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ロングロング  作者: くろ
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No65 面倒な人々


   アリロスト歴1929年   12月




 11月終わり、蒸気自動車会社アラード1社の株が大きく値下がりをしたのを受けて、潤沢に資金を注ぎ込んでいた投資家達は、資金を回収が出来なく成ることをを恐れて株を手放し始めた。


 まあ、此れの先導者である投機家は、「売りのケルビン」と呼ばれる男で、マフィアとも繋がっている碌でなしだった。

 金融業と密造酒で莫大な資産を築いていた彼の吹く笛の音を聴いた投資家達の行動は素早かった。

 ウィルの話では、脊髄反射で動けるような奴でないと投機屋には成れないらしいけどさ。



 でも此処まで一斉に投資家達が動いたのは、1917年辺りから続いた景気の良さに違和感を覚えていたからだと思うんだよな。

 乱れ飛んでいたらしい情報の正否は別にして。

 

 (やが)て、恐怖や怯えは一気に市場へ伝染してしまい、12月第一週目の木曜日は「暗黒の木曜日」と呼ばれるように成った。

 その日だけでカーゴなどの株式証券取引所では投身自殺者が13人に及んだ。



 そしてクーリッツ大統領は「景気の波の一環だ」と告げて国民へ「冷静に成るように」と演説をした。



 俺はロンドで幾度かの「不況」と呼ばれた頃を経験し、基本的に面倒臭がりな性格だから兄の会社と系列会社の株と長期国債しか投資はしていないので、自身の事で動く事は無かった。

 兄とデニドーア外務卿から頼まれた奴等には自己判断で株を売ることをディックから勧めて貰った。

 それが7月にロンドから帰国してから9月までのお話。


 運良くと言うか運悪くと言うか、その9月頃に旧ルドア皇帝の親族は、「北カメリア北部に或る銀行ナショナル・トラスト・バンクをルドア革命の際に預けていた金を不当に保持している理由で600万ドルの返還請求を出し訴えた」事を新聞メディアに寄り公表された。

 返還要求は良いけど、旧ルドア帝国のミハイル元皇帝はスロンで生存しているからね、親族の皆様。



 つう事で、資金を引き揚げた数人の証券市場の動きはナショナル・トラスト・バンクを嫌っての動きと見られたようだ。

 まあ「暗黒の木曜日」に向けて売りのケルビン達が種を仕込んでいたようなのだ。

 けど、あくまで噂レベルだとしか言えないけどね。



 俺は、ラジオでの情報を聴いて来たらしいジョアンから、セインと共にクーリッツ大統領の演説の内容を聴きながら、内心でクーリッツ大統領と同じく「国民たちよ、常態に戻れ」と割と本気で願っていた。




 


   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 

  アリロスト歴1930年   1月




 兄からクリスマスにと絵画を贈って来たので、俺は聖域に或る大理石で造らせたマントルピースの上に、その油彩を渋々飾らせた。

 若い頃、俺をモデルに描いていた画家で今は星座画家などと呼ばれているファンタジックな野郎だ。

 兄がジャックの企みに乗り、俺に就けて居たラッセル・アクセルードって画家で、ジョアンも彼の幻想的な神話をモチーフにした絵のファンである。

 俺って煙草を吸うから此の部屋では余り調度品は置かない様にしていたのだけど、それが兄には寂しく映って居たらしい。


 牧神パーンに寄りそう若い頃の全裸の俺似の男。

 牧神パーンは如何見ても兄だろう、ラッセルっ!

 依頼主へ望む絵を描いて(こび)、いや、配慮を忘れぬラッセルは成功しても、気遣いをする画家の鏡であった。


 歳は取っていないと俺は思って居たけど、こうして20代前後の姿を絵画で見せられると、筋肉とか矢張りガッツリ減っていて、しみじみと過ぎ去った年月を想う。

 とうとう俺の身長は170cmを超えなかったぜ、ちくせうー。

 あくまで俺似の絵画だけどな。



 俺がラッセルの飾られた絵画を見て居ると、艶の或る重厚なオークの扉を開いて、にこやかな笑顔を作ってウィルが俺の聖域へと優雅に入って来た。

 俺の近くに置いてあったモスグリーン色のベルベットを張ったアームチェアーへウィルは腰を降ろし、マントルピースの上に飾られた絵画を見て「ほぅー」と声を漏らして両腕を組んだ。



 「ただいま、ジェローム。良い絵だと思うが、エイム公爵に睨まれている様で緊張するんだけど。」

 「ふっ、お帰り、ウィル。そんな効能がこの絵にあるなら俺も飾った甲斐もあるよ。そう言えばロンドで金利を上げただろ?ヤング氏がアレでロンドへ北部の金が流れて行ったとかボヤいてたぞ。」

 「金融街シティの判断で大蔵大臣が許可した。集める必要が出て来たんだろう。ヴェイトの動きが活発化してハーフシチの独裁化が強まっているらしいからな。ハーフシチ書記長と呼ばせるらしいよ。」


 「南部もヤバいと思うけどな、中途加工の製品と北部の禁酒法のお陰で(プラス)された好景気。農業製品の下落は北部と一緒だろうしな。。」


 「ソレはそうだけどね、ジェローム。クーリッツ大統領の常態に戻ろうと言う演説の後、銀行が倒産して行ったのには僕も驚いたよ。」

 「フン、ウィルが大昔に遣ったバート不況と同じだよ。信用不安に陥って、心配に成った預金者が銀行へ一斉に殺到して預金を引き出し、それを支えきれなくなった銀行が潰れると。」

 「アレは申し訳なかったよ、ジェローム。銀行が物理的に閉めるって事も出来ないしな。」


 「まあな、其処で政府が一時的に銀行閉鎖すると適切なアナウンスすれば、少しはマシなんだろうけど、自由党のクーリッツ大統領はしないだろうな。融資が滞って連鎖倒産する企業も増えるだろうな。まあ、北部の企業は製品を作らせ過ぎていたから調整になるかも。」


 「ジェロームは全く他人事なんだから。ジョアンの工場は大丈夫なのか?」

 「其処ら辺は大丈夫だろう。資金を貸し付ける事はあっても借りる必要もないし。大体が借りなきゃならない状況に成ったら、ウィルは何とかしているだろ?俺の手を借りる迄も無く。」


 「ははっ、まあな。」


 そう言って、ウィルは白髪混りの短い金の髪をを左手で搔き上げて、当たり前のように俺の煙草を銀色のシガレットケースから取り、軽く口に銜えて火を点けた。

 ウィルは、マイクロフト首相の堅実な赤字縮小の為に行った、緊縮財政政策を人の良さそうな笑顔で褒めて、煙草を燻らせた。

 ウィルのこう言う所は、ホント正義マンだと思う。

 実直で生真面目な人を称賛するとかさ。

 昔、中央銀行から預けられていた3分の1の金塊を盗んで、グレタリアンを信用不安へ陥れ大不況を(もたら)した大悪党の怪盗バートだったと言うのにな。


 ウィルが良い奴かって?問われたら、アレほど多くの人達の人生を悪い方へ狂わせたんだから、良い奴で在る筈が無い。

 でもって俺の兄も此れから死肉を漁る訳で、、、。

 モリアーニや他の面子も然り。


 アレ?

 俺の周辺て悪党しか居ねーじゃん。

 嫌な事に思い至ってしまった。


 気分を変えたくなった俺はクロードに熱い珈琲を頼み、右腕を伸ばして銀色のシガレットケースの蓋を開け、煙草を一本取り出した。






    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  アリロスト歴1931年   4月



 いい加減、良い歳なのにロンドからゲルン共和国迄足を延ばしてデルラへ戻って来たウィルに、俺は「お疲れ様」と、煙草を渡して労っている。


 何故か、大騒ぎをしているらしいホワイトスワン公邸があるクリストン特区やヨーク市の金融街ウォールなのだけど、まあ、連合政府はフリーウェイの建設も頑張っているようだし、各州政府も公共事業に勤しんでいるし、摩天楼に成る予定のエンパイヤビルディング『帝国ビル』も着工を始めた。


 株だって無限にある訳じゃねーし。


 そんな俺の気楽な予想に反して、上院議員のストップ氏と下院議員のホール氏は連名で、高関税率法をクーリッツ大統領へ提出したと言う。

 約千名近い経済学者達は此の関税法に反対しているらしいのだけど、クーリッツ大統領は署名予定だとか。


 珍しくウィルが束のような書類を繰りながら俺に報告してきた。

 日頃は軽やかなステップで笑顔を振り撒き俺の聖域に入って来るのに。



 「アレ?自由党の党是である為すが儘な経済政策は?ウィル。」

 「実は大戦が終わって2年過ぎたあたり1921年頃から穀物の値段は下落を始めていて25年には供給過多で下落は止まっていなかったんだ。大戦中小麦不足で高値でヨーアン諸国と取引で来ていたから、作付面積を増やして、機械化を進めたらしいんだ。」


 「あぁ、あの大戦で懲りてグレタリアンも穀物の自給率を増やしたし、小麦の関税を上げたもんな。それで穀物の関税自由化を求めていた議員も大人しく成ったし。なら北部も穀物の関税を上げれば良いんじゃね?グレタリアンやオーリアでモスニアなんかも高いから流石に文句は言わないだろう。」


 「工業製品とか84品目にも関税を掛けるらしいよ、ジェローム。」

 「マジか。そうりゃ相手国から報復関税を掛けられそうだな、ウィル。まあ俺は輸出しないと遣って行けないようなビジネスモデルって苦手だから、此の機会に色々と検討して欲しいけどね。でも、此の不況は長引きそうな気がするよ。」


 俺は気楽では無い話題をウィルと気楽に話して居たのだけど、1930年6月にストップホール法『高関税法』が成立し、当然のように各国からも北カメリア北部の輸出品に高関税が掛けられてしまった。

 当然だけどさ。







       ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



   アリロスト歴1931年  5月



 

 大戦後弱っていたヨーアン諸国とドル外交をしていた所為で、安定して居なかった国々も金融機関が破綻し始めて政変なんかも起き始めた。

 ゲルン共和国もそうだけど北カメリアへ経済的に依存している国が多かった。

 そして1931年に成ると北部の失業者が15,9%にも増え、各自治体では失業者向けの給食や宿泊施設を提供し始めた。

 俺も僅かな罪悪感を誤魔化す為に食品や医薬品を購入してポスアード市やヨーク市へ寄付させた。

 ジャックが事あるごとに「俺って銀行嫌いだし信用してない。」って言ってた理由も判ったよ。

 ポスアードの街ですら融資業務をせずに返済を迫っている始末。

 銀行って看板を掲げてるんだから少額融資位しろよって思ったり。


 そして経済国際会議でクーリッツ大統領は恐慌対策を発表する心算だったのに、ゲルン共和国は戦後賠償の債務不履行を発表した。

 ゲルン大手の銀行が潰れて金融恐慌が始まっていたからなー。

 グレタリアンやオーリア、グロリアそしてモスニアも当てにしていたゲルン共和国の資金のショートを確認。


 あのハイパーインフレを抑えた有能なシュトーレン首相は、その後経済が混乱した責任を取って辞任し、今は旧軍人のトレイヒ大統領に頼まれ外務大臣をされてるとか。

 ゲルン共和国内は、ヴェイトの故ローソン代表に影響された共産党や愛国心溢れるナショナル党『国家党』とが対立して居たりと、銀行が潰れ不況に成った事で余計に混迷を深めていた。

 リストラされた元軍人の多いナショナル党が現在ゲルン共和国で第二政党に成ったりもしている。

 

 ナショナル党の党首レーヴェはカリスマがあるそうだ。


 ナショナル党は、再軍備などのドリード体制の打破、議会政治の否定、共産主義者やガロア人の絶滅を声高に叫び、民衆の人気を集めている。

 ゲルン共和国でナショナル党のレーヴェの演説を聞いて来たウイルは、矢鱈と感心して俺に話している。



 「なんか凄い人気だったよ、ジェローム。アレって次の大統領に成るだろうな。」

 「ナショナル党のレーヴェ?」

 「うん。演説して行く内に群衆の熱気が高まるんだよなぁ。しかし、ジェローム、今時、議会政治の否定で民衆が沸くとは思わなかったよ。ロンドで言ったら市民からヤジが飛んでくるぜ。」


 「まぁー、分らんでも無いかな、ウィル。ゲルン国民の一部だろうけど、民主主義に疲れてるんだよ。民主主義つうか資本主義かな。何だか分らない内に戦争に負けて体制がクルリと変わって、今も理由が判らない内に失業してたりね。どさくさに紛れて王制は無く成って居るし敗戦して居るし。」


 「ああ、背後からの一突きって話か、ジェローム。」


 「俺やウィルから見れば、旧プロセン連合王国は遠からず負けるってのは解ったけど、情報統制されていた国民や戦って居た兵からすれば、敗戦したと言われても実感が湧かないモノかもよ。局所的には勝っていた所もあったしね。革命なんて無ければ、勝っていたと言う想いは消えないんだと思うよ。」


 「まぁ、昔からプロセンは戦いに強いって言われていたからな。そしてジェロームにも報告はもう入っているかも知れないけど、グレタリアンは金本位制を廃止して、ポンドを切り下げるよ。ゲルンが債務不履行宣言してからグレタリアンから金の流出が止まらないからね。」


 「ん?つう事はウィル、北部へグレタリアンの金も入って来ているって事だよな?なんで北部の中央銀行は公定歩合を3%以上も引き上げているんだろうな。脆弱なゲルン共和国や政変が在った諸国での金融システムとか持つわけがないじゃん。」

 「まあ、北カメリア北部連合政府も焦っているのだと思うよ、ジェローム。自国の銀行を何とかするので精一杯とかね。それに南部の方も大変そうだしな。」

 「多分、今頃はヤング氏が南部で会談を開いていると思うよ、ウィル。此の国難に統一して乗り越えようとか言っている筈。ヤング氏は死ぬまでに1つの北カメリア国に戻すってのが希望みたいだし。」


 「今なら見掛け上は、南部もプリメラ人奴隷も居ないしな。しかしジェローム、幾ら北部の約3分の1ちょいの人口だからと言って、北部も失業者が多いのに、南部の失業者を合わせると酷い数に成ると思うのだが。」

 「でも、ほら南部はイラドに植民地を最終的に3ヵ所抑えたし、北部はプリメラの西部をゲルン共和国の資産家やグレタリアンから領土の使用権を得ていただろ?資源と輸出先として交渉し合うと思う。」


 「それにカレ帝国からバナン島の開発許可も得たしな、ジェローム。」

 「へぇー、許可したんだ。俺は北部を警戒して許可しないと思ったけどな、ウィル。」

 「モスニアのレオンハルト3世は今回の金融恐慌で北カメリアが焦って、南カメリアに侵攻して植民地の事でモスニアやグレタリアンと戦争して欲しくないんだろう。北部でゲルン共和国の資本も可成り消し飛んだみたいだから、新たな富を供給しようと焦ってるだろうしな。」


 「マジでグレタリアン人て面倒な人々だよな。ウィル。」

 「うん?北カメリア人でなくてか?ジェローム。そう言うジェロームもグレタリアン人だろ?それにセインも。」

 「う、うーん、そうだけどさ、ウィル。でも俺は兎も角も、セインは可愛いから良いんだよ。」

 「ふふっ、確かに面倒な人だよ、グレタリアン的なジェロームは。」

 「うるせーよ、ウィル。」


 ウィルはそう言うと深緑の瞳を細め、目尻に深い横皴を幾本も寄せて笑いながら、煙草を口に銜え直して燻らせた。

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