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ロングロング  作者: くろ
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No64 グッドラック


       アリロスト歴1929年  7月




 ミッシェルがシンシアを出産して1年と5カ月に成る。

 柔らかい髪質は俺に似て、プラチナブロンドはミッシェル譲り。

 そして俺に似たアクアブルーの瞳。

 俺としてはミッシェルに似れば綺麗な娘に成長するのに、と思ったりもしたけど、時間を経て顔立ちがハッキリして来ると、シンシアの可愛さは特別なので、シンシアには此の容姿が最高だと思えるようになった。


 当然だけど、身分制度の無い北カメリア北部の他の人々の家には、エイム家やベラルド家のような代々仕えているような使用人は居ない。

 富裕層の人達は募集して雇っているけどね。

 基本自分の事は自分で遣ると言う北カメリア独自の独立意識が強い。

 ミドル層は洗濯や掃除・子守をシッターへと頼む。

 

 俺の感覚は貴族のジェロームやウィリアムに慣らされ過ぎて居るのかも知れない。


 サマンサ義母さんから家事を教わっていたミッシェルも、幼い頃から乳母やメイドの居る生活をしていたので、妊娠が分かるまではトーエン・ビレッジへ行く度、使用人のいない生活にカルチャーショックを受けて帰って来ていた。

 ミッシェルの1歳の誕生日にジェロームやセイン、ウィリアムを呼んでお披露目兼食事会を催した時にジェロームにその話をすると「ウチはウチ、他所は他所」って言われてしまった。

 うん。

 そうなんだけどね。


 そんなウチ、ミューレン家には現在乳母のフラニーと侍女ロンダ、メイドのハナとダナ、それに護衛と言い張るルーサー、そして遊びに来るサラームと従者のニノ、執事のスペンサーが居て呉れている。

 本邸で勤めていて気安く話せた人達に俺が声を掛けて此の狭い屋敷へと来て貰うことに成った。

 16歳に成ったサラームはトーエン・ビレッジの学校へ通っていた。

 ヨーアン人種系以外の大学進学は殆ど無いのでその内、ロンドに或るフォック・カレッジへ行かせる予定である。




 サラームは本人の希望で新教徒の洗礼を受けさせたけど、北部ではカリント教原理主義な人の発言力と言うか力が強くて注意事項を教えるのも面倒な状態だった。

 グレタリアンよりも発狂し易い人が多くて俺もジェロームと同じように信仰って面倒くさい感じるこの頃だ。

 ジェロームの教育の賜物かも。



 純教徒や美教徒の人達は当然福音主義なので、1900年辺りに始まった公教育で聖書の教えに反する科学的な知識を教える事を拒絶していた。

 聖書無謬説なので、この世の全ては神が造ったと言う天地創造を揺るがすような進化論などの学説は自分達の住む学区の公教育の場から排除していたのだ。


 教育はあくまでも私事であるという教えを俺も受けていたので福音派が多い地区は、そうなるようなって考えていたんだけども。

 

 で、本来なら何ら問題も起きない筈なのに、自由な進歩主義の人達が一石を投じようとして、敢えて純教徒達へ果敢に挑んだりしていた。

 当然、大騒ぎに成りヨーク市で論争が沸き起こった。

 ファンダメンタリストの牧師『創造説』VSモダニストの牧師『進化論』

 二日間の討論で互いに一勝一敗。



 此処までが猿裁判が起きる迄の前振り。



 つうような騒ぎの中、北カメリア自由人権協会って所が純教徒の多い地区で進化論を教える人を公募し、その人が教師に成れたので学校で進化論の説明を軽くしてみた。

 それを知った父兄は大騒ぎに成り、その教師を起訴した。


 て言っても此れって裁判で町を有名にしようとした顔役たちに教師は頼まれたらしい。

 ホント、大人ってさ。

 嫌、俺も大人なんだけども。


 北カメリア自由人権協会の人達は裁判に勝って、公教育で進化論を教えれる様にすることを意図したそうだ。

 結局は検察側が勝って北カメリア自由人権協会が負けて、公教育では進化論を扱わない事になったのだけどね。

 そんな裁判結果の報告を俺はトマスからジェロームの近くで聴いていた


 俺は熱心な新教徒って訳じゃ無いけど進化論には懐疑的だったりする。

 まあ人や企業に当て嵌めて社会進化論を提唱している人が多くて気持ち悪いって言うのもある。

 特にビジネスの世界では優秀な北カメリア人達が敵を排除して生き残るのは当たり前ってな言説が多くて辟易していた。

 進化論の自然選択説がそう言う学説で無いと俺も判っているけどね。


 「ジョアンが心配しなくても読書好きな子供なら公教育で学ばなくても自分で調べるよ。」


 裁判の結果を聴いて黙り込んでしまった俺にジェロームは甘く低い声で慰めて呉れた。

 俺が黙り込んでしまったのは子供達の事よりも、どうしようもない言説の所為なんだけどな。





 左肩で1つに纏められた淡い金糸の髪を揺らして美しく整った容姿の侭、ジェロームは俺に甘く低い声で話し掛けて、左隣に置かれたサフランイエローのベロアの生地を張ったアームチェアーに座る少し元気に成ったセイン・ワート博士を静かに眺めた。

 昨年末から元気のなかったセイン・ワート博士だったが、ジェロームと一緒に本邸で映画を観たり、ジェロームとロンドまで行って娘のオリビア嬢や孫に逢って戻って来てからは、以前のように大きく丸いブラウン系の瞳で快活で優しい笑顔を見せて呉れるように成った。

 ジェロームはセイン・ワート博士の瞳を飴色って呼ぶけど、俺には今一つ分らない謎な色だ。


 でもセイン・ワート博士がニコニコとした笑顔で居るとジェロームの機嫌も良いので俺も嬉しい。

 色々な意味で。



 ウィリアムから、セイン・ワート博士の落ち込んでいる理由は、ポリゴン博士との痴話喧嘩が原因とシャレに成らない冗談を俺に素敵な笑顔で話して来たりもされた。

 全くウィリアムは真に受けると酷い目に遇う冗談をこうして囁いて来るのだ。

 気を付けよう。

 素敵な笑顔をする時のウィリアム。



 「ジョアンは近頃、ポスアードの街へは行くのかい?」

 「いえ、ジェローム。ポスアード港にはヨークへ行く時に向かう為行くけど、街には行きませんね。」

 「そう、なら良かったよ、ジョアン。近頃は一攫千金を狙って地元の下町で悪ぶっている奴等がカーゴやヨークのマフィアの真似をしてギャングを作って密造酒の販売をしているみたいだからさ。」

 「ああー、あの派手なガラの悪い集団かな?ジェローム。」

 「そうそう、セインにはリオンを就けて居たから心配して居なかったけど、どうもカッポレと手を組んだと言う情報が入ったから、念の為にジョアンにも教えて於くよ。」


 「は、はい、ジェローム。しかしカッポレは船での密輸が得意と言っても、カーゴから可成り離れているのに、ポスアードの港迄カッポレは手を広げているんですか?」

 「船で往来出来る所を今は他のマフィアと競って、抑え合っているみたいなんだよ。全く迷惑な話だよ。丁度、北部ではハイウェイ網を作る工事をしているから案外成金も増えているみたいで、他の州でも稼ごうって心算みたいだね。」


 「ハイオの工業地帯では元から破落戸集団が居るからね。でもソレはグロリア系の居住区では無いね、ジェローム。あそこら辺はランダやトラッドランド、ガロア、プリメラ人が多い筈だよ。」

 「プリメラ人もですか?セイン・ワート博士。」

 「あぁ、残念な事にね、ジョアン。貧困の中で暮らして居ると行き詰まる人も居るからね。それに北部でもプリメラ人が受け入れられている訳じゃないから。」


 「しかし、世の中はこれ程までに好景気なのに。」

 「ふふっ、それはジョアンも景気の恩恵に与れる場所に居るからさ。減税してくれたクーリッツ大統領にジョアンは礼を言って於かないと。まあ何系だろうとカッポレは敵対して来たら部下に襲撃させるだろうなー。其処ら辺は容赦なさそうだし。」



 ジェロームはそう言うと珍しく氷入りの麦茶に口を付けて美味しそうに飲み始めた。

 俺もセイン・ワート博士もジェロームのその仕草に釣られてクロードが置いてくれた氷と麦茶の入った冷たいグラスを手に取り、カラカランと氷の音を立てて喉を潤した。



 俺は手に着いた冷たいグラスの滴を青い綿のチーフで拭いながら、優しい空気を漂わせ俺を見詰めるジェロームとセイン・ワート博士の視線に気付き、思わず照れ臭くなって開いたフロラルスの窓から室内に入って来る7月の明るい陽射しへと視線を移した。






       ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



     アリロスト歴1929年  7月




 俺はバツの悪そうな顔をして照れて視線を外したジョアンを微笑ましく思いつつ、7月の風に静かに揺れるレースのカーテンを観ながらロンドでの事に思いを馳せた。



  凹んでいたセインを連れてロンドへ戻り、セインをオリビアの居るラットン伯爵家のタウンハウスへ送り、俺は兄の待つ南セントラルの旧男爵邸へと向かった。

 丁度あの頃は色とりどりの薔薇の花々が見事に咲き誇り、庭園を渡る6月の風へ心地良い薔薇の薫りが混じっていた。


 「貴族屋敷の多くが貸し出され見知らぬ人間が住む様になった」と80歳に成っても、相変わらず鋭い目つきを俺には甘くして兄は零していたけれど、タウンハウスの多い旧男爵邸周囲の街並みは思ったよりも変わって居なかった。

 淡い金糸のような兄の髪も、今は淡雪のような綺麗な白糸の短い髪を後ろへ流して整えていた。

 細い髪だったから禿げると思って居たけど兄の細い糸のような髪は根性が座っていた。

 うん、此れなら俺も大丈夫だな。

 兄と髪質が似ている俺は18年後も禿げる恐れが無くなりホッと安心していた。

 やっぱり在った物が無くなるって寂しいじゃん?


 でもって、そんな髪の毛のような妖怪ぬらりひょんデニドーア外務卿が亡くなり、兄と俺へあの世からの手紙を何と無くデニアード外務卿の面影を残す息子から送って来た。


 「グレタリアンの為に死ぬまで働け、エイム兄弟。デニアードより」


 つうような内容を兄と俺へ長々と書いて送って来たのだ。



 「兄上、どうします?」

 「知るかっ!そう言わせないのがデニドーア外務卿らしい、、、が、腹立たしいよ、ジェローム。」

 「俺なんか兄上の序に巻き込んでるだけですよね。全く始末に負えないジジイだ。」

 「全くだ、ジェローム。」


 俺は兄と目を合わせて、デニドーア外務卿の置手紙を放り出し大きく溜息を吐いた。

 兄の遣らかしと此れからの遣らかしを俺は妖怪ぬらりひょんデニドーア外務卿の手紙で知らされ、溜息のような紫煙を深く幾度も吐き出す事しか出来なかった。


 紛れもなく兄は正真正銘の悪党で、この世界の多くの人達から地獄へ落ちろと呪われる存在だろう。

 しかし、俺は此のアホで悪党な兄を憎めないしな。


 俺の為、北カメリア北部を壊し兼ねない激重でアホな愛を示す兄が何だか切なくて、そして愛おしいく感じていた。

 俺も老いたのかも知れないな。


 仕方が無いので妖怪ぬらりひょんデニドーア外務卿の言葉を聞いて於くか、そう俺は内心でゴチた。



 俺は大好きなセインの丸く大きな飴色の瞳を眺めて、兄と過ごした6月の頃を思い返していた。

 耳に心地良いジャックに良く似たハスキーなジョアンの声は、開いたフロラルスの白い窓から流れ込む風に乗り、俺の耳の奥へと届いて来た。



 そして心が凪いで落ち着いた俺はクロードに連絡を取るべき相手の名を告げた。






       ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  アリロスト歴1929年  10月


 

  俺は頼んでいた本邸からの報告書を読むと「ヤッパリか」と納得していた。

 自動車、住宅も或る程度の収入が無いと、そうそう購入出来るモノでもないのに案外と販売されているようだから其処まで賃金が上がったのかと思って居たら、月賦販売と言う支払方法を取っていた。

 俺って物を購入しない奴だから、こういうのって疎いんだよな。


 そしてラジオ、洗濯機、冷蔵庫、蓄音機なでの電気製品やファッション関連と1927年頃から販売量は鈍化していて、此れって買える人は一通り購入しているつう飽和状態じゃねーか。

 てか、農作物も農機具導入で大量に作っている所為で値段が下がっているし。

 だから俺は北部の労働者に仕事を遣らせ過ぎってヤング氏へ告げてたのに。


 

 

 で、好景気の中で株式ブームは続き、オマケに中央銀行は通貨供給量を引き上げているから、ジャブジャブの投機経済が続いていたのか。

 元は余剰資金のあった銀行が株式仲買人達に金を流すから「株式ブーム」なんて起きてこんなギャンブルが蔓延しちまう蜃気楼な世界になっていた。

 どうせなら心地良い目覚めを用意して欲しかったものだ。


 

 「私は北カメリア北部には、何も仕掛けてはいないんだよ、ジェローム。」

 

 

 つうてロンドで兄は俺にボソボソと話していた。

 はいはい。


 祭りの後で収穫するだけなのだな、兄よ。


 面倒だったが妖怪ぬらりひょんデニドーア外務卿の遺言通り、モリアーニを含めた数名に事前情報は届けて置いた。



 開幕ベルは、中央銀行が通貨供給量を引き締めを始めた頃かな。

 

 グット・ナイト。

 グッド・ラック。

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