No71 解禁
アリロスト歴1934年 10月
ミューレン爺の葬儀を終えた後、俺は慌しくポリウッドランドへ行き、ポリウッドランドへ経営者として参加する為の加入規約の策定を弁護士と共に済ませて、ヨークに戻りモリアーニ氏と会って、現役閣僚のポリウッドランドに或る映画会社への経営を規制する旨の書類を手渡し、ビックベルト大統領へ渡して貰う事を頼んだ。
あの「暗黒の木曜日」の大惨事を引き起こしたケルビン氏を、俺はどうしても自分の土地ポリウッドランドへと入れたく無かったのだ。
俺も色々な人と出逢って世の中善悪で割り切れるモノじゃないって理解も出来る歳にも成ったし、ディックに集まる情報を読んで、理不尽な政府関係者たちの決定に夜中叫び出したく成った事も数え切れない。
そんな翌日は毎回、睡眠不足でジェロームへディックからの報告書を渡しに行くと「馬鹿猫ジョアンめ、だから本邸での仕事に就くのを俺は反対したんだ。」そう言ってジェロームは細い腕を伸ばし、ぐしゃぐしゃに俺の薄く短いベージュの髪を掻き混ぜて、美しい表情を僅かに歪め溜息と共に呟いた。
俺なりにそんな経験も重ねて大人に成った心算だったが、あの金融ショックが此処北カメリア北部だけでなく世界中に広げた混乱と悲劇は壮絶過ぎて人として如何しても許せなかったのだ。
原因の大元であるケルビン氏を。
そんなケルビン氏をビックベルト大統領は証券取引委員会の初代会長にした事にも衝撃を受けた。
「ビックベルト大統領も自分が大統領でいる間にケルビンを自由にして市場を荒らされたくなかったんだろ。少なくとも株価を操作しないかと多くの人達がケルビンを監視することに成るからさ。」
衝撃を受けていた俺へ、ジェロームが整った顔で唇の右端を微かに上げて綺麗な笑みを浮かべて、そう言った。
そんな折にケルビン氏がポリウッドランドへ興味を示した情報を得て俺は対処に動いた。
先ずはケルビン氏が買収しようとしていた映画会社へモリアーニ氏から資金融資をして貰い買収を防いだ後、ジェロームの資産管理や顧問を任されているE・ブラザー法律事務所のバロン弁護士に相談して、今回の対策を打ったのだ。
「完全に防げる訳では無いですけど、次の手を打たれるまでの時間稼ぎになりますよ。」
短く左右に整えられた金色の髪をして、明るい緑の瞳を俺へ向けてバロン弁護士は朗らかにそう告げた。
酒を飲んだ時、バロン弁護士から、「内緒ですよ。」と俺に一言断って、デルラへ来た当初ジェロームへ恋文を渡した事が或るのだと照れ臭そうに笑って話していた。
別段、それに関しては俺も驚かなかった。
ジェロームに思いを寄せる男性はバロン弁護士1人では無かったから。
ただ、再度デルラのロッジに返事を貰いにバロン弁護士が訪れた時、ジェロームは恋文には一言も触れずに「バロンが有能な法律家に成ったら俺の全てを任せるよ。」そう言われて若かったバロン弁護士は奮起して、見事E・ブラザー法律事務所へと入る事が出来たのだ。
バロン弁護士は、「後から思えば寛大な対応をしてくれた」と、ジェロームに感謝をしていたが、俺には何となくジェロームの言動を理解してしまった。
ジェロームは、単に面倒だったから恋文の件を無かった事にしたのだ、、、と、思う。
流石に鈍い俺でも18歳から23年間も此のデルラで共に暮らしているとジェロームの思考パターンくらいは此れでも学んでいるのだ。
そんな面倒臭がりなジェロームが来年にはクリストン特区へと引っ越すことに成っていた。
俺も当然ついて行くのだけど。
初めはヨークへ越すと話していたけど、不況で家を無くした人々のビレッジが減らないので、クリストン特区に変更したのだ。
スラム街ってジェロームは言うけど、ロンドに合った街程は酷くない。
仕事が見付かれば出て行こうとする人達が殆どで諦めた目をした人は少ないし、赤十字の人も居て制服を着た警官もパトロールで見廻っている。
いや、人が多いから当然揉め事や犯罪も在るけれど、ヨークはマシなんじゃないかと思う。
道路や学校、病院などの建設も来年から始まるし、其処からまた新たな雇用も期待出来そうだし。
新たな労働法も出来て週給アップや労働時間の短縮、失業保険も出来るそうだ。
俺はビックベルト大統領の労働者の賃金を上げて、国内の需要を増やすと言う考えは指示出来る。
今までの自由党の株価重視政策よりも断然健全だと思う。
ビックベルト大統領の施策の大元はミッシェルの兄、ニコラスの書いた論文らしいとジェロームから聞かされた。
ニックはグレタリアンで完全雇用を目指す為に考えたそうだ。
俺は、サマンサ義母さんやミッシェルが溜息混りで「思春期を拗らせた痛い美男」とニックを嘆いていた頃を思い出して、自然と笑いが零れた。
昔からニックは頭の良い奴だと俺は思っていたので、周囲からキチンと認められて義兄としても嬉しい今日この頃。
でもって来年の引っ越しは、懐妊中のミッシェルと5歳の娘シンシアと1930年に生れた3歳の息子ヘンリー達は乳母やメイド達と学区の問題があるので、ヨーク市に住むことに成っている。
つうかミッシェルたちは、もうヨーク市で暮らして居るけどね。
俺は、生真面目な補佐官クラークやその兄のヒューイと共にクリストン特区のジェロームの下で暮らして、週末はヨークに住むミッシェルたちの元へ戻る。
自宅から通えない距離じゃ無いけど、一応はジェロームの気紛れを考えて念の為。
そして、ミッシェルと一緒に新しい家で使う食器や家具を買いに行くと、ヨークスタイルと言われたダザイズムのモノが鳴りを潜めて、ロンドで見掛けていたクラシカルなモノが増えていた。
「やっぱり、こう言うデザインや色使いの方が私は落ち着くわ、ジョアン。」
そう言ってアイスブルーの瞳を輝かせて居間に飾る絵皿をミッシェルは熱心に選んでいた。
俺もすっかりジェロームに毒されて古き良き時代の家具や調度品が好みに成ったけど、やっぱりね、値段を見てから買って欲しいかな?と、俺はミッシェルに耳元で囁いた。
「でもまあ、大らかなのはミッシェルの良い所だし。」
そう言って俺は笑いながら、値段に少し焦っていたミッシェルのプラチナブロンドの柔らかな髪を優しく撫でた。
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アリロスト歴1934年 11月
「では、アカディア州でも禁酒法が廃止に成った事を祝して乾杯。」
「「「乾杯。」」」
ウィルが陽気な声で乾杯の音頭を取ると俺もセインもジョアンも手にしたシャンパングラスを掲げて、お互いにグラスを鳴らして禁酒法解禁を祝った。
廃止の修正案は昨年3月に議会で通過していたのだけど、アカディア州ではやっと昨日廃止に成った。
1921年からだから13年間。
昨日や今日はポスアードの街でも色々な店で乾杯コールが響いているだろう。
まあ、気にせず俺達はロッジで飲んでいたけどな。
禁酒法に賛成した多くの議員は反省して欲しいよな。
密造酒や販売を取り締まる為に、600名近くのFPB捜査官がギャングやマフィアとの銃撃戦で亡くなったのだから。
巻き添えに成った市民や子供達もいるし。
悪党たちの組織化にも一役買ったし。
密造酒での健康被害も半端ないし。
なーんか被害者が報われないよな。
「しかし、長かったな、ジェローム、ジョアン、セイン。」
「本当に。でもウィルとジョアンは良くスピークイージで飲んでいたと思うのだけど?」
「そんなに飲んでないよ、な? ジョアン。」
「ええ、セイン。俺とウィリアムは酒場のムードを愉しんでいただけで。それにジェロームには絶対にスピークイージでの酒は飲むなと言われていたので。」
「そう、良かったよ。僕の所にも、酒が購入出来るように処方箋を出してくれ、と頼む人が多くて困りましたよ。僕もジェロームから密造酒は怖いと説明されていたので、丁重に断っていましたよ。」
「後遺症が酷いんだって?セイン。」
「ええ、手足の痺れや、弱視に成ったりと化合物と工業用アルコールを混ぜて作った酒も合って。単価が安いから大量に販売していたみたいなんだよ、ウィル。」
「結局は酷い結果だけを残したよな、禁酒法って。」
「うん、全くだジェローム。そういや売りのケルビンが南部の酒造メーカーを購入していたみたいだぜ。ケルビンは政府内の情報を有効活用しているよな。」
「ケルビン氏の動きは素早いですね、ウィリアム。」
「ああ、北部の酒造メーカーは壊滅状態だから、此れからはアルコールは南部産になるな。そう言えばジョアンのブドウ園とワイン工房は、どうだい?」
「ええ、急には増やせないですけど、ワイン用の葡萄は作り続けていましたから、来年には増やせますよ、ウィリアム。直ぐに飲めないのがじれったいですけど。でも1年に750リットルは許可されていたので、その分のワインでしたら酒倉に寝かせてます。良かったらどうぞ。」
「いいのいいのジョアン。ウィルにジョアンの農園で作ったワインなんて飲ませなくても。」
「酷いな、ジェロームは。」
俺はウィルにそう言って、酒をシャンパンからブランデーに変えてグラスを持ち替えゆっくりと口を付けた。
俺やウィルそしてセインやジョアンは、互いに思い思いの酒を注いだグラスを取り、禁酒法時代のイカれた空気を話し合い、好景気で熱気の溢れていた世相を懐かしがって、また新たな酒を呷った。
そして逮捕され収監されているカッポレの後釜も既に居るとジョアンは渋い顔で言う。
マフィアやギャングたちは、また新たなビジネスでも探すのだろう。
そんなマフィア達の故郷のグロリア王国は、社会党や共産党、人民党などの政党が次々と入れ替わり政府の安定を欠いていた。
不況が深刻に成って行く中で、社会党は鉱山労働者を先導してストライキを断行し、工場や地主たちの土地を占拠して行った。
其処でモッチリーノは、民兵組織で襲撃隊「戦闘ファッシ」を組織して、社会主義者や労働者達を襲って行った。
モッチリーノたちは社会主義者たちや占拠する労働者達を国家の敵と見做し、警察にも後押しされ愛国的襲撃を繰返し、北グロリア中心の動きがグロリア王国一体に広がって、結束主義『ファシズム』運動と成って行った。
でもってモッチリーノは全国結束党『ファシスト党』を作り、反議会制主義、反社会主義を謳い、ブルジョワ達の支援も得て、黒シャツを着て4万人のファシスト党員でロマン行進をさせ、「彼等をコントロール出来るのは、モッチリーノしかいない。」と思わせ、国王から首相を任じられ組閣することに成った。
かくしてグロリア王国で最年少39歳の首相に成ったモッチリーノであった。
この襲撃隊は、小ブルジョワの10代の若者達や公務員だったと言うのがさ、なんかグロリアだなーって思ったり。
社会党員を暴行したり、殺したり、社会主義関連の建物に火を点けても愛国心故、無罪なんだよな。
警察も見ない振りらしいし。
俺は此の頃、マフィアって言葉を聴くと、正面からスプラッター攻撃を仕掛けるモッチリーノの名を想い出す。
つうか、グロリア王国って犯罪者が跋扈していた内戦の頃と余り変わって無いよな。
さて、俺の今世で生まれた国グレタリアンは、失業手当の給付を10%も下げたマイクロフト首相に有権者は失望し、労働党は大敗を記し保守政党のホリー党が政権を執り、マイクロフト首相は労働党を追い出されてしまったのだけど、無所属で立候補して本人は当選していた。
色々と頑張ってマイクロフト首相は、結果も残しているので当然と言えば当然かもね。
其処でスチュアート4世は、金融恐慌に或る現状をなんとか乗り切っていた挙国一致内閣を存続するように諮り、マイクロフト首相の侭、副首相にはホリー党のアーサー・バレン議員を当て、引退していたデバーレイ元副首相を相談役に呼び、マイクロフト首相は労働党のネイリー議員を労働大臣に据えた。
スチュアート4世、デバーレイ元副首相って85歳じゃん。
上院じゃ無いんだから大人しく引退させて上げようよ。
そして陸軍大臣はホリー党のピース議員60歳に成った。
一瞬、ピース議員は60歳って聞いて「若いじゃん」そう思った俺って、グレタリアンでの内閣の高齢化に慣らされた気がする。
大戦の時には海軍大臣で、ちょい上陸に失敗したけど、「割りと良く或る事なので気にしないで良い」と言われたのに、責任を取って辞任しちゃった政治家って言うより軍人気質な人。
補佐官クラークの説明を聴いた時、「ええー?わりと良くあるのかよ。」って俺が零すと、「気のせいです。」って飄々とした表情で銀縁眼鏡の細いフレームを指で押さえて答えられちまった。
クラークは矢張り一度は〆て於こう。
外務卿はデニドーア・ジュニアで、この前の国際経済会議に補佐官としてウィルが就いて行った。
ウィルもジジイだけど、デニドーア・ジュニアも見た目はジジイなんだよなー。
ジュニアなのに。
きっと妖怪ぬらりひょんデニドーアに容姿が激似だからそう見えるのかも。
いや、親子だから仕方ないとは思うけど、写真を見ているとなんかムカつくんだよな。
歳はピース議員と同じ60歳なんだけどな。
そしてフーリー党のグスラン議員76歳が財務卿だったり。
て言ってるマイクロフト首相65歳より、俺って2歳も年上なんだった。
笑えねぇ―。
そういやパトが議員を辞めさせて貰えないって泣いていたな。
そろそろロンドも一時よりは空気はマシに成ったからレナード共々引っ越しても良いと思うけどな。
南部からロンドへレナードを連れて帰っても良いかもな。
俺は72歳に成った可哀想な呪われた男パトへとそう慰めるように手紙を書いた。




