No67 レベルアップ
アリロスト歴1932年 6月
馬鹿な飼い猫ジョアンはモリアーニからの連絡で良くヨークへ出掛けるように成った。
家令のディックからの報告だとFPB捜査官ロバート・マロウつう奴とヨークで会っているそうだ。
ジョアンは「あのカッポレに手を出そうとしている」と言うニノの報告を聴いて、俺は思わず右手で額を押さえて溜息を吐いた。
全くお馬鹿なジョアンめ。
モリアーニ―から良いように使われやがって。
俺はニノにジョアンの守りを厚くするように伝えて内心でモリアーニへ毒吐いた。
モリアーニは自分と繋がりの或る同じくマフィアのサーマン・コレステの邪魔に成りそうなカッポレを合法的に排除したいだけだろう。
ヤングと言いモリアーニと言い、俺とジョアンが田舎でまったりとしている生活の邪魔をしやがる。
つっても、相変わらず金融不安は続いて不況の真っただ中で、騒がしい日々を新聞は伝えているけどな。
北部で大統領選挙も或るのだけども失業者が20%を超える勢い。
トーエンビレッジは基本的に地産地消つうか、ビレッジ内で循環しているので被害も無いし、ビレッジ外との取引は俺の所でビレッジ通貨とドルを固定交換していた。
ハイマン・トーエンが以前作ったグレタリアンの村で投機屋に地域通貨を玩具にされて倒産寸前まで追い込まれた事が在ったので、そう言う奴等に関わらさせない為の防衛手段でもある。
資本主義は勘弁て人達ばかりなので、外の騒ぎはラジオや新聞で知っているけど、デルラは至極平和であった。
なんか仕事を求めてフロラルス領のナディア州へも行っている北部の人々もいるようだけど、最低でもフロラルス語が出来ないと難しいと思う。
でも移民とかは、フロラルス領の3州というか3国は受け入れて無いので無理。
特にグレタリアン系は嫌われているからね。
流石に、民間で自力回復する限度は越えて居ると俺は思うんだけど、連合政府は公的に失業者対策をする心算はないようで動かず、そして職を失い収入が途絶え家を失った人々へのフォローをしているのは赤十字のみだった。
そんな中で、クーリッツ大統領は税を掛けたり、高金利を維持したりして緊縮財政を続けてる訳なんだけど、不況で商品も売れないし輸出も大幅に縮小している今、失業者が減って行く要因は見当たらず治安も此れ以上悪化して行くなら、俺もジョアン家族達を連れてナディアに長期の旅行でもするか?と盗みや商店襲撃や強盗の記事のトップにある見出しをチラりと見て思った。
そのヨーク・トゥディ新聞のトップには、『カッポレ脱税で逮捕!』つう、大きな見出しが躍っていた。
ロバート・マロウFPB捜査官と数名の捜査官たちの写真が写っていて、一瞬、心配したけど記事を見てもジョアンの事は書かれていなかったので、俺はホッと胸を撫で下ろした。
ジョアンに就けて居た能天気なルーサーやニノも一応は仕事をしているようだ。
マフィアやギャングは、どういう繋がりを持って居るのか分らないので、ジョアンの名前を知られてコンナ逮捕劇で恨みを買えば、誰に何をされるか分らない。
モリアーニに転がされた上に恨みを買われたんじゃ堪らない。
俺は何時もの椅子に座ったまま、腕を伸ばしてマホガニーのテーブルに置かれた銀色のシガレットケースの蓋を開けて、煙草を一本抓み上げて口へ咥えた。
陶器で出来た栗鼠の置物の腹の引き出しを開けマッチを散り出し、尻尾に塗ってある油薬を擦ってシュっと炎を灯し、口に銜えた煙草の先端へマッチで火を点けた
此の所、ジョアンの顔を見る度、俺は迂闊な事はするな!と言い聞かせてるから、取り敢えずは大丈夫だとは思うけどな。
ルーサーとニノもいるし。
まぁ、裁判で判決が出る迄は、此の侭、収監出来るか不確定だけどね。
特別捜査チームを組んだと記事に書いてあったから、今回は捜査情報を外へ漏らす身内は居なかったのだろう。
でもなー、この禁酒法のお陰でアウトローな奴等に資金が潤沢に回って、ギャングは増えるは、汚職議員や警官が増えるは、市長レベルの汚職や癒着も蔓延るはで、タダでさえ金満体質だった北部は、金ピカ具合に余計磨きが掛かったよな。
悪党もレベルアップして確り弁護士の使い方を覚えたし。
淀んで息がし辛い北カメリア北部に住むインテリ層は一見、水清らかに見えるヴェイト社会主義共和国が眩しく羨ましく思えるみたいで、コミュニストや労働組合の運動や活動が盛んに成って来た。
まあ、唯一経済の混乱の無い国家だしな。
景気が好調な時は盛り上がらなかった労働組合員の人数が増えて来ているみたいだ。
倒産したのなら仕方ないけど、需要が減ったので一方的に企業から解雇通知を出されたみたいで、月賦で家や家電等を購入していた家庭や借金して投資信託をしていた人達は阿鼻叫喚の内に住む場所を取られて露頭に迷っていた。
此の不況はホワイトカラーの人達も直撃したので、インテリ層の逆襲は議員達も頭痛の種の模様。
議員達の支援団体に直接クレーム付けたりするからな。
で、そう言うインテリ層の中にカリスマの或るコミュニストが出て来たり、組合を政治団体として組織化したりと資本経済の愛息子である北カメリア北部の富裕層は焦ったり。
資本経済の親は当然グレタリアン帝国だけどね。
まぁー、そう言う出口の見えない不況の中で『金本位制』を廃止したグレタリアンは、ナユカ連邦合衆国で『スターリング・ブロック』(ポンド圏)を策定して、ポンドを基軸通貨とした国々との貿易協定を結んだ。
ナユカ連邦国は、グレタリアン体制に組み込まれるのを警戒し、『スターリング・ブロック』には参加しなかった。
大戦後に、やっと果たしたグレタリアンからの独立を有耶無耶されたく無いし、北カメリア北部との経済的な結びつきも強く成っていた為の決断だと思われる。
北カメリア南部もドルを手放すことは当然だけど無かった。
色々あってもグレタリアンから独立する為に長い間北カメリアは戦い、独立戦争は北カメリア人のアイデンティティーに成っているからなー。
つう訳で、6月に開催された国際経済会議の前に、グレタリアン帝国と北カメリア南北は自分達の結論を出していた。
南プリメラや俺の甥が居るギール王国、南カメリアに或る南部北カメリア北部クリストン州、アワギレ地域他イラド中南部にある保護国などでポンドは基軸通貨に為った。
それに対応するべく北カメリア南北は互いにドル経済の安定を確認後、イラドに或るベルガーガ3国やプリメラ中西部の保護国10カ国でドルを基軸通貨にする『ドル・ブロック』を造り上げた。
モスニア=フロラルス帝国とオーリア帝国は静観していたけど、グロリア王国とゲルン共和国はポンド圏とドル圏から弾き出された形だ。
国際連盟経済会議でゲルン共和国へ戦後賠償の一年間のモラトリアムを提案する心算だったクーリッツ大統領は賠償破棄を宣言されていたので時既に遅しだった。
モスニアのレオンハルト3世はブロック経済の中止を呼び掛けたモノの、グレタリアンと北カメリア南北が聞く筈もなく、ノルン3国を含めポーラン共和国・ランダ共和国・ハンリー王国・バンエル共和国・チーズバロキア共和国・ルーニア共和国・ルガリア王国・アシェッタ王国・グロリア王国・トルゴン共和国・ベルビア王国、他22か国からも批難されたんだけども、納得出来る回答が貰える筈もなかった。
俺は頭の悪く成りそうな兄から届いた報告書を読みながら、クロードが淹れた薫り高い珈琲に口を付けて居ると。艶の或るオークの扉を開いて、緊張感の或る表情でウィルがツカツカと気忙し気に俺の聖域へと入って来た。
「ジェローム。ゲルン共和国のシュトーレン外務卿が襲われた。」
「はっ!マジかウィル。確かにスロンの国際経済会議に出席して居なかったみたいだけど、支払い破棄したから会議をブッチしたのかと思っていたよ。」
「ジェロームじゃ無いんだから。ゲルンからスロンへ行く為の乗り換えでフロラルス駅構内で襲われたんだよ。なんとか一命は取り留めたけど重症だ。今はフロラルスの病院で治療中だ。」
「敗戦国の外相を襲ってもな、ウィル。」
「どうもゲルン共和国のナショナル党の一派だったらしいよ。ジェローム。」
「ええー、ナショナル党って第一党に成ったよな?先月の選挙で。連立を組んだ旧軍人のトレイヒ大統領は、ナショナル党のレーヴェから頼まれ副大統領と成ったと言うのに、どういう訳か軍人達の暴走で暗殺されたらしいよ、ウィル。」
「はっ?トレイヒ副大統領って軍人寄りの保守系の社会国民党だったろ?ジェローム。」
「ソレがウィル。暗殺事件を起こした軍人達と言うのは、ナショナル党のレーヴェの仲間である突撃隊だったらしい。」
「ああー、馬鹿みたいに最前線で敵に突っ込んで来る旧プロセン王国伝統の部隊だよな、ジェローム。しかし嫌な部隊を飼っているんだな、レーヴェって。」
「突撃隊の隊長は昔からの友人らしいと書いていてたよ、ウィル。」
「しかしジェローム、少数政党かも知れないけど第一党だろ?社会国民党のトレイヒ党首や社会民主党のシュトーレン党首を殺さなくても、、、。」
ウィルがそう言い掛けた時、艶の或るオークの扉を開いて、トマスが急ぎ足で俺の聖域に入って来て報告書を手渡して来た。
「選挙中ゲルン共産党が国会議事堂を放火したとして、共産党の破壊行為に対抗する為に4年間の期限立法で、ナショナル党のレーヴェは国家と国民を守る為の大統領緊急命令を発動して、ゲルン共和国憲法や憲法で保障されていた基本的人権を停止したよ、ウィル。」
「なんだって!?ジェローム。此れは、レーヴェがトレイヒ副大統領やシュトーレン外務卿を始末したのは、反対勢力を動かし難くする為か。」
「計画されていたような手並だな、ウィル。レーヴェは、ロルカ体制とパルス条約からの脱退を大統領に就いて正式に表明した。それとゲルン共産党の党員を裁判無しで拘束し収監するそうだ。」
「恐ろしいな。しかし、そんな事をしたらヨーアン諸国を敵に回してしまい、大戦の2の前になるだろう。力が衰えている今のゲルン共和国では、大戦の頃より脆いだろうに。」
「まあー、そう思うけど、只さー、ウィル。今って何処も金融恐慌の後遺症でグレタリアンを始めソレどころじゃ無いだろう。レーヴェは此れで良いか、もう一度ゲルンの国民に信を問う為、解散総選挙を今しているみたいだから、後はゲルン共和国民の理性を信じるしかねーよな。」
「レーヴェは選挙中に共産党を片付ける心算かよ。日頃のゲルン国民なら信じる気にも成れるけど、敗戦後、少し落ち着いたら失業だろ?ジェローム。この前レーヴェの演説を聞きに広場に行ったら北部のクーリッジ・ビルみたいなスラム状態で彼が演説始める迄、皆うらぶれて酷い状態だったんだよ。それでレーヴェが演説を始めて暫くすると、群衆の表情に生気が戻って来たのだよ、ジェローム。」
「終わりの見えない飢えとか地獄だものな。王制だったんだから、庶民には決定権も無かったのに国民に課した賠償額が大き過ぎ。グレタリアンとオーリアとグロリアは遣り過ぎだよ。報復感情は分らなくも無いけどさ。なーんか変な奴が現れたし、こういう奴を下手に暗殺すると神格化されて、似たような人間が直ぐに出て来るんだぜ、面倒な。」
俺は、マッチで火を点けた煙草を深く吸い込み、逃げ場のなく成っていた息を思い切り紫煙と共に吐き出した。
ウィルは白髪の混じった短い金の髪を左の手を広げてワシャワシャと掻き乱して、整えられた眉を鼻梁に寄せ、深緑の瞳を閉じて、深い溜息を吐いていた。
ウィルはウィルで、ジョアンが楽しんで暮らせる世界にしたくて動いているだろうに、互いに上手く行かないモンだな。
まぁー、俺はウィルみたいに真面目で正義マンな悪党じゃないから、程々に嫁とジョアンとセインが笑って過ごせる日々を願ってるくらいだけどな。
その為に俺が出来る事と言えば、セインやジョアンには知らないで良い事は知らせないって、努力をするくらいか。
案外とコレって難しいんだぜ。
俺の普段吐き出せない思いを綴るジャックへの日記は今日も長く成りそうだ。




