No54 ファミリー
アリロスト歴1924年 1月
今年のバカンスはサマンサ夫人達がデルラに来るので俺はヨークに行かなくても良くなった。
残念と言う気持ちが3割。
ホッとしたと思うのが7割くらい。
ヨークでウィリアムと共に会う人達は、夜に成るとスピークイージへと繰り出すので、当然それに俺もついて行く。
隠れ酒場なのに、内装や舞台が日々豪華に成って居て、眩い音と光で扉を潜る度に、別世界へ入り込んだ気分になってしまう。
南部から移ってきたプリメラ人が奏でる音楽や踊りは、俺が聞いた事も見たことも無い音楽やステップで躍動感に溢れたリズムが気持ちを高揚させる。
そんな合間合間に無粋なビジネスをブッコンで来るのが北部の人達なんだよな。
『ビックチャンス』
『ビックマネー』
って、言葉が飛び交って、彼等はどれだけビックが好きなんだろうって思うよ。
ウィリアムはその合間に返事して商談を成立させたりしていた。
ジェロームも言っていたけど、ウィリアムって貴族じゃ無く商人だよなと俺も実感した。
昨年までのウィリアムは映画に投資するのに嵌っていて、俺にも勧めて来たので色々悩んでチャーリー・チャックって人に投資する事にした。
浮浪者と捨て子のキッドって映画が俺の心に響いたからだ。
映画では捨て子は母親にも最後に敢えてハッピーエンドだった。
俺が此の映画が良いなって思ったのは、捨て子が不幸に見えないからだったりするんだ。
そんな所が気に入ってチャーリーに出資している。
悲劇的な映画も多いけど、そう言う話はリアルで結構聴くから、俺はフィクションの世界では幸せなストーリーが良いよ。
それにヨークのあの賑やかな場所に居たら、余計寂しく成ってしまいそうなんだ。
マイケルが居なく為った喪失感で俺は動き出せずに半月ほど自室に籠って居ると、ドアを開いたジェロームがツカツカと室内に入って来て、俺を蹴飛ばし、アノ細く小さな身体を使って俺を床に倒し、綺麗な笑顔を浮かべて暴力で語って来た。
ああ、此の人ってホント昔からこうなんだよ。
何も言わずに鉄拳制裁を俺に加えて来るんだ。
モヤモヤとしていた下宿112Bでのジェロームの行動を俺は思い出した。
俺がジェロームを長期間、怖がっていた筈だよ。
きっと俺が何か仕出かしてのジェロームの行動なんだろうけど、せめて理由を告げてから、制裁を加えてよ。
幼かった俺はジェロームの行動の意味が分からなくて怯えていたと思う。
滅茶苦茶綺麗なジェロームの笑顔が苦手だった理由も判ったけど。
そう言うトラウマを想い出している内に、セイン・ワート博士が俺の傍に着て、ジェロームから付けられた怪我の介護をして呉れた。
その治療の所為で余計に痛く為ったのは、俺だけの秘密。
セインワート博士が色々俺を慰めてくれていたのだと思うけど、治療の痛みに耐えるだけで精いっぱいで、済みません、セイン・ワート博士良く聞いてませんでした。
セインワート博士が部屋から出て行った後、笑いを堪えていたルーサーが噴き出しながら、再度器用に俺の怪我を手当てし直して呉れた。
如何やらセインワート博士は恐ろしく不器用なので、日頃は助手で就いているリオンが、怪我などの治療行為を行っているそうだ。
基本的にセインワート博士は、不安所や神経症などの精神医学の講義をしているので、ポスアード大学での被害者はいないとか。
、、、えーと、確か、グレタリアンで傷痍兵の治療をしていたと聞いた気がするんだけど。
深くは考えないで置こう。
「まっ、生きてる証拠だから、此れからも一杯痛い想いをしてゆきなよ。」
華やかなイケメンの笑顔でルーサーにそう言われて、背中に張られたガーゼ―の上から俺は思い切り叩かれた。
『イテっ』
と思いつつ、此の半月の間、ルーサーにも心配を掛けて居た事に俺は気付いた。
別にマイケルの事を吹っ切らなくてもいいや、と手酷い慰めを受けた後に俺は思って、引き籠っていて心配を掛けただろうクロードやトマス、そして本邸のディックやニノ達に頭を下げて、徐々に日常へと戻ていった。
俺になかに綺麗な思い出ばかりを残してくれたマイケルは、物事を観る時に、俺の中での基準点で在り続ける事は変わらない。
それは此れからもずっと、、、。
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アリロスト歴1924年 4月
ホントは昨年のバカンス明けに友人のルイスと話し合う心算だった『ルイス&ミューレン・エレクトリック・カンパニー』の労働問題。
7000人規模の工場に成っていたらしく、報告を聞いた俺も驚いて各工場を調査して貰うと、酷い労働形態だったので、俺は慌ててグレタリアンの労働基準法を取り寄せて貰い、ソレを読み、一先ず自社工場をグレタリアンの労働基準法に準拠させる事にした。
研究で多忙なルイスを正かデルラに呼ぶ訳にも行かないので、俺はパッション市のホテルで落ち合った。
上品な天草色のスーツを羽織ったアーベル・ルイスは、柔らかなライトブラウンの短い髪を、右から左右に分けてセットし、スッキリとした涼し気な青みの強いアクアブルーの瞳を嬉しそうに瞬かせ、俺の前の席へと腰を掛けた。
仕事も成功し研究にも弾みがついている27歳のルイスは、落ち着きの或る大人の空気を醸し出していた。
「久し振りだねジョアン。共同経営者なのに殆どジョアンに任せて1年ぶりだなんて、怒られるのを覚悟してきたよ。」
「あははっ、久し振り。俺だって殆どトーマ達に任せているからルイスを怒ったりしないよ。」
「労働法を読んだよ、ジョアン。随分と労働者よりな気もしたけど。」
「そうかな?でも、不満が溜まってストとかされたり、下手な人間が入り込んで生産現場が揉めるよりは良いと思うんだよ。労働時間を今の8時間から6時間にして、労働時間が必要なら残業代を支払う。休日は日曜日でね。つうか北カメリア北部の労働者は働かされ過ぎだよ。」
「でもジョアン、電球の生産量が落ちるだろ?ある程度、国内で売りつくして於く方が良く無いか?」
「うん?ルイスの研究開発費が足りないのかい?」
「いや、ソレは今の所は十分過ぎる程、潤って居るよ。吸湿式の研究をしている所なんだ、ジョアン。」
「なら大丈夫だね、ルイス。後でトーマに頼んで於くよ。」
「ふふっ、僕の意見は必要ないじゃ無いか、全くジョアンは。」
「いや一応は経営に関する大事な事だからね。ルイスの顔を見て確りと話して於きたかったんだよ。」
「うん、有難うジョアン。しかしジョアンは学生時代と雰囲気が変わらないな。」
「そう?ルイスは落ち着いた感じに成ったよね。もしかして彼女が出来たとかか?」
「ふふっ、研究室に篭りっぱなしの僕にそんなモノが出来たら驚きだよ。ジョアンこそ、そろそろ婚姻の話が出ても可笑しくない歳だろ?僕より4つ上だから31歳か。」
「うーん、ないなー。俺もルイスみたいなスッキリとした目鼻立ちならヨークでもモテるのかも知れないけど。まぁー、当分はそんな気はないよ。」
「僕もだな。でもジョアンに誰か決まったら教えて呉れよ。」
「ああ、勿論。そう言えばルイスはバカンスもずっとパッションの研究所に居るのか?」
「ソレが今年はハイオ州に帰って来いと両親が煩くてね。一ヶ月位は休む心算だ。」
「もし良かったらデルラにも来てみないか?今年は、ロンドからサマンサ夫人も来るから、ルイスにも紹介したいなと思ってさ。何時も手紙でルイスの事を書いているから会わせたくて。」
「ああ、ロンドでお母さん代わりだったって言う。そうだね、予定を組んで見て行けそうなら、何時もみたいに電信か電話をするよ。」
「うん。楽しみに待って居るよ。」
それから、ルイスと俺は新しく出来た自動車の話題やルイスが研究している荷電粒子の話を聞いて時を過ごし、近い内の再会を約束して、ホテルで別れた。
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アリロスト歴1924年 5月
悪の帝国を作る為、日夜働いている兄も、俺が電話をするとチョロく、7月にデルラへ来ることがアッサリと決まってしまった。
兄が来ると判った途端、本邸の皆の動きはキビキビと変わり、見ている俺が疲れ切りそうな慌ただしさに成った。
君達、普段から働いてるんだから、兄を気にし過ぎじゃね?
あの人は基本、気になるモノしか眼中に入れないから。
主に俺とか俺。
別に何かの記念て理由でも無いんだけど、まっ丁度、珍しくもグレタリアンで戦争も無い時期だし、俺に縁のあった奴等が集まって顔を会わせるのも、良いかなって思ったんだ。
で、野良猫から飼い猫にランクアップしたウチのジョアンをキッチリと紹介して置こうかなってね。
俺に何かってフォローするのがウィルだけって言うのも俺的に嫌だしな。
ウチのジョアンはウィルには遣りたくねーし。
頼りになる兄は一応75歳だし、ちょいジジイ過ぎる。
まあ、俺の娘シルビア。
詰りは兄の嫁シルビアも一緒に連れて来るらしいので、ジョアンに「懐いとけ」っと言って於こう。
シルビアは32歳なので、気が合えば31歳のジョアンと長い付き合いに成るだろう。
兄もジャックに似た声と喋り方をするジョアンを必然的に、しかし無意識で気に入っているので、悪いようにはしない筈だ。
何せジョアンを戦場から逃がす為に俺の元へ届けて呉れたのだ。
でもって兄の嫡男フレデリックも来るらしい。
きっと兄も自分に何か在った時の為にフレデリックを連れて来て、改めて俺に会わせるのだろう。
男好きで無かったのは残念だったけどな。
しかし、彼氏彼女無しの33歳のフレデリックなら、兄の嫁シルビアと1歳違いで丁度良い年頃だと思うのだけど、何かとままならないモノである。
兄とシルビアの子供は幼いのでお留守番。
で、メインゲストの俺のグランマ・クロエ。
未だに66歳のクロエに綺麗だ、可愛いを連呼するイカレたルドアの元皇太子で夫のルスラン67歳。
同世代の男の目には、俺とは違うクロエが映っているのかもな。
若い頃から巷では綺麗と言われていたクロエだけど、俺とジャックはクロエの精神的太々しさを知っていたので、ピクリとも異性としての関心が動かなかった。
ルスランが必死でクロエへラブアタックしている様子を、俺とジャックは酸っぱいモノを口に放り込まれたような表情で観察していたのも懐かしい。
いや、マジで口の中が酸っぱい気がしたんだよ。
自分の母親を口説く天然モノのイケメンに、哀しいような恥ずかしいような思いと、気恥ずかしさマックスで背中のムズムズした感覚が、口の中へ集中移動したのかも。
思春期男子の複雑な嫉妬心?
つう、結論を俺とジャックは出した。
そんなクロエ・ルスラン夫婦と拗らせた嫡男ニコラス事ニックと愛娘ミッシェルが来る。
26歳のニックとペンフレンドを遣っているジョアン。
まあ、ジョアンはニックの貞操を守った恩人だからな。
此れからの人生はジョアンに尽くせよ、ニック。
ミッシェルは幼かったから印象に無いんだよなー。
俺が北カメリアに引っ越した時は1歳だからね。
つうてもミッシェルも21歳か。
グレタリアン文学を専攻して居るらしいけど、クロエと純愛文学について学んでいるとか?
うん。
次男の煩い脳筋ダリウスは来れなくて残念(棒)。
で、面倒な事にパトが曾孫を連れて来る。
どっから話が漏れたのか、、、って考える間もなくウィルしかいねーじゃん。
昔逃げられた嫁から孫の面倒を見なさいと預けられたらしいだけどさ。
17歳の孫娘に子守は要らないだろ。
特に、呪われているんだか、祝福されているんだか、分らないパトなんか。
パトの娘は大学で暗号研究とか遣っているそうだ。
その娘。
レナード信者のパトも滔々孫の居る爺だよ。
つー訳で、当たり前のようにウィルも参加。
マイケルの双子の妹リズもとウィルが言うと、珍しくジョアンは断ったんだよな。
今は、リズに会いたく無いって。
傷心のジョアンを気遣ってウィルは了承したんだけどね。
序だからって末娘は連れて来るそうだ。
だからさー。
なんの序だって言ってるんだよ、俺は。
もう、今回はクロエを含めた俺のファミリーでの集いにしたかったのに。
俺の呟きを聞いたジョアンがポツリと言った。
「友人のルイスも呼んだんだけど。」




