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ロングロング  作者: くろ
55/85

No55 惜別


    アリロスト歴1924年  6月




 ヨーク市へ出掛けて行くセインを玄関ホールから見送り終えて俺は自分の聖域に戻ろうとしていると忌々しいウィルが螺旋階段から降りて来て笑顔で話し掛けて来た。


 「なんでロッジに居るんだよ。娘と本邸に居ろよ、ウィル。」

 「いや、ジェローム。娘と居ても話す事って無いんだよ。」

 「知らねーよ。つうか、ウィル、娘も知らない屋敷で独り放置されても困るだろう。」

 「ああ、大丈夫だよ、ジェローム。側付きのメイドやジョン達がいるからね。」


 俺とウィルは話しながら、部屋の前まで来て艶の或る重厚なオークの扉を開いて、俺の聖域に入って行った。


 俺は臙脂色のベルベットを張ったアームチェアーへ腰を降ろしてクロードに珈琲を頼むと、ウィルも同じように頼み、モスグリーン色のベルベットを張ったアームチェアーへゆったりと座り長い脚を投げ出した。


 「つうか、なんで一番最初にウィルが来るんだよ。」

 「娘のレイチェルがマイケルが生前住んでいた屋敷を見たいと言うのでね。小さくて驚いていたよ。」

 「全く、ちゃんとマイケルとウィルの趣味だって言ってるんだろうな。エイム家で酷い扱いをされたなんて噂は勘弁してよ。俺は兎も角として兄に迷惑は掛けたくないからな。」

 「当たり前だろ。ジェロームやジョアンに僕は感謝して居るんだよ。きっとマイケルもしている筈さ。」


 「まあ、ジョアンには感謝して居ると思うよ、俺もね。」


 相変わらず喪服代わりの暗めのスーツを着ているウィルを眺めて、俺は銀色のシガレットケースを開けて、煙草を一本取り出し、口に銜えてマッチで火を点けた。

 マイケルの死に触れ、俺は改めて死を意識して、今回の集いを想ったのかも知れない。

 自分が此の世界から居なく為った後のジョアンの行く末を考えるように成った。

 俺は、いつも兄の光明の面影を追い掛けて行く側だったから、緑藍の頃は後の事等を気にしたことも無かったしな。


 「そう言えばジョアンが工場にグレタリアンの労働法を作ったらしいよ、ジェローム。」

 「ふっ、それはまた。ウィルのメクゼス博士の話にでも、感化されたのかね。社会論を拗らせているニックとも話が合いそうだな。」

 「それとも違うんだよな。スピークイージでダンサーやシンガーと話をして、大変だった工場労働の話を聞いて、自分から自社工場を調べさせたみたいだよ。それで酷い労働条件だったからグレタリアンの労働法を読んで変えたみたいだ。」


 「へぇー、まあジョアン達の会社は他に株主も居ないし好きに出来るか。もっと大掛かりな製品を作るように成ったら、市場から資金を集める必要も在るだろうけど、今の所は俺のフォローは要らなそうだな。つうか、ウィルが絶対に手伝ってるだろう。」


 「少しだけだよ、ジェローム。」

 「ホント、ウィルはジョアンに甘々だよな。」

 「それはジェロームもだろ。ジョアンが欲しがっていた葡萄畑を買うのを手伝って遣っただろ。ヤング氏が首を捻りながら僕に聴いて来たぞ。」

 「まあ、アレは西部に丁度売りに出ていた安価なブドウ園が合ったんだよ。それでヤング氏に紹介して貰ったんだ。資金はジョアン自身が出したよ。ウィルの言ってた投資だそうだ、ふふ。」

 「僕の言っていた投資とは可成り違うけどね。」


 「しかし、ウィル。ワインが作られなくなって、ブドウ園が投げ売りみたいに成っていたよ。此の侭禁酒法が続いたら、北カメリアで根付いていた酒が無くなってしまうな。」

 「それも覚悟の上なんだろ、推進していた連中は。でもジェローム、飲酒用の販売が無くなった所為かアルコール燃料が今まで以上に作られているよ。車の燃料にするのは、今は未だ安全性に問題がるけどな。植物オイルは不純物が多いけど。電気自動車は未だ未だだしな。」


 「それこそ何とかするだろうウィル。問題をクリアするのが生き甲斐みたいな人種が多いからさ。」


 俺とウィルはクロードの淹れた薫り高い珈琲を口にして、それぞれの未来を思い描きつつ琥珀の薫りと苦味を愉しんだ。

 


 ふと俺は蒸気自動車に乗ったり、蓄音機を聴いたりする兄を想像してみたけど、整った顔を僅かに歪める姿しか思い描けなかった。









          ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




   アリロスト歴1924年  7月




 本邸の広間には、フロラルス製のロココ調デザインのソファーや安楽椅子が並べられ、思い思いの席に俺が呼んだファミリー達が座っていた。

 兄には特別に金と緋色のウィングチェアーを用意し、此の屋敷のキングとして座って貰った。

 淡い金糸の短い髪を中央から左右に分けセットした兄にクリソツなフレデリックは、ワインを片手に兄の近くでジョアンとルイスと話をしていた。

 ふふっ、兄め。

 ジョアンの声は耳に心地良いだろう。

 確りと堪能して呉れ。

 俺の細やかな兄孝行だ。


 ウィルとパトはクロエとルスランを囲んで何やら盛り上がっている。

 クロエ。

 ジジイばかりだけど、一応はイケメン・ハーレムだぞ、嬉しかろう。


 そしてウィルが呼んだシェリーとパーシーが居た。

 ウィルと一緒にマイケルが住んでいた青い小屋を見学して、飾られているマイケルが描いた絵を見たそうだ。

 涙腺の弱い心優しきシェリーとパーシーの目が未だ赤く潤んでいた。

 シェリーの物語のお陰で、挿絵を通じて家族や見知った友人以外とも接せれたと思う、とジョアンと一緒に頭を下げる位には、感謝をしている。

 ジェローム探偵事務所の皆の妹だったシェリーも立派に成った気がするよ。


 昔はウブだったパーシーも、すっかりオッサンに成って貫禄マシマシだった。

 シェリーに「パーシーに餌を与え過ぎ」って言うと、俺の背中をバシバシと叩きやがった。

 お前は何処のクロエなんだ。

 幾らクロエを尊敬しているからと言っても仕草迄は真似るなよと、俺は内心で呟いた。

 べ、別にクロエが怖い訳では無い。


 まあ、俺とシェリーとパーシーは同じ1867年生まれなので、クロエから3人組扱いされていた。

 パーシーと俺は、同じパブリックスクールに通っていた。

 学生時代は殆ど喋った事の無かった旧友だけど、依頼人として現れてから、俺の数少ない友人に成った仲だ。

 


 そのシェリーの右近くには顔見知りのセインの娘オリビアと俺の息子でもある夫ユージンが居た。

 セインはユージンを何処となく俺に似ていると言うけど、ピシリとした軍人らしい言動を見ていると似ている所を探すのが難しい。

 金糸っぽい髪なんだろうけど、刈り上げ過ぎてカナリヤの頭部みたいだ。

 オリビアよ、ユージンのその髪型で良いのか。

 36歳同士でアダルトなカップルの近くに、明るい栗色の細い髪を結ったシルビアと挙動不審な白金にアイスブルーの瞳のニックと悪戯っぽいアイスブルーの瞳で、それを伺う妹のミッシェルが居た。

 うぇー、ミッシェルのあの表情って、下宿112Bでシェリーとパーシーのお見合いを愉しんで見ていたクロエにそっくりじゃん。

 流石はクロエの娘だぜ、ミッシェル。

顔見知りだからとニックがオリビアに近付いたら、兄のユージンに近付いたシルビアと思わぬ近さで驚いているニックの図と俺は予想。

 挙動不審な兄ニックをニマニマと観察するイケずな妹ミッシェルか。

 兄弟の力関係が伺えるな、クロエ。



 でもって、シェリーの左近くには、ウィルの娘レイチェルとシェリーの本のファンだと言うパトの孫サブリナが居た。

 レイチェルもサブリナも父親と祖父さんに似て明るく外交的でシャンパンを飲みつつ、何やら歓談中だった。

 ウィルの娘レイチェルは、艶やかな金髪を内巻きにして両耳朶後ろからシンプルな緑のリボンを通し、清潔感の或るお嬢様なスタイル。

 深緑の瞳がウィルに似て居る所為か何処となく忌々しい。

 

 焦げ茶色の髪を鉄の女セーラの如く中央に分けキッチリと左右で三つ編みを作り、アンバーな瞳を煌めかせて、レイチェルの話に頷くサブリナも、パトに似て整った綺麗な容姿をしていた。

 エー、何?

 その鉄の女セーラの髪型って流行ってんの?

 後でパトに訊いてみよう。


 俺は兄の斜め前のソファーにセインと並んで座り、ブランデーを飲みつつ室内の皆を眺めて、勝手に注釈を入れて愉しんでいた。

 兄は軽く目を閉じて、何かに想いを馳せている様だった。

 俺は左手でセインの大きく暖か手を握り、深いブランデーの薫りと味に身を委ねた。


 1884年にこの世界で目覚め、俺は死ねなかった事を絶望した。

 

 そして俺はジャックとクロエだけ居れば良いと思って生きて来たけど、気が付けばクロエの家族、兄の家族、セインの家族、後は探偵として歩んできた俺の軌跡から出来た縁。

 ジェロームの肉体から出来ていた縁は濃厚だ。

 セインやパーシー、パトも刹那的で死にたがりだったジェロームが繋いでくれた縁だ。

 当然だけど兄もそう。

 

 そして兄によく似たラットン先輩もそうだ。

 同情心と暇潰しで、ラットン先輩の願いを叶えて作った、俺の子供達が兄やセインの娘との繋がりを太くしてくれた。

 そう言えば、ジャックには昔、子供が居るとだけ酒を飲んだ時、零したこともあったっけ。

 俺は、子煩悩なジャックの気持ちは理解出来なかったけれど、ジョアンを拾ってから徐々にジャックが言っていた話を実感出来るように成った。


 思えば40年、投げ遣りだけど俺も頑張ったと思うんだよな。

 此処に集まった縁は、ジョアンに繋がれるだろうか。

 そんな事を想いながら俺はセインと二杯目のブランデーに口を付けた。




 なあ、マイケル。

 こんなふざけたカタチでのお別れの会で許してくれるか?

 俺はジョアンにまた哀しい顔をさせたくないんだ。

 一度も話した事はないけどさ、それでもマイケルとの別れを俺は惜しんでいたんだよ。

 皆も口にしないだけでウィルの喪服の意味は知っているからさ。







 ロンドから船旅で一週間掛けてデルラに来た旅に疲れも癒えた三日後、俺のファミリー一団は俺と兄を残してロンドで噂の熱気あふれるヨークへと向かった。

 「向こうでも一泊する」とウィルが嬉しそうに話して、ジョアンと共に皆を引率してヨーク・ガイドをするそうだ。

 パトは、レナードを求めて、南部に行きたそうだったけど、孫のサブリナを1人残して行く訳にもいかず、渋々皆とヨークへと旅立った。


 「お祖父さま、一緒にヨークへ行ってくださいませんか?」


 そう伏し目がちにパトに頼む孫娘サブリナ17歳。

 レナードに惚れて以来、女にはタフネスに成ったと聞いていたパトだけど、孫娘のお願いには弱かった。


 ロンドからのお上りさん御一行、ヨークへ行くの巻。






 三日ぶりに本邸から兄と共に、艶の或るオークの扉を開いて、俺の聖域へと戻ってきた。

 案外、俺は本邸で喫煙室へ行き煙草を吸うのが面倒だった。

 忘れていたけどグレタリアンでは煙草を吸う場所や時間とかをマナーとして決められていたので、あの本邸で煙草を吸うの時は、レッツ・シガー・ルームなのだ。

 此のロッジでは俺がルールブックなので、基本、俺が出没する箇所は喫煙可なのだ。

 淑女やガキは勝手に出入しないし。

 いやー、ジャックは分煙分煙とジェローム探偵事務所で五月蠅かったのを想い出した。


 俺と兄はクロードが淹れた薫り高い珈琲を飲み、銀色のシガレットケースを開けて、煙草を兄と俺の分を取り出し、俺は口に銜えて兄へ手にしていた一本を手渡した。

 俺は兄と自分の煙草にマッチを擦って火を点けた。



 「何処となく探偵事務所の雰囲気に似ているな、ジェローム。」

 「そうだと嬉しいですね、兄上。」

 「なんなら、ジェローム探偵事務所で使っていた机や椅子、他の家具も此処デルラに送るよ?」

 「ええ?或るのですか?兄上。」

 「ふっ、ジェロームが大切に使っていたモノを私が他人に渡すとでも?」

 「ははっ、有難う御座います兄上。誰も使って居ないのでしたら送ってください。」

 「ああ、分った。そうだ、ジェローム、来年のシーズン中にジュリアス皇太子殿下と娘のエレインが婚姻することに成った。皇太子殿下は本年中にと話されていたのだが準備等で来年に成った。」

 「まさか、本当に婚姻するとは。」

 「まあ、今更皇室と縁が出来たとしても余り利点もないのだが、デニドーア外務卿がしゃしゃり出て来られても鬱陶しいからな。あの方が居ないと言うだけでデルラの空気が余計に美味く感じるよ。」

 「ふふっ、しかし兄上、デニドーア外務卿はお元気ですね。正に妖怪ぬらりひょんデニドーア外務卿って感じですよ。」

 「ホントにな、ジェローム。一応歳だからと外務の後継はヒューイにしたかったそうなのだが、ヒューイは裏方が性に合うと言って、秘書官か補佐官を希望したそうだ。まあヒューイも色々と画策するのが好きな性質だからな。アレの息子も使えるしな。」


 「幾らデニドーア外務卿の申し送りでも首相に成る人が任命されるのですから無理でしょう、兄上。」

 「其処は妖怪デニドーア外務卿だからな、ジェローム。恐らく陛下にでも頼むのだろう。今生のお願いとか哀れそうな声を出してな。」

 「ふふっ、目に浮かびそうですよ、兄上。」

 「全く、私の白髪が増えたのは偏にあのデニドーア外務卿の所為だからな。」



 そう言うと兄は整った顔の眉間に皴を寄せて、溜息の様に紫煙を肺の奥から吐き出した。

 久し振りの兄と俺のゆっくりとした会話は、ロンドではない所為か、何処か肩の力が抜けて兄も気楽に話せているように思えた。


 開かれたフロラルス製の窓から入る7月の風は、兄と俺の良く似た金糸の髪を攫って舞わせた。 

 

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