出来ているみたいだ。
俺の息子ヘンリーはルイスの目に留まらなかったみたいで、卒業後ロースクールに入り司法資格を取り、eブラザーズ法律事務所で弁護士見習い中。
検事や判事を目指したかったみたいなのだけど、如何も前回ペッパーシズム騒動でスパイ容疑で起訴されていた政策担当者が無実だったぽいので、それを知ってガッカリしたそうなのだ。
でも、検事って有罪にするのがお仕事だしな。
まあヘンリー自身が向かないと自己修正したみたいなので良いのかな。
俺が息子や娘にかまけている内に、世の中は嫌になる程、動いているんだけどね。
1953年にカザーフでの休戦協定が話し合われ翌54年にカザーフでの連合軍とヴェイト社会主義連邦との休戦協定締結。
アーリア大陸へ繋がるプリメラ大陸大陸から連なるイラド海に或る諸島がヴェイトの影響を受けて独立していき、その対応に北カメリアとグレタリアンは動くことに成った。
元はオーリア帝国が保護国に成って居たので、オーリアの体制変化とプリメラでの共産化の動きが連動したモノと見られている。
1954年、資源や海路上補給などで重要なナムト国の或る島でオーリアの作っていた傀儡政権とオーリア共和国、グレタリアン、北カメリアは通商条約を結び、イラド、真龍帝国へ行く航路を公海と規定し自由通行を行うことにした。『ネーブル条約』
ナムト国民が作ったナムト共産党政権は無いモノとして扱うって、酷い話だと思うけどアーリア民族に対するヨーアン民族の対応ってこんなモノなのかな。
つうか、此れってナムト国の内戦を煽ってるよね。
トリスマン前大統領はヴェイト対策として、大統領直轄部署『国土安全局』CSBなんてモノを作って国外で反カメリアに成りそうなものを予防工作していて、現アイスルン大統領も継続利用中だとか。
まあグレタリアンでは昔からあるけど、今は議会が管理してエイム公爵家の手を離れている。
正直俺はホッとして居るんだよね。
そんな工作の手伝いとか考えると気が重くなるし。
今はエイム公爵家の私企業として、俺は北カメリアでの情報管理をしてフレデリックに渡している。
どうもフレデリックって呼び方に慣れていて小エイム公爵って呼び難い。
そして、イラドへの自由経済政策と外交政策が始まって行った。
既にドルを基軸通貨にしているベルガーガ3国や親カメリア派を政権に就けている王国もあるし。
それはヴェイトも同じだけどね。
北カメリア国内でのベッパー委員会は解散させられたけど、共産思想対策は継続はされていて、反共産教育や反独裁政権教育は、客州で行われテレビや映画と言うメディアでも、プロパガンダは続いていた。
トリスマン前大統領政権下で、北カメリアのハイブーン国務長官が行っていたハイブーン・プランによってヨーアン経済発展機構へ数十億ドル拠出し、西プロセンの経済が奇跡的な回復を見せた。
ヨーアン諸国の経済を安定させる事でヴェイトの共産主義思想の流入を防ぐと言うモノ。
『グレタリアン→26憶ドル、ギール→20億ドル、西プロセン11億ドル、グロリア10億ドルなど。』
次いでオーリア、トルゴン、ランダ等もあるけど詳細な数値は今の所未だない。
拠出した相手国に殆ど返済義務は無いが、基本は北カメリアの輸出機材や製品、そして指定穀物に限られるので、還流して利益が帰ってくる仕組みだったりする。
当然ヴェイトも対抗措置として社会主義連邦に入っている国々にハーフシチ機構と言うモノを設立し援助する仕組みを作った。
緊張が続いて、いつまで経っても次の大戦への懸念が払拭されなくて、俺もストレスが溜まって来るのは、北カメリアは戦争が有れば30歳まで2回の徴兵制なので、ヘンリーも呼ばれることに成りそうだからだ。
父親の俺が軍役に就いて居ないのに、若い息子達が徴兵されるって、間違って居るよな。
今の所ナムト国には北カメリア軍を派兵しないと、アイスルン大統領は言っているけど、プリメラの植民地に新北カメリア政権と軍部との紛争が起きた所為で、此れには軍を派兵するそうだ。
ヘンリーからは、将来の出世にも関わってくるから「父さんは下手な工作しないでよ。」って、言われている。
ロイド検事も良く使っていた恐喝に、「徴兵逃れを周囲や職場にバラす。」ってのがあって、故意の徴兵逃れは重罪だし、知人達に白い目で見られ軽蔑されるのだ。
国を愛して守れって言われるのって、俺には納得出来ないモノも或るんだよな。
やっぱりジェロームの傍で「くそったれ、グレタリアン」って台詞をずっと聞いていた所為かも。
景気が良いのに何処か不安定な中でプリメラ人たちが公民権運動を始めた。
北部の方は、選挙権も公教育も始まって居るのだけど、南部は選挙権登録の出来ていないプリメラ人や公教育を受けれていないプリメラの児童も多い。
ただ請願を出すだけでは現状を打破出来ないと思った人も居たのだろう。
現在、賛否両論沸き起こっている新たなミュージックスタイルで歌う、エビフライ・プライス。
プリメラ人のリズム・アンド・ブルースと南部カメリア人のカントリー・アンド・ウエスタン音楽が融合した様なロックンロールと言うスタイルらしい。
ヨーアン人がプリメラ人のような歌い方をする事に保守的な大人たちは激高し、若い子等は熱狂すると言う少し怖い状況をエビフライ・プライスは作っていた。
「彼はヨーアン人をプリメラ人に陥れる」
「ロックンロールは青少年を非行に走らせる」
顔がヒワイ。
「彼は性欲マシーンだ」
では無く、腰の振り方がヒワイって事で常軌を逸したクレームもついた。
つうか、誹謗中傷だよな。
ロリダ州の演奏では、「下半身を動かすな」とPTAやカリント教青年会で謂れ、エビフライ・プライスは小指を動かして謳った。
この時は警官がショーを撮影し、腰を動かせば逮捕だと言われていた。
後からルーサーに聴いたら彼は貧困家庭に育ち、公営住宅に多く住んでいたプリメラ人の曲を聴き、教会でのゴスペルを熱心に聞いていたそうだ。
自然に染みついた音楽を謳って居るのだろうなーって思った。
こういう世情でプリメラ人が動き出すとジェロームが良く言っていた「面倒な事」に成るんだよね。
一応、昨年最高裁で公教育での分離は違憲とブラウン判決が出たんだけど、直接命令された学校では解消されて、プリメラ人とヨーアン人の統合が行われたんだけど、南部の他の学校では分離教育の侭なのだ。
俺は、時々思うんだよ。
ホントに時代は進んでいるのかって。
いや便利には成っているけどさ。
スイッチを入れたら明るい室内に、演奏会に行かなくてもレコードやラジオもあるし、テレビで音楽は聴けるし、洗濯機や冷蔵庫、掃除機、そして街中ではアルコール燃料の自動車も走る。
電話も繋がって列車や蒸気船の移動は早く為るしね。
なんだか気が短く成って居る気がするんだよ。
直ぐに結論を欲しがると言うか変化を求めてると言うか。
調整する迄の時間を待てない。
景気にしても人種問題にしても中間選挙で国民とは自由党のアイスルン大統領を批判して、上下両院の主導権を回復したけど、全北カメリア州間国防高速道路を作ることを発表したばかりだし、ビックベルト大統領が大勝ちする迄は国民党ってプリメラ人奴隷維持派だったよなぁ。
まあ、変な事は固執するよりも変わるのは良い事なんだけども。
てな事を考えながら、俺はジェロームの作って呉れた最後の一本を口に銜えて煙草に火を点けた。
微かなカカオの薫りはサッパリ消え失せて、藍色の薄い紫煙は俺の吐き出した煙で歪んで広がり室内に解けた。
ホントはジェロームの後を追って行きたかったのに、次から次にジェロームの大切なモノを俺に預けて来るから、気が付いたその期を逸していた。
先ずはジェロームの家族、サラームの家探し、ジェロームの大切なクラークやヒューイの子供本邸に集う人々、そしてサマンサ義母さんやルスラン義父さんのミッシェルへの想い、此のデルラのロッジ。
最後の1缶に入っていたジェロームからのメッセージ。
『コレを吸い終わったらジョアンの思うままに生きろ』
全くジェロームは勝手な飼い主だよ。
俺はそう呟いて窓の外を見れば椎の木枝に鮮やかな青のブルージェイが止まっていた。
そうだね、マイケル。
マイケルの娘の此れからを俺が見守らないといけないんだったな。
俺はそう思い至って、指で抓んでいた煙草の煙をゆっくりと深く吸い込んだ。




