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ロングロング  作者: くろ
81/85

No81 ズルい



   アリロスト歴1950年  11月






 『全く、俺を置いて逝きやがって。馬鹿セイン。』










  昼前にオークの扉が或るジェロームこと緑藍の部屋に来て、掠れた声と潤んだ瞳をして私とジェロームへ「風邪を引いた」セインはそう言って直ぐに自室へ戻って行った。

 その夜、セインの熱が上がリオンや医師は熱覚ましを与えたけど、翌未明、セイン・ワート永眠。



 私よりも2歳若い90歳だったのに。

 

 セインは素直でお人好しで、言わなくて良い事まで言うエア・クラッシャーで。

 顔面偏差値の高い下宿112Bで唯一人並みな容貌をしていた非モテな住人。

 その頃の下宿人ジャックからは、ただのデッカイ栗鼠と呼ばれていた。


 私は美少年の緑藍がガタイが良いだけのセインに懐いているのを見て「蓼食う虫も好き好き」内心でそう思って2人を3歩くらい引いて眺めていた。


 私が日本の前世で呼んだ『エイム探偵の憂鬱』と言うタイトルと2行くらいの粗筋しか知らない小説の話をすると、「探偵をする」って言って暇潰しに探偵を始めて、その助手にと緑藍が選んだのはセインだった。


 美しい緑藍の容姿に似合うのは、その頃下宿をしていた品の良い綺麗な見目のジャックだと勝手に私は決めていたけど、ジャックは死体なんて見ると失神しちゃうほどナイーブだったので、敢え無く私の美少年と美青年のラブロマンスの夢は潰え、大きな体でギョロギョロ大きな目のセインが助手に成り、キワモノロマンスへとマイナーチェンジされてしまった。


 その時の私の嘆きは、今でも鮮明に想い出せる。



 でも、見目は最高に良いのに性格は最悪な緑藍がセインと長い時を過ごす内に、少しずつ纏う空気が和らいで、ジャックと私と自分の事にしか興味を示さなかったのに、気が付けばセインを中心に緑藍は周囲へ優しくなっていった。



 きっと緑藍にはセインて必要な人だったのだと改めて思う。

 私にとってのルスランと同じ様に。


 緑藍も人生を一度経験しているから私と同じように色々な事を覚悟して居ると思う。

 だから今年はバカンスを終えても、クリストン特区へ戻らずに此のデルラのロッジで3人で過ごして居たのだろうし。


 だけど、今日は思い切り泣いて良いよ、緑藍。

 愛しい人の体温が消えてゆくのは矢張り切なくて苦しいモノ。

 泣くのに飽きたら、緑藍、また笑おう。

 不器用なセインの事を話しながら。



 それまで私は此のロッジで待っているから。













     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




    アリロスト歴1950年    12月



 

  セインワート博士が亡くなったと本邸に居たリオンから連絡を受けて俺は慌ててアレークタウンの屋敷からデルラのロッジへと向かった。


 幼い頃から優しくしてくれたもう1人の父親みたいな彼が神の御許へ逝ってしまった。

 近しく思えていた父親がルスラン義父さんも、本当の祖父さんみたいに厳しくて温かったミューレン爺も記憶を無くして戸惑う俺を見守って呉れた人がまた居なくなってしまった。


 「暫くは3人でノンビリするからアレークタウンの屋敷はジョアンに任せるよ。」


  ジェロームにそう言われてデルラのロッジから見送られた時、なんとなく予感があったんだ。

  眩い夏の光の中で、セインワート博士やサマンサ義母さんやジェローム達が木陰の下で談笑している穏やかで長閑な日々がずっとあの侭続けば良いのに、と思い乍ら俺は家族達と家路に着いた。


  本当は戻らずに、あの優しい風景を俺はずっと眺めて居たかった。



 それでも俺は、ジェロームでなくて良かったと薄情にも思ってしまう。

 ジェロームの甘く低い俺の耳に馴染む声がこの世から失われてしまうのはとても怖いんだ。

 ジェロームは、不器用な遣り方で俺に色々な事を教えて呉れて、凹んだ時は細く綺麗な手で俺の頭を静かに撫でて呉れる。


 俺はジェロームに拾われて初めて人として生まれる事が出来たんだと思う。


 いつかは恩返しをと思いながら俺は生きて居たけど、ある日気付いたんだ。

 俺は但ジェロームと暮らしていきたかったのだと。

 恩なんて返せるモノでも無かったしね。


 俺は未だ未だジェロームと過ごしていたいんだ。

 今回のバカンスの延長が俺に或る程度を覚悟をさせる為のジェロームの優しさだったとしても。


 川を登る船の上で流れる去る風景を見ることも無く、俺はジェロームが大切に思っていたセインを失い、生きる気力を無くしていないかと心配で堪らなく成り、気だけは急いていた。









 見慣れたロッジの真鍮の扉をルーサーは開き、俺は急ぎ足で左に或る通路を歩いて、艶の或る重厚なオークの扉を開いて室内に入ると、暖炉の近くでジェロームとサマンサ義母さんは談笑しながら、のんびりと珈琲を飲んで居た。


 俺はその光景に焦って思わず部屋の中で立ち止まってしまった。


 

「お帰りジョアン。」

「お帰りなさいジョアン。」

「いや、あの、、、。ただいま。ジェローム、義母さん。」


 

 確かにセインワート博士は亡くなったとリオンからの電話でデルラへ俺はやって来たのに、ジェロームは何時もの臙脂色のベロアを張ったアームチェアーに腰を掛け、昔ウィルが座っていたモスグリーンのアームチェアーにはサマンサ義母さんが黒い衣装を纏って腰を降ろし、セインワート博士の座っていたサフランイエローの席の前には、白地に藍色でペイズリーが描かれた磁器のカップが揃いのソーサーと共に置かれ、カップの中の珈琲からは湯気が立ち昇っていた。


 その光景は、セインワート博士は少し中座しているような。


 唯一、変わって居たのは、長かった淡い金糸の髪をしていたジェロームの髪形が、昔、若い女性たちの間で流行っていたボブカットに成っていたことだろうか。


 「ほら、ジェローム。やっぱりジョアンが驚いているわよ。うふふっ。」

 「ちぇっ、似合って無いか。つうか、サマンサのカットが下手だからジョアンが吃驚したのかもよ?」

 「失礼ね。此れでも子供達やルスランの髪は、私がずっと切っていたのよ。変だなんて言われた事はないわ、全くー。変だなんて一度も言われた事は無いんだから。」

 「ハイハイ、有難うサマンサ。ジョアンも自分の席に座りなよ。ルーサー、ジョアンの分と一緒に俺達の分も珈琲を頼むよ。」

 「はい。」



 色男のルーサーは軽くジェロームに頭を下げ、小気味良い足取りで隣室の隠し扉を開き、亡くなったクロードが使っていた控室へと向かった。

 俺はジェロームに促される儘、緋色のベロアを張った猫脚のアームチェアーへと腰を降ろした。

 相変わらず年齢不詳の美しいジェロームは、使い込まれたマホガニーのテーブルの上に置かれた銀色のシガレットケースの蓋を器用に左手で開け、俺へ今朝ジェロームが作ったであろう巻き煙草を抓んで手渡して呉れた。

 

 本当、ジジイの癖に相変わらず美しい。

 矢張りジェロームは、人では無いのかも知れない。

 

 でも、アレ?セイン・ワート博士は、、、?



 「あの?ジェローム。その、セイン氏は?」

 「アレ?リオンから聞いて無かったのかい?ジョアン。残念だけど亡くなったよ。でも穏やかな顔だったよ。眠ったまま旅立ったのだろうな。」

 「眠っているだけに見えたわ、でも、もう90歳ですものね。仕方ないとは思うけど、亡くなる前の日には、こうなったらお互い100歳まで頑張ろう、と話し合っていたのにね。全くセインはせっかちね。」


 「ふふっ、セインは空気を読まないからね。亡くなる前に作っていた墓を見てセインは気に入ったんだろうさ。ルスランも居るし暢気に天気の話でもしているよ、セインも今頃は。」

 「えっ?墓?」



 俺は思わずジェローム達にそう問い掛けた。

 如何やら3人で話して本邸とロッジが或る敷地内で墓を作ったと言う。

 3人とも土に還りたいらしく死体の処理の仕方とかをリオンに任せて、互いに同じ場所で眠りに就くのだとジェロームとサマンサ義母さんは楽しそうに話した。

 サマンサ義母さんは矢張りルスラン義父とも共に眠りたいらしく、現エイム公爵へ連絡を取り此方へ送り届けて貰ったそうだ。


 『下宿112Bで暮らして居た皆が、ロンドじゃなくて北カメリアで眠るって思わなかったわ』


 サマンサ義母さんは、そう言って痩せて細い小さな躰に、ルスラン義父が亡くなってから纏っている喪服姿で、口元に手を当てて上品に笑った。

 室内ではベールを上げて居るけれど、小さな手には黒いレースの手袋を嵌めた侭だった。


 『何処で眠るとかではなく、誰と眠るかが重要なファクターだろ?』

 『そうね、安らかに眠りたいモノね』


 そう言ってジェロームとサマンサ義母さんは暫く視線を合わせて、静かに頷き合っていた。



 暫くして、気の利く色男ルーサーが運んで来た4つの珈琲カップをそれぞれ手にして、薫りのよい熱い珈琲に口を付けた。

 セイン・ワート博士が何時も座っていたサフランイエローのベロアを張ったアームチェアーの前にも湯気が立つ新たな珈琲カップをルーサーは静かに置いた。




 


 

 

 その後セイン・ワート博士の娘オリビアラットン伯爵夫人とラットン伯爵がデルラに訪れ、ジェロームとサマンサ義母さんから遺書を渡され、遺体の代わりにセイン・ワート博士の遺髪を譲られ、グレタリアン帝国へと帰国した。


 パンデミックやヨーアン大戦で多くの人を救い、また不安症緩和の為の論文で真偽論争は未だ続いているようだけど、それでも多くの人を手助けした功績はグレタリアン帝国では高く評価されていたので、死後ではあるが男爵位を授かった。

 ジェロームはセイン・ワート博士をグレタリアン帝国民の侭にしていたので、国籍はグレタリアンの侭だ。


 理由をジェロームに尋ねると「セインを北カメリア北部政府に取られるのが嫌だったんだよ。」って不機嫌に答えた。

 亡くなったヤング元大統領がセイン・ワート博士を自分の住む市の大学の教授に迎えそうだったから、国籍をグレタリアンの侭にして置いたそうだ。


 「なのに、ポスアード大学で客員教授を引き受けるんだから、全く、、、。アレで2人の時間が減ったんだよ。腹立たしい。」

 

  ジェロームは、一頻りそう愚痴っていた。





 俺はジェロームとサマンサ義母さんは、あの侭デルラに留まるのかと思って居たけど、「ジョアンがずっと泣きそうな顔ばかりしているから、俺が呼吸している間は傍にいてやるよ。一応はジョアンの飼い主だし。」そう言って俺の背中を優しく撫でて呉れた。



 本当にこの人は偶にこうして俺を甘やかす。

 ズルい。

 俺はジェロームの優しさに涙が零れた。



 俺がジェロームを慰めるつもりでいたのに、ホントにジェロームは狡いよ。

 悔しくて俺は八つ当たり気味に泣いて、ジェロームとサマンサ義母さんから、笑いながら慰められていた。



 はあぁー、53歳にもなったオヤジのこんな姿は、妻のミッシェルにも子供達にも、絶対に見せられ無いな。



 そう思いつつ、ジェロームとサマンサ義母さんの朗らかな笑い声に俺は癒されていった。









        ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  




  アリロスト歴1951年   3月





 ちょっと油断すると、直ぐに戦争を始めているから油断出来ないよな。


 クリストン特区へ戻ってから、俺は本邸や此の屋敷にいる人達で、セイン・ワート博士が亡くなった事や葬礼はグレタリアンのラットン家若しくはブレード地区のワート博士の屋敷で、との案内を出していたりしていて、気が付けば国連軍の派遣と言う形で、イラドのカザーフ王国へ北カメリア軍をトリスマン大統領が出していた。



 ジェロームは、せっせと好みにブレンドした刻み煙草を紙に巻いて、手作り煙草の作り置きを、最近憶えたらしい曲を口遊みながら作成していた。



 広いイラドは現在約43王国あり、南東に或るマリド王国はフロラルスの保護国であり、西南に或るポンペイ王国はモスニアの保護国で、他の南部に或る港を持つ王国は独立を果たした7王国とイラド中央に或るシーク帝国そして周辺8王国以外は、グレタリアンの保護国で或る22王国や北カメリアの分割された保護国ベルガーガ3国、そして仮の保護国アガスタン王国、カザーフ王国で或る。


 グレタリアン保護国22か国の中で半数位が親グレタリアン国だそうだ。


 親と言うのはあくまでグレタリアン政府からのランク付けで、鉱物や輸入品の関係で重要だと言うグレタリアンの勝手な価値付けなので、住民がグレタリアン帝国を親しく思っている訳では無い。

 思っていたら反乱や暴動は起きないから。



 大戦後、イラドに在った植民地から次々と独立されて、もう植民地化するのも難しいって事でイラド戦略をグレタリアンは、北カメリア南部やナユカ連邦共和国にしたように金融と法律を握って安価で原料と労働力の入手に切り替えていた所へ共産化の波が来てしまった。


 偶々カザーフ王国は戒律の厳しい国家だったから、ヴェイトの侵攻は防げたけど、元トルゴン帝国支配地域からヴェイトの共産党革命とか起こされると、グレタリアンも北カメリアも困るんだよね。

 王侯貴族や資産家は歓迎しないだろうけど、労働者や農民は共産主義にシンパシーを感じると思う。



 其処でイラドからの綿や鉱物を必要としている多くの連合加盟国は、連合軍のイラド派兵に賛成した。

 加盟していない国は反対する権利を持たないので蚊帳の外だったけどね。




 そして改めて知る。

 陸続きだとヴェイトって大国だったんだなと。

 兵の数も半端ないし、連邦国になって軍需物資をクラナド共和国や同じ連邦国からも補充して来るし、此れって勝つのは意外に大変かも知れない。




 よく考えたら、俺って亡くなったエイム公爵から旧プロセン連合王国都の戦争へ参加させない為に18歳でジェロームの住むデルラに逃がして貰ってからも、北カメリアは南北で内戦あるし、落ち着いたかな?って思ったらヨーアン大戦が長く続いて、でもってローソン代表がヴェイトを作ったりと。


 でもってゲルン帝国にレーヴェ総統って独裁者が現れて、グロリアにもモッチリーノって人も出て、あのグレタリアン本土を空爆され、そして今回は北カメリアも参戦した二度目のヨーアン大戦が1945年に終わったばかりなのに、また戦争なんだよ。



 「北カメリアは中立国でいて呉れたら良かったのにな。」


 巻き終えた煙草を俺に手渡してジェロームは溜息と共にそう告げた。

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