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ロングロング  作者: くろ
83/85

No83 雪景色



   アリロスト歴1952年   9月



 開かれた窓から、陽が陰ると熱気を含んだ空気へ漸く涼やかな川からの風が混じる9月になった。



 7月に在った北カメリア大統領選は、自由党のアイスルンが勝ち、国民党は負けた。

 国民党が負けたのは、ミントペッパーの所為だけどな。

 1人のデマゴーグによって国政が動く、って怖い世の中、つうか国だな。




 ペッパーシズムの吹き荒れる中、ビックベルト元大統領の政策顧問を担当していた人達の打ち出した政策が共産主義的である、とミントペッパー等が告発した。

 また無差別に見える攻撃を支持した陸軍元帥ヤルマンをイラド司令官から解任するようトリスマン大統領へ進言した国務長官ハィブーンもヴェイトに対する宥和措置だと非難追及した。



 そりゃそうだ。

 3R政策の骨子はニックの完全雇用経済学を元にしてるんだから共産的なのは当たり前。

 メクゼス博士の社会論をニックはグレタリアン社会で適応させるように考えたのだから。

 当然、ヴェイトのローソン代表の論文も熟読しているのだから似た表現に為るし、それを叩き台にした政策チームの論も似て来るさ。


 元は資産階級主義な同じ国民党にもビックベルト大統領へ微妙な想いを抱いていた人もいたのだろう。

 でも、あの当時は自由党の為すが儘経済の失敗で大恐慌時代だったし、何よりも金融機関が壊滅的だったので、人気の合ったビックベルト大統領に賛成したのだろう。


 でもって、金融機関も落ち着いて資産が増えて来たら、自由党のミントペッパー上院議員みたいな奴が、もう此れだよ。



 トリスマン大統領がヤルマン司令官を解任したのは、当たり前だと思うけど、世の中は違うのか?

 一応はカザーフ王国へ助けに行っているんだよ?

 国連軍てさ。

 それなのに広範囲攻撃を仕掛けろとか命じて、カザーフ軍にも被害が出るし、下手したら住民もヤバかったって話じゃん。

 俺とかはトリスマン大統領がヤルマン司令官を解任したって聞いて安堵したけどな。

 無用な敵を増やさずに済んだってさ。

 身内が殺されたら殺した相手を恨むだろ?

 どーもヨーアン人は、自分達には復讐心があるって分ってるのに、他の人種はそう言う感情とか持ってないとか、本気で思ってそうなのがヤバいなーって思う。

 北カメリアンも元は皆、ヨーアン人だからな。



 そんなニュースが連日巷では流れて騒ぎに成っている中で、ビックベルト大統領の政策担当者の1人がヴェイトのスパイとして起訴され、有罪となった。

 国民党は大ピンチで現職だったトリスマン大統領は候補者を辞退して、新たな人が立ったけど軍人としても人気のあったアイスルンが自由党から立候補して当然、勝った。



 

 選挙も終わって一ヶ月経った頃、常設委員会『通称=ペッパー委員会』のロイド検事と検事補とのベロチュー写真が出回らせ、過去ロイド検事がFPBを使って集めた情報で証言の偽証を数十件行わせた証拠と彼自身が裁判で行った偽証の証拠を提出。


 そして、その間にミントペッパー議員の不正献金や脱税の証拠を上院議会へ提出しておいた。


 此れでアイスルン大統領が同じ自由党だからと言ってミントペッパー庇うようなら北カメリアを見限って俺はナユカにあるナディア州へ出て行く心算だった。

 暫くヴェイトと北カメリアの争いは続くだろうし、俺も何時までも生きてジョアンを守れないしな。

 ジョアンのルドア系の外見は変えようが無いし、そんな事で生き辛い場所に居続ける必要も無い。

 モスニアのレオンハルト3世は何故か知らんけど、ジョアンをいたく気に入り、なんやかんやと世話を焼いて来るので、イザと言う時は任せる心算ではある。

 

 でもまあ俺が元気な内はジョアンを遣らないけどな。

 だってジョアンはウチの子だし、俺の飼い猫だからな。


 ジョアンの事だから火の粉が掛かって来たら、もう自分で払えるのは俺も理解しているけど、余りあの手の下衆な悪意を発している奴等にジョアンを絡ませたくなかったのさ。

 俺の我儘みたいなモノ。


 そういやジョアンが狙われたのって『売りのケルビン』が絡んでいた。

 ケルビンはミントペッパーの後援者つうかスポンサーに成っていて、やっぱり映画業界を動かしたかったみたいで、ミントペッパーに動いて貰った。


 自由党支持の俳優って脳筋系な右巻きなマッチョイズムが多くて、排除した監督や脚本家演出家なんかは思想的にも自由な国民党支持で、命令とか聞きそうに無いし、使う俳優とかも演技派と呼ばれる人が多く、動かしにくいしガロア人も多い。

 ガロア人は就ける職業や住む場所の問題で映画関係者や芸術関係者が多かった。


 

 政治家としてもステップアップしたケルビンは次を狙って居たけど、ビックベルト大統領が倒れ逝去されてからは、不祥事も出るしヤバイ発言をして有権者からも顰蹙を買うしで、国民党からも見放されトリスマン大統領にも距離を取られて政界を引退した。


 が、其処で大人しく引き下がるケルビンでは無かった。


 嫡男を将来の大統領にする為にメディアの一角を制して置きたかったのだ。

 友達に新聞王と呼ばれている人もいるしね。


 つう訳で、自主独立性の高い傾向に或るポリウッドランド関係者を脅しと恐怖で縛って排除したい人間を排除し、自分に近い人間を潜り込ませる予定で、ミントペッパーにポリウッドランドを調査して貰い、あの土地をジョアンから脅して買い叩いて入手する心算だったのだ。


 相変わらず遣ってることは、政治家になる前の『売りのケルビン』つう投機屋の侭。

 ロイド検事に偽証させる手口とか、ケルビンが欲しい会社を手に入れたい時に、遣っていたのと同じだよね。

 しかし、ビックベルト大統領はケルビンに、ポリウッドランドの或る土地はカレ帝国とモスニアと北カメリア3国の条約に入っていると話して無かったのかな。

 幾ら多額の献金者でもケルビンを信用して居なかったんだな。

 ビックベルト大統領も。


 それにしてもペッパーシズムのお陰で自殺した人もいるのに碌なモノじゃねーよな。






 


     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 アリロスト歴1952年   11月




 ロイド検事は偽証罪で司法資格の剥奪で懲戒免職になり、ミントペッパー上院議員は上院譴責決議を受けた。


 『上院の品位を著しく貶め、それへの批判を生む行動をした。』


 上院でのその様子はテレビ中継されていた、とジョアンは俺に話して呉れた。

 ミントペッパーの話は首尾一貫した説明はなく、ジョアンもうんざりする様な下劣な言葉を羅列するので、途中で観るのを辞めたそうだ。



 そしてアイスルン大統領は『上院常設委員会』の解散を発表した。


 此れから告発された人達の真偽とミントペッパーやペッパー委員会の調査が始まると言う。

 如何かな。

 現FPB長官てミントペッパーのシンパじゃなかったっけ?

 クラークからの報告書で、そういやベッパー委員会で告発された人の中にマジモンの協力者はいたけど、手に出来る情報は知れていてスパイとしては小物ばかりだった。

 矢張りある程度の地位にいる人間は、早々怪しいとは思わせないような行動を取っているだろうし、北カメリア共産党で党員をしていたような人間が知っている人をスパイとしては使わないだろう。

 

 今では北カメリアの共産党員は激減していて、過去は30万人程いたらしいのだけど、この数年で殆どが活動を休止していた。

 まあ、もう直ぐ北カメリア共産党自体に解散命令が出される筈だから、此の国では集団で行動するのは難しいね。



 俺としては、酷い扇動政治が終わった事よりも、ジョアンへあんな奴等が関わって来る前に、片付けられた事の方が喜ばしい。


 一度クロエとジョアンに勧められて共にテレビを観たのだけど、目は疲れるし不安がらせようと言う悪意に満ちているし、10分くらいの視聴で俺は精神と体力を消耗仕切ってしまった。

 自分の部屋に戻ってから、こんな時に癒してくれるセインが居ればと、俺は溜息を吐いてオリーにジョアンのブドウ園で作っているワインを持って来させた。










          ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




  アリロスト歴1952年   12月




 クリストン特区は、12月の中頃から冷え込みが厳しく成り、デルラより可成り南にあるのに雪が良く振って積る。

 と言っても、車の通行の邪魔にならないように溶雪剤を直ぐに撒いてしまうので、道路には積もらないのだけど。


 俺のライティングデスクから少し話した場所に置いて或るクリーム色の革のソファに靴を脱いでチョコンと両膝を曲げて座り暖かそうなブラウン系のウールで織られた格子柄の膝掛で下半身を包んで、クロエはマグカップを両手で持ってお湯で割った蜂蜜レモンを美味しそうに飲んでいた。

 窓の外の雪景色を見ながらクロエは「ほぅー」と息を吐いて何時ものセリフを口にした。


 「やっぱり雪景色には炬燵と蜜柑が欲しいわよね。ジャックがいれば器用だから造って貰えるのに。ロンドもウィッグ島も殆ど雪は降らないから、欲しいと思わなかったのに。」

 「ハイハイ。サマンサのその台詞は聞き飽きたよ。陽の本に聴いて貰ったけど未だ無いってさ。電気を使わない奴ならあるらしいけど、陽の本とは通商条約を結んでないからな、北カメリアは。案外、モスニアに頼んだら買えるかもよ?」


 「其処までしなくても良いわよ、ジェローム。80年位前に幾度か船を沈められてから国として認めないって事にしたのよね。その前にもグレタリアンと攻めて来るし。その時は交渉して出島でなら交易しても良いって説明したのに、全く我儘よね。」


 「ふふっ、まあ親分のグレタリアンは出島での交易を続けて、今はカナト港からの通商はしているようだけどね。でもメインは真龍国のお茶だからなあ。後は美術品かな。ドル決算はしないから、グレタリアンとは、また戦争に成りそうだけどね。」


 「ああ、ヤダヤダ。もう私って何も出来ない歳なんだから暗い話は考えたくないわ。」

 「まあそうだね、サマンサ。サマンサも94歳か、100歳まで後6年だな。俺も片付けて於きたい事は先月に終わらせたから、もうノンビリするよ。」

 「また煙草作り?でも結構、缶入り煙草の数は溜まったのじゃない?私にはジェロームがあんな手間を掛けて作る意味は分らないけどね。」

 「ジョアンがさ、俺の作った煙草が好きなんだよ。だから全部吸い終わった頃には泣き止んでると良いなって思ってね。」


 「大丈夫よ、私やジェロームが心配しなくてもミッシェルや子供達が居るんだもの。本当はジェロームがジョアンと別れるのが寂しいのでしょう?ふふ。」

 「五月蠅いよ、サマンサ。」

 「ふふ、図星ね。ジェロームもジャックと同じで寂しがり屋だものね。」

 「まあね、でも俺はジャックみたいに徹底は出来ないよ、タブン。別れの辛さを互いに味合わせない為に人との関りを極力避けてたものな。血縁者じゃ無くて関わってたのは兄くらいだろう。まっジャックはグレタリア人が嫌いってのも在ったけどな。」


 「ふふっ、確かに。私も此のグレタリアで目覚めた頃はヤダなって思ってたけど、やっぱり関わってると良い人も多いし、どうせ生きてるなら楽しい方が良いわって思ってロンドで暮らし始めたモノ。」

 「俺もだな。まあ最初に接触したのがセインだったのが良かったかも、俺にはな。サマンサやジャックにはセインの良さは、分らないかも知れないけどさ。」


 「いえいえ、分ってるわよ。性格は凄くいいって。でもホラ、私もジャックも点数が厳しめでしょ?それにジェロームって本当に綺麗だったから、並んでいるとセインとの落差がねぇ。」

 「ホントお前等って美形好きだよな。」

 「だって私には自論が在ったのよ、ジャックのは知らないけど。」

 「何よ?サマンサ。俺が聞いてあげよう。」

 「性格の良さは顔に出るって。ソレを想うとセインて稀で貴重な人だったわ。」

 「おい、ちっともセインを褒めて無いからな、サマンサのそれは。」

 「まあまあ、良い人と思わなかったら、幾らジェロームの恋人だからって、私は親切にしてません。セインがロンドで独り身の時は私が確りと面倒見て上げたでしょう?」


 「う、うん。有難う。セインもいつも感謝してるって手紙に書いてあったよ。はぁ、まあー、いいや、俺がセインを可愛いって思っているから。」

 「う、うん、そうね。うふふっ。」



 クロエはそう言って目を細め、マグカップに残る蜂蜜レモンのお湯割りへ口を付けた。

 パチリと暖炉の薪が動いて爆ぜる音と炎の形を変えて、ソレがセインのクロエに対する抗議にも思えて、俺は思わず頬が緩んだ。

 


 セインは俺を心配して呉れているのか、此の所、眠るとジェローム探偵事務所でセインと2人過ごした暖かで静かな日々の夢を良く見ている。


 きっとセインと俺が2人して記した『探偵ジェロームのシークレット・ケース』と言う公にしていない事件の原稿の所為かも知れない。

 事件の関係者が全て亡くなった事もあり、セインと話し合って書いて貰う事にした。

 俺が死んだらジョアンにクレッグ出版に持って行かせることにしている。


 

 決闘と偽って惚れた男に自分を殺させた男の話。



 1891年、この事件が或った頃は、未だグレタリアンでも同性愛など存在しないモノとして見られていて、セインも俺への想いを友情だと思い込んでたい時期だった。

 今の北カメリアの空気がこの頃のグレタリアンに似ている。

 

 移動は馬車で霧と闇が深くて街の灯りはガス燈だった。

 そんな時代が懐かしくてセインとその頃の話をしながら書いて貰った。

 まあ、名前や設定を少し変えているから家の者たちに迷惑は掛からないだろう。


 そんな話をしていた所為か、それとも此の執務室に置いてある探偵事務所で使っていた家具の所為か、セインと会話していて目覚めると、アームチェアーに座ったまま1人、転寝をしていた事に気付く。

 クロードが居れば、俺が気付かない内に肩へ掛布でも掛けて呉れたのだろうなと思う。


 クロエは新しく売り出された電気製品を抵抗なく使えているようだけど、俺にはやっぱり合わねーなって思って、自分の部屋の近辺では使用しないように部下達に頼む。

 電気を通した時の不協音が俺の神経を苛立たせる。

 

 アルコール燃料に成って音も空気も良くなったと言われても、やっぱり俺は馬車の方が好きだしな。

 クロエやジョアンからは貴族趣味だと言われるけど、まあ合わないモノは仕方ない。

 ジジイの我儘と思って欲しい。


 敵など一掃したいと緑藍の頃は思っていたけど、実際に一掃される兵器が出来て見れば、こんなの戦う意味ってねーだろって思っちまう。

 なのに、戦争ばっかり遣ってるのだから、頭が可笑しいと醒めた笑いが零れて来る。



 庭の樹々を白く隠した雪景色を眺めながら、ふと、静かに成ったソファーに座っていた、クロエを眺めた。

 背凭れに細く小さな身体をクロエは預けて、魂を逝く場所へと解放していた。

 全く、クロエも気が早過ぎだ。


 100歳まで後6年或ると、俺とさっき話したばかりだろ?

 クロエの方がこの時代への順応力は、高いのに。


 俺は立ち上がってクロエの傍まで歩いて行き、動かない小さなクロエの頭を撫でて髪を整えた。


 『お休み、クロエ。安らかな眠りを。会えたらルスランに宜しくな。』

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