No52 ラストレター
アリロスト歴1923年 11月
マイケルが逝った。
ジェロームがロンドから戻って来て俺がホッと寛いでいた、その夜に。
綺麗なアルトの声。
緻密で綺麗な水彩画。
綺麗で表情豊かな若草色の瞳。
マイケルは俺に綺麗な思い出ばかりを残していった。
18歳から今日まで過ごして居る此のロッジにはマイケルとの思い出ばかりが溢れている。
なのにマイケルだけが居ない。
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アリロスト歴1923年 12月
バタバタと慌しくウィルとウィルの部下と使用人たちが手続きをして、棺に寝かしたマイケルを連れてひっそりとグレタリアンへデイジー親子たちと戻って行った。
ジョアンは自分の部屋でマイケルを偲んでいるのだろう。
こうなるのが分っていたから、本当はマイケルをウィルと一緒にサッサとナディアへ行かせたかったのにな。
ジョアンとマイケルが思いの外、急速に仲良く為っちまうし、ウィルはウィルでマイケルの我儘は聞いてやりたいとか言って、此のロッジに居付いちまうしさ。
ウィルの場合は、マイケルを出汁にしてジョアンの傍に居たかっただけだと俺は思ってるけどな。
縁は作りたくなかったけど、俺がウィルの願いをきいて、滞在を許可した段階で縁が出来てしまったんだろう。
俺が頑なにマイケルと会わなかった事で、ジョアンも暗に察して居ると思って居たんだけど、如何なのだろうな。
大体ウィルが悪い。
家同士で決めた婚姻は貴族なら当たり前なんだけど、婚姻前は浮名を流し、その内にジャックと出逢ってフォーリンラブ、婚姻してもジャックの元に入り浸りだったウィル。
忘れた頃に嫁のクラリスの元へ子作りだけしに帰っていたと言う話。
きっとジャックに子供は一杯作れとか言われたんだぜ。
家の外の事は家令が遣るけど、中の事は妻が仕切る。
ウィルが妻へ子育てについて、文句を言う権利なんてないよな。
まぁー、言っては無いけどさ。
でも神の呪いか悪魔の祝福か、俺とクロエ以外に、ウィルを始めジャックの記憶を持つ奴は居ないんだけどさ。
ただウィルがラブでもジャックは男同士はスキンレスな性質だったし、ジャックの前世であるアルフレッドの曾孫だったウィルをジャックは無責任に可愛がっていただけだし。
『マジでウィルは可愛い』
つって、目を細めてウィルには好々爺なジャックだった。
ホントさ、そんなジャックの所為でロンドに居る時、俺はウィルから獰猛な目を向けられるわ、無意味な挑戦されるわ、マジで迷惑この上なかった。
俺に妬いても無意味だぞ!と幾度ウィルへ内心で文句を言っていたか。
でもってジャック・ラブな侭、記憶を無くしていたウィルはジョアンの声や話し方を知って、無意識でもスルー出来る筈も無く、色々理由を作ってジョアンの傍に居付く始末。
まあ、ウィルも最初はそんな気は無かったのだろうけど、マイケルとジョアンの仲良き友情を見て作戦変更、仲良く親子でロッジ滞在居座り計画を断行ってなった。
お陰でウチのジョアンが傷心中だ。
どうしてくれるんだ、ウィル。
だから、嫌だったんだよ。
俺は慰めるのなんて苦手なんだ。
第一、俺自身が前世の緑藍時代に亡くした光明兄さんの喪失感を埋めるのに、どれだけ苦労したと思って居るんだ。
誰かへ大切な人を失った時、慰める言葉なんて俺には無いよ。
それが大切に思っているジョアンなら尚更だ。
俺は暖炉で赤々と燃える炎を見て、自分の想いに沈み込んでいると、ブランデーグラスに琥珀色の液体を注いでセインが俺に手渡して来た。
「冷えるだろう、ジェローム。僕と一杯、付き合ってよ。」
「うん。有難うセイン、頂くよ。」
俺はセインから受け取った丸みを帯びたブランデーグラスを受け取り、香しい薫りと共に深い甘みの或るブランデーを口に含んだ。
「僕は、如何にも出来なかったから担当医とリオンにマイケルの事は任せっぱなしだったけど、僕は1つの奇跡だったと思うんだ。ジェロームに言われて初めて診察した時、マイケルの命は1年持たないと僕は思って居たからね。」
「俺もソレはウィルから聞かされていた。ソレが内戦の避難先だったナディアからデルラ迄戻れて、その後、庭園にも出て、ジョアンと同乗してだけど馬にも乗り、そして婚姻までした。別にマイケルの何が良くなった訳でも無かったから、ウィルはジョアン効果だと言っていたな。」
「妻のデイジーは知って居たのだろ?」
「ああ、マイケルの専属に付けた時にマイケルの状況は話していたそうだ。世話をする兼ね合いもあるからね。」
「それはデイジーも辛かったろうな。」
「まあ、俺には理解出来ないけどね。そう言う相手を好きに成る気持ちは。」
「好きに成るって言うのは、そう言うモノだよ。僕が男であるジェロームを好きに成ったようにね。分っていても気持ちは止められないんだ。」
「ふふ、セインはずっと友情だと言い張ってたよな。」
「うん、矢張り神に背くようで恐ろしかったのだと思うよ、今考えるとね。でも、ジェロームはお構いなしで、僕の手を取って呉れたから、こうして傍に居れる。」
「俺には神よりセインが大切だったからな。」
「有難う、ジェローム。」
俺とセインは互いにブランデーに口を付けて、瞳を合わせるとセインは俺の手を取り、大きく暖かな右手で優しく握り込んだ。
「それでデイジーたちは今後如何するの?確かデイジーは今、懐妊していただろ?」
「グレタリアンのカントリーハウスが或る領地で葬儀を済ませて、ウェットリバーの別邸で暮らすそうだ。デイジーが再婚する迄は生活の面倒を見るらしい。ウィルの事だから、その辺は抜かりないだろう。」
「しかし、此の北カメリアで暮らし慣れていると、グレタリアンの貴族屋敷で生活するのは、デイジーも大変だろうな。
「なんでも、ウェットリバーに或るその別邸周辺は、別荘地に貸して居る場所らしくて、少し上のクラスな中産階級が多いらしいよ。今の価値は分らないけど20年位前は、チェスタやスターリバールにも近くて安価だからと、ロンドで退職して隠居した人達にも人気だったらしいんだ。」
「そう言えば、ウェットリバーと言えばカスターズ公爵家のギルバート卿が母君と暮らされていた場所だったね。何処かで聴いた事の在る場所だと思って居たんだ。」
「ふふっ、あの可愛かったギルバート君が今はカスターズ公爵だよ。領地に戻って、流石にもう住んでは居ないけどね。」
「ああ、そうなのか。あの事件は本にしていないな。僕も参加した面白い事件だったのに。」
「まー、内容が内容だからな。ギルバートの今後の事もあるし、セインでも許可出来ないよ。」
「まあ、確かに。ジェロームの言う通りだね。」
それから、俺とセインは暖かな暖炉の前で、誘拐されてた時のギルバートの話をして、彼からお礼に貰ったシャムロックが行方不明に成っていた思い出をブランデーの肴にして語り合った。
こうやって俺の好きな飴色の瞳を向けて、普段と変わらない会話を続けて、沈み込む思いをセインは引き上げてくれる。
そうだな。
まっ、ジョアンが泣き付いて来たら、蹴り飛ばしてあげよう。
俺は俺らしく、な。
それでもジョアンが泣いて居たら抱き締めて遣るさ。
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アリロスト歴1924年 2月
凹んで引き籠りになったジョアンを俺は予告通りに蹴り飛ばし、如何やら後でセインがフォローに入ったみたいだけど、やっと常態に戻ったと思った頃、艶の或るオークの扉を開いて、にこやかな笑顔を振り撒き忌々しいウィルが俺の聖域に優雅に入って来た。
「元気だったかい?ジェローム。」
「てメェー、ウィル。もう少し殊勝な顔して現れやがれ!仮にもマイケルは息子だろうよ。」
「ずっと僕は覚悟をしていたからね。今頃マイケルは不自由な躰から解放されて、神の庭で好きな絵を描いているよ。生きている僕達には笑顔が必要だろ?」
「全くさ、やっとジョアンが落ち着いてきたのに、ウィルの顔を見たらマイケルを想い出して、また凹むだろうが。ウィルは暫く訪問を遠慮する、とかいう気遣いをしろよ。」
「いや、僕もジョアンが心配でね。ウェットリバーで、慌ててデイジーたちの手続きを終わらせて、デルラに戻って来たんだよ。」
「ホント勝手な奴だな。で、ウィルはマイケルのあの青い小屋をどうすんだ?契約通り土地は売れないけどな。」
「マイケル美術館にしようかと。」
「はぁ?アホか、ウィルは。知らない奴を本邸も或る此の敷地に入れる訳が無いだろ!」
「いやいや、僕の言い方が悪かった。マイケルが描いた絵をあの屋敷で飾らせて貰おうと思ったんだよ、ジェローム。本当は北部でマイケルを眠らせて遣りたかったのだが、そう言う訳にも行かなくてね。だからせめて絵はマイケルが好きだった、この地で飾って遣りたいと思ってさ。」
「またウィルは面倒な事を。ジョアンの重しにしか成らない気がするんだよ。ジョアンがあそこら辺に何か作りたくなっても、ジョアンの性格ならマイケルの絵が在るから止めよう!って絶対に成るから。俺は出来るだけ、ジョアンに枷を作りたくない、って思ってるのにさー。」
「まあまあ、その代わりジェロームの所のマリンを雇わせてよ。」
「ええ?意味が分からん。なんでソレが代わりなんだよ。」
「いや、ウェットリバーでメイドの募集を掛けたんだけど、今は田舎に来てくれるメイドが居なくてさ。カントリーハウスに行ったら妻のクラリスが結構、使用人を首にしていてさ。使えそうなメイドが居なかったんだよ。はぁ、偶にはゆっくり家令と話し合う時間を取らないと駄目だな。」
「何を遣ってんだか。駄目だよ、ウィル。ウチの使用人は特別だから。」
「其処をナントカ頼む、ジェローム。」
「しかしウィル。そんなにメイドの成り手が居ないんだ?」
「ロンドとかチェスタとか都心の方だと、住居費が高いから住込みメイドで募集駆けると来るらしいんだけど、ウェットリバーのような田舎は難しい。それに、メイドよりも他の仕事の方が人気が或るんだよ。タウンハウスで募集を掛けてウェットリバーへ連れて行こうかとも考えたんだけど。」
「うん、ソレって詐欺だよな、ウィル。マリンの了承を得たら、デイジーの出産まで貸し出すよ。その間に探して雇いなよ。しかし、ベラルド伯爵家で募集しても来ないモンなんだな。」
「まさか。ベラルド家の名前は出して無いよ。婚姻した時、マイケルは別家を立てているから、それで募集して居るよ。流石にベラルド家の名で公募は出来ない。」
「しかし、使用人が足りなくなるとはね、ウィル。社交とか難しくなるな。」
「そこそこ賃金を支払えば良いんだよ。後は移民だろうね。メイド達が居ない貴婦人を想像出来るかい?ジェローム。」
「ふっ、無理だな、ウィル。でも家庭教師斡旋協会が在った位だ、メイドも有るだろう。」
「あるには在ったのだけど、評判が余り良く無くてね。一先ずジェロームを頼ろうと思ったのさ。」
「全く碌なモンじゃねーな、ウィルは。」
ウィルは短い金の髪を右手で搔き上げ、深緑の瞳を細め目尻に横皴を寄せて、少し痩せた面差しで俺に笑い掛ける。
上下を黒で揃えたウィルのスーツ姿を、俺は敢えて何でもない振りをした。
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※アリロスト歴1923年 11月
マイケルが逝った夜、息子マイケルの愛用の机の引き出しに、文章が綴られた青い便箋を父のウィリアム・ベラルドが見付け、目を通した。
ウィリアム・ベラルドは、小さく溜息を吐いて、息子マイケルからジョアンに宛てた最期の手紙ラスト・レターを小さく畳んで、胸の内ポケットへと静かに仕舞い込んだ。
愛していたよ。
いや、今も愛している、ジョアン。
ジョアンが僕に友情以上の物を感じて居ないのも判っていた。
プレイベートスクールでの嫌な思い出も在って、余計にそう言う事から距離を取って居るのも、ジョアンから聞かされて知っていた。
こんな思いをジョアンに抱き続けて居た僕は神の身元へは行けないだろうな。
でも、この世を去る前にジョアンへ懺悔をして置きたかったんだ。
今更、って、真っ直ぐなジョアンは怒るかも知れないけど。
父がデイジーを僕に就けた時、この子と婚姻させようとしているのだろうと気付いた。
その時は、僕はそんな相手など要らないのにと思って居たんだ。
何故か、こんな僕にデイジーは好意を持ってくれて居たけどね。
でも、ジョアンがデイジーへ男としての思いが動いたのを知ったあの時、僕は全身を炒られるような痛みとジョアンを求める激しい衝動を覚えたんだ。
僕の大切なロッジのあの場所で、そして僕の見える所で、ジョアンをデイジーに取られたくない。
そう思ってデイジーと結婚したんだ。
勿論デイジーを嫌いじゃ無いし、共に居て尽くして呉れて僕も感謝や情を持って居るよ。
だけど、僕の心にはジョアンしか居ないんだ。
こんな僕だから赦されなくて、こんなにも早くジョアンの傍を離れなくてはいけないのかも、知れないね。
神の身元へ逝けない僕の魂は、ジョアンの好きなブルージェイに成って、デルラの林でジョアンを見守っていきたいな。
そう思うと、そう悪い終わりではないかもと思えてくるのだから、僕も相当に重症だね。
でもジョアンと出逢えて良い人生だったと言えるよ。
有難う、ジョアン。
何も無かった僕に愛すると言う想いを教えて呉れて。
そして、ジョアンには、どうぞ最高の人生を、、、。byマイケル
ウィリアム・ベラルド伯爵は、ジョアンの為に息子マイケルの手紙を封印する事にしたのだった。




