No75 愛すべきモノ
アリロスト歴1938年 3月
昨年のバカンスシーズンに、エイム公爵が倒れられたからジェロームの元気がない。
一度ロンドへ見舞いに行ってからは、何事も無かったように暮らしているけど、考え込んでいることが多く成った。
「心配でしたらジェロームが暫くロンドに滞在しても良かったのに。」
「子供のジョアンが生意気言ってる、ふふっ、有難う、大丈夫だよ。」
甘く低い声でジェロームはそう言って僅かに笑って俺の頭を撫でて呉れた。
子供ってジェロームは言うけど俺って書類に書いている年齢は45歳なんだけど。
そう言うジェロームは相変わらず年齢不詳で美しいけど。
で良く一緒に居るウィリアムは金の髪が白く成って飄々とした背の高い老紳士で、昔と同じように俺を可愛がってくれている。
護衛老騎士のジョンが引退してからはシドって従者がウィリアムに就いていた。
ジョンは護衛って言われるのを嫌がっていたから、武骨な短剣を何時も持ち歩いていたので、騎士と呼ぶと喜んでくれていた。
でもって俺の従者って言って良いのか謎なルーサーは、クリストン特区へ越す前に本邸のメイドと職場結婚をしていて一応は未だ新婚?
彼女の何所が良かったのか?とルーサーに尋ねたら「若くて、余り喋らない所」って答えられた。
ルーサーってホントよくわからん奴。
空き家が多かったらしい此のアレークタウンもビックベルト大統領が私邸を建てた所為か友人や官僚も越してきて華やかと言うか賑やかに成っていた。
偶に妻のミッシェルも夫人達に呼ばれて茶会をするのだとか。
当然、俺の繋がりでは無く兄のニックのニコラス論が評判な為だったりする。
ルイス&ミューレン・エレクトリック・カンパニーは代表のトーマの方に任せてあるので俺が遣るよりは安心だと思う。
どっちかというとポリウッドランドの調整の方が面倒だったりする。
自主運営に任せているんだけど、偶に変なアウトローな方々も入り込んで来るので、自前の弁護士『つってもバロン弁護士関連だけど』、と警備員に丁重にお帰り頂いて居るのだけど、違法な暴力を振るわれたと訴えられたりするので面倒なのだ。
本当にヤバイ人にはロバート・マウロFPB長官に頼んでいる。
アウトローな人を捕まえるのがお仕事なので気楽に引き受けて呉れるのが有難い。
カッポレ逮捕のお礼だから安いモノだと言うけれど、捜査して捕まえたのはマウロFPB捜査官たちなので、俺としては気にしなくても良いって話して居るんだけど、折角仲良く為れたので1月に一度位の割合で今は違法ではなくなったバーで酒を飲んでいる。
カッポレ逮捕から裁判迄を書いた小説や映画も出来ていて、ロバート・マウロ捜査官って無茶苦茶恰好良く描かれていて笑ってしまう。
幾度か「俺は向いてないかも」って愚痴ってマウロ捜査官が俺に電話を掛けて来たのは秘密にしてあげよう。
このクリストン特区に或るアレークタウンへ引っ越した初年度の夏、アレークタウンの暑さにヤラレたジェロームと俺たち一家はシーズン中、デルラへと戻り涼しく過ごすことにした。
本邸やロッジを任せていた皆も喜んでくれていた。
フォック大学を卒業したサラームはディックから学んでいた事も在り我が家の執事に成り、俺の代わりにミューレン家を回して呉れていた。
未だ若い24歳のサラームには外で働いて貰っても良かったが、「この不況時に見慣れない容姿の僕が職にありついているのを見せるのは余り感心しませんよ、ジョアン様。」そう俺に言い聞かせるように話し始めた。
フォック大学では、イラドやタブロの王族やプリメラ大陸の王族の人達も学びに来ていたそうらしいく、そう言う学生達とは仲良く為れたらしいけど、グレタリアンの学生達とは壁を一枚隔てられた気がしていたとサラームは話した。
大学では差別とかは無かったらしいのだが、街に出るとオシリス人のサラームは好機の目で見られていたそうだ。
「そう言う気がしただけかもしれませんけど。」
そう言えば、不況に成ってからプリメラ人を含め東ヨーアン系の民族の移民への北カメリア北部の人達の排他的な視線や行為が増えた気がする。
今はプリメラ人を含めた有色人種の入れない公の場所が増えた。
禁酒時代は飲食店だけだったが、今は南部を見習って列車や乗り合いバスや公園でもヨーアン民族とそれ以外と言うように分かれていった。
まあ、サラームが遣りたいと望んでいるなら俺も助かるし有難い話なんだけどね。
そう言う空気の強張りみたいなモノが強まっている中で、ゲルン帝国のレーヴェ総統の始めたガロア人排除政策は、俺には違和感を覚えずには居られなかった。
俺はルドア人であるらしいのだけど、其処での記憶も無いし言葉も宗教も知らない。
育った環境や考え方や信仰心の問題もあるから、俺はグレタリアン人なんだと思うように成っていた。
国籍では北カメリア人なんだけど、話して居ると矢張りジェロームやセインやウィリアムや妻のミッシェルたちとの価値観と俺の価値観は似ているんだよね。
この広大な北カメリアで生きて来た人達と小さな島で生きた来たモノの違いだろうなと思う。
て、言うように一言でルドア人って言われても、俺のようにルドア人として生きていない人間もいる。
それなのに一言でルドア人は排除。
なんて国から命じられたら溜まったモノじゃない。
ゲルン帝国から追い出されるような形で、北カメリアの南部や北部そしてナユカ連邦国とナユカのフロラルス自治領へガロアの人達が逃れて来た。
全て合わせて約20万人って言う人数なので各政府も頭を悩ませているらしい。
恐慌に寄る失業者対策も行っていたけど、未だ未だ不十分な状態で新たに、大量な労働者を吸収出来る状態ではないからだ。
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アリロスト歴1938年 4月
「レインラント地域、チーズ国やオーリア帝国やランダ・バンエル国も占領されたからガロア難民は増えるな。現在は10万人以上がアワギレ半島のエデリアナ地へと逃れて言っているらしいってモリアーニは言ってたらしいけどな。」
俺がジェロームにガロア人の保護について話していると、そう言ってジェロームは肩を竦めて、銀色のシガレットケースから煙草を取り出し、口に銜えてマッチで火を点けた。
ジェロームは、俺やセイン・ワート氏程、レーヴェのガロア人への一方的な施策に余り興味を示していなかった。
レーヴェに対しては、可笑しな人間が出て来たと批判的な言葉を使い、冷たい表情をしてジェロームは語るけど。
それはグレタリアンのマイクロフト首相に対しても同じ対応だったしね。
占領した国々に対してレーヴェ総統は直ぐに国民投票をした結果、ギール王国以外はゲルン帝国との統合を望む住民が9割を超えていた。
オーリア帝国は7割だったけど、ゲルン民族以外も住んでいるからだろうとジェロームは話していた。
国際連盟の監視の元で行った投票は、ギール王国民の賛成票は2割に満たなく、それを受けてグレタリアンのマイクロフト首相とギール王国のアルバート陛下はレーヴェ総統へ非難声明を出し、ゲルン帝国軍の即時撤退を促した。
グレタリア帝国軍とモスニア=フロラルス帝国軍は国際連盟軍としてギール王国で駐屯し、ゲルン帝国軍の撤退完了まで管理する事にした。
実はこの頃、89歳のエイム公爵が臥せって寝たきりであった事を俺は後に知ることに成る。
俺は此の侭一挙にグレタリアンと国際連盟加盟国はゲルン帝国と戦争に成るのかと思っていたが、オーリア帝国やランダ共和国、バンエル共和国・チーズ王国、レインラントの国民投票の結果をレーヴェ総統は語り、国際連盟で謳われていた『民族自決』であると強弁され、ギール王国の監視団と言う事でグレタリアン帝国軍が駐在することに成った。
「マイクロフト首相の宥和政策は続くな、ジョアン。」
「でも、あのオーリア帝国がこうもアッサリと同じゲルン民族だと言え、今まで戦っていた旧プロセンの支配を受け入れるなんて。ジェローム、俺には信じられません。」
「まあ、平時で会ったら受け入れられないんだろうけどな。不況なのに有効な対策も取れないし、ポンド圏への参加も拒否するし、予算不足で兵たちの給与を下げたしね。方や敗戦でボロボロだった隣国のゲルン帝国の景気は上向き安定している。それにレーヴェの出身地はオーリア帝国らしいからね。」
「でも、ジェローム。皇帝のランツ6世は、帰国したがっていると聞いたのですけど。」
「どの道、今ランツ6世が帰国しても出来る事はないしなー。ランツ6世が帰国したら誰かが皇帝殺しの汚名を被らなきゃいけなくなる。モスニアのレオンハルト3世は義理とは言え兄弟に成るのだから説得をしている頃だと思うよ。フロラルスの王女と婚姻したばかりなのにランツ6世も可哀想だけどさ。」
ジェロームは俺にそう告げて形の良い口元から細い紫煙を吐き出して、淡い金糸の髪を揺らして美しい表情を切なげに歪めた。
オーリア帝国はゲルン帝国と1つに統合されゲルン帝国となり、代々続いていたオーリア帝国の首都の宮殿へとレーヴェは入り、居住する事に成った。
オーリアの首相は以前と変わらず、ドンブライヒ首相で親レーヴェ派の議員とレーヴェの親衛隊たちでオーリアは運営され、ランダやバンエル、チーズもレーヴェ直轄の部下達で治めるらしい。
俺は26歳に成ると言う未だ若いランツ6世を想った。
此れでヨーアンに残る帝国は、モスニアとグレタリアンだけに成ってしまった。
まあ、ゲルン帝国も新たに出来た帝国であるのかも知れないけどね。
占領した国に対して、国民投票を行い民主的に是非を問う手法を、俺は何処か不快な気持ちで話を聴いていた。
俺にはこうなる結果が分かっていて、国際連盟の批難を躱す手段に使われただけ、と言う疑念が如何しても拭え無いのだ。
そして、各国首脳の誰も、レーヴェの野心が此れで収まる筈はないと薄々感じているのに、宥和政策を執り続ける国際連盟に失望して行った。
ジェロームがずっと政治とは関わりたくないとデルラで零していた意味を、俺は40過ぎて改めて実感していた。
出口がありそうで見当たらない。
あの大戦の悲惨さを知っているだけに、俺もマイクロフト首相の宥和政策の決定を批判する気には成れないのだ。
俺は、学校へ通っている10歳に成るシンシアや7歳に成ったヘンリー、そして未だ未だミッシェルの手が掛かる2歳のケントたちの顔を想い出しながら、彼等が大人へ成る頃は、戦いの無い世の中であって欲しいと、そっと神へ祈るのだ。
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アリロスト歴1938年 10月
ハラリと胸の奥の何かが剥がれて消えゆく様な不思議な喪失感で、俺が目覚めた午後、フレデリックから兄が亡くなったと電話が在った。
『そうか』
そう俺は納得してフレデリックへ応えた。
ジャックが消えてホゲーっと色々考える内に、兄のジェロームへの執着心が俺をこの世界に呼び込んだのかも知れないなって言う考えに落ち着いていた。
俺も緑藍で寿命を迎えた時、光明兄さんを必死で求めてたし、そんな時にチャンネリングが合ってシンクロしたのかもな。
ジェロームか兄かは分らんけども。
そんな愚にも付かない事を考えて居るとフレデリックから「ジェローム従兄上ソックリな2体の蝋人形は、クリストン特区へ送りましょうか」とアホな事を訊いて来たので「欲しい奴に上げてよ。」って、投げ遣った。
「父と言うよりは、尊敬する師でした。」
そう言って、寂しげな声のフレデリックの言葉に俺は「親は無くても子は育つ」って言うジャックのセリフを想い出していた。
あんな変態な兄の子だと言うのにフレデリックはマジ良い息子に成長しているでは無いか。
俺やジャックをエロい目で見ていた兄の子とは思えない。
いやまあ、兄も俺が絡まないと有能だったから、フレデリックの反応は正常なのかもな。
兄が亡くなりフレデリックは慣例で内務大臣へとなったけど、いずれ貴族院が無くなった時の為に、政府用の内務省を作り、エイム公爵家の人材は丸ごと公爵家の通信情報会社へ移し替え、エイム家と俺の為に仕えるように準備していた。
上院の力を今より削がれると予測して居るのだろう。
そしてエイム公爵領の自治権も強化されていた。
スチュアート家には触れさせないと言う兄の意志を読み取れて俺は思わず苦笑した。
祖父の代から父そして兄へと3代に渡って創り上げて来たエイム公国は、中々に他からの干渉を受け難いモノに仕上がっていた。
こんな事をしているから、ぬらりひょんデニドーア公爵に兄はおちょくられるんだよ。
兄の愛すべきモノは、エイム公爵家と、そして俺。
歪みない兄の人生を想って、俺は笑った筈なのに、気付かぬうちに溜まっていた涙が頬に零れ落ちた。
涙を拭って硝子窓の外を見上げると、秋の空を渡るワープラの群れがヨークのエリアへと向かって飛んで行った。




