No56 プレイリスト
アリロスト歴1924年 8月
あれから一週間もヨークで滞在してスピークイージ・カルチャーを愉しんだ面々は、その後デルラで過ごしたり、アカディア州で有名な島々に行ったり、ルイスの研究所を訪ねて行ったりと、思い思いのバカンスを堪能していった。
小さい子供が心配だからとオリビアとユージン、そして兄の嫁シルビアはヨーク市からデルラに戻って2週間滞在した後、グレタリアンへと帰国した。
そしてウィルがパトに孫娘サブリナは自分がロンドの屋敷へ送ると告げて、パトが南部に居るレナードの元へと行けるようにして遣っていた。
「会いたい人には会って於かないとね。」
そう言って、ウィルは短い金の髪を右手で搔き上げて、深緑の瞳を細め目尻に幾本もの横皴を寄せて、人好きのする笑顔を俺に向けた。
でもって、皆が本邸に滞在している中、そんなウィルに唆されて幾枚かの集合写真を撮ったり、ジョアンが連れて来たチャーリ・チャックに本邸へ集った人々を撮影させたりしたのだけどさ。
俺ってジョアンが映画に出資してるとか知らなかったよ。
初めは、写真や映像を断ろうと思ったんだけど、ジャックがモノの見事にこの世界で何も残して居なかったのを想い出して、俺はジョアンの為に残して見ようと思ったんだ。
まあ、神か悪魔の所為で、如何残るかは分からないけどな。
そのチャーリー・チャックは、ミッシェルやレイチェルやサブリナ達に、自分の映画に出て欲しいと口説いてたんだけど、グレタリアンの身分的に無理だと思うよ。
そして兄の息子フレデリックは何となくパトの孫娘サブリナと仲良く成って居るし、ジョアンの友達ルイスとウィルの娘レイチェルは初々しい空気だし、信じられない事に、ジョアンとクロエの娘ミッシェルとで、キャッキャッウフフと盛り上がっていた。
おい、ジョアン。
ミッシェルは、美人かも知れないけどグランマ・クロエの娘でちょい性格悪そうだぞ。
そしてルスランは溺愛する娘を心配してウロウロしているのをクロエに止められていた。
ニックはシェリーやパーシーっと懐かしそうに歓談していたり。
そんなカオスな空気を俺が本邸を覗く度に見せられて、8月の中頃になると皆、三々五々で其々の家路に戻って行った。
まあ、俺も兄とゆっくり語り合えて、互いのこれからを話し合えた。
壮大な構想は相変わらずだけど、こんな歳に成った俺やジョアンを想っての事だと思うと、そんな兄もまた愛おしいと思えるように成っていた。
別れ際に「もっと頻繁にロンドに顔を出せ」と兄に言われたので、「努力します。」と答えて、互いに唇の右端を微かに上げて、良く似た微笑を交わした。
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アリロスト歴1924年 9月
兄が単純にバカンスを堪能する筈も無く、デルラに或る本邸に滞在出来るから、ロンドを離れられたってのもある。
兄は本邸でモリアーニと会ったり、ヤングと会ったり、どう見ても悪人悪党達と会ったりして楽しそうであった。
ソレをコッソリ伺っていた俺は、兄って悪党収集マニアなのかと、内心でボヤいていた。
何故コッソリか?
俺は此れ以上悪党とは縁を持ちたくないからだよ。
兄と違って、俺はセインやジョアンみたいな変な悪意を持たない奴等が好きなんだから仕方ない。
そんな事を考えながら、俺は煙草を燻らせていると、艶の或る重厚なオークの扉を開いて、人好きのする笑みを浮かべたウィルが俺の聖域へ優雅な足取りで入って来た。
相変わらず暗めなスーツ姿だったけど、襟元に金の飾りを着けていたので、ウィルの中でマイケルの喪が、やっと開けたのだろう。
俺の右向かいにあったモスグリーン色のベルベットを張ったアームチェアーへ、ウィルは腰を降ろして、長い足を組んでクロードに珈琲を頼んでいた。
「ただいま、ジェローム。」
「お帰り、ウィル。パトの孫娘サブリナは無事屋敷へ着いたみたいだな。」
「僕が送って着けない訳は無いだろう。そうだ、ジェローム。僕は後でルイスの研究所へ行かないといけなくなった。」
「ん?ジョアンとの会社の話ではなさそうだな、ウィル。」
「ああ、娘レイチェルとルイスとの婚姻話が進みそうでね。レイチェルとジョアンを婚姻させたいと僕は思って居たのだけど、想いどりには行かないな、ジェローム。」
「ふふっ、まあウィル、今は親が勝手に決める婚姻なんて少ないさ。嫡男の婚姻でも、一応は婚約前に互いの顔合わせをする時代だからね。どっちかと言うと貴族でない資産家達の方が、今は煩いかも知れないな。そういやジョアンはサマンサの娘ミッシェルと付き合うみたいだよ。ジョアンはペンフレンドだと言って居たけどね。」
「ミッシェルはルスランに似て綺麗だしな。まあジョアンとルイスは共同経営者だし、その妻に娘のレイチェルが成るから、詰りは僕とジョアンの家族としての絆は強まったわけか。」
「はぁ、ウィルは未だそんな事を言っているのかよ。つうか此の屋敷の中で一番にジョアンと過ごして居るのはウイルだろう。全くさ。そういやサブリナの家格が足りないから養子に入れると兄が言っていたな。」
「おお、フレデリック卿とパトリック卿の孫娘サブリナも決まったのか。」
「ふん、どうせ今回、ウィルがジョアンの相手を見つける為に、パトにも知らせて下準備をしていたんだろ、白々しい。しかし33歳のフレデリックが三つ編みの17歳少女に惚れるとは思わなかったよ。」
「いやあ、僕はまさかサマンサ夫人が娘を連れて来るとは思わなかったよ。僕はジョアンがレイチェルかサブリナ嬢かのどちらを選ぶかな?と来る前は悩んでいたんだが。ヤラレタよ、ジェローム。」
「ウゼーよ、ウィル。サマンサには家族で来いと去年グレタリアンに行った時、俺が誘ってたんだ。」
「まー、仕方ないか。そう言えばジェローム。スピークイージに行った時に聴いたんだが、州を跨いで捜査出来る連邦局を前に作っていただろ?FPBだったか。滔々、北部連合政府が、ソレを動かしてスピークイージ狩りをするようだよ。」
「遅っ、やっとかよ。此れだけ大っぴらに営業出来るって言うのは各自治体の権力者と繋がっている証拠だしな。しかし、捜査が入るってのが漏れるってのは、ウィル。」
「うん、中央でスピークイージの為に動いた奴がいるって事だね、ジェローム。」
「確かカーゴで銃撃戦が合ったんだよな、ウィル。」
「ああ、カーゴ市のスピークイージを取り仕切っていたギャング団のボスと自分が呼びこんだマフィアのチヤ・デ・カッポレと揉めて争ったらしい。そのボスが死んで、今はチヤ・デ・カッポレが残ったギャング団も吸収して裏を取り仕切り始めた。元々、此処までスピークイージを流行らせたのは、カッポレのアイデアだったしな。ヨーク市は仲間に任せているらしいよ、ジェローム。」
「銃撃戦も在ったのにさ、カッポレは逮捕されないのかよ、ウィル。」
「カッポレは現場に行って無いらしいよ。有名な弁護士も雇っていたみたいだし。」
「はぁ、マフィアも弁護士を雇う時代か、ウィル。」
「報酬次第だからな。ジェローム。」
「所詮は法衣貴族か。昔から利益の為に法律を弄る性癖は変わらないか。マジでクソったれだな。」
「また、古い言葉をジェロームは使って。ふっ、でも今や映画業界やビジネスマンにとって、スピークイージは無くては成らない場所に成っているから、上からの命令で完全な排除は難しいよ。」
「確りとショービジネスの世界に組み込まれているのか。ヤレヤレだな。」
「元々、映画業界の活動拠点はヨーク市やカーゴ市だったからな、素地が合ったんだよ、ジェローム。禁酒法以前からね。それに権利問題で屡々クレソン社と裁判が起きているから、有能な弁護士も多いのさ。」
「既にヨークは魔界に成っていたか。余り危険地帯にジョアンを連れ出すなよ、ウィル。」
「其処は大丈夫だよ、ジェローム。僕達だけじゃなく、ルーサーやニノ達もジョアンをフォローしているからね。」
1922年に禁酒法が施行されてから未だ2年だ!っつうのに、非合法な奴らの組織化の素早さよ。
一般人たちの受け入れの速さも、表で声を出せなかっただけで、「反禁酒法」の人が多かった事を窺わせる。
『酒の販売を禁止します。』
『ええーー!ちょっ、待てっ!』
てな感じで。
保安官たちも酒の売買を観ても、基本的には何もしないようだし。
正に、法の有名無実化だな。
まっ、有名無実化されている法案は此れだけじゃ無いけどな。
ベンジャミン・ヤングが二期目の大統領時代に法案化したヤング反トラスト法なんてものも、結局は骨抜きになって、効力は発揮されていない。
鉄鋼、銅、鉄、砂糖、酒、石炭、製紙なんてモノ等は北カメリア北部でトラストが完成していた。
酒は現在、如何なっているかは分からないけどね。
結局は、苦労して無くしたギルドを大きくして復活させただけ、と言う歴史の進歩なのだか、後退なのだか不明な状況だ。
反トラスト法違反だと訴えても、有能だと呼ばれている企業弁護士達は、法律の文言の曖昧さを突いて悠々と無罪にしちまう。
グレタリアンから自ら司法関係者作れる権利を取り戻し、北部で認可する話を聞いて、優秀なモノを北部に送り込み、弁護士にしていた兄は流石である。
つうか俺の傍に居て何やかにやで有能なウィルは便利だけど、忌々しい。
有名無実な禁酒法の話は置いて於いて、しかし、パトの孫娘サブリナと兄の嫡男フレデリックが婚姻したら、あの呪われた男パトと縁者に成るのか。
勘弁してよ。
俺は若い頃の兄に似たフレデリックの風貌を想い出す。
まあ兄よりは威圧感も無いし、デルラでは皆とも話せていたから、プチ・エイム公爵って感じだった。
で、パトの初代嫁が産んだ娘の娘サブリナ。
学生時代パトが余りにも節操なく、彼氏や彼女を作るので娘2人を連れて家出、後に離婚。
独身に戻ったパトはより一層の自由を本能の侭謳歌して、下半身を充実させていた。
その所為で色々な事件に巻き込まれ、その度に「助けてジェリー!」と俺のジェローム探偵事務所へ泣き付いて来ていたのがパトだった。
全くパトは俺の好みでは無いのだけど、俺が覚醒する前のジェロームが抱えるプレイリストの1人だった。
俺は内心でジェロームに愚痴ったさ。
「相手を選べよジェローム。色男でもパトは無しだろ、常考。」
しかし、そんなパトが一世一代の恋をした。
相手は穢れを知らぬ純粋天使レナード。
『恵まれない子達を助け教育を与えたい』つう天使レナードの願いを成就する為に議員だったパトはあらゆる努力を払いファン活動に邁進していた。
二度と婚姻しないと言う自ら課していた誓いを捨て、レナードに迷惑を開けない為に資産家の娘とも白い婚姻をし、それでも尽きぬ熱いレナード魂。
まー、資産家の嫁もパトに勝るとも劣らないレナードファンなので、夫婦揃っての微笑ましいファン活動ぶりだけどな。
そんなハッピーなパトと俺が覚醒する前に、離婚していた初代嫁。
パトは下半身が自由過ぎるだけで、脳内お花畑の裕福なパトリック・ウォーゼン子爵だった。
一方的にパトが悪いので、離婚に際して十分な慰謝料と2人の間に生まれていた姉妹への養育費は初代嫁に当然支払われた。
当然だけど、家令の手によって。
軈てパトの人生とは一切関わりなく、パトの娘2人は婚姻し、今回デルラに来た孫娘は、暗号作成をしていた教授と婚姻した妹の娘。
その教授の助手をしていた妹も才能が有り、独自の法則を作り出した才女だった。
パトの娘なのに凄い。
孫娘サブリナの母親は教育ママだったらしいけど、そのお陰かパトの孫娘サブリナも、数学においては可成り優秀だとか。
by 兄の調べ。
もう取り込む気満々なのだな、兄よ。
案外、兄は今回のパトの孫娘サブリナをウィルがパトと連れて来る一件に手を貸したのかも知れん。
まさか息子フレデリックのハートをサブリナにゲッツされるとは、兄も思わなかっただろうけど。
で、サブリナの父親は男爵なのだけど、優秀な学術論文を認められての叙勲だったので、正式な貴族って訳でも無い。
領地も無いしね。
つう訳で、次期エイム公爵を継ぐフレデリックへ嫁ぐには、サブリナの家の家格が足りないって話に成った。
パトの娘ならギリOKっだったかも?
うーん、やっぱり厳しいな。
其処で今はパトの孫娘サブリナの養子先を選定中。
パトは兎も角、父親も母親も優秀だし、俺とかは其処まで気にする必要は無い、と思って居るんだけど、そこそこ拘りのある人達も居るらしいってか、フレデリックの婚姻を気にして無かった癖に兄が血への拘りを一番に持って居そう。
「それで、ジェローム。ジョアンとミッシェル嬢は、どんな具合なんだ。」
「どんな具合つってもウィル。ジョアンからは、ニックの妹ミッシェルとも文通をするように成った、としか俺は聞いて無いから詳しく知らないよ。」
「そんなジェローム、投げ遣りな。」
「進展が有れば報告するだろうし、こういうセンシティブな案件は、本人から話すまで、俺は待つ主義なの。気に成るならウィルが聞けば良いだろ?ジョアンも保護者代わりの俺が聞くより、ウイルの方が話し易いだろうさ、タブンね。」
「ふっ、そうかもな。仮にもジェロームは義理の父親だし、僕の方が話し易いな。」
ウィルはそう言って短い金の髪を右手で搔き上げてから、嬉しそうに深緑の瞳を細め目尻に横皴を寄せ、大理石の灰皿に置いていた煙草を抓み取り、口に銜えて美味しそうに紫煙を吸い込んだ。
こうやって、チョコチョコと俺に対抗心をぶつけて悦にいるのは、ウィルの仕様である。
はあー、疲れる。
まっ、ジョアンとミッシェルは直ぐに婚姻するだろう。
ルスランをクロエが上手く説得出来ると良いけどなー。
俺への対抗意識で下手にウィルに知られて余計な手出しをされると面倒だし。
俺はジョアンが恥ずかしそうにミッシェルとの婚姻を話した時を想い出しつつ、クロードが淹れた薫り高い珈琲に口を付け、笑みと共に喉の奥へと流し込んだ。




