No68 ナウでホットな
アリロスト歴1932年 8月
私の2番目の息子ダリウスはアガスタン王国自治大使として1930年から赴任している。
一応ヴェイトとの最前線に成るとかでグレタリアンからは約1500名の軍人を連れて行っていると手紙に書いてあったのですが、賑やか過ぎるダリウスに大使など勤まるのかしら?
考えるより筋肉で語りたがる息子のダリウスは、良くして下さる副官や事務補佐官たちに助けて頂いているとあったので、大丈夫なのでしょう、きっと。
32歳にも成るのに相変わらずジッとして居るのが苦手なようでお恥ずかしい限りです。
私や夫のルスランもそろそろダリウスに身を固めて貰いたいけど、此ればかりは本人がその気に成るまで無理な事なので運に任せている。
黙って居れば、親の私から見るとダリウスはイケメンだと思うのですけどね。
頑丈だし、明るいし。
それでもまあ元気でいれるなら良しとしましょう。
思春期を拗らせ女性が苦手なのかと思っていた長男のニックも相手を見つけて今は2児の父親。
文官試験に合格し大蔵省の役人を務める傍ら、大学時代に労働党本部へ出入りしていた縁でマイクロフト首相の相談にも乗っているみたい。
学士を目指していた頃、ニックが著した論文をマイクロフト首相は参考にされていて、それを政策にする為にロンドで忙しくしていると嫁のヒルダが電話で話して呉れた。
若い頃ニックはメクゼス博士に感銘を受け、故ローソン代表に時めいて革命戦士にでも成ってしまうのか?
ニックの事をそう心配して居たけど、夫のルスランが言った通り、ニックはニックなりにグレタリアン社会を良くしようと考えていたみたい。
私にはニックの話は難しいけど、夫のルスランとはロンドに行った時に良く話し合っていた。
ニックは容姿も若い頃のルスランに似ているけど、頭の出来も夫に似たみたい。
緑藍ことジェロームは私に思考回路が似なくて良かったなって笑うけど、思考回路と頭の出来の話は全く違うと思うのよ。
私を残念な人みたいに言うのは止めて欲しいわ、緑藍。
さて、空気が以前に比べて綺麗に成ったロンドに北カメリア北部から金融恐慌の風が吹いて来て、明るく成って来つつあった街の空気が一気に暗く成った。
上院や資産家の方々には税制面でも厳しい政策を執り、労働階級の者には労働者健康保険・失業保険・労働者年金と労働階級には絶大な人気を誇っていたマイクロフト首相。
そして選挙で選ばれた下院の優位性を高め、30歳以上の既婚女性に限りますが女性参政権も施行し、多くに人々が将来を夢見て、大戦の苦難を和らげた時期なのにドドーンと不況になってしまった。
まあ、実を言うと1929年7月に緑藍がロンドへ戻った時、北カメリア北部の影響を受けてグレタリアンでも株が安くなるかもと話して呉れて居たので、整理出来る株とかは手放して居たのですけどね。
日本の前世ならインサイダー取引に成るかもだけど、この世界ではそんな法律も無いし。
緑藍にその話をすると、「別に何処かの企業とかの内部情報を話している訳じゃねーし。」って言ってあの綺麗な顔でニヤリと笑った。
確かに企業情報や政府情報の漏洩でも無いし、「そろそろ限界かもよ。」って緑藍は話しただけだし、てー事は此れってセーフなのよね。
ファンダメンタルズがなんたら的な。
一応、金融不安が起きた時の為に銀行からキャッシュを3分の1引き上げて金庫へと移しました。
「北カメリアへ別荘を買うので。」
等と言う冗談とも本気とも付かない言葉を頭取に話して。
支払いや信用の為に銀行へ預金しているけど、私もジャックを見習ってキャッシュは手元へ置いておく主義なので、引き出さなくても当座は生活出来るのですけど、貧乏性な私は万が一銀行が潰れて、全額消えたらヤダなと思って3分の1の回収をしちゃった。
怪盗バート不況の時などは銀行がバタバタ潰れて行ったしね。
まあ、今は体力の或る大きな民間銀行が9行しかないので、昔みたいに簡単には潰れないと思ってはいるんですけども。
金融街は保険会社や投資会社が立派で大きくな建物を連ねていて「儲かっているんだろうなー」と、私は下世話な事を考えていた。
そんな訳で覚悟はしていたのだけど、『暗黒の木曜日』の一報が入る前に、ロンドでの市場が荒れて酷い騒ぎに成る始末。
私は今回の件を夫のルスランにも息子のニックにも話さずに黙々と暮らしていた。
まあ、ニックに言えば大騒ぎに成りそうだし、心配性の夫のルスランに言えば悩み込みそうでもあった。
何より緑藍から「何となく北カメリアの株式市場ってヤバいかもよ。」って私は話を聞いただけなので、経済を学んでいるニックへ説明なんて出来ません。
昔から緑藍の予測と言うか推測って、ほぼ言った通りに成っているので私の中での信頼度は高い。
気が付けば倒産している企業は或るし、失業者は増えているし、グレタリアンの金が流出して居ると報じられるし。
で、不況対策として挙国一致内閣と銘打って、29年の選挙で大勝していた労働党でマイクロフト首相は内閣を作っていたんだけど、副首相の座にデバーレイ党首を呼び戻して、財務省へアーサー・バレン議員等を招聘した。
外務卿は妖怪でなはなく息子のデニドーア・ジュニアを就きなおさせた人事異動に、労働党内は可成り紛糾して、マイクロフト首相の党首解任劇とかもあった。
でも有権者の方は「党内争議より早く此の経済状況を何とかしろ!」と言う声が大きくて、渋々労働党が折れた。
でもって「金本位制度の廃止」、「国内企業保護の為、関税の値上げ」を行い、それから雇用創出の為に「インフラの整備」を始めて、落ち着いたかなと思ったら、悪評高い「失業保険の給付金10%減。」とかとかを実施した。
そしてナユカ連邦国で『スターリング・ブロック』、グレタリアン帝国ポンド圏を作った。
国際金本位制の代わりにポンドを基軸通貨とする国際金融体制で、帝国経済特恵体制とスターリング圏によって、グレタリアン本国を中心とする経済ブロックが構築された。
息子ニックの話だと、この時、ポンドも切り下げたので、輸出企業には朗報だそうです。
ニックとルスランはマイクロフト首相の緊縮財政には渋い顔をしていました。
ニックは何度か苦言を呈したそうなのだけど、財務大臣のアーサー・バレン議員や保険業界トップの経済学者の政策チームは財政均衡論を支持し、マイクロフト首相へ赤字を縮小する事を強く勧めたそうだ。
まぁー、一介のペーペー新人学者の小役人のニックでは、太刀打ち出来そうもないわよね。
それから1929年12月、北カメリア北部から始まった金融恐慌は、多くのグレタリアン国民の生活を飲み込みつつ、3年が過ぎ繊維関連は難しかったけど、住宅建築や蒸気自動車産業・電気・化学と言った新たな産業が発達していって、徐々にロンドも安定して来たように思う。
私とルスランの生活もウィッグ島で長閑に、、、。
暮らせていない。
ユリス・ミハイル。
夫ルスランの従弟で元ルドア皇帝、ミハイル1世が家族を連れて我が家に居候、、、では無く滞在していた。
エイム公爵がウィッグ島へ放り込んでいったのよ。
現在のヴェイト社会主義共和連邦国の書記長ハーフシチは、邪魔人間にアグレッシブな人で、かつての政敵フルボルシチを陥れ、国外追放した挙句にモスニアへ亡命しようとした彼を暗殺。
その他に党内きっての理論家だったフルボルシチの支援者も次々と静粛し、未だにいる復古王派を沈黙させるためにスロン王国内にもスパイ兼暗殺者の手が伸びて来たので、エイム公爵関係者に連絡を取り、フロラルスからグレタリアンへと入国した。
もう国内がてんやわんやしている1930年の1月に。
昔のユリスは良い男だったかも知れないけど、目の下の皮膚が弛んで隈も或るし、生気の失われたアイスブルーの瞳に1889年、ルスランが皇帝の座から逃げ出してからの苦労が忍ばれる。
ミハイル一家は従者も侍女も連れて来ていなかったので、髪や肌の手入れも出来なかったのが伺われて痛々しかった。
ユリス・ミハイルの家族は出戻った39歳の長女ナターリア・ミハイル。
ナターリアが24歳の時に産んだ孫娘アドリーナ・ミハイル15歳。
ユリス・ミハイルも正妃は嫡男を産み2年後に亡くなり、それはナターリアが10歳の時だったらしい。
5年前の革命時、ユリス・ミハイルと別の宮殿に居た皇太子一家は皇族派と共に逃れたが、その後の所在は不明らしい。
ルスランはユリス・ミハイルを見た途端に涙をボロボロ流して、済まないと謝罪の言葉を繰り返していて、私は、そのルスランの姿を見て居るのが辛く成り、ルスランやミハイル一家を残して、その場を辞した。
そして私はミハイル一家には暫く静養して貰う事にして、エイム公爵家から廻されて来ていた人達にお世話を任せました。
此の屋敷ってモーランド公爵の別荘だったので広いんですよ。
日頃、私とルスランは寝室と談話室、食堂くらいしか使用していないので、ユリス・ミハイル達には好きな部屋を使って貰っても困らなかったりする。
子供達が巣立った後は、互いに顔の見える距離に居ると落ち着くんですよね、私達は。
その後、ルスランからユリスの話を聴くと中々に大変だったみたい。
ユリスの周囲には何時もピタリと枢密院から寄こされた諮問委員の人達がいて、余り自由が無かったり、枢密院の人達の派閥争いが酷かったり、その癖、新たな力が出て来ると一致団結して封じ込めあったりして、ミハイル1世が何か遣ろうとしても隙が無かったそうで。
少しは帝国を変えようとしてユリスはグレタリアンの議会制を学び、諮問委員に相談すると枢密院を呼ばれて、速攻で禁止されたりと、何とも不便な皇帝生活だったようです。
ホント皇帝って何なのかしら?
ジャックは王族は単なるシステムの一部に過ぎない、って私へ自嘲気味に話して居たけども。
そう言えば緑藍から旧ルドア帝国の皇族の親族って人達が北カメリア北部に或る銀行を訴えたと手紙にあったのでルスラン達に報告して、その後、緑藍へ親族達の中に皇太子一家がいないか調べて貰ったけど、如何やら居なかった模様。
で、緑藍から皇族の話題の第二通目が送られてきた。
ヴェイトのハーフシチ書記長から北カメリア連合政府へ訴状に或る資産はヴェイトの国有財産であるのでヴェイトへ返還されたし、又、北カメリア北部の銀行を訴えた者達は国富を盗み出した罪人なのでヴェイトへ送還して欲しい。
って、ヴェイトから連絡が北カメリア政府へあったそうだ。
そんな訳で危険なので資産を取り戻そうと動くのは暫く待った方が良いよーって言う緑藍からユリスへの忠告だった。
当然、そんな危険なお宝には近づかないユリス爺だった。
ルスランと2人切りでゆっくり出来るのは、未だ先の話に成りそうよ、緑藍。
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アリロスト歴1932年 10月
『ルスランの従弟なのにミハイルはイケメンじゃ無かった。』
バーさんに成っても、サマンア事クロエは、やっぱりクロエだった。
イケメンへのチェックは相変わらず厳しい。
ミハイル1世の探していた息子たち一家は、銀行へ訴状を出して皇族だと名乗っているあいつ等が逃げる時、邪魔に成って始末したんじゃねーの?って、内心で思っている俺だったりする。
まあ、敢えて俺が手紙で書かなかったのは、怒りに我を忘れてミハイルが北カメリアに乗り込んで来たら面倒だからだ。
主に俺が。
選挙前、ギリギリで開廷直前に陪審員を総入れ替えしてマフィアのカッポレを裁判で有罪に出来たけど、クーリッツ大統領の支持率は余り上がらなかった。
有権者もマフィアは鬱陶しいと思っているけど、もっと鬱陶しいと思って居るのは『禁酒法』だし。
もっと何とかして欲しいのは此の底冷えしている景気だしな。
でもまあ、入れ替え前の陪審員は全員買収されていたから、ロバート・マロウ捜査官は良く見抜いて判事に総入れ替えさせれたと思うよ。
当然だけど自由党の大統領候補ウォルト・ウォーターは負けて、国民党の大統領候補者グリン・ビックベルトが北部23州中21州を取り圧勝した。
クーリッツ大統領は大統領候補を辞退し、次期大統領グリン・ビックベルトに引継ぎを終えたら議員を引退する。
取り敢えず通貨ドルの安定の為、クーリッツ大統領が南北を1つにしたと言うのに、殆ど盛り上がらなかった、案外、凄い事なんだけどな。
『失業者を如何するんだ?』
クーリッツ大統領へ、そう言うヤジが乱れ飛んだとか。
まあ、政権が自由党であるうちにヤング氏は北カメリアを1つにしたいと色々と頑張った成果なんだけどさ。
あの株価暴落で稼いだ資金をヤング氏は可成り放出して南北両議員を実弾で説得した様子。
資金不足に陥っていた議員も多いから、日頃よりは遣り易かったとか。
こうさ。
俺としてはヤング氏に本音をもう少し隠して欲しい訳ヨ。
あるじゃん?
恥じらいとかさ、幾らジジイでも。
あんま俺は選挙に興味が無いけど、一応は有権者なんだし。
そんな折、クーリッツ大統領へ最後の災いが降り掛かった。
内戦時に徴兵した退役軍人達の年金を前倒しで支給して欲しいと言う訴えが出された。
失業したりして生活苦に喘いでいた退役軍人達はクリストン特区に或るホワイトスワンハウスを目指して北部から集まり、特区に或る湿田の空地へ留まった。
1万5千以上の退役軍人に家族も参加して、滞在していた数は3万人を超えた。
下院では支給すると言う法案は通過したけど、上院で否決された。
クリストン特区はホワイトスワンハウス官邸も或るし、国会議事堂や官公庁も或る聖域なので、如何なる部隊も武器を携帯しての占拠は禁止されている為、武器を不携帯にしても占拠は違法って事で警察隊に出動を命じて、帰宅を確認出来たら年金を支給するって解散させていた。
大体は解散したのだけど、一部で残った人達が居て、警察隊が発砲して2人の退役軍人が重傷。
それを見た他の退役軍人達が煉瓦や木材を持ち、警察隊に応戦し、乱闘の末警察隊を撤退させた。
やるなー、退役軍人たちよ。
其処でナウでアダルトなマドロスパイプのホットなミントペッパー将軍に退役軍人達を退去させるようにクーリッツ大統領が命じると、「イエッサー」と返事をし、軍を率いて縦横無尽に攻撃し催涙弾を投げたりした後、滞在用に建てていた住居群を燃やして、綺麗な空き地に変えた。
「任務完了。」
「ちょっ、おまっ、ミントペッパー将軍。此れって越権行為だよな?」
「大統領の命令通り退去させただけです。問題ありません。」
「、、、問題しかねーからっ。」
役軍人達と一緒に来ていた数名の子供達が亡くなったりして、軍隊の監督能力無しとして引退前のクーリッツ大統領へ批難が集まった。
クーリッツ大統領にも浄化の為の聖水が必要かもな。




