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ロングロング  作者: くろ
69/85

No69 不条理

  

  アリロスト歴1933年  4月




 経済再生の3Rを謳い圧勝した国民党のビックベルト大統領は3月の業務開始早々『金本位制』の廃止を宣言し、銀行を1週間休ませる『バンク・ホリディ』を発表。

 ビックベルト大統領は、翌週の月曜日には営業させると訴え、人々を安心させた。



 まあ『バンク・ホリディ』発表前は、金本位制からの離脱と共にドルの切り下げで、焦った人々が銀行へ詰め掛けて取り付け騒動にも成ったりして、破綻した銀行もあったけど、ビックベルト大統領の割りと早い対処で、なんとか落ち着きを取り戻した。

 どの道、営業が出来ていた金融機関も少なかったし。

 この期間に銀行の精査や監査を行い、救うべき銀行を選別し、融資などを決めていった。


 でもって緊急銀行法を通過させた翌日、緊縮財政法を通し、大統領・議員・政府職員などの給与の15%削減、軍人恩給の削減などを打ち出した。

 先ずは隗より始めよ。

 って訳で政府から緊縮財政に動くのだけど、軍人恩給は削減しなくて良い気がするけどな。







  「政治屋だもんなー」と思いつつ、トマスの運んで来たビックベルト大統領の追加報告書に目を通し、投機屋『売りのケルビン』から莫大な資金提供を受けていた箇所を見て、俺は小さく息を吐く。





 ヴェイトもブロック経済と呼ぶのだろうか。

 思想経済かな?

 周囲の小国は既にヴェイト連邦に入って共産党体制に成って居るし、ルーニア共和国・チーズバロキア共和国、クラナド共和国、セルアート共和国、と言う割と大きな国々もヴェイト共和国連邦へと入って行った。


 まあグレタリアン帝国は君主制議会政治だしモスニア=フロラルス帝国は専制君主政治だし、唯一共和国の北カメリアは遠過ぎるし、今更自ら独立したオーリア帝国に戻っても旨味は無いし、それにヴェイトのコミンテルも入り込み、資本主義の国々が金融恐慌で右往左往している内、戦争もせずに広範囲な共産圏が出来上がっていた。

 

 各国内では血みどろな内紛も合ったようだけども。

 どの国でも軍部が決め手だよな。


 なんだか兄も俺と似たような考え方で、東ヨーアンはヴェイトで纏まっている方が、小競り合いが減るのでは?て、思って居るんだよな。

 なーんかモスニアも俺達と似たような考えかな?そんな感じがする。


 ヴェイトは侵攻して占領する訳でも無く、同盟国に成ったら、その国の共産党が出来ているだけだって言われたら、他国が文句言える問題ではないしね。

 つか、今、助けて呉れって他国から頼まれても、国内問題で忙しくて、北カメリアもグレタリアンも動けないし。

 元々は共産思想を取り締まっていたヨーアン諸国の警察だった旧ルドア帝国が、共産党一党のみの国家に成ったから、どうにもならないって感じだ。



 そして同じく反共産で旧ルドア帝国と同盟を組んでいた旧プロセン連合王国が、なんだか可笑しな人間を輩出しているし。

 一体、ゲルン共和国は何処へ行くのだろう。

 昨年の総選挙の後、ナショナル党は圧倒的多数で議席を獲得し、晴れて政権与党に成った。

 

 ゲルン共産党は違法とされて、労働組合は解散させられ、レーヴェに全権委任を認める全権委任法を成立させた。

 そして、共産主義やガロア人が書いた著作は焚書となり、ナショナル党以外の政党の禁止を布告した。


 世界規模の恐慌で不安定な生活に疲れた人々は、此の可笑しな男レーヴェに心を預けたのだろうか。

 彼の演説の内容を読みながら、俺は強い薫りのする細巻の葉巻を燻らせた。


 

 「英雄や救世主には思えないな。ジェローム。」

 「あっ、ウィルか。」


 葉巻から流れる紫煙に思いを馳せて居るとウィルが唐突に話し掛けて来た。

 俺は気配を消して入って来たウィルに気付けなかったようだ。

 当たり前のように俺の左向いに置いてあるモスグリーン色のベルベットを張ったアームチェアーへ腰を掛けて、ウィルは俺が造った煙草を口に銜えていた。


 「ジェロームが一生懸命に何を読んでるのかと思えばレーヴェの宣伝文か。」

 「ふっ、いやどうすればこんなイカれた文言を選挙演説する気になるんだろ?って思っていたら、いつの間にかボーっとしていたよ。ウィルの気配に気付かないなんて俺の不覚だよ。」

 「ふふ、まあジェロームも僕も捻くれてるから、こう言う直情的なセリフには自然と拒否反応が出るんだよ。簡単な言葉で繰り返しているだけだろ?案外、ラジオや大衆演劇はこんな文言なんだよ。」


 「飽きるだろ、ウィル。」

 「飽きられるくらいなら、ラジオ広告は無く成っているよ。此の宣伝文をラジオとかでも流し続けて居るとさ、聞いている人が段々と自分の考えだと、意識しないでも思うように成るんだよ。」

 「うへっ、この駄文がかよ、ウィル。」

 「まっ、このセリフを考えた奴が巧いなって思うのは、少ないカテゴリーに居る人を単純化して、敵にしている所だよな。ジェロームも良く言ってるだろ?此れだからグレタリアン人は!ってさ。そう言う良くある想いを強い言葉で敵として置き換えて表現してる所だよな。」


 「まあそうだね、でも俺はグレタリアン人への文句は反省しないけどな、ウィル。」

 「だからジェローム、その文句はグレタリアン人であるジェロームへ其の侭返って行くんだよ。」

 「ちくせう、ウィルめ。しかし話は変わるけど、レーヴェって戦争しそうだよな。」

 「今の侭だとゲルン共和国はジリ貧だしね。ジェロームなら矢張りポーラン共和国?」

 「順当に考えたらな、ウィル。やっぱりルール地方は欲しいだろ。工業化も進んでいるしな。でもヴェイトもポーランの隣国だし。今ならオーリア帝国を取った後でバンエルやハンリーを取ってからかな。」


 「流石にモスニアが黙ってないだろ、ジェローム。嫁さんをオーリア帝国から貰ったばかりだよ。」

 「ふーむ。なんとなくゲルン民族だとゲルン語圏を制覇したがる気がしたんだよね、ウィル。夢見がちな前プロセン国王がそうだったじゃん。旧ルドア、今はヴェイトだけど。ヴェイトの戦争だったのに態々、参戦してきて敗戦したけどさ。」


 「やはり偉大なフリード2世に並びたいとかな、ジェローム。でもそれならエイム公爵の息子が行ったギール王国じゃないか?近いし、大戦で負ける迄は占領下に置いていたんだしね。」

 「それこそ侵攻しない理由だよ、ウィル。幾ら何でも兄の息子を襲ったら、グレタリアンも本気でゲルン共和国を叩きに行くだろうさ。それでなくてもゲルン共和国へ報復したい人間は一杯居るのに。」


 「ソレも在ってノーファ伯爵と亡くなったデニドーア外務卿は、エイム公爵の秘密を暴露したのかもよ、ジェローム。ノーファ伯爵はギール王家の縁戚みたいだし。」

 「いや、ウィル。あのジジイは単に兄を困らせたかっただけだよ。オーリアのノーファ伯爵は、そう言う想いを持って居たかも知れないけど、あのジジイはノーファ伯爵から事情を聴いて、此れは兄を揶揄えるのに使えると小躍りしたに決まっている。マジで性格が悪いから。」


 「ふふっ、ジェロームに性格が悪いと言われるとか。」

 「いや、ウィルも遣られたら分るよ。兄や俺が一番嫌がっていることを選んで遣って来るからな。」


 俺は亡くなった妖怪ぬらりひょんデニドーア外務卿の楽し気に笑う姿を想い出しながら、クロードが淹れて来てくれた薫り高い2杯目の珈琲に口を付けた。

 ウィルは白髪混りの短い金の髪へ左腕を軽く上げ手櫛にして整え、俺に向かって深緑の瞳の左瞼を軽く閉じてみせた。

 俺はジジイのウィンクを喜ぶ趣味はないのだけどな、ウィル。

 


 「そう言えば、セインは?ジェローム。」

 「ああ、ミッシェルの所に行っているよ。シンシアが風邪気味だからって様子を診に行ってる。まあ、本音はジョアンの屋敷にはラジオが在るから聴きに行ってるんだろ。この時間にセインの好きな奴の番組が或るんだ。」


 「全くジェロームは。セインの為にラジオ位は置いて遣ったら?」

 「別にジョアンの屋敷でも本邸でも聴けるんだから此処に態々、置く必要は無いだろ。つうか、ウィルもロッジに住んでるんだから、ラジオとか此処に居る間は聞けないだろ。」

 「まあ、俺は主にニュースを聴くだけだからな。でも本邸に行ったらラジオよりも情報は早く届いて居ると言う不条理。有り得ないよな、ジェローム。」

 「知らねーよ。ウィルだって伝書鳩だったんだから分ってるだろうに。」

 「はぁ、ジェロームと同じ様な情報を入手している筈なのに、僕より予測が正しいとか、矢張り不条理だよな。」


 「だから、知らねーよ。ウィルの場合は予断が多過ぎるんだよ。こうなったら良いなってさ。」

 「だって僕は人間だからね、ジェロームと違って、ふふっ。で、何時、ヨークへ移るの?」

 「せめて、もう少しスラム街の住人が減ってからだな、ウィル。」

 「スラムって、、、。ジェロームは。」

 「写真を見たらそれ以外のコメントは出て来ないよ、ウィル。まあ、政府が援助して居住空間を良くしても、住み付かれても困るだろうしな。」

 「そういやミントペッパー将軍がランボーした湿田に亡くなった方々の記念碑を建てるそうだよ。で、退役軍人の方々にあの湿田を譲るそうだ。」

 「貰ってもなー。しかし、ウィル。あんな不祥事を起こしたミントペッパーを陸軍長官に任命するってビックベルト大統領もやるな。近くに居た赤十字の人や近くの建物で勤めていた役人達も催涙弾の被害に遭ったんだろ?」

 

 「まあね。同じような立場の人間だから気が合うのかもね、ジェローム。2人ともグレタリアンでは由緒ある貴族の家系で新教徒だし。」

 「面白いよな、ウィル。北カメリアって身分制度が無いって言うのが売りなのに、相変わらずグレタリアン本土の家柄がモノを言うなんてさ。南部ならまだわかるけど。」

 「無いからかもね。ジェロームとかは、有難がられるだろ、エイム公爵家だし。そういや南部と言えば、外交や通商については南北で話し合って北カメリアとして統一見解を出すらしいね。国内では暫く此の侭の状況らしいけど。」


 「今は、金融と経済を落ち着けないと動けないからな。なんの規約も付けないで南北1つに成ったら、人口も議員数も少ない南部の意見は無視されるだろし。でも人の移動は始まっているみたいだな、ウィル。そういやウィルは南部に土地を買うんだよな。兄も南部に土地を買うらしいよ。今、安いらしいね。」


 「そうそう、保養地を作ろうと思ってさ。どう?ジェロームも。」

 「ウィルと同じような事を考えて作る人が結構いそう。どうせならプライベートな島にしたら?」

 「ううーん、ジョアンは喜ぶかな?ジェローム。」

 「知らねーよ。つうかジョアンなら欲しかったら買うよ。今も景気が良いみたいだし。ウィルは、自分の息子や娘に買って遣れよ。」


 「どーも我が子には、そう言う気に成らないんだよね。やっぱりヨークとか都心が喜ぶかな、ジョアンは。」

 「ふと思ったんだけど、俺がヨークに引っ越す時、ウィルも付いて着たりしないよな?」

 「うん?ジョアンは?」

 「俺と一緒に行くって言ってたけど?」

 「ふふっ。」



 そう笑ってウィルは深緑の瞳を細めて、目尻の横皴を幾重にも寄せて、人好きのする表情で大きく頷き、右手の親指を立てて俺に見せた。

 俺は素早く右手を動かして、ウィルの立てた親指を思い切り後ろへ反らして押した。


 「痛たたたーっ、ジェローム、タップ。不条理過ぎるよ。」

 「不条理なのは、ウィル、てめーの脳味噌だよっ!くんな。」

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