No76 スタンダード
アリロスト歴1938年 11月
兄の葬儀に参加した後で、賢き義姉エリスの子等フレデリックや長女のエミリアたちと後妻のシルビアの子等19歳のセレーネ、17歳のダグラス、15歳のゼルダ、13歳のマドンナ 8歳のジョエルと皆が集ってエイム家の食事会をした。
次男のジャックことアルバートはギール王国で王様を遣っていて、此の多忙な時期に参加は無理で、次女のエレインは皇太子妃なので唐突な予定は参加不可だった。
エミリア・ベラルド伯爵未亡人は先の大戦で夫のセドリックを亡くし、ベラルド伯爵邸で遺児を育てていたけど彼ももう20歳なんだよね。
舅はあのウィルなんだよなー。
で、兄の嫡男フレデリック・エイム公爵は脂の乗り切った男48歳。
何を想ったか16歳も歳下のパトの孫娘サブリナに惚れて婚姻してしまい、家格の問題が在ったのでデニドーア公爵が養女にして書類上だけはデニドーア家と関係が出来てしまった。
そのフレデリックもパトの孫娘サブリナとの間に2人の子供を儲けているし。
そして俺の娘であり兄の妻だったシルビアも47歳か、48歳くらいだった筈。
エイム公爵家の直系は俺と兄2人だけだったのに、ギール王家に行ったアルバートを除いても男だけでもフレデリック、フレデリックの嫡男セドリック、ダグラス、ジョエルと4人も増えていた。
フレデリックはダグラスやジョエルを自分の片腕にする心算らしくエイム家の当主として鍛えていた。
そしてシルビアはラットン家でしていたように家族皆での食事や団欒を好むので、シルビアを妻に迎えてからは兄もタウンハウスに集まっている時は、皆で集って食事やお茶を飲んでいたようだ。
フレデリックも慣れるまでは戸惑っていたそうだ。
エミリアは「高位貴族らしくない」と慣れない様子だったけどね。
でもまあ、兄も許可していた様だし、此れからは家族で集う此の食事風景がエイム公爵家のスタンダードに成って行くのだろう。
フレデリックが姉の夫であるセドリックの名を嫡男に名付けたのも、自分と同年代で同じように大戦に参加して、逝ってしまった彼を悼んでのことみたいだ。
集っている皆の容姿は兄や俺に良く似ていて、ああ、俺の家族なんだとしみじみ実感した時を過ごした。
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アリロスト歴1939年 1月
その日、疲れ切った顔でセイン・ワート博士がリオンと共にアレークタウンの屋敷に帰宅した。
昨年末7日に、ガロア人の青年からゲルン帝国の外交官書記が襲撃を受けたとして『クラッシュ・ナイト』と呼ばれる報復行動を翌8日、レーヴェ総統は国民へ呼び掛けた。
その夜から11日まで、全国で大迫害が起こり7500に及ぶガロア人居住区が襲撃され、住居、商店、デパートなどが破壊略奪された。
また会堂が破壊放火され、数百近いガロア人が殺され、3万人近くが逮捕され、強制収容所へ送られていった。
そのニュースを知ったセインワート博士は直ちに旅支度をしてポリゴン博士を保護しにオーリアへとリオンと共に向かった。
ジェロームはクラーク補佐官へ指示を出して、セイン・ワート博士に2人程護衛を増やさせた。
ガスストーブよりも暖炉を愛するジェロームは赤々と燃える暖炉の近くへ疲れた様子のセイン・ワート博士を連れて行き、長椅子へと腰を掛けさせクロードの差し出した暖かそうなキャメルの膝掛を、ワート博士の膝に掛けて、ルーサーが淹れて来た湯気の立っている珈琲を心配そうに手渡した。
「如何だったんだい?セイン。」
「ああ、ポリゴン博士一家は無事だったんだけど、彼がオーリア帝国を出たがらなかったから説得に時間が掛かって、娘さんの説得でやっとギール国迄は出立させる事が出来たよ。」
「そうか、良かったよ。セインの表情が余りにも暗いから俺は悪い想像をしたよ。」
「済まない、ジェローム、心配させたね。」
「いや、良いんだ、セイン。」
「ちょうど、他のガロア人家族を逮捕している場面に行き当ってね。リオン達の機転で無事逃れる事が出来たけど、逮捕理由がガロア人である事だなんて、僕には意味が分からなかったよ。扱いも酷いモノでリオンからポリゴン博士一家の為に今は大人しくしていてくださいと何度か宥められたよ。」
「今はソレがゲルン帝国でのルールだからね。どうせならポリゴン博士たちを北カメリアにセイン達が連れてくれば良かったのに。」
「はぁー、僕もそう言ったんだけど、近くで此の悪夢を見届けたいと言って動かないんだよ。」
「同胞が苦しんでいるのに逃げ出したくないって奴かね。でもまあギール王国ならグレタリアン軍もいるし、一応は大丈夫だろう。ポリゴン博士の家族は全員逃げれているのかな?セイン。」
「ああ、息子さんと婚姻している娘さん一家はフロラルスへ避難しているそうだ、ジェローム。ギール王国へ一緒に来たのは奥さんと末娘だった。」
「そうか、良かったよ。ポリゴン博士に何か在ってセインに落ち込まれると俺も切ないからね。」
「心配させたね、ジェローム。有難う。」
ジェロームと話して落ち着て来たセイン・ワート博士は、血色の戻った頬で弁護士も呼べない逮捕という遣り方に、憤懣やるかたないと言う面持ちでゲルン帝国の警察を罵っていた。
日頃優しいセインワート博士にしては珍しい怒り方だった。
今は、移動や或る程度の職業選択の自由はあるが、昔、ガロア人は定められた場所でしか、法的に生活が許されなかったと言う。
ソレがレーヴェ総統に成ってからゲルン帝国の領土内では、過去の悪法が蘇りガロア人は定められた場所でしか動けなくなっているそうだ。
よく無事にポリゴン博士一家を連れ出せたモノだとセイン・ワート博士の話を聴きながら思った。
同じガロア人の中で密告する人も居たらしい。
俺が「密告なんて嫌だな」と思っていると、ジェロームが甘く低い耳に馴染む声で俺に話し掛けた。
「ジョアン、密告って言っても皆が皆、欲の為にしているとは限らないよ。家族が人質に取られていたり、飢えてどうしようもない状況もあるしね。此れも支配しようとしている奴等の分断統治の1つだよ。誰も信用出来ない状況にして、1つに纏まれないようにしているんだよ。抵抗しようとしていることを密告されるかも知れないと思うと迂闊に相談が出来ないだろ?」
「ホントに嫌な話だよ。ジェローム、ジョアン。20世紀に為って魔女狩りが復活するなんて。」
「でもゲルン帝国内でこんなことをするって事は、そろそろ国外へ侵攻しようとしている前振りかも知れないね、セイン。国内で何か発表して国威発揚して、戦闘ってパターンだったからさ。」
「はあ、止めて欲しいよ。レーヴェ総統とモッチリーノ首相に習って共産党が出来た国は、保守系の団体と議会じゃなく暴力で揉め始めているんだよ。此れ以上、僕はあんな国が増えて欲しくないよ。」
「確かにね、セイン。」
ジェロームは、セイン・ワート博士へそう言って、両の形の良い白い手で抱え込む様にして、藍色をした陶器のカップを口元へ運び、ルーサーの淹れた温かな珈琲を飲んだ。
俺も水色の猫の絵を施した大きなマグカップにルーサーが淹れてくれている薄い珈琲を口に含んだ。
矢張り、クロードが淹れて呉れていた珈琲には遠く及ばないな。
そんな事を想っているとパチリと不意に薪が鳴した音で気を取られ、俺は赤々と燃える暖炉の方を眺めた。
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アリロスト歴1939年 3月
禁酒法が成功される前、ジェロームが購入していた3階建てのビルディングの一角に或るバーへ、俺はロバート・マロウFPB長官と共に来ていた。
カッポレが収監されていても別に北カメリア北部が平和に成った訳でも無く、カッポレの後釜を狙ったマフィアやギャング達が場所の取り合いでドンパチしたり、禁酒法が無くなってからはドラッグの密売でしのぎを削って殺し合ったりしている。
カーゴを含めた湾岸都市は治安が悪いのは相変わらずだ。
エラの張った堅苦しい格好のロバート・マロウFPB長官とバーで酒を飲みつつ、俺は愚痴を零す。
「ロバート、ギャングやマフィアって銃を撃ち過ぎだと思うんだけど。アレじゃあ互いに死んじゃうでしょ?」
「いや、ジョアン。彼等は互いに殺し合ってるから。」
「何とか成らないの?つうかロバートが何とかしてよ。危ないじゃん。」
「無理、危ない場所にはジョアンも近付かない、以上。こっちはやっと通学バスジャックされてた騒動を落ち着かせたばかりなんだから。」
「ええー、ロバートはあの事件に行ってたのか。学校改築の建設費を増税しようとして、それに反対した住民が学校の通学バスを爆破しようとしていた奴だよな。学校にも爆弾を仕掛けていて10数名の児童が亡くなったんだよね。離れた州だけど子供の通学バスとなると俺も他人事じゃなくなるよ。」
「大きな事件で国民の関心も高いからな。少し変わった人だったみたいなんだが借金が在るから増税には応じられないと再三、学校や議員の所へ行っていたらしい。でも犯人が亡くなって調べて見ると金庫や倉庫に在った証券や資産で充分返済出来て、お釣りも出る位だった。精神的に病んでいたのかもな。病気の奥さんを殺した後の犯行だったし。」
「なーんか被害に遭った児童も遺族も堪らんな。犯人は自殺?」
「ああ、校長を殺して自分も銃を撃って死んだ。昨日ラジオのインタビューで僕は答えたんだけどな。ジョアンは聞いて呉れてなかったのか。」
「うん、済まないロバート。いやぁ俺の飼い主がラジオが嫌いでさ。週末じゃないとラジオ無しの生活なんだよ。無くても基本は困らないしな。」
「ふん、余裕の或る事だなジョアン。そういや、本当にポリウッドランドへ僕らが捜査に入っても良いのか?ジョアン。」
「あぁ、良いよ。禁止ドラッグの密売なんだろ?ただ著名な人達や会社は弁護士揃えているから、気を付けて捜査しないと、ロバートでも更迭されるかもよ。俺に出来るのは敷地に入る許可だけだし。」
「有難う、あそこは微妙な場所だろ?ジョアン。一応はカレ帝国だし。」
「まーな。でも敷地内は北カメリア法だから。俺はあんまり五月蠅くするつもり無かったんだけど、子役も撮影場に居るからな。無法地帯には成って欲しくないしね。と言う訳でロバート、宜しくな。」
「僕がと言うより行くのは捜査官達だから、ジョアン。」
そう言うとロバートはストレートグラスにダブルのウィスキーのお替りをマスターへ頼んだ。
俺は、細く長いグラスにたっぷりの水で割ったバーボンの水割りを頼んだ。
開拓時代でも無いのに北カメリア人は銃に依存し過ぎているって、こんなことを口にすると酷い目に遇うので、俺は水割りの氷を口へと放り込んでいた。
ビックベルト大統領が打ち出した経済政策は最高裁の判決で多くが違憲とされ、3Rも施策は可成り縮小されていた。
お陰でジェロームとウィルが初期に期待していたよりも失業者は多い状況だったが、団体交渉権やストライキは認められたので、最低賃金と労働時間の短縮は勝ち取れた。
北カメリアでは最低賃金も決まって無かったからな。
一部の知識層は資本主義に幻滅し、一見安定して見えるヴェイトへ傾倒して行き、暴力的な運動を起したりしていた。
まっ、州兵や警察に鎮圧されちゃうんだけども。
距離的には離れている筈のヨーアン大陸の不穏な空気に釣られて都市部の方では暴力事件が増え、映画はアニメーションや怪獣等が出て来る娯楽作品がヒットしていた。
そしてガロア人達に同情的な人も居る中でゲルン帝国のレーヴェ総統を支持している人も一定数いてそんな有権者たちの反応を見て、ビックベルト大統領と国民党と自由党は『中立法』を制定し、ヨーアン諸国との争いには関わらない事を話し合った。
でもって逃げて来た多くのガロア人に困ったビックベルト大統領はカレ帝国とモスニアとモリアーニ・ジュニアと何故か呼ばれている俺と協議の末、カレ帝国の開拓困難地域であったネルトン地帯へと移すことを話し合い、協定を結んだ。
生産調整の為の穀類などをモリアーニ達が購入し、ガロア人達はネルトン地帯を開発していくと言うモノだ。
まあ近隣の西南部にはポリウッドランドがあるから俺が呼ばれたんだけど、近隣て行っても700km以上軽く離れているからなー。
何時の間にか俺はカレ帝国との窓口にビックベルト大統領から指定されている感じだ。
理由は、よくわからないけどレオンハルト3世が矢鱈と俺に親切な所為かも知れない。
で、話してよい所をチョイスして、そんな話をロバート・マロウ長官に酒を飲みながら零していた。
「まー、今の状況だと港で足止めの為に駐留させられているガロア人達と気の荒い港周辺に住む住民や労働者達と揉めるだろうから仕方ないよ。ジョアンも人助けと思って動いて遣れよ。」
「それは良いんだけどさ。ロバート。元々俺も順番を待っていたガロア移民に同情的だったからさ。」
「じゃあー、ジョアンは何が問題なんだよ。」
「うーん、まあね、、、。」
俺はロバート・マウロの問いに言葉を濁して、グラスに残って居たバーボンの薄い水割りを氷と共に飲み込んだ。
又、カレ帝国へ行ったりモリアーニ氏達と出歩いて、ジェロームの傍を離れなくては成らなくなる。
それが寂しいなんてロバート・マウロに言えやしない。
46歳にも成ってジェロームの傍に居ると安心出来るなんてさ。
今年の夏は大統領選が或る。
3期目を目指して立候補したビックベルト大統領。
既に集会などで騒がしい北カメリア全土。
俺は、この週末が開けて忙しく成る自分のスケジュールを確認しながら、ロバート・マウロと共にマスターに酒のお替りを注文した。




